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アルドの花嫁  作者: 栗須まり
17/23

17.

「あれはもう‥18年位前になるんでしょうかねぇ‥」

テーブルの上に肘を立てて両手の指を組み、その上に顎を乗せた姿勢でサンショは語り出した。

「私はナザロの港に着いた船から、直接品物を買い付けて、それらをオセアノへ送る為の手続きをしておりました。オセアノにはテージャという大河があるので、海から王都まで品物を運ぶには、それを利用するのが一般的なんですよ。なにしろ結構な量ですからね、船で運ぶのは最も効率がいいやり方です。それから店に品物を送った旨を書いた手紙を先に発つ船に託し、一通り手続きを終えると、少しゆとりの出来た私は、港に並ぶ海産物の直売所を訪れて、普段食べられない新鮮な魚介類を味わおうと、直売所の中を歩き始めました。その時でしたよ、彼女の姿が目に飛び込んで来たのは‥。今のお嬢さんと同じ様に、輝くばかりの銀髪と、エメラルドの瞳は、あの様な場所では酷く浮いていましたからね。つい目が離せず彼女の様子を見ていると、なにやら片っ端から私の様な買い付け人や隊商に声をかけていたんです。ですが今にも産まれそうな大きなお腹を見ると、皆一様に相手にするのをやめました。まあ、それも仕方のない事です。彼女はある事を頼んで回っていたんですから」

「ある事‥ですか?それはどんな事だったんでしょう?」

「出来るだけ早く近くの町へ連れて行って欲しいと、その様に頼んで回っていたんです。今にも泣き出しそうな必死な様子で。ですがあの様に大きなお腹では、荷物と同じ様に運ぶ訳にはいきません。馬車の振動で突然お産が始まっても困ると、皆がそう言って断っていました」

「‥でも、サンショさんは頼みを聞いてくれたんですよね‥」

「ええ。ちょうどその頃、国で待つ妻も臨月を迎えていましたから、他人事とは思えなかったんですよ。それに思ったより早く取引が終わったので、いくらか余裕もありました。私は彼女に声をかけ、行き先はスワヒールだが構わないかと聞くと、彼女はそれで構わない、とにかく一刻も早くナザロを離れたいんだと言ったんです。その時の様子は‥とても焦っている様に見えました。まるで何かから逃げている様な印象を受けたのを覚えています」

「逃げて‥ですか?」

「ああ、あくまで私の勝手な想像ですよ。何故そんなに急いでいるのかと尋ねましたが、理由は教えてくれませんでした。ただ‥そう、思い出しましたが、お腹の子を守る為だとだけ言っていましたね。お腹の子‥つまりお嬢さんを守る為に、出来るだけ早く離れたいんだと。何か事情を抱えている様でしたが、聞いてもそれ以上は何も話せないと言っていました。そこで私はすぐに隊を組んで、スワヒールに向かう事にしたんです。なるべく早くという彼女の希望通りに、その日の午後にはナザロを発ちました。ですがその時既に、彼女はかなり無理をしていた様です。それから2日程経った後、彼女の容体は急変しましたから。立ち上がる事も困難な程、彼女は衰弱していました。ですがそんな中で、急に産気づいたんです。スワヒールまではまだ後3日はかかる場所でしたから、私は慌てて近くの町に寄る事にしました。それがカランの町です。私は買い付け人ですから、普段王都以外には用が無いので、カランに寄ったのはこの時一度きりですが、この時驚いたのは異国人に対する扱いです。異国の隊商は町の外れで卸問屋と取引を行うと、さっさと町を離れて隣のナフタルで宿を取るんですよ。カランには異国人の泊まれる宿がありませんからね。あの町の偏見は酷いもんです。町の住民は私達を見て、軽蔑する様な言葉を吐いたのですから。しかしそんなカランの連中も、子供が産まれそうだと聞くと、何故だか急に態度を変えて協力してくれました」

「‥アルドでは産まれて来る子供は、神の使いだという考え方がある。だから協力したんだろう」

黙って聞いていたシェイドが口を挟むと、サンショは納得した様に頷いた。


「成る程‥そういう文化があるんですね。とにかくあの時は住民達のお陰で、急ごしらえの産室を作る事が出来たんです。そこへ偶然にも族長夫妻が通りかかって、色々と手を貸して頂けたんですよ。しかし、衰弱しきっていた彼女は、子供を産んだ直後に亡くなってしまいました‥‥。後はお嬢さんの知る通り、族長‥アゼル伯爵がお嬢さんを引き取ったので、私は町を後にしました。私の話せる事はここまでになりますが、私自身も分からない事だらけなんで、あまり参考にはならなかったのではないでしょうか?」

「‥いえ、話して下さってありがとうございました‥。あの、母は私にペンダントだけを残したんですが、他に何か所持品は持っていなかったんでしょうか?」

「それが、殆ど着の身着のままの状態で、荷物と呼べる物は持っていなかったんです。そういえば‥私もあまりに荷物が少ないので、聞いてみたんだったな‥。そうしたら全部流されてしまったと言って、哀しい顔をしていたのを思い出しましたよ」

「流されて‥ですか?」

「ええ。おそらくですが‥彼女は乗っていた船が難破して、救助されたんではないかと思うんですよ。ナザロ近海ではそういった事故が多いので、救助船がよく巡回していますからね」

「難破‥」

サンショから思いもよらない事を聞いたアイシャは、ショックを受けて黙り込んだ。

その様子を隣で見ていたシェイドは、労わる様に背中を摩ると、何かを思い付いたのか口を開いた。


「救助船が巡回しているなら、救助記録といった物があるかもしれない。それを調べればもしかしたら、何か分かるかもしれないな」

「救助記録!?でも、あったとして18年も前の事なんて、残っているかしら?」

「それは‥調べてみないと分からないが、これは俺に任せてくれないか?」

「‥‥貴方には‥何か調べる方法があるって事?」

「ああ‥。それについてはまだ話せないが、とにかく俺に任せて欲しい」

「これも"その内"に入るのね‥。分かったわ、貴方も含め分からない事だらけだけど、貴方自身が悪い人じゃない事は知っているもの。頼りっぱなしで申し訳ないけど、いつか必ず恩返しをすると約束するわ。だから貴方を頼らせて貰います」

アイシャがそう言うと、シェイドは嬉しそうに瞳を輝かせた。


「サンショさん、お時間を頂いてすみませんでした。お陰で少し母の事を知れて、嬉しく思います」

「いえ、お嬢さんの期待に添えなくて返って申し訳ない。でもねお嬢さん、彼女は貴女をとても大切に思っていました。貴女は望まれて産まれて来たんですよ。これだけは偽りの無い真実です。彼女は命がけで貴女を産んだんですからね」

「‥はい。それを聞けただけで、もう十分です。本当にありがとうございました」

アイシャは丁寧にお礼を言い、それから隣のテーブルにいる兄弟に声をかけた。

そこでハタと思い出したのは、昨日の出来事をまだシェイドに伝えていないという事だ。


黙っている訳にはいかないわね‥。

言われた事を守らなかったのは、私自身なんですもの。


アイシャは兄弟に席を譲ると、昨日のお礼と共に何があったのかをシェイドに話す事にした。

読んで頂いてありがとうございます。


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