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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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98話 道すがら

 朝の閑散とした東京駅から新幹線に乗り、どんどんと都会から離れて地方へと向かって行く。やがてトンネルが多くなっていき景色に緑が増えて、田んぼや畑が多くなる。

 

 指定席の乗客は多く無く、灰川達以外にはビジネスマンが数人くらいといった程度だ。最初は市乃や由奈が楽しそうに話してたが、早朝という事もあって寝てしまい、灰川は荷物が盗まれたりしないよう起きていた。


 やがて目的地の駅に着き下車して在来線に乗り換える、降りた駅は新幹線の駅という事もあり栄えてる感じだが、先程まで居た東京と比べると完全に地方都市であり賑やかさは薄い。それでも東京とは違った風情のある街の空気があり、どこか涼し気だ。


「次は在来線に乗るから、腰痛くしないように気をつけてな」


 田舎だと在来線は揺れが大きい場合があり、都会人だとたまに体が痛くなったりする。しかしそこは全員が若者、慣れてる灰川はもちろん皆も異常なく1時間ほどかけて目的の駅まで着いたのだった。


「バスの時間まで少しあるから、近くのスーパーで買い物して行くぞ、欲しい物があったらカゴに入れてってくれ」


「アイスは買ってっても良いかな~?」


「溶けるからダメ、アイスとかは実家の少し離れた所にコンビニがあるから、そこで買おう」


 桜が聞いて来たが灰川は容赦なくダメと断定する、今は夏休みの初日という事もあり暑い、バスの中で溶けてしまう。


 買い物を済ませて荷物を分担し、バスに乗って灰川家に向かう。その道中で皆が普段は目にする事のない風景や香りに感情が揺さぶられたようだった。


「あのダム大きいね」


「おう、発電もしてるらしいけどよく分かんねぇや」


「今の川きれいだったなー」


「あれは川って言うより農業用の用水路だな」


「バスの中なのに森の香りがするね~」


「周りはほとんど木ばっかりだからなぁ」


 由奈は揺れるバスの中でも平気で寝てる、朝が早すぎてかなり眠かったのだろう。そうこうしてる内に目的地のバス停に着いて降りる、その瞬間に灰川にとっては見慣れた故郷の風景が、皆にとっては田んぼと畑が広がる田舎の風景が広がった。


 周辺には店などは無く人だって見える範囲には今は居ない、ここは本当に東京と同じ日本なのか?と疑問に思えるくらいの田舎だ。匂いも土や草木の匂いが感じられ、都会とは違う済んだ空気の香りがしてる。


「田舎だねー、山とか普通にあるし」


「うん、市乃ちゃんも私たちも東京生まれの東京育ちだから、あんまりこういう風景は見ないよね」


「ふふん! 私は良い場所だと思うわ!空も風景も綺麗な気がする!」


「ふわ~、東京とは匂いがぜんぜん違うね~」


 灰川の田舎は絵に描いたような田舎で、農業が主な収入源の家も多数ある。そのため農地が土地の多くを占めてるため家は少ない、灰川家の周りにも他の家は無い場所だ。


 歩いて道案内をしようとするとバス停小屋の裏からガサガサと音がした、何か居るのかと振り返ると…なんと馬の親子が姿を現した。


「おお、お前かヒホーデン、ん? 子供生まれたんだったな、その子がヨシムネか」


「ひひ~ん、ぶるるっ」


「…………」


 この馬は灰川家を通り過ぎた先にある家の馬で、誠治も前から知ってる馬だ。人懐っこくてその辺をトコトコと歩く姿は前から見かけ、背中に乗った事もあるし子供が生まれた事も聞いていた。


「は、灰川さん…っ、馬って、ち、近づいても大丈夫なのっ?」


「個体によるな、気性が荒い奴だと蹴られる事もあるから無暗に近づかない方が良い、あと絶対に馬の後ろには立たないこと、蹴られる可能性があるから」


 大きな動物を初めて間近で見たであろう市乃が少し怖がりながら聞く、他の皆も距離を取り後ずさった。


「うひゃぁっ! 仔馬が服を噛んで引っ張ってくる!」


「……~……~……」


 仔馬のヨシムネはまだ声を出せないのか、興味を引かれた市乃の服をもごもごと噛みながら引っ張っていた。


「ほらほらダメだぞヨシムネ、放しなさい」


「~~……」


「ふぅ、ビックリしたけど、可愛いねっ」


 灰川がペチペチと仔馬の頬を軽く叩くと服を放し、市乃も驚いたようではあるが馬の親子のつぶらな瞳に惹かれて可愛いと感じたようだった。


「あっ、ヒホーデンとヨシムネが歩いていくわ、帰るのかしら?」


「家まで送ってくれるらしいぞ、ヒホーデンは昔からここら辺の送り馬だからなぁ」


 ヒホーデンは家に帰ろうとしてる人を見かけると、家まで着いて来て無事に送り届けてくれる習性がある。気性穏やかで優しく人間好きで、誠治も高校時代まで何度も送ってもらった。疲れた時は何度か背中に乗せてもらって足代わりになってもらった事もある。


