気付いちゃった公爵令嬢
(あれ? おかしくないかしら?)
自分用の執務室で書類の山に埋もれながら私エレワーヌ・テレシスはふとそんな事を思ってしまった。
私は幼い頃から王太子様の婚約者として王妃教育を受けてきた。
実家と王宮を往復する毎日は常に厳しいレッスンやら王太子様や他の令嬢令息との交流会やらで自分の時間なんて無かった。
現在も将来の為に、と書類仕事をしているけどよくよく見たら王太子のサインが必要な物も混じっている。
(私がサインしていい物では無いわよね? もしかして仕事を丸投げされているのかしら?)
自分と王太子様の分の仕事を分けてみると明らかに王太子様の分の方が多い。
これは王太子様が仕事をされていない証拠だ。
(そういえば王太子様は教育をされているのかしら? そんな話は全然耳に入ってきてないけど)
王太子様は取り巻きの令息達と遊んでいるらしい、というのは耳に入ってきている。
まぁ忙しい日々を過ごしているのだから休息も必要なのでしょう、と思っていたけど『じゃあ私の休息は何処に行ったの?』と言う話にもなる訳で。
「……なんだが急に馬鹿馬鹿しくなったわ」
今日はもう仕事をする気がおきない。
ふと窓鏡に映る自分を見た。
(私ってこんなに疲れた顔をしていたかしら……)
窓に映っていたのは肌の艶も無く目も虚ろで十代とは思えない様な顔だった。
(前はもっと生き生きしていた筈だったよね……)
長年の王妃教育のせいでこんな事になってしまったのか、と思うとだんだんと腹がたってきた。
このままでは私という人間は駄目になってしまう。
急にSOS信号が私の脳内に響き渡った。
その日から私は密かに逃亡計画を立て始めた。
まず仕事は徐々にだが減らす事にした。
書類に不備があるから差し戻し、と言って王太子様の書類を突き返した。
少し自分の時間が出来た私は城内の噂を集め始めた。
そこでわかったのは王家が私を都合のいい存在として扱っている事だった。
王太子様は私の他に本命の令嬢がいて毎日その令嬢と一緒にいて仕事は一切していない、国王様や王妃様は黙認している。
この状況を実家の公爵家に伝えようか、と思ったが良くも悪くも典型的な貴族であるお父様だ、王家の意志にNOとは言わないだろう。
これはさっさと逃げるしかない。
そして実行したのは私が気づきを得てから1か月後、仕事を終えた後、準備していた手荷物を持って実家には帰らずそのまま隣国に向かった。
念の為に髪を短く切り男物の平民服に着替えた。
元々胸も大きくなかったので男装している事はバレなかった。
馬車を乗り継ぎ国境まで行き無事に越えて隣国に入った。
隣国に入っても王都には行かず地方都市に居住した。
一人暮らしの小さなアパートが新しい住処になり私は冒険者ギルドの事務員として就職する事が出来た。
元々王妃教育で培った事務スキルは冒険者ギルドでも活用出来た。
気づけば冒険者ギルドに無くてはならない存在になっていた。
「そういえば隣国は大混乱みたいね」
「そうなの?」
「なんでも王太子様の婚約者だった令嬢が突然行方をくらまして大騒ぎになったんだって。その令嬢が王家にこき使われていたみたいで周辺国から『1人の少女に全てを押し付ける様な国は信用できない』て関係を断絶しているそうよ」
隣国に来てから付き合いがあったこの国の王女様に一部始終を手紙に書いて出したのよね、それが上手くいったみたい。
「蔑ろにされているのに気付いたら逃げるのは当たり前でしょ」
「そうよね、誰だって優しくされたいし褒められたいしね」
うん、あの時気づいてよかった。




