97話 動物!配信
学生たちが夏休みを明日に控えたある日、灰川は自室で悩んでいた。
「どうすりゃ配信に人が来るんだ?」
仕事も順調に行っており、マネージャー業務や帯同業務も少しづつ慣れて来て生活に余裕が出てきた。怪人Nにやられた傷も今はすっかり治り、完全に日常を過ごしてる。
しかし配信には相変わらず誰も来ない、その上に最近は配信の頻度も落ちていた。これではイカンと思い立って考えてる。
「エリスもミナミも順調だし、シャイニングゲートは企業案件いっぱいだし、ツバサもルルエルちゃんも最近は波に乗ってるからなぁ~」
エリスは高校の夏休みに100万人登録耐久配信をやるらしいし、ミナミはアーケードゲーム配信で新規の視聴者を拡大してる。ツバサは既存の視聴者を大事にしつつおバカキャラが板について名前が通るようになって来た。
ルルエルちゃんこと佳那美は、怪人N事件の時にパニック寸前の生徒達を宥めるために生徒会長と一緒にステージに立ってトークを披露したらしく、その事もあってかVtuberとして大きく成長した感じがする。
負けてられない、灰川は勝手にそう思ってる。そもそも彼女たちと同じステージに立ってないが、勝手にライバル視して勝手に競ってるのだ。勝てる筈もないのに。
「やっぱここは動物で釣るのが良いな! 実家の田舎動物どもの写真と動画を利用して視聴者を釣るかぁ!」
またどうしようもない考えを発揮してパソコンの前に座り、夜の灰川配信が始まった。
「はいどうも灰川メビウスでっす! 今日は俺の動物フォルダが火を噴くぜ!」
今日はゲーム実況ではなく雑談配信だ、スマホやPCに何となしに保存してある実家に来る動物たちの写真や動画と一緒に喋ってく配信だ。
『青い夜;早く見せて、早く!』
「うおっ! 青い夜さん来るの早いなぁ、始まってから10秒くらいなんだけど」
自由鷹ナツハが待ち構えてたかのように配信にやってきた、配信タイトルの『動物!』というタイトルに魅かれて来たのだろう。配信とかコラボとか忙しい筈なのに速攻でやってきた。
「青い夜さんが来たから、まずコイツから行こうかね。実家に住み着いてるにゃー子の写真」
『青い夜;可愛い!カワイイ! 灰川さんが撮ったの!?』
「いや、にゃー子って母ちゃんのスマホで自撮りして送って来るんだよ、頼んでもないのにガンガン送って来るよ」
『青い夜;!!!?』
にゃー子とは灰川家に住み着いてる猫叉の妖怪で、見た目は普通の三毛猫なのだが知能は人間の子供くらい。誠治が生まれる前から住み着いていて、もはや兄妹みたいな感じになってる猫である。
いま映してる写真もにゃー子が母のスマホで自撮りして勝手に送って来た写真だ、写り方は花瓶に生けられた花の横で良い感じにカメラ目線を送ってる。
『青い夜;他には!?他にも見せて! にゃー子ちゃん!にゃー子ちゃん!』
「にゃー子って撮影すると心霊写真になったりするから見せられるの少ないんだよね、動画だとこんなのあるよ」
画面に動画を再生すると、初雪の日でにゃー子が庭先ではしゃぎ回ってる動画だった。
「普通だな~、これは母ちゃんが撮影したっぽいな」
『青い夜;最高!撫でたい!撫でまわしたい!! 他にも猫ちゃん居るの?』
「けっこう居るよ、にゃー子が連れて来るし、灰川家は近所の動物は出入り自由みたいな感じだしさ、大体は人懐っこいのしか来ない」
人懐っこくなければ人間の家には何度も来ないだろう、たまに乱暴な動物が来ることもあるが、そういうのはにゃー子が猫たちを纏めて追い払ってる。
灰川家に来る猫では、いつも3匹一緒のギドラ 寒がってると肩に乗って長い尻尾を首に巻いてくれるマフ子 野焼きしてると必ず来るケムリ 布団大好きで辺り一帯の布団を知り尽くすフトン メチャクチャ大きい猫のオモチ、そんな猫たちがよく来てる。
もちろん動物だから病気や寿命で来れなくなってしまうのも居るが、その子孫たちが同じような習性を受け継いで灰川家にやって来るのだ。
