中編
ハーディルト伯爵の視点で展開します。
私はデイブン・ハーディルト。ハーディルト伯爵家当主だ。
もう四十二になるが、なかなか妻にしたいと思える女性がいないのだ。
容姿の問題もある。私は、かなり太っている。
肉の塊である。こんな容姿の人間を、好ましく思う女性などほとんどいない。
だが、痩せるわけにはいかない。
私はあえて、この体型を維持しているのだから。
実は私は、ある特殊スキルを持っている。
それは、【嘘を見破る能力】だ。
心の声が聞こえるわけではない。だが、相手が嘘をついているかどうかがわかる。
この能力がわかった時、父親は動揺した。
貴族と政治の世界は、面従腹背。本音を隠して建前で守り戦う。
嘘がわかる能力があれば、質問次第では相手の心を読み取ることができるのだ。
父親は、すぐさまそれを秘匿した。そうして、王に相談した。
父親は野心家だった。
私を王に差し出して、家の繁栄を約束させたのである。
王は、ハーディルト伯爵領を王都に近い直轄地へ転封した。多少面積は減ったが、栄転だ。街道が通り、大きな街と豊かな土壌を有する恵まれた土地だ。
もちろん能力は秘匿されたまま、私は十の年に宰相府の預りとなり、付き人として勅使や大使の交渉に同行した。
もちろん、私の仕事の本領は付き人ではない。勅使や大使が質問した答えから、真偽を読み取るのだ。
長じるにつれ、今度は自分が勅使や大使として直接真偽を確かめるようになった。私は、国にとってなくてはならぬ存在であり、多くの秘密を知る扱いに困る人間でもあった。
国から出せない。貴族間のパワーバランスを崩しかねないので、下手な婚姻もさせられない。私には、常に暗部の監視がついている。
とはいえ貴族である。社交界に出れば、豊かな領地で王に目をかけられている貴族の子息として、令嬢達が群がってくる。
その勢いは怖いほどだ。それも、彼女達の美辞麗句は、偽りだらけ。
到底結婚相手にふさわしいと思えなかった。
こんな私が望む結婚相手は、貴族の派閥にあまり影響がなく、偽らない女だ。
嘘には食傷気味なのだ。
だが、そんな女はなかなかいない。
偽りだらけの令嬢が群がってくる。
いい加減鬱陶しくなった私は、女が忌避する見た目になるようにした。
つまり、太ったのである。
太れば太るほど群がる令嬢が、目に見えて減った。
それでも様々な思惑で来る女は断った。
そんな女達は、私に断られたのが屈辱だったらしく、「ハーディルト伯爵子息に言い寄られたが、太っているのが嫌で自分が断ったのだ」と吹聴した。
そうして気づけば、いつしか私が家督を継ぎ、年も四十を過ぎていたのである。
「まずいな……。さすがにどっかで結婚相手をみつけないと、家が終わる」
私には兄弟はいない。
いたのだが、一人は亡くなり、もう一人は貴族の家を嫌い、冒険者になると言って家を出ていった。
「冒険者になって、ケモミミハーレム王に、俺はなる!」などと、意味不明なことを言っていたが、音沙汰がないのは元気でいるのか、のたれ死んだのか。
まあ、それはいい。
なかなか良さそうな女がおらず、どうしたものかと思っていた時に、友人の一人であるアンソニー・マグナクト伯爵から見合いの話が来た。
なんと、十五のデビュタント前の娘だという。
「年が違い過ぎるだろう!それに私の容姿を見ろ。相手が嫌がるだろうよ」と苦言を呈した私に、友人は言った。
「大丈夫。私の娘なんだが、乗り気なんだ。エリーゼの方の娘だから、余計なしがらみはないし、ハーディルト卿にちょうどいいんじゃないか?」
「マグナクト卿の娘!?いいのか、それで?」
「いいんだよ。サマンサという名の娘なんだが、卿も知っての通り、エリーゼの実家はないに等しいだろ?伯爵令嬢といっても庶子あがりとして、良さそうな婚姻も結べそうにないからな。あの娘が王都に残るなら、お前という後ろ楯があれば安心というのもあるのさ」
「なるほどな」
私はこの男のこういう率直さが好ましくて友人をやっているのだ。
