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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第188話 彼女の本性

 

 我は、この地に戻ってきた。


 かつて造船所のジークという自分を捨て、国を逃れ、竜騎士ジークとして生まれ変わった我が、和の大国に帰ってきたのだ。


 帰りたかったから帰ったわけではない。

 これはロベリアの旧友リアン姫と魔術師ラケルを助けるための旅であり、偶然その道のりに和の大国があっただけだ。


 和の大国の三領内で戦争が起きるとは思ってもいなかった。


 我は何も知らない。

 ここが故郷だというのに、何も。



「もしや其方——」



 我は逃げ出してしまったのだ。



「久しいな——」



 角のない鬼として生まれ落ちたこと、人でもないこと、兄の死、母の死、嫌なことすべてから逃げ続けてきた我に、果たして……



「ジークよ」



 目の前にいる友を止める資格があるのだろうか?



「アマネ……」


 アマネと最後に会ったのは、フウカが死ぬ前、まだ子供だった頃だ。


 武の領、頭領の嫡女。

 アマネ姫と呼ばれ、誰からも可愛がられていた少女だった。


 そして年月が流れ、今、目の前にいるのは亡魂の母の後を継ぎ、武の領の頭領となったアマネ。

 大人に成長したのだ。


「城の侵入者というのは、其方のことだったか」


 彼女の瞳には、かつての幼い姫だった面影はなく、ただ武の領の頭領として立つ威厳が満ちていた。


「戦を止めるため、妾を殺しに来たのか?」


「違う、説得しに来た」


 俺の返事に、アマネは嘲笑する。


「今更、何を企図しようと、戦は止まらん。動き出した歯車は回り続ける。妾の首を取ろうとな」


 冷徹な表情で、彼女は断言した。


 次、再会する時は友として語り合いたかった。


「説得ごときで妾の志が揺らぐと思うか? まして、故国を捨て逃げ出した其方に、耳を貸す義理はない。去れ」


「……」


 冷たく吐き捨て、背中を向けて歩き去ろうとするアマネを我は、追うことができなかった。


 母を亡くし、武の領の後継者としての責任に押し潰され、心の拠り所であるフウカと造船所を失ったのだ。


 それなのに我は、アマネの側にはいなかった。

 和の大国から出てしまったから。


 だから、優しく明るさを絶やさなかった彼女は変わってしまったのだ。

 そうなってしまうほどの辛い経験をしてきたのだろう。


 拒絶されるのも、至極当然だ。


「……」


 このままアマネの思い通りにすれば、大勢の人間が死ぬことになる。

 止めなければと、そう考えた矢先に剣に手が触れそうになる。


 説得ができなければ暴力で解決。

 ダメだ、そんなことをすれば何も変わらない。


「アマネ、お主はどうしたいんだ?」


 離れていく足音の方へと尋ねると、音が止まった。

 アマネは立ち止まり、キョトンとした顔でこちらを見つめる。


「契の領と鬼の領を落として、和の大国を武の領のものにしたいのか……?」


「然り。数年越しに戦の備えを重ねたのも、和の大国を統一せんが為だ。先ずは” 八岐の白鱗首”を手中に収める必要がある」


 この地に”八岐やまた白鱗首はくりんしゅ”が四つ存在する。

 各領が一つずつ保持しており、他領の陣地から”八岐やまた白鱗首はくりんしゅ”をすべて奪取することが戦争の勝利条件である。


 それらを一つに組み合わせることで”白き神霊”が現世に顕現し、その領の守り神として絶大な武力と豊穣をもたらすと信じられているからだ。


「それが例え、大勢を犠牲にすることになってもか?」


「戦に犠牲は付き物だ、何も思わん」


「お主の目的の先に、本当に平和があると言うのか?」


 そう質問すると、アマネは一瞬だけ迷うような仕草を見せた。


「アマネは、幼少の頃に言っていただろう? ”三領の蟠りを取り除き、溝を三領の溝を埋め、和の大国を一つの国に纏めたい。武力ではなく、ちゃんとした話し合い”で……あれは嘘だったのか?」