『牛丼ちゃん;こんばんー、配信タイトルの`動物!`ってなに?』
『仕込み杖;やあやあ灰川さん、何してるの~?』
『マリモー;来たわよメビウス!』
「おーす牛丼ちゃん、仕込み杖さん、マリモーさん、今日は動物雑談だぜ、実家の動物の写真見せながら雑談って感じだよ」
ミナミとルルエルちゃんは配信中で来れないが、エリス達は配信タイトルの雑なダイナミックさに引かれて来てくれた。
「コイツはデブ狐のポヨ吉、実家に子供連れて遊びに来る。こっちは野球中継を見に来るフクロウのモン助で~……」
『青い夜;凄い!猫ちゃん以外にもいっぱい居る! ズルい!私も行きたい!住みたい!暮らしたい!』
『牛丼ちゃん;うわ~、可愛い! 灰川さんの実家って田舎だね~』
『仕込み杖;私は見えないけど、動物さんがいっぱい居るんだね』
『マリモー;みんな良い子そうね! 遊んであげたいわ!』
かなり好感触だ、やっぱり動物配信は好きな人が多いらしい。
「ほかにも色んな動物いるんだよなぁ、親戚が近くに結構住んでて馬とか牛とか居るし、犬とか狸とか」
『牛丼ちゃん;動物いっぱいだ!楽しそう!』
『仕込み杖;私もペット飼ってみたいな、盲導犬は18歳以上からだしね~』
『マリモー;私は前にザリガニを飼ってたわ! 名前はエビエビちゃんだった!』
都会では様々な事情でペットを飼うのは難しい家が多いらしく、世話が難しいとか、ご近所問題とか、集合住宅ではペット禁止の所が多いようだ。
「実家も飼ってるってより勝手に来るって感じなんだよな、にゃー子も飼ってるってより住み着いてるって感じだし」
『仕込み杖;そういうの良いね~、なんだかほのぼのしそう』
『牛丼ちゃん;田舎ってそんな感じなの?』
「そういう家は割とあるっぽいよ、カモシカが毎日来る家とか、イノシシが畑荒した後に庭先で寝てたとか」
農家では獣害問題もあったりするが、それは昔から変わらぬ戦いでもある。
『青い夜;灰川さん、明日ってヒマかな?』
「ん? ああ、明日明後日は予定はないな、仕事入れば別だけど」
明日と明後日は土日で休み、特に予定は無いから配信したり買い物したりで過ごそうと思ってた。ここで何か嫌な予感がして来た、暇かどうか聞かれたら何かしら予定を詰め込まれる気がする。
『青い夜;いま社長に電話して灰川さんの来週の月曜日もお休みにしてもらったよ、ご実家に連れてってもらえるよね?』
「は? いやいや、何言って………」
その時にスマホに着信が入る、シャイニングゲートの渡辺社長から電話が来たのだ。
『は、灰川さんかい!? なんだかよく分からないけど、ナツハの要望を聞いてくれ! 灰川さんが頼みを聞いてくれなきゃVtuberやめるって脅された!』
「えっ!?」
『ハッピーリレーの花田社長にも事情は話した! OKを貰ったから頼む! ナツハの声がヤバイ感じだった!』
ナツハはここの所、仕事が詰まっててストレスが溜まってるらしく、今日の夜から来週の月曜まで無理やり休暇をあげたそうだ。
実は終業式が今日で夏休みが明日かららしく、夏休みに入れば仕事の予定はギッシリで、実質的に明日からの連休が最後の夏休みみたいな物らしい。
そこに来て大好きな動物の写真や動画を見せられ、前からご執心だったにゃー子を見せられ、精神が噴火してしまった。
『頼んだよ灰川さん! この埋め合わせと報酬は必ずする! ナツハの頼みを聞いてくれっ、じゃあ仕事中だから!』
「ちょ、困りますて! 社長!」
結局はこちらの都合も聞かずに押し付けられた、いきなり言われても困るがナツハはシャイニングゲートのナンバーワンVtuberであり、多少のワガママなら通る子だ。
普段ならこんな事を言うような性格ではないが、今はストレスや美味しいエサ(可愛い動物)を目前に晒された事で心が突っ走ってしまってる状態なのだ。
