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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第141話 死滅槍の刑

 


 ルチナという名前に聞き覚えがあった。

 魔導傭兵団との絡みが描かれたサブクエに、確かそのような名前のモブがいたような気がする。


 使い回しの立ち絵だったが名前は”ルチナ”、メインストーリーに一切登場しないサブのモブ。魔導傭兵団の団員だし、ゲームのルチナの立ち絵も眼鏡をかけていたし、同じ名前だ。

 間違いなく同一人物である。


「この度は申し訳ありませんでしたッ!」


 ルチナから見事なスライディング土下座が炸裂する。心なしか眩い光を放っているようにも見えた。


「私は、てっきり邪悪な何者かが接近してきていると勘違いをしてしまいました! 殺さないでくださいぃ。殺すのなら、せめて優しく殺してくださいぃ」

「別に、気にしていない。頭を上げろ」


 見事な攻撃魔術だった。

 部屋に入る前に、魔力を感知していなかったら防ぐことはできなかった。


「あ、あのね、ロベリア。ルチナちゃんは、目を覚ましたばかりだから混乱してて……攻撃をしたのもワザとじゃないんだ」

「解っている」


 理想郷を目指したり流れ着いたりする者の多くは訳ありだ。

 戦争の避難民、奴隷、軍の兵士、そのような境遇にあった人間はそうすぐには立ち直れたりはしない。


 錯乱して他人を攻撃したり、自分で自分を傷つけようとしたりもする。

 その行為を受け入れ、赦し、時間をかけて少しずつ乗り越えていけるよう心のケアを行うのも俺達の役目だ。


「名は? 自分の名前を言えるか?」

「わ、わたっ……私はルチナと言います」

「さっきの攻撃魔術、凄まじい威力だった。貴様は、並大抵の魔術師ではないな」

「は、はい! ま、魔導傭兵団に所属している者です……ので」


 知っている。

 初対面のフリをしているだけなので。

 ゲームではサブキャラのルチナと、メインキャラのロベリアの接点はない。


「魔導傭兵団が人魔大陸に……?」


 ストーリでは、そのような情報は聞かなかった。

 やはりロベリアの、この世界にもたらす影響は大きい。

 筋書きを無視した行動を取ったことで時局に変化を起こしてしまったのだ。


「リグレル王国のクロード陛下からの勅令を受けたんです。人魔大陸の”開拓調査”を」

「ほう、具体的には?」

「そ、その……開拓に必要な情報を収集するのが私達の任務でした。人魔大陸に進出しようとする国は今までにいませんでしたので、陛下は先取権を得ようと考えたのです」

「……なるほど」


 国は新たな領土を確立することで利益を生み、他国との競争を優位に立つことができる。世界連盟に加入しており、尚且”第二次人魔大戦”の最前国が、そのような手間と金のかかる計画を進めるとは、到底思われない。


「貴様は派遣された調査隊というわけか……一人なのか?」

「い、いえ……」


 この質問が、ルチナの顔を曇らせてしまう。


「やはり、今の質問はナシだ」


 調査隊が一人であるはずがない。

 あの反応からすると、彼女以外が全滅してしまったのだろう。

 そして不運にも強力な用心棒を引き連れた奴隷商人に遭遇して、捕まってしまい奴隷にされたのが大まかな経緯だろう。


「病み上がりに質問攻めは性に合わん。細かい事情はボロスを探して吐かせる。ルチナはエリーシャ、お前に任せる」

「え、いいけど……ボロスさんはお出かけしてるみたいだよ」

「場所は?」

「造船場に行くって言ってたわ」

「今日は非番なのにか……まあ、いい。そこへ行く」


 帰ってきたばかりだがボロスの奴、家にいないのかよ。

 船造りを積極的に手伝ってくれるのは有り難いが、頑張りすぎるのも身体に毒だ。


「ま、待ってください!」


 ルチナに慌てて呼び止められる。


「何だ、急いでいるんだ」

「そのボロスさんが……私を助けてくれた方なんですよね? あの、せめてお礼の一つを言いんです! 私を、彼の元まで連れて行っていただけますか!」

「駄目だ、安静にしていろ」


 何を言い出すかと思いきや、駄目に決まっている。


 万能薬や上級回復薬は数に限りがあるので負傷した箇所は治癒魔術で治し、あとは標準的な治療方法で回復を待つだけ。

 安静にすれば治るものには、無闇に貴重な薬を使用したりはしない。


「あと、私の……私達の大切な物が無いんです!」


 ベッドのすぐ傍らにある引き出しの上に、彼女の荷物がある。

 ルチナは中身を確認しながら、訴えるように言ってきた。

 無いって、何が無いんだ?


「奴隷商人が地竜に持たせていた荷物の中身を、一応全部持ってきたってボロスさんが言ってたんだよ? 何が無いの?」

「私の服、杖、本、全部入っているけど”報告書”がないの!」


 ルチナは泣きそうな顔で言った。


 報告書って、もしかして魔導傭兵団の調査隊の調査結果を記録した報告書のことを言っているのか?

 それが荷物に無いということは、ルチナを含めた魔導傭兵団の調査隊たちの命をかけた任務が無駄になるということだ。


 ―――消し灰にしましたが?


 かつて俺の努力の結晶を笑顔で抹消したことを報告するボロスの姿が、脳裏によぎる。


「……貴様、鑑識眼を使えるのだろう?」

「え、何でそれを」

「話しは後だ。これを飲んで早く支度しろ。貴様の大切な報告書をボロスが持っているかもしれん」


 懐から調合した上級回復薬を取り出しルチナに渡す。

 嫌な予感がする。


 ボロスがエリーシャに造船場に行くと言っていたが、妙な胸騒ぎがするのだ。

 万が一、万が一のことがあればルチナの鑑識眼に頼ることになるかもしれない。


「あれ、連れて行っちゃうの! 安静にするよう言ったのロベリアじゃない!」


 ドアを開けようとする俺を、エリーシャは両手を広げて止めに入ってきた。

 納得していない顔で上目遣いで見つめてきていた。


「事情が変わった。俺の勘が正しければ、ルチナの大切な報告書はもうこの世に存在していないのかもしれない」

「え!」


 ルチナが変な声を出して、目の前のエリーシャは察したように口に手を当てた。

 クロウリー夫婦と竜王ボロスの付き合いは長い。


 こういう時に限ってボロスが何かを仕出かすのは、もはや定番なのだ。


「行ってらっしゃい!」


 エリーシャに見送られ、俺は細身だが回復した魔導傭兵団ルチナと共に、理想郷の東側にある港の造船場に向かうのだった。





 ―――結論から言うと、ボロスはそこに居ませんでした。

 ルチナの鑑識眼を頼りに町中を探し回っていたら、女の子をナンパしている姿を発見しました。

 当然のように嘘を付いていたみたいです。



「ギャァアアアアアアア!?」


 無論、嘘を付いてまで町中でナンパをする、悪い蜥蜴人間は”死滅槍デッドエンドボルグ”の刑に処しました。


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