95話 怪人N、始末 1
30分経過して灰川は体育館の入り口でタナカを待つ、いったいこの30分で何回時間を確認したか分からない程の時間が長く感じられた。そろそろ生徒達の我慢も限界に近づいてる。
「すいません、あの…何が起こってるんですか…?」
灰川に数人の高学年生徒が聞いてくる、時間は既に夜であり明らかに普通じゃない事が子供でも分かる状況だ。本当の事を話しても場を収めるのには無理がある、
一向に好転しない状況に灰川は精神的に追い詰められていた、子供たちをどう抑えるか、タナカはまだ倒せないのか、一か八か自分も攻勢に出るべきか、考えばかりが回ってしまう。
「みんな悪いね~、もう少しで駆除が終わるからさ、それまで~……」
「もうすぐっていつだよ! アンタ誰なんだよ! なんで生徒が皆ここにいるんだよ!?」
子供にとっての『もう少し』は非常に短い、比較的に協力的だった生徒会の子達も灰川に対する反感の感情が抑えられなくなってる。もうここが灰川が抑えておける限界だ、そう判断した。
話し声を上げることでNに位置を悟られる可能性があるため通信は本当なら灰川からするべきではない、それでもトランシーバーのスイッチを押して通信を送る、
「少し待っててくれ……タナカさん、進捗は?」
『誠治か、男子児童を保護した、今そちらに向かってる』
直後にタナカが男子児童を連れて体育館の入り口に到達した、見た所は怪我などは無い。
「タナカさん、もう生徒達のストレスは限界だ、攻勢に出よう」
「それは分かってる…だが体育館の守りを欠けば子供たちが危険だ、一か八かに懸けるのはな…」
「それも分かるけど、もう抑える事が難しいんだ、このままじゃ生徒が校舎に出て奴の餌食になるのも時間の問題なんすよ!」
今の灰川とタナカの構図は痺れを切らした守備側と、勝率を少しでも高めてから戦いに向かいたい前線との対立そのものだ。
守備側は前線は何をやってるんだ!と思い、前線は攻勢に出たい気持ちは山々だが戦いを決定づける策や情報が無い。守備側は強気なのではなく焦ってるから攻勢に出ろと言い、前線は守るくらいちゃんとやれ!と意見は対立してしまう。
今の灰川が恐れてるのは守るべき対象が実質的な敵に回ってしまう事だ、パニックが起これば抑える事は不可能であり、絶対に全員は守り切れない。数々のジレンマが2人にはある。
そもそも満足な話し合いがここに来てから出来てない、信頼関係だって大きな物とは言えない。
「タナカさん、俺がここに来る前に話したN対策、時間通りに進んでるならそろそろ効果が出てる筈っす」
「ああ、だが女子児童がまだ2人見つかってない、そっちはどうする気だ? 巻き込んだら危険だぞ」
その子達のクラスメイトに居そうな場所を聞いても所在は分からなかった、灰川は内心でクソッ!と悪態をつく。話は平行線で進まない、どちらが間違ってるとも言えない。
「何度も言うけどもう子供たちを抑えておけない! 既に小さなケンカがそこらで始まってるんだ! 完全に糸が切れたら大規模な被害が出る!」
「我々が負けたら子供達も犠牲になる!負けられないんだ! Nの戦力も把握できてないのに攻勢に出るのは危険だ! 不明児童の保護も最優先だと決めたはずだ!」
限界なのは灰川も田中も一緒だ、事態に適応できておらず、互いの意見を押し付け合うような状況になってる。もちろん互いの言ってる事は分かるし納得もしてる、どちらも自分が正しいなんて言えた身ではない。
もしこれが体育館の中で言い合ってたらパニックの引き金になってただろう、大人の大きな声は子供にとって大きな精神負荷になる。
「いい加減にして下さい! 騒いでも解決しないなら時間の無駄です! しかもそんなに声を上げて、敵と言ってる人が来たらどうするんですか!」
「「!!」」
声を上げて止めたのは生徒会長の子だった、的確な言葉を二人に浴びせて状況を飲み込ませる。
「何が起こってるかは分かりませんが、1時間だけどうにかします。それまでに解決して下さい!」
状況終了に明確に時間制限を持たせて解決する、基本的な事だが今は難しくて決めてなかった事だった。
「中野さん、4年生の明美原さんを呼んできて、桑島君は引き続き生徒の小競り合いの仲裁、坂上さんは~~……」
生徒会長は周りにいる子達に指示を飛ばす、その姿は小学生とは思えないくらいテキパキとしていた。
「服装を見てもお二人が普通の人じゃない事は分かります、何か重大な事が起きてる事も分かりました、それでも手早い解決をお願いします。子供の力だけで抑えるのには限界がありますから」