こんな頼みは灰川だって普通なら聞きはしない、実家の都合だってあるし自分の都合だってある。しかしナツハは知り合いという側面もあるが、取引先の重要人物という面も大きいため無下には出来ない。
「ちょっと実家に電話するからよ…あ、もしもし父ちゃん? 実は明日からちょっと~~~なんだけど」
『誠治? 帰って来るって言ったって、明日から俺と芳子は農協の用事で3日間居ないぞ?』
「え…マジ…? 母ちゃんも…?」
灰川は実家とは普段から普通に連絡を取り合ってる、不仲という事も無いし至って普通の家族といった感じだ。
『砂遊も明日から合宿で一週間おらんし、帰ってきても誰も居ないぞ? 女の子を連れてきたいってのも、急すぎてなぁ』
「まぁそうだよなぁ、でも農協か、ツアー旅行か何か?」
『いや、農薬がまた値上がりするってんでな、調子の悪い自治会長の代わりに打ち合わせ行く事になったんだよ』
「また農薬値上がり!? このまえ野菜の買取価格下がったばっかりじゃんかよ!」
『まぁ、これも時代だ、農業は色々と面倒だが儲からんくなった』
灰川家は大きな農家ではない兼業農家だ、父である灰川功は普段は農業エンジニアとして働いており、周囲の農家の技術的な下支えをしてる。
灰川家は農家としては小さな物なので、近辺に住んでる親戚などが手伝ってくれて支えられてる。長男である誠治が上京する時も別に引き止められなかった、その程度の規模の農家だ。
それに農家はもう時代的に畜産も稲作も全然儲からないし、農機具や設備にガンガン金を吸われるから功の代で終わりにしようという事に決まった。
『帰って来るのは構わんし、家にある米も野菜も好きに食って構わんが、火事とか起こすなよ? お前がやってる詐欺コンサルタント会社の知り合いなんだろ? 失礼の無いようにな』
「分かってるって、適当に過ごしとくから、あと詐欺コンサルじゃねぇっての」
『お前みたいな短絡的なバカにコンサルタントが務まる訳ねぇべや』
「父ちゃんも人の事言えねぇべ!」
そんな調子で事情を説明しつつ許可を貰い、気を付けて出張に行ってくるよう父に言う。
『おう、あとにゃー子が誠治が帰って来るって聞いて家の中走り回ってはしゃいどる、構ってやれよ』
こんな感じで急遽に灰川家への帰省が決まったのだった。
「って事で帰ってきて良いってさ」
『青い夜;やった!じゃあ後で時間と待ち合わせの連絡だね! 始発で行こうね!』
『牛丼ちゃん;私も行きたい!社長に聞いてみる!』
『マリモー;私は行けるわよ! 明日から休みだし、予定は入ってないわ!』
『仕込み杖;私も行きたいな~、ちょっと聞いてみるね』
こんな具合で配信は終わり、灰川は明日の予定を立てるためにネットで新幹線などの交通手段を調べるのだった。
翌日、待ち合わせ場所の早朝の人も車もまばらな渋谷駅に集まったのは澄風 空羽、神坂 市乃、飛車原 由奈、春川 桜の4名と灰川だった。由奈は貴子さんに送られてきて、他の3人はタクシーで来たらしい。
貴子は灰川に挨拶した後に帰って行ったが、その際に。
「灰川さん、由奈ちゃんは今回が学校行事と家族以外での初めての外泊です。至らぬ所はあると思いますが、よろしくお願いします」
「いえ、娘さんはとても優しく良い子です。何事も無く家に帰すと約束します」
「ありがとうございます、急な話で驚きましたが、これも社会勉強の一つです。由奈に色んな物を見せてあげて下さい」
「はい、田舎だから見せてあげられる物は少ないですが、良い思い出になってくれるよう努めます」
由奈は灰川にとっては既に大事な存在の一人だ、出来ることなら楽しく田舎旅行をさせてあげたいと思ってる
「あと由奈ちゃんが昨日、一所懸命におパンツはどれが良いか選んでましたよ、灰川さんも”色んな物”が見れちゃうかも知れませんね♪」
「いや、だから……」
いつもの貴子さんで安心すると同時に、由奈のパンツを見て変な気を起こす訳がないとも確信する。由奈は中学2年生だが背が低くて小学生にしか見えない子だ。
