表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/194

第178話 竜王と女騎士の和解 下


 クラウディアは、ボロスを討つと決めたのだ。

 故郷を支配され、両親と親友を失った原因。

 決して許してはならない仇が、すぐ手の届く距離にいる。


 仲間たちが野営している場所から離れているため、目撃されることはない。

 幼いころから夢見ていた復讐を、ついに成し遂げられる。

 この男は、ここで確実に殺すべきなのだ。


「……っ!」


 ボロスの背中を突いた剣が、血で染まっていく。

 呼吸が早まっている、相当苦しいのだろう。

 両腕も下に垂れて、弱っているのは確かだった。


 それを目にしたクラウディアは、剣を握りしめる自身の手から力が抜けていくのを感じた。

 それどころか自分のしたことに、一瞬だけ”迷い”が生じていたような気さえした。


(……ありえない、ありえない……こいつは仇だ……)


 首を振り、必死に否定する。

 ボロスは、自分に憎しみを植え付けた張本人。

 こうやって刺されたのも、因果応報とも言える。


 なのに、何故――――







 堪えきれず、クラウディアは涙を流した。

 血が滲むほど歯を食いしばり、葛藤する。


「なんで……今さら……貴様なんかにっ……」


 ボロスを貫いた剣を引き抜く。

 やはり手が震えていた。

 この震えは、仇をようやく殺すことができる喜びでも、反撃をされるかもしれないという恐怖でもなく、後悔によるものだった。

 ボロスを傷つけてしまったことを、クラウディアは後悔していたのだ。


「クラウディア様……」


 吐血したボロスは、胸に手を当てた。

 苦しそうに呼吸をして、クラウディアに向き合う。


「許せると思っているのか……?」


 この男に向ける憎悪は本物だ。


「心変わりした、命の価値を理解した、だから償っていきたい……そんな都合のいい言葉を並べれば、今まで貴様が手にかけてきた者たちが許してくれると、本気で思っているのか……?」

「……」


 クラウディアの震えた声で質問するが、ボロスは答えることができず、静かに俯いた。

 彼女がいくら糾弾しようと言い訳のしようはない、なにもかも事実だからこそボロスには出来なかったのだ。


「カンサス領は、貴様が来るまで平和な領地だった。争いとは無縁の長閑な場所で、幸せを享受していた。笑顔で家族と過ごして、友達と遊んで、大人に成長して、大切な人たちに看取られて死ぬ。その権利が我々にあったはずだ、あったというのに貴様らが来たことで全部壊れた……それを、それを、たった一つの謝罪で、頭を下げた程度で許せと、貴様は言っているのか……? ふざけるなっ!」


 クラウディアは剣をふるい、ボロスを斬りつけた。

 返り血が、彼女の頬に飛び散り、涙と交じる。

 ボロスは痛みで顔を歪ませるが、それでも反撃する意思をみせなかった。

 クラウディアの剣に纏った魔力は、過去戦った頃とは比べものにならないほど強力で、ボロスに致命傷を与えていた。


「貴様なら、貴様の”竜の血”をもってすれば、その程度の傷など幾らでも治癒することができるはずだ……何故しない!?」


 クラウディアは剣を振り上げ、ボロスの肩を、膝を、脇腹を、わざと急所をはずしながら何度も斬りつけた。

 そのたびに周囲に返り血が飛び散り、ボロスを苦しめる。


「これも貴様の言う”償い”のつもりか? 治癒しないことが、反撃しないことが、貴様の償いなのか!?」

「……」


 ボロスは痛々しい姿で膝をついて、クラウディアを見上げる。


 こうすれば、この男の本性を暴くことができると思っていた。

 死を間際にすれば、かつての竜王ボロスに戻ると、信じて疑わなかった。


 なのにボロスの眼差しは敵意どころか、仲間に向ける穏やかな瞳のままだった。



「くっ……!」


 次に首に狙いを定めていたが、軌道が逸れて、剣の切っ先が地面に叩きつけられる。

 ようやくトドメを刺せたというのに体が勝手に動いたのだ。


「———お前を殺すことで、私の復讐が果たされる。苦しみから解き放たれると、そう信じて止まなかった。だというのに、私はお前に対して……罪悪感を感じている」


 手の震えが止まらなかった理由は、心のどこかでボロスを殺すことを拒んでいたからだ。

 受け入れたくない、受け入れたくないはずなのに、否定したいのに、クラウディアは握っていた剣を離して、落としてしまう。


 膝も崩し、両手で顔を覆う。

 歯を食いしばって涙を堪らえようとしているのに、止まらない。

 否定しても、体と感情が許してくれない。


「殺したくて、殺したくて堪らなかった貴様に……私はっ……私ぁ!」


 土を強く握ったことで、指先の爪が剥がれていく。

 下唇を噛んだことで、血が滲んでいく。

 鼓動が痛いほど、耳元まで響く。


「憎しみや怒りが、これっぽっちも湧いてこない……!」


 理想郷で、ボロスと過ごしていくうちにクラウディアは、いつしか彼に友情を感じていた。

 ロベリアやエリーシャに対する信頼に等しい感情だった。


「何もかも過去のことだと割り切って、お前を許したがっている……!」


 昔のクラウディアなら、決して出てこない言葉が次々に吐き出されていく。


「お前と、時間を共にしてきたことで、次第にお前を仲間だと受け入れるようになったのかもしれないな……。冷酷な竜王だったお前が必死に変わろうしているのを、傍らにいたからこそ誰よりも分かっていた。次第に、お前に向けていた憎しみは、心地いい思い出へと変わっていった」