 昔はここら辺での馬は農耕馬が主だったが、今は祭礼馬でヒホーデンも祭りの時には装飾をして歩くという役目がある。それ以外では地元のアイドル馬みたいな感じで、仔馬のヨシムネもそうなっていくのだろう。


「可愛い!ヒホーデンちゃんとヨシムネちゃん親子尊い! さっそく良い出会いに恵まれちゃった!」 


「触って撫でても大丈夫だぞ、むしろヒホーデンは撫でてあげたり抱きしめてあげると喜ぶし」 


「むふふ~、じゃあ私が撫でてあげたいな~、灰川さん、連れてってくれる~?」


「おう、こっち」


 桜を誘導介助してヒホーデンの前に連れて行く、桜は生まれつきに目が見えず馬に触れるのも初めてのため、灰川が手を取って首や額に触らせ、どのように触れば良いのかを手取り教えてあげた。


「……ぶるる…」


「ふわ~、ツヤツヤなんだね、大きいしなんだか優しい性格なのが伝わってくるよ~」


「お、ヨシムネも寄って来たな、桜は随分と親子に気に入られたようだぞ」


「ヨシムネはフワフワだね~、やんちゃな仔馬なのが伝わってくるな~」


 ヒホーデンは桜の頬に自分の頬を寄せたり、ヨシムネは桜の腰にすりすりと体をくっつけていた。桜もだんだんと馬の形を把握してきて、ヒホーデンの首にギュッと抱き着いてみたりしている。


 最初は少し恐る恐るといった感じだったが、桜はすぐにこの馬は怖くないと悟り、少しの時間ですっかり仲良くなってしまった。


 それを見て皆も羨ましくなり、ヒホーデンに触って撫でてあげたり、ヨシムネの(たてがみ)を撫でてあげたりしてあげた。親子は久々に大勢から撫でられて心なしか嬉しそうだ。


「馬って可愛いねー、触ったの初めてだよ」


「うん、毛並みもフサフサって言うよりはツヤツヤで、ずっと触ってたくなる」


「ヨシムネって言ったわね! 今日から私とヨシムネは友達よ!」


 ここら辺は観光客も来ないし知ってる人しか居ないから動物も半ば放し飼いだ、ヒホーデンはちゃんと家に帰るし人に危害も加えないし、地元の人は皆知ってるから何も言わない。むしろ荷物を持ってくれたりする良い馬だ。


「そろそろ行くぞ、親子も家に帰るっぽいし」


 そこからヒホーデンに先導してもらい道路を歩く、その間は灰川が桜を歩行介助しつつ空羽と由奈が仔馬のヨシムネを撫でたりしながら灰川家に歩いて行った。




「またねヒホーデン、今度はニンジン持ってくるからねー」


「送ってくれてありがとう、また会おうねっ、絶対だよっ」


「ヨシムネもお見送りごくろうさまっ! また会いたいわっ!」


「………ぶるるっ…」


「……~~…」


「せっかく仲良くなれたのにな~、さみしいよ~」 


「桜、2頭とも歩いて行ける距離だから、行こうと思えば明日も行けるぞ」 


「ぶるるっ……ひひんっ…」


 数えるぐらいの時間しか一緒に居なかったのに、桜は既にヒホーデンとヨシムネ親子との別れが惜しくなってるようだった。2頭とも桜に懐いてるようで、今も首を寄せてすりすりと別れの挨拶をしてる。


「明日も会いに行こうね灰川さんっ、約束だよ~」


「ああ、行きたかったら連れてくからよ。それにしても懐いたな、桜って名前が良かったのかね」


「ん~? なんでかな~?」


「ほら、サクラって馬の事を言う言葉でもあるしっって、痛い痛いっ! ヒホーデン噛むなって!ヨシムネも小突くな!ひひーんっ!」


「あははっ! 灰川さんがヒホーデンちゃんとヨシムネちゃんに怒られてる! 動画とっとこー!」


 その後は馬親子は惜しまれつつも帰宅していき、灰川は実家の門をくぐる。別に大きな門では無いし田舎にはよくあるタイプの民家門だが、通る際に門の後ろに回って柱に(くちばし)をブッ刺して抜けなくなった小鳥をムンズと掴んで抜いてやった。


「な、なにそれ!? 田舎ではよくある事なの!?」


「いや、コイツは地元妖怪の()(つつ)きって言ってな、家の門をコイツが突くと鬼が寄らないっていう伝承があるんだよ、町の図書館に行けば伝承とかが読めるぞ」


「え? 妖怪? えっ!?」


 市乃が驚きながら目を回す、当たり前のように妖怪なんて単語が出てきたのだから当然だろう。灰川が門柱から引っこ抜いた鳥は、どう見ても普通の啄木鳥(キツツキ)にしか見えない小鳥である。


「って言っても今の時代は鬼はすっかり少なくなったし、人食い鬼なんて絶滅したそうだからな、今は鬼突きも田舎で門のある家を突くだけの妖怪になってしまったって訳だ」


 都会には門のある家なんて少ないし、妖怪を信じない人にとっては鬼突(きつつ)きは単なる家の設備を荒す鳥に過ぎない。妖怪としては生命力も強いとは言えず都会では生きていけないから、こうして田舎に暮らしてるという訳だ。