「佳那美ちゃんは仕方ないけど、史菜は残念だったな。動物が好きって言ってたしな」
「すごい残念がってたよー、灰川さんちの動物写真送ってって頼まれたしね」
史菜や佳那美にも一応は声を掛けたのだが、史菜は外せない仕事があるらしく、佳那美は年齢的に心配だから親からの許可は下りなかった。
市乃が言うには史菜は可愛い動物が好きだし灰川を慕ってるので、泣きそうなレベルで悔しがってたそうだ。だが仕方ないだろう、史菜には埋め合わせで何かをしようと灰川は思ってる。
「空羽…何その荷物…? 海外に一か月くらい行きそうな量じゃねぇか…」
「おはよう灰川さんっ、明後日までよろしくお願いします! 荷物はほとんど高級キャットフードとか他の動物のご飯と、高級マタタビと猫の玩具とかだよっ、昨日の夜中に高級ペットショップに行って買って来たのっ!」
「都合の良い店があるもんだなぁ、お金は払えねぇぞ…」
「そんなの良いよっ! むしろこっちがお金払いたいくらいだよっ」
もう空羽は完全に浮かれており、大きなリュックサックとビッグサイズのキャリーバッグを持って駅に来ていた。
「灰川さんの実家ってどのくらい時間掛かるのー?」
「東京駅からだと東北新幹線に3時間くらい乗ってから、在来線に乗り換えて1時間、さらにそこからバスで1時間だな」
「遠っ! 完全に田舎だ!」
「市乃みたいな都会慣れしてる奴だと驚くぞ、田舎も田舎だからな」
気軽には行き来出来ない距離である、それ程の田舎に行くのは市乃は初めてのようだった。
「むふふ~、楽しみだな~、東北って言ったら宮沢賢治の花巻があるもんね」
「言っとくけど花巻はメチャ遠いから寄れないよ、新花巻駅は通過するけどさ」
「そっか~残念だけど大丈夫だよ~、私も猫ちゃん達に会うの楽しみ~」
灰川からすれば花巻市など都会である、行った事はあるが街の中に観覧車がある本屋とかあったりするくらいには街なのだ。
「私も猫とか狐のためにブラシを持って来たわ! 真奈華お姉ちゃんから動物はブラッシングしてあげると喜ぶって聞いた!」
「まあ良いけど、キツネは灰川家に来る奴以外は噛むからな、敷地外のは触りに行くんじゃないぞ」
「分かったわ! フサフサにしてあげるんだから!」
由奈も動物は好きらしく少し興奮気味にウキウキしてる。灰川家に危ない動物は居ないし、親戚の獣医が灰川家の動物には予防接種とかをやってるから感染症の心配もない、しかし敷地外の動物は別だから各人にちゃんと注意喚起しておく。
「じゃあ出発するか」
「「はーい!」」
市乃は昨日に社長に言って、今までノンストップで頑張って来たから休ませてと言った所、ちゃんと受け入れられたらしい。三ツ橋エリスはハッピーリレーの筆頭Vtuberだから多少の融通は利くし、花田社長も過去の事から休みの申請の受け入れは可能な限り受ける体制が整えてる。
由奈は元から休みだったらしく問題なくOKが出て、小路こと桜はナツハと同じように社長に言ったら「わかったよ…どうにかする…」と諦めの浮かぶ反応で答えてくれたそうだ。社長というのも楽じゃなさそうだ。
だがこれは良い事でもあると灰川は思う、中学生や高校生が仕事にかまけて夏休みの個人的な思い出を作れないのは如何な物か、それを考えれば多少の無理は通すべきだろう。その行き先が自分の実家じゃ尚良いのだが。
半分は仕事みたいな物だし帰っても家族は留守だ、しかしシャイニングゲートの費用持ちで都会の喧騒から離れるのも悪くはない。
「まず東京駅で食べ物買って新幹線で食べよう、時間掛かるから寝て良いからな」
まだ早朝の渋谷を後にして東京駅へ向かう、目指す先は灰川の実家、到着は午後になるだろう。
夏の土曜の朝の人の少ない電車に揺られながら旅に出る、遠くへ行くときは大人になっても心が躍る物だとしみじみと感じ入るのだった。