「私は……」


 クラウディアは嗚咽を漏らしながら、眼前にいるボロスの肩に顔を埋めた。

 そして、弱々しくなっていく声で彼女は囁くように言った。


「お前と共に、仕事をこなす時間。酒場で飲む酒。なにもかも、かけがえのない思い出になってしまった……楽しかった。だから私は———」


 クラウディアの本音を聞いたボロスは、目元から知らない何かが溢れるのを感じた。

 斬られた肩を我慢しながら動かし、触れてみると、温かい水滴だった。

 大粒の涙だった。


「クラウディア様……私は……」








 ―――『子孫を残すために、村から気に入った娘を選べって……シャンディ言ったでしょ、私はもう竜族を存続させる気はないよ』


 ―――『なりません! 我々ほど高貴で完璧な種族は他におりません! これからも未来永劫、ボロス様の血は残すべきです! 竜族をふたたび、この世に復活させることこそが!』


 ―――『私の兄、シオン・マグレディンは魔王になったことで竜族を脅威だと判断して皆殺しにした。父様は、産まれた日から匿っていた私を、勘付かれないように逃がした。故郷が燃える様は、言葉にできないほど苦痛だったよ。私はもう、あの光景を二度と見たくない。だから竜族の子を残す気はないよ。こういった静かな村で、静かに暮らしていくのが、これからの私のモットーだよ」






 ―――『シャンディ、また村から娘を連れてきたのかい? もういいって言ったのに勝手に。確かに、こないだ村に行ったとき可愛いって行ったけど、なにも連れてこいって言ってないでしょ。勝手なことばかりして、そんなに死にたいのかい?』


 ―――『ボロス様。何度も仰っておりますが、これからも未来永劫、貴方様の血を残していくべきなのです。それが我々、竜王軍の望みなのです。だから、どうか』


 ―――『まったく、君も頭が堅いね。まあいいや、君名前は? モニカちゃん? 可愛い名前だね、別に嫌なことはしないから城の中をわが家だと思って過ごして。ごめんね、女子供を怖がらせるのは性に合わないけど、配下達が煩くてね』





 ―――『ねっ、シャンディ、前の子もそうだったけど。モニカちゃんを無事に村に帰すように命じたはずなのに、どうして殺しちゃうの? 女子供だけは殺すなって命令したはずでしょ? さすがの私でも怒るよ?』


 ―――『村の者たちに恐怖を植え付けるための見せしめです。可愛がった娘とて、我々竜王軍と一年も共にしたことで得た情報を、何かしらの手段で外に漏らす可能性がございます。どうが、ご理解を』


 ―――『……やれやれ』






 連れてこられた娘たちと過ごす時間は楽しかったです。

 中には私に対して恋心を抱く子もいました。

 しかし、それ以上の関係になるつもりがない私はその想いを拒んで、配下達に娘を家に帰すように命令しました。


 それでも配下の大半は、連れてきた娘を生きて帰す気はありませんでした。

 城のどこかで殺めては遺体を適当に埋めたりしていました。

 それらの残酷な行いを私は、配下達に分け与えた竜の血を通じて知りました。

 しかし、止めに入ったり娘を救うことはせず、玉座で傍観したまま、何もしようとはしませんでした。


 私が、彼女らを殺したもの当然です。

 クラウディア様に憎まれて当然のことをしてきました。


 殺される覚悟で、クラウディア様に謝罪をしました。

 斬り殺されるつもりで頭を下げました。

 それが彼女の選択なら、この命惜しくもありませんでした。


 主人であり唯一の友ロベリア様を裏切ることになっても、過去の過ちにケジメをつけたいと、ずっと思っていました。






「———私は、お前を許さない。だから、これからも生きて私を納得させてみろ。お前のその償いが、罪を清算できるのか……証明してみてくれ」


 クラウディア様は、私を許してくれませんでした。

 殺されて当然のことを彼女にしてきたのだから、許されるほうが間違いでしょう。

 しかし、彼女は私に”生きて”くれと命じました。


 ロベリア様の役に立ち、できるだけ多くの人間に救いの手を差し伸べろと、クラウディア様は言いました。


 元から、そのつもりです。

 私の心と体は、ロベリア様だけのモノです。

 あのお方の為なら、喜んで私のすべてを捧げましょう。

 しかし、この命は私だけのモノ。

 この命で、苦しんでいる人々を助けていきたい。

 それが私の本音です。





「傷は治せましたが、服がボロボロになってしまいました。お気に入りだったのに、残念です」

「猪に追い回されて崖から落ちたと言えばいいだろ……」

「なるほど、名案! 流石は我らが騎士クラウディア様ですね! ……冗談ですよね?」

「……ふふ、どうかな?」


 私は、罪を背負って生きていきたいと思います。

第2巻が本日発売日されました!!

表紙はゾルデア姉さんとリーデア姫です!

キャラが大勢登場する巻ですので、よろしくお願いします…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