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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
18/23

18.

「あの、突然押しかけた上に席まで譲って頂いてすみません。それと、昨日はきちんとお礼が出来なかったので、改めてお礼を言わせて頂きます。助けて下さって、本当にありがとうございました」

アイシャが丁寧にお礼を言って頭を下げると、兄の方が口を開いた。

「いやいや大した事ではない。美人を助けるのは当然の事だからな」

「私は兄上も助けたんですがねぇ‥。兄上からのお礼は、まだ貰っていませんが?」

「何を言っている?私は今回の主役だぞ。お前は主役である私の護衛みたいな物なんだから、助けるのが仕事だろ?それに私は育ちがいいからな、野蛮な事はしないのだ」

「はいはい、坊っちゃまですからね。坊っちゃまは剣の稽古をサボってばかりで、全く上達しませんでしたからね。野蛮な事は苦手なんでしょう」

「シモン、その解釈は間違っている。心優しい私は、争い事が嫌いなのだ」

「物は言いようとはこういう事をいうんですね。その前向きな姿勢はある意味尊敬しますよ兄上。っと、お嬢さんを放ったらかしにしてしまったな。兄上と話すとどうも脱線してしまう。ああ、お礼はいらないから、お嬢さんは一人歩きの際、十分気を付けて」

「はい、気を付けます」

返事を返しながら隣のシェイドをチラリと見ると、片方の目がピクッと上がった。


「‥あのねシェイド、昨日義姉達から買い物を頼まれて、大通りから少し入った路地に入り込んでしまったの。そうしたら3人の酔った異国人に絡まれて、どうしようか困っていた所を、こちらのお2人に助けて頂いたのよ。せっかく忠告してくれたのに、それをあっさり破る形になってごめんなさい。私の行動は軽率で、貴方の信用を失くす行為だったわ‥」

アイシャがそう言うと、シェイドは一度溜息を吐いたが、アイシャの頭をポンポンと軽く叩き、兄弟に向かって口を開いた。


「俺からも礼を言わせて頂きます。彼女を助けて下さって、ありがとうございました」

「いやいや、構わんよ。身内自慢ではないが、こう見えて弟は元オセアノの近衛でな、かなり腕は立つのだ。たいした相手ではなかったし、弟にとってたいした事ではない」

「兄上、それを兄上が言いますか?わざわざ韻を踏んで兄上が言いますか?」

「何がいけないのだ?私は兄だから言ってやったのだぞ」

「ハァ〜‥兄上と話すと疲れますねぇ。ええと、君はお嬢さんの恋人かな?」

「いえ、護衛兼案内係を頼まれた者です。まあ、そう言われるのは大歓迎ですけどね。ところで貴方はオセアノの近衛だったという事ですが、アルドにはどんな用事で?」

「そう!それを早く聞いて欲しかった!何と言っても私が主役なのだからな」

「また兄上は話に割り込んで!まあ浮かれるのも仕方がないか。こんな事はこれから先、あるかどうかも分からないのだからな。実は我々はアルドから農業支援を依頼されて、オセアノから派遣された農業技術者なんだよ。といっても技術者は兄で、私はお目付役の様な物だ。ほら、この通り自由な人だから」

「おいシモン、そう褒めるな」

「言った側から自由ですね兄上は。まあ、そういう訳でオセアノから来たんだが、ザワージとかいう儀式が済むまでは、国王との謁見も出来ないらしい。そうしたらこの兄が観光をしたいと言い出したので市内を回っていたら、偶然お嬢さんを助ける事になったんだよ。兄のセリフを使う様で癪に障るが、たいした事ではないから礼はいらないよ」

「技術者‥ですか。成る程‥」

「そうだお嬢さん、まだ名前を聞いていなかったね」

「あ!そうでしたね。今更ですみません、私はアゼル族の養女でアイシャと申します。そして彼は私の護衛兼案内係でシェイドです」

「シェイド?どこかで聞いた名前だな‥‥ああ!第二王子と同じ名前だ。よろしくシェイド、私はシモンでこっちは兄のミゲルだ」

「おい!私の名前を先に言わんか!」

兄のミゲルがブツブツと文句を言い始めたが、シモンは知らんぷりでシェイドに握手を求めた。

おそらく西方の習慣と思われるこの握手に、シェイドは右手の革手袋を外してそれに応えた。


「‥アルドの初代国王がシェイドというので、スワヒールにはこの名前が多いんですよ。俺の名前も初代国王にあやかってつけられました。寛いでいる所を邪魔する様な形になってしまい、申し訳ありませんでした。俺達はそろそろ帰りますので、ゆっくり過ごして下さい。また‥どこかで会う事になるかもしれませんが‥」

「ああ、それは別に構わないよ。二人共、我々は謁見が出来る様になるまでこの宿にいるから、何かあったら遠慮なく訪ねておいで」

シモンの言葉に二人はもう一度礼を言うと、ミゲルとサンショにも挨拶をして宿を後にした。


あちこち動き回ったせいか、今日はもうダンハルク語の勉強をしている時間が無い。

シェイドはアイシャを宿まで送ると言うので、そのまま帰る事にした。

宿まで歩く道すがら、何故シェイドが忠告を破ったアイシャに対して腹を立てる事もなく、礼を言ってくれたのかが気になったので、アイシャはそれについて尋ねてみた。


「ねえシェイド、どうしてお礼を言ってくれたの?私はてっきり腹を立てているんじゃないかと思ったんだけど‥」

「腹を立てる訳ないさ。立てるならむしろ自分にだ。君の義姉達なら買い物位頼むだろう?それぐらいの事は予測出来たのに、俺は詳しく説明しなかったばかりか、側で助けてやる事も出来なかった。だから彼等には感謝している。もし彼等が偶然現れなかったらと、考えるだけでゾッとするよ」

「そんな、シェイドには何の落ち度も無いわ!私が軽率だったからなのよ。本当に‥貴方はどうして私なんかを‥‥そんな風に心配してくれるの?世話になってばかりで、何も返せていないのに」

「‥その理由を話すには、もう少し時間が必要なんだ‥。それから"私なんか"という言い方はやめてくれないか?君は君が知らないだけで、とても魅力的な女性なんだから」

「み、魅力的って‥!またそんな冗談を!」

「俺は一度だって冗談なんか言っていないよ。尤も今はまだ信じてくれないだろうけどね。あと、言いにくいんだが‥危険な目に遭ったばかりだというのに、次はまた3日後になってしまうんだ」

「そんな事気にしないで。むしろ私に合わせて時間を割いてくれてるんですもの、私の方が申し訳ないわ。何かあったらシモンさん達だって頼れるし、問題無いわ」

「‥出来れば俺が守りたいんだが‥それも仕方ないか‥。アイシャ、宿まで‥手を繋いでもいいかい?」

「手?もしかしてそれが今日の希望かしら?」

「うん、そうなるかな‥」

今までの希望に比べたら、手を繋ぐ位どうという事はない。

シェイドの希望通り手を差し出したら、革手袋を外した手がギュッと握った。

バザールへ行く時にも手を引かれたが、革手袋を外した手を握るのは初めてだ。

ゴツゴツとして骨ばった、シェイドの大きな手は暖かくて、不思議な安心感を感じる。

そしてどういう訳か胸が熱くなって、その熱が顔まで広がって来た。

相変わらず賑やかな大通りでは、余程大声で叫ばない限り、通行人は特に気に留める事もなく通り過ぎて行く。

シェイドに手を引かれて歩きながら、この状態の自分が目立つ事のない賑わいが、何故だかとても有り難いと思ってしまった。

読んで頂いてありがとうございます。

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