貴族としては残念な男だが、友人にするには良い男だ。
その男の娘なら、良いかもしれない。
「なあ、サマンサ嬢の性格は、どちら似なんだ?」
「うーん、エリーゼにも似ているし、私にも似ているかな」
「マグナクト卿似の娘か。それならば、結婚したいと思えるかもしれないな」
「……え?」
マグナクト卿が私から距離をとった。
「何故、離れる?」
「ハーディルト卿、なかなか結婚しないと思っていたが、まさか、私を狙って……」
とんでもないことを言い出した。
「違う!そういう意味じゃない!私は、マグナクト卿の性格が好きなんだ!」
「こ、告白!?私は、エリーゼ命だからな!」
「告白してないわ!友人としてだ!私だって卿と同じく女が好きだから!」
「な、ハーディルト卿もエリーゼが好きだと!!決闘だ!」
「落ち着け、マグナクト卿。同じ女が好きなんじゃない。同じように女が好きなんだ!」
しばらく私達は話し合い、最終的には、私とサマンサ嬢の見合いの日が決定したのだった。
見合い当日。
ハーディルト伯爵家の屋敷に、マグナクト卿一家がやってきた。
挨拶を交わした後、最高級の茶葉でもてなしながら、私は初めて見るマグナクト卿の妻に目を向けた。
マグナクト夫人は、美しい赤髪を上品に結い上げ、妖艶な肢体を清楚なパステルグリーンのドレスで包んでいる。
少し強めの眼差しも危ういアンバランスさを引き立てており、貴族らしさの中に抑えられた奔放さを感じさせる魅力的な女性であった。
「私の妻を見るな。目を潰すぞ」
「じゃあ、連れてくるなよ」
「嫌だ。見せびらかしたいんだよ」
「お前はどうしたいんだ……」
私達のやり取りに、夫人がふふ、と笑う。
「仲が良いのですね。少し妬けてしまいますわ」
「これは、お恥ずかしい所をお見せしました」
世のマグナクト夫人への評価は不当だ。
彼女は娼婦などではない。立派な貴族のご婦人だ。それも、出自による卑屈さや偽りを感じさせない貴重な女性だ。
私は、サマンサ嬢にも目を向けた。
父親のマグナクト卿譲りの柔らかそうなブラウンの髪に、母親と同じ色の紫の瞳。顔立ちは、父親に似て愛嬌があり、どこか芯の強さも感じられる。
サマンサ嬢は、私の視線に真っ直ぐ応えた。
私は、少し悪戯心を出した。答えにくい質問で、彼女の心を測ろうというのである。
「あなたは私と婚姻するかもしれないが、私を見てどう思う?」
サマンサ嬢はきょとんとして、呼吸をするように自然に答えた。
「すごく太ってますね」
スパーーンッ
夫人もまた、流れるようにサマンサ嬢の頭をはたいた。
「申し訳ありません、ハーディルト伯爵。娘は天真が爛漫なんですの」
夫人、動揺が言葉に表れてますよ。
「いえ、率直な方が私には好ましい」
こんなにストレートパンチだとは思わなかったが……。
面白くなってきた。もう少し掘り下げてみよう。
「私はこの通り醜い容姿をしているが、結婚相手として気にならないのかね?」
「醜い?」
サマンサは首をかしげた。
「確かに太っているけれど、醜いと感じるのは人によるのではないかしら。私は特に気にしないし、顔の美醜にしても、すごく太ってる人って、痩せている時は格好良くても、肉が顔に付き過ぎるとみんな同じような顔になるじゃない?痩せた顔を見ないと、私にとって醜いかどうかなんて判断できないわ」
驚いた。彼女は嘘を言っていない。
「本当に私の容姿が気にならないのか……」
「ならないわ。あなたは気にしているの?」
逆に質問が飛んできた。
「わからないな。望んでこうなったが、そうなる必要がなければ私は太らなかっただろう」
「何を言ってるのかわからないわ」
「そうだな。すまない。ややこしい話なんだ」
サマンサ嬢は自然に私と会話をしている。何の気負いもなく私と対峙している。
サマンサ嬢の隣で夫人の顔が火を吐く前のドラゴンみたいな顔をしている。
あれは、何かどうしても言いたいことを我慢している顔だ。おや、小さく何か呟いたな。
サンドイッチ……?腹でも空いたのか?
