19.
それからの2日間は、あまり外に出る事もなく、宿で義姉達の世話をして過ごした。
なんといっても目前に迫ったザワージに向けて、義姉達は浮き足立っている。
特に美容には力を入れており、アイシャは爪を磨く手伝いをしたり、いい香りのする香油でマッサージをしてやったりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
まあ、そうする事でシェイドとの約束の日に、出かける許可を貰えるという打算もあるのだが。
お陰で3日目に出かける旨を伝えても、二人は不機嫌になる事はなかった。
とはいえさすがに朝早くからという訳にはいかず、昼になる少し前に宿を出て、途中で二人分の昼食を買った。
家に着いてからは居間に二人分のお茶を用意して、そこに買って来た昼食を並べてシェイドが来るのを待った。
その間に声を出してダンハルク語の練習を始める。
宿では書いて覚える事は出来るのだが、義姉達がいるせいで発音の練習が出来ないからだ。
そうやって暫く練習していたら、玄関の方から物音が聞こえた。
「ハイダー!」
居間の扉を開けると同時に、明るく挨拶をしながらシェイドが入って来た。
「ハイダー。今日は気配を消さずに入って来たのね」
「君に言われたからね、ワザと物音を立てたんだ。俺の分も昼食の用意をしてくれたのか?」
「ええ。買った物で申し訳ないけど」
「それじゃあこれは食後のデザートになるな。君に食べさせたいと思って買って来たんだ」
シェイドは食器棚から皿を取り、手に持っていた紙袋の中身をその上に並べ始めた。
それらはパイ生地の様な薄い生地が重ねられ、そこにナッツやシナモンが挟まって、上からシロップのかけられたお菓子だった。
「店によっては甘すぎるのもあるが、これは甘さ控え目で、きっと君も気に入るんじゃないかな?」
「甘い物は大好きよ。タクスケルドゥヘフ!」
「お!勉強している様だね。ありがとうをダンハルク語で言える様になったな」
「覚えたては使いたくなるのよ。貴方との会話は、なるべくダンハルク語を使おうと思ってるの」
「そうだな。その方が上達も早いだろう。それじゃあ食べてから勉強を始めよう」
それから二人は昼食を食べて、シェイドの買って来たお菓子をつまみながら、ダンハルク語の勉強を始めた。
グラシア語に近い事から、覚えるのはそれ程難しくはないので、少しコツを掴んだアイシャは、最初よりはかなり話せる様になって来た。
それもシェイドの教え方が上手いせいだと、改めて実感している。
改めてシェイドにお礼を言うと、照れ臭そうに微笑んだので、それがいつもより幼く見えて、何故だか胸の辺りがギュッと締め付けられる感じがした。
「そろそろ日が暮れるな。今日はここまでにしようか?」
「もうそんなに時間が経ったの!?夢中になっていると時間が過ぎるのが早いわね。それじゃあ今日はここまでにしましょう。そうだわシェイド、次はいつなら都合がいいの?」
「‥‥あと4日でザワージが行われる。だから‥君と会うのは、ザワージの次の日になるだろうな‥」
「ああ、そういえば他人事だと思って忘れていたけど、私もザワージに参加しなくちゃいけなかったんだわ!」
「呑気だなぁ君は。まあ君にとってザワージは、さして重要な事ではないからな。その様子じゃザワージに参加する時、宝飾品が必要なんだという事を知らないんだろう?」
「宝飾品?え?どうして宝飾品が必要なの?」
「やっぱり知らなかったか。参加者全員が宝飾品を一つ提出して、それを使って水占いをするのさ。だから君の義姉さん達は、君に買い物を頼んだんだろう。あの時俺は聞いただろう?君の分は買わないのかって」
「あれは‥そういう理由だったのね!?どうしよう!宝飾品なんて‥この指輪以外持っていないわ‥」
「そんな事だろうと思っていたよ。おおかた君の義姉さん達は、知っていてワザと教えなかったんだろうな。だから‥これを使って欲しい」
シェイドは腰に下げた小物入れを開けると、中から茶色い革袋を取り出して、それをアイシャに渡した。
「開けてご覧」
とシェイドが言うので、革袋の紐を緩め中身を取り出す。
すると中から現れたのは、あの時シェイドが買ったターコイズの嵌め込まれた金の腕輪だった。
「こんな、こんな高価な物、借りる訳にはいかないわ!」
「それが今日の希望だと言っても、君は断るのかい?」
「でも‥これは貴方が誰かの為に買った物なんじゃ‥」
「これは初めから君に渡す為に買った物だ。ただ、あの時渡しても、受け取ってはくれなかっただろう?だから今渡す事にしたんだ。アイシャ、それが今日の希望だ。希望を叶えると約束しただろう?」
「どうして‥どうして貴方は、私にこんなに尽くしてくれるの?」
「‥‥いずれ君に恨まれる時が来るから‥かな」
「えっ!?」
「いや、悪いが今はまだ話す事が出来ない。だから君には約束だけ守って欲しい。いいかい?」
そう言われてしまえば頷くしかなくて、アイシャは仕方なく腕輪を受け取った。
受け取った後、シェイドはホッとした様な顔をして、思わず見惚れてしまいそうな極上の微笑みを浮かべた。
そんな顔をされたら、なんだかいい事をした様な気になってしまう。
それにまた胸が熱くなるのを感じて、アイシャは戸惑ってしまった。
「当日それを提出するまでは、君の義姉さん達にそれを絶対見せないでくれ。取り上げられる恐れがあるからね。いいかい、直前まで革袋に入れたままで持って行くんだよ」
「分かったわ。まあ尤も恐れ多くて、腕に嵌めるなんて出来ないけど」
「それでいいさ。さあ、今日はもう帰ろう。宿まで送るよ」
シェイドに促されたので、簡単に片付けをしてから、二人で宿に向かった。
別れ際にもう一度次の予定を聞くと、やはりさっきと同じ言い方をして、いつもの様にはっきりとした日数は言わなかった。
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