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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第190話 赤壁蝨


 人とは脆いものだ。

 脆弱で、情に流されやすく、すぐに死ぬ。

 他者のために平気で傷つけられ、壊れることすら厭わない。





「人間は皆、等しく虚しく愚かで醜い。君のように、血の繋がらぬ屍を前にしても、未だに母のように慕って……殺されかけている。ねぇ、ジーク君?」


 体中を切り刻まれ、頭蓋を砕かれ、内臓の大半を潰された俺は、惨めに地に伏していた。

 アカタニの魔術で蘇ったフウカは、まるで別人だ。


 契の領の嫡女として剣の稽古を積んでいたことは知っていたが、その剣さばきは予想を遥かに超えていた。


 感情のない化け物のように、俺の命を刈り取ろうとしている。


「……フウ……カ……」


「無駄ですよ、ジーク君。フウカ殿は理性を取り戻さぬよう、特別に調整してあります。どれほど呼びかけようと、彼女が応えることはありません。ただ、私の命に従う操り人形に過ぎません」


 アカタニは冷ややかな笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「フウカ殿、まだ生きていますよ」


 その指示が下ると、フウカは俺の首を締め上げた。

 軽々と体を持ち上げられ、全体重が首にかかる。

 呼吸が途切れ、視界が揺らぐ。


「がはっ!」


「反撃しなければ殺されますよ? 君の眼前にいるのは、君の大切な家族などではない。君を殺そうとする私の傀儡、ただの敵です」


「黙れ……!」


「彼女を倒さねば、私の妖術が解けることはない。アマネ様を救うことも、戦を止めることもできぬ。さあ、殺される前に殺しなさい。ほら、やりなさい!」


「お前の思い通りになって……たまるか!」


 アカタニへの憎しみが胸を焼き、悪化する状況に苛立ちが募る。

 この男は俺の親友を、さらには最愛の母まで利用して、俺を殺そうとしている。


 許さない。

 許せない。

 殺す――殺してやる!






「ほぉ、感情の昂りによる『鬼人化』か。怒りと悲しみが引き金となり、青い炎を帯びた角が額に顕現する……面白い」


 アカタニの嘲るような声が響く中、鬼人化による強化された筋力でフウカの手を振りほどき、瞬時にアカタニへと疾走する。


「がああああああああ!」


「ふふ、鬼人化すれば私に敵うとでも? 失笑ものだな、ジーク君」


 アカタニは不敵な笑みを深め、片手を軽く振る。

 その仕草に呼応するように、闇の中から新たな影が蠢き始めた。


「君のことはとっくに調べ上げてある、ジーク君。異国の地では“英傑の騎士団”の幹部として名を馳せたとか。“竜騎士”の異名も、竜を愛でたゆえにあらず、むしろその鬼人の姿で竜をことごとく屠ったがゆえに冠されたもの……違わぬかな?」


 影の正体は三体の戦人いくさびと。各々が武器を構え、アカタニを守るように布陣した。


 ただならぬ気配を感じ、俺は足を止めた。

 その選択は正しかった。

 あと一歩進んでいたら、首を刎ねられていただろう。


「故にこちらは――物量で攻めよう」


 眼前で立ち塞ぐのは、史書に名を刻むほどの強者ばかり。

 英雄、偉人、大罪人。


 武の領、無敗の大将軍。

 鬼の領、先代頭領。

 契の領、災厄の妖術師。


(どいつもこいつも、俺でも知っている強者ばかり。アカタニめ……なんて理不尽な魔術を)


 この状況に動揺する俺を見て、アカタニはご満悦な表情を浮かべた。

 どこまでも醜悪な男だ。


「答えろ、アカタニ! なぜこんなことをする!? アマネを利用してまで何を企んでいるんだ!?」


「部外者に答える義理はない」


「死者を蘇らせ、和の大国全土を敵に回してまで何を成そうとしているんだ!」


 アカタニの傀儡三体の攻撃をかわしながら、幾度も問いかける。


 十数年前からアマネの権威を利用し、墓から遺体を掘り起こす“墓荒らし”をしていた。

 あの魔導書には死者を蘇らせる力があり、死者の軍を築き、“鷹麗岳たかれいかけ”に隠した。


 死者の軍を作った理由は、契の領と鬼の領に対抗しうる戦力が必要だったからだ。

 だが、数万の死者では数十万の軍に敵うはずがない。


 だからこそ、神霊“八岐やまた白鱗首はくりんしゅ”という神物を四つ集めなければならなかった。

 和の大国、いや、下手をすれば世界を飲み込むほどの力が、あの神物には宿っている。


 目的は、和の大国を支配すること。

 それが計画の全貌だろう。


 だが、ひとつだけ分からないことがある。




 ――—動機だ。









「――—統治権を有し、戦乱を消失させる」




 矛盾だった。




「安寧と安泰をこの国に根付かせるには、秩序と安定が不可欠だ。しかし、和の大国にその影すら見えん。ゆえに、我こそが真の指導者となり、国家を興そう」





 利己的な思考だった――


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