まあ、いい。サマンサ嬢から次に何が飛び出すのか、俄然興味が湧いてきた。
「サマンサ嬢、では君はどうして私と結婚をしてもいいと思うようになったのかい?私は年だって、君の倍以上だ」
彼女はどう答えるんだろう。
「それは、あなたが王都に住んでいる伯爵だからだわ」
「身分?君は身分が好きなのか?」
私はちょっとガッカリした。
マグナクト夫妻が酢を呷ったような顔をしている。
だが、サマンサ嬢は悪びれもせず、話を続けた。
「伯爵様、あなたは生まれた時から伯爵家の正統な子どもとして育ったからわからないのだわ。お母様は、身分が釣り合わないからお父様と結婚できず、私達は身分がないから馬鹿にされ、蔑まれたの。ならば、私は身分のある方と正式に結婚して、蔑まれない立場になりたいわ。女の幸せは結婚相手次第だし、あなたは容姿を気にしているようだけど、容姿が私にご飯を食べさせてくれるのかしら?馬鹿にされないように守ってくれるの?私は、私の幸せを守ってくれる方に嫁ぎたい。ねえ、伯爵様、これって、おかしい話なのかしら?」
私は度肝を抜かれた。かつて私に群がってきた令嬢のように、ただふわふわとステイタスを求めているだけかと思っていたが、そうではなかった。
彼女は、自分の幸せに何が必要で何が必要でないか見極めている。
その芯の通った飾らぬ価値観に、私の心は決まった。
サマンサ嬢と結婚したい。
それを夫妻に伝えようと視線をスライドさせて、さらに驚かされた。
……夫人の顔芸が凄い。
よくも顔一つで、あれほど混沌を表現できるものだ。
「伯爵、真に申し訳ありません。娘が大変失礼なことを……」
「構いませんよ。お顔を戻してくださいマグナクト夫人。私はサマンサ嬢の仰ることは、もっともだと思いますよ」
「お恥ずかしい話です。私の影響で娘が……」
「いえ、サマンサ嬢は間違っていませんし、私には彼女の率直さはむしろ美点に思えます。あなたはサマンサ嬢を素晴らしい女性に育てられましたよ。サマンサ嬢さえ良ければ、私はこの話をお受けしようと思います」
「まあ!」
「本当かね、ハーディルト卿!」
「やったわ!お母様」
「やったわ!」という反応を見るに、彼女は私との婚姻を喜んでいるらしい。
よかった。伯爵で。王都在住で。
彼女の幸せを守る武器を、私は持っているのだ。
知らぬ間に私の口角は上がっていた。
この短時間で、私はすっかりサマンサ嬢を気に入ってしまったらしい。
「あ!ちょっと待って。まだだわ」
サマンサ嬢が、不穏な言葉を発する。
私に何か懸念があるというのだろうか。
しかし、サマンサ嬢は思ってもみないことを口にした。
「私、実は伯爵様にありのままの私を受け入れてもらえなければ、領地に引っ込む約束になっているのです。ですので、伯爵様にこれから私のありのままの姿を見せますので、どうかその上で私をもらってくださいませ!」
マグナクト夫妻の顔色が蒼白になった。
「あー、サマンサ……サマンサちゃん?そのお話ね、もういいわ。お母様、もういいことにするわ。だって、もう充分伯爵様はサマンサちゃんのことを受け入れてくれてると思うの」
「そうだぞ!ハーディルト卿は、度量の大きな男だ。サマンサのさらなる恥部は、夫婦になってからゆっくり小出しにしていけばいい。ハーディルト卿なら、きっと大丈夫だ!」
しかし、サマンサは今から戦場に向かう戦士のような目で両親に告げた。
「いいえ、お父様、お母様。短い時間ですが伯爵様の人となりに触れてわかったの。私、この方には、偽りなき姿を見せた方がよい気がするのよ。それで伯爵様がお断りするならば、きっと隠して結婚してもいつかは破綻すると思う。だから、私、やるわ……!」
「ああっ、せっかくいい感じでまとまりかけてたのに!」
「止すんだ、サマンサ!!」
なんだ、これ。何が起ころうとしてるんだ?
戸惑う私の目の前で、サマンサ嬢は両手の人差し指を立てた。そうしてその指を上に……。
「させるかあ!!」
荒々しく叫んだ夫人が、すかさずサマンサ嬢の指に、何かの魔道具らしき指輪をはめる。
サマンサの指の上昇が止まった。しかし、サマンサはさらに力をこめた。
「く、くおおおお!!二指入魂ーーー!」
その必死さに心を撃たれ、私は思わず応援した。
「な、なんだかわからんが、頑張るんだ、サマンサ嬢ーーー!!」
夫妻が慌ててサマンサ嬢の指を押さえにかかる。
「入魂はダメよおお!」
「ああっ命を意識したら、魔道具の安全装置が作動して効果が切れてしまう!」
だが、一足遅かった。
ズボッズボッ!!
私はサマンサ嬢のありのままを見せられた。
引かなかったといえば、正直、嘘になる。
でも私は、飾らぬサマンサ嬢を気に入ったのだ。
彼女のためならば、ほじる幸せとて、私は守ろう。
回復薬を鼻に流し込まれるサマンサ嬢に、私は誓ったのだった。
後編は、もう少し恋愛要素が入る予定です。