よく見ると生徒会長の手はまたしても震えてる、怖くても責任を果たそうとするその姿に灰川もタナカも心を動かされるものがあった。
冷静に考えれば既に最初から策など破綻してる、待てば待つほど精神は擦り減り、子供たちも勝手に動いて被害は拡大する。それが狙いである可能性もある。
もちろんNが敷いてる今の状況にタイムアップがある事も考えられる、そうなれば全員が解放されるかもしれないし、その逆だってあり得るだろう。他の事態だって考えられるが、最悪の事態を想定するならば待ちの戦法は悪手と判断すべきだ。
「それしかないな…不明な事と不測の事態が多すぎた…」
「そうっすね…俺ら情けないっすよ、子供に言われるまで自分らがブレてる事に気が付かないなんて」
今の状況が蝕んでるのは子供たちだけではない、大人であっても人間だ。灰川はこんな状況には慣れてないし、タナカも軍務経験があるとはいえ度を越えたイレギュラーが発生すれば心は乱れる。
「ありがとう、これで方針は決まった。はっはっは」
「悪いね生徒会長、助かったよ。俺たちよりずっと年下なのに凄いもんだ。でもなんで佳那美ちゃんを呼んだんだい?」
「明美原さんはプロのVtuberです、私も及ばずながら近い業界に身を置いてますので、協力して生徒を治めます。でも1時間が限度です、絶対に守って下さい」
生徒会長は佳那美を知ってたようで、自身も何かしらの活動をしてると言う。協力して生徒を体育館に引き止める役を買って出てくれた。
そうこうしてる内に佳那美が連れて来られ、灰川から体育館に居る生徒をどうにかして宥めて釘づけて欲しいと頼み込む。
「うんっ…! 私がんばるよ灰川さんっ…! 出来なかったら灰川さんとオジサンが安心して行けないもんねっ」
佳那美は了承してくれた、灰川の本気の表情と切羽詰まった雰囲気に後押しされ、今の自分に出来ることをしようと決心してくれたのだ。
小学4年生ながらエンターテイナーとして活躍する佳那美は、自分がやるべき事を分かってくれてる。生徒を配信や研修で学んだスキルで落ち着かせる役目だ。
非常に重要な役目である、もしもこの状況で同じ役目を担ったならプロの芸人でも尻込みするだろう。そんな状況で佳那美は請け負ってくれたのだ。
「お願いだ佳那美ちゃんっ、必ず倒して脱出させてみせる。1時間だけ時間を稼いでくれ! 必ずお礼はするから」
「お嬢ちゃん、君と生徒会が頼みの綱だ。俺達も必ず1時間以内に終わらせる」
「うん…っ!」
こうしてる間にも時間は過ぎて行く、多くは語らず灰川と田中は校舎の中に歩いて行った。
佳那美と生徒会長は子供ではあるが、任せるに足る人物だと見込んで頼んだ。ならばアレコレと算段を指示するような真似はしない、そもそもエンターテイナーとしての才覚は佳那美の方が何倍も上なのだ。
「1時間以内にカタを付けるぞ」
「いえ、30分以内っす、生徒達の様子は1時間も持ちそうにないっすから」
さっきの話は限界で1時間という前提だ、1時間を目標にしてはオーバーする可能性が高い。それを踏まえて奇襲の電撃作戦でNに逆襲を掛ける。
校舎の中は暗いが全く見えない訳じゃない、目が慣れてくると見える程度には光度がある。それでも夜の小学校はどこか不気味で、2人で歩いてても物陰から何かが見てるような錯覚を覚える。
「作戦はNをこちらが隠形法を使って先に発見して挟み込みの陣形に、霊力付与した銃で射撃しNを射殺出来なかった場合はそちらが奇襲をかける」
「間違って俺を撃たないで下さいっすよ、不明児童が見つかった場合は先に体育館に送るって事で」
タナカの提示した策が最も良いと2人で判断した。今は灰川が陽呪術の『霊気消隠』という、怪異に察知されにくくなる術を使用して歩いてる。
「今の時間ならハッピーリレーの配信者に怪人Nの噂を話して貰って、認知度を高めて実体を固定化させる事が出来てる筈っす」
「ああ、今までは怪人という名前こそあれ決まった形は無かったらしいな、噂を隠蔽したのは警察の判断ミスだったかもしれんな」
不定形実体の怪異は人の集合意識や集団概念といった物が作用して形を成すタイプの怪異が居る、怪人Nにも全く影響を及ぼさないという事は無いはずだ。
そのために花田社長にはエリスやミナミを初めとした怪人Nについての噂話をホラー配信で話してもらうよう頼んだ。その効果はそろそろ出てる頃である。
「それにしても、こんな騒ぎになってるのにNの姿を見た人は俺ら含めて居ないんすよね、用心深いのか何なのか知らないけど、そこが不気味っすよ」
「ここまでのパターンを見るに、奴は頭は良いし手も回るが、