「まぁコイツはパッと見で妖怪とは分からんからな、それに見た目は普通の啄木鳥(キツツキ)と変わらんし、でも普通のキツツキとは違う習性がいっぱいあるから、地元民は鬼突きだってすぐわかる」


「そ、そうなんだっ、何だか世界が違くなったみたい…」


「コイツは昔から不器用でな、門を突いてしょっちゅう(くちばし)が刺さって抜けなくなるもんだから、地元民は朝起きたら郵便を取りに行くついでに門を調べてぶっ刺さってないか調べるのが日課だ」


「誠治みたいな鳥ね!」


 そんな鬼突きは助けてくれる人間に感謝してるのか、たまに自分のエサであるミミズや虫を門に置いてく事がある、ありがた迷惑だが地元民は微笑ましく見てるという感じだ。


「お、飛んだ飛んだ、もうぶっ刺さるなよ~、無理だろうけど」


「なんだか妖怪っていう感じはしなかったね、普通の可愛い小鳥って見えたかな」 


「ああ、妖怪は普通の動物に見えるのとか、明らかに普通じゃなくて危険な妖怪とか色々居るんだ。人間だって危ない奴とか優しい奴とか居るし、動物だって人に親しみやすいのも居れば猛獣も居る、それと変わらんよ」


 灰川の故郷の町に古くから住んでる人は妖怪などの怪異が当たり前のように見える人が居る、しかし今は人の心の移り変わりや近代化により、見えない人や信じない人が多くなってる。


 最初から信じない人には普通の動物にしか見えないし、そもそも視認できないことが多々ある。市乃たちは灰川と出会った事や、怪奇現象に多かれ少なかれ遭遇した経験があるから見るための下地が出来ていた。


「そろそろ入るか、まずは荷物を下ろさないとな」


「そうね! 長旅でつかれたわ!」


「大きい家だね、東京だったら大豪邸だよ」


 灰川の実家は家屋は割と大きい、農機具を保管する倉や保存小屋もあり、家自体は2階建ての木造建築で部屋が幾つもある。


 大きな家と言えば市乃の家系の四楓院家だが、流石にあそこには敵わない。それでも都会のマンション暮らしに慣れた人から見れば大きな家だ。


「ただいまー、まぁ誰も居ないんだけどさ」


「お邪魔しまーす」


「玄関も大きいわね、色々と置いてあるみたいだし」


 鍵を開けて中に入ると灰川にとっては何度も見た自宅の玄関だが、皆にとっては初めて目にする田舎の日本家屋の光景が広がっていた。


 靴を脱いで家に上がり、荷物を運ぼうと思った時に家の中からパタパタと走って来る何かの音が聞こえて来る。



「にゃーん! にゃにゃにゃーーんっ!」


「うわっ! にゃー子、顔に飛び付くな! お土産は俺は持って来てねぇ!」



 家の中から走ってきて誠治に飛び付いて抱き着いて来たのは にゃー子だ、顔面に肌触りの良い温かな毛並みの感触がモサっと広がる。


 灰川には にゃー子が『誠治が帰って来たにゃ! おみやげ寄越すにゃ!』と言ってるのが分かるが、市乃たちには単なる鳴き声にしか聞こえない。


「はぁ、全くお前は元気だなぁ」


「んにゃ~~!」


 にゃー子を顔面から引っぺがして床に降ろす、その直後に。


「にゃー子ちゃんっ! 本物っ!本物だぁ! 可愛い!」


「にゃ!」


 居ても立ってもいられなくなった空羽が近寄り、にゃー子を抱き上げる。にゃー子は少し驚いたが敵意も感じられないし、灰川が止めもしなかったので大丈夫と判断して、されるがままに撫でられたり抱きしめられたりしてあげた。


「元気な猫ちゃんだね、にゃー子ちゃん。可愛いー!」


「ふつうの三毛猫ね! でも毛並みがキレイで可愛いわ!」


「ん~、私も撫でてみたいな~」


「想像以上に触り心地が最高! イイ匂いするし、可愛いし温かくて最高!」


「にゃ~、にゃー」


 にゃー子は『そろそろ放せにゃ』と言ってるが、そうこうしてる内に家の奥から別の複数の足音が聞こえてくる。


「じゃあここから猫どもが居る時の灰川家名物、山盛り動物客選びだな」


「山盛り動物客選び? 灰川さん、それってなに?」


「灰川家に動物が複数居る状態で来客があった場合に発動、動物たちがどの客に懐くか見定めて近寄るというイベントだ」


「そんなのあるの!? 灰川さんの家すごっ!」


 足音が近づいて来る、パタパタ、ペタペタと複数の足音だ。家の襖の奥からソレらは現れる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 動物系は需要が多すぎる・・・
[良い点] 遂に最高の回が始まってしまったか… [一言] 思ったより人外がいた、いる世界なんですね 鬼突き良い意味で予想外
[良い点] 鬼突きさん可愛い [気になる点] 次回出てくる子達がとても楽しみです 私が知ってるような妖怪の子も出てくるのかな?
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