第183話 僧侶の少女
戦の準備をしている中、ジークに屋敷の外へと呼び出された。
作戦会議中にずっと深刻そうな顔をしていたが、何があったのだろうか。
屋敷の外は、竹が群生している。
そこには新たな装備、和風な甲冑を身にまとった準備万端のジークが待っていた。
作戦実行まで二時間もあるはずだが、やる気満々な雰囲気だ。
「出陣まで時間がある。その時が来るまで休んでおけ」
「……」
いや、あの目は。
そうか、そういうことかジーク。
「それとも一人で今すぐ出発する気か……?」
訝しげにそう言うと、ジークはフッっと小さく笑った。
こいつが小さく笑えたことが、何より驚きだ。
「どうやら、ロベリアに隠し事は通じないようだな」
「当然だ。一体どれだけの付き合いだと思っている?」
「我ら、そんな長い付き合いだったか……?」
ジークとの付き合いはゲームを遊んでいた時代含めて長い。
しかしロベリアに転生して、彼と直接関わり合いを持つようになったのは妖精王国での戦いからだ。
「いや、大切なのは時間ではない。とにかく、お前と俺との仲だ。お前の考えていることぐらい、手に取るように分かる」
細かいことまでは分からないが、ジークはこの国の頭領ヒラナギと今から戦う頭領アマネとは昔の知り合いのようだ。
その二人が今から戦争をおっ始めようとしている。
いつも明るいジークが、暗くなるのも仕方のない状況だ。
獣人姫リーデアと、王国姫リアンが戦争をするようなものだ。
俺だったら耐えられない。
「だが、お前一人だけどうにかなる戦力ではない。数万の兵を相手にするつもりか?」
死に急ぐつもりなら全力でジークを止める。
仲間の死を見るつもりはない。
「だが……ロベリアならできるだろう?」
ジークは真剣に、強調するように質問を返してきた。
眼が本気で、迫力がある。
「……ああ」
俺は拳を作って、前に差し出す。
ジークは驚きつつ、応じるように拳を作って突き合わせてくれた。
フィスト・バンプというやつだ。
「乗った」
ヒラナギの軍勢が出陣する前に、俺とジークは二人だけで先に、武の領へと出発するのだった。
「———この無情なる世にただ一つの光明を投ずる汝こそ遍く世に鳴り響くは神の御稜威、その清浄なる御姿を顕したまえ」
ザクザクと土を刺す音、下駄の音。
武の領に向かっている俺とジークの前に、白装束を纏った僧侶のような少女が現れた。
右手には槍を持っており、歩くたびに杖代わりにして地面に突いている。
変な唄を唄っているが、ただの通行人かもしれない。
そう思いながら少女の横を通り過ぎようとした瞬間、不気味な笑みを浮かべる彼女の横顔が視界の端に見えて、すぐに距離を取る。
すると、俺の立っていた地面が抉れた。
サカツマのような飛ぶ斬撃で攻撃されたのかと思ったが、少女は立ったまま動いていない。
「何だ……貴様は……?」
もしや敵の待ち伏せか、ならばこちらも攻撃をさせてもらおう。
右手に魔力を込めて魔術を発動しようとしたが、それよりも先にジークが大剣を振るって、少女に攻撃をしかけた。
「お前に用はない」
少女がそう呟いた直後にジークの全身を何かが包み込んだ。
それは透明の球体で、表面が揺れていた。
結界か何かと予想したが、中にいたジークが苦しそうに息を止めている。
(もしかして、水の牢か……?)
少女は閉じ込めたジークの苦しそうな顔を拝みながら、少女はニッと純粋無垢な笑顔を浮かべた。
「和の大国を襲撃せし魑魅魍魎を屠った妖術使いよ。其方の見事な力、同じく武を極めし拙僧は感服致した。邂逅して早々に申し訳ないが、拙僧と手合わせをしてくれぬか?」
少女は槍を体全体で踊るようにして、器用に振り回してから、両手で構えた。
かなり腕前と見た。しかし幾ら腕が立とうと、ジークを人質にとろうと、俺の方が強い。
「誰だが知らんが、敵なら容赦しないぞ……いいな?」
お望み通り、手合わせを了承した俺はありったけの黒魔力を解き放つと、森の中が震えた。
あまりにも膨大でジークを閉じ込めていた水の牢が崩壊する。
その隣に立っていた少女は笑顔のまま顔を青ざめて、構えていた槍を下ろして両手を上げた。
「はは……なーんて」
さっきまでの威勢は何処へやら、力の片鱗を見せただけで戦意喪失してしまうとは。
降参した謎の少女に近づきながら、右手に魔力を込めたままにする。
殺しはしない、気絶してもらう。
「自分から仕掛けて、怖気付くとは愚の骨頂だな。眠れ……」
「ちょっと待てぇぇええええい!!」
近くから聞き覚えのある声が響き渡り、思わず両手で耳を塞ぐ。
この間抜けな声は、あいつしか居ない……。
猫耳、猫の尻尾。
ボロボロになった白衣のような服装を着た、何故か全身包帯のシャレムが茂みから顔を出していた。
久々の再会への感動より『何でお前ここにおるん?』という疑問の方が勝った。