 随分と昔のことだったが、我は覚えている。

 友の夢を、誰が忘れようか。


「……」


「三領の蟠りによって亡くなられた母のような被害者を無くすために、お主はそう言ったのだろう。生半可な覚悟では口にすることが出来ない、大きな夢だ」


「何を……」


「アマネ、我はお主が羨ましかった」


 そう告げると、ほんの一瞬だけアマネの瞳が揺らいだような気がした。


「国のために何が最善なのか必死に考え、大切な人を亡くして本当は苦しいのに、笑顔を浮かべられるアマネが眩しかった」


 あの頃の我は、兄のレンを殺されたことによって生きる意味を失い、抜け殻のように生きていた。

 だけど彼女は違う、我と違って強い子なのだ。


「お主が、本当はこんなことを望むような人間ではないことは、友である我が一番理解している。だから、お願いだ……こんな事はもう……」


 分かってくれると信じて、すべて終わらせることを願って手を伸ばす。





「———黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」



 アマネの癇声が部屋中に響き渡った。

 自身の髪をクシャクシャにして、様々な感情が入り混じった表情で彼女はこちらを睨みつけた。


「そんな夢など、とうの昔に捨てた! 武の領の頭領である妾の母が和の大国の統治権を保有していたからこそ、それに反対していた他領によって毒殺された! フウカが死んだのも海に出るなどと馬鹿げた夢を追ったせい! 大切な者を二人失って、壊れかけた妾を救ってくれる人間など誰一人としていなかった! 唯一の友でさえ、妾を捨てて国を出てしまった……! 残されたのは頭領としての責任感だけ……復讐がしたい。妾から大切な者たちを奪ったこの世界に復讐がしたいのだ!!!!」


 アマネは涙を溢した。

 そんな彼女を見て、胸が締め付けられた。


「その口調も、フウカを真似事のつもりか!?」


「ああ、そうだ」


「結局、貴様も妾と同じではないか! 妾が亡き母に囚われているように貴様もフウカに囚われている! 無念を晴らしたいと思わないのか!? ヒラナギを殺めてやりたいと思わないのか!?」


「思わない」


「ならば、妾のことを永遠に理解することは貴様に出来きない! さっさと妾の前から消え失せろ!!!」


 悲痛な叫び声に、心が握り潰されそうになる。

 それでも、我は一歩前へと歩き出して、彼女へと近づく。


「来るな!」


 アマネは隠し持っていた小刀を取り出して威嚇してきたが、止まる気はなかった。

 もう二度と、逃げたくない。


「いや、俺なら分かるよ。アマネ」


 無意識に、かつての口調に戻る。


「お前の口にしたことが、本性だってことじゃないくらい。全部分かる……」


「っ!?」


 アマネのすぐ近くまで辿り着いた俺は、小刀を震えて握っている彼女の手をそっと掴んだ。


「助けにきた」


「……うっ……うぅ……ジークぅ……」


「ごめん、待たせてしまった」


 謝った瞬間、アマネは握っていた小刀を落として、全体重を乗せて抱きついてきた。


 胸の中に顔を埋め、涙を流している。


「ぐすっ……馬鹿者ぉ……妾を待たせて……ゆるさん……からなっ……」


「ああ、俺は許されないことをした。すまない」


 俺も釣られて涙が出てきてしまう。

 やはり、アマネは昔から変わらない良い子なんだ。


 死者を蘇らせて軍を作るなどとフザけた計画は、フウカが生きて造船所でアマネと楽しく過ごしていた時よりも前に、多発していた”墓荒らし”から始まったのだ。


 つまり首謀者はアマネではない誰か。

 それが一体誰なのか、彼女に聞くとしよう。


「アマネ、戦を起こそうって言い出したのは誰だ?」


「そ、それは———」




 アマネが答えようとしたが、何者かの気配によって俺の意識が逸れる。


 そこに視線を向けると、部屋の隅に男が立っていた。


「お前は……」


 アマネと造船所によく来ていた男だった。


「お久しぶりですね、ジーク君。大きく立派になられて」


 確か、アマネの面倒を見ていた目付け役のアカタニという名前だったような。

 知っている顔なので安心したが、腕の中にいるアマネは違っていた。


 彼を恐れるように、嫌な汗をかいて震えていたのだ。


「しかし、残念です。せっかく懐柔したアマネ様に影響を与えるほどの存在は、殺さなければ計画が狂ってしまう」


 アカタニは懐から一冊の書物を取り出す。


 書物の姿形は、ロベリアの所有している”黒魔術の魔導書”に似ていた。


「サカツマ、あの者を始末してください」


 アカタニが誰かに命令した瞬間、影から刀を持った何者かが攻撃してきた。


 アマネから離れて大剣に手を伸ばそうとしたが、相手の動きがあまりに早く、とてもじゃないが間に合いそうになかった。


 このままでは胴体を真っ二つにされて死んでしまう。






「———漆黒槍ヘルファウスト


 真横から禍々しい槍が飛んできたことで、サカツマは真っ先に防御態勢をとった。

 刀で槍を受け流したのだ。


 サカツマの視線が俺から逸れる。


 俺を殺そうとしたサカツマの攻撃を中断させたのは、他でもない——




「……悪いなジーク。奇妙な結界魔術の解析で、来るのが遅くなってしまった」


 俺の仲間である傲慢の魔術師ロベリア・クロウリーだった。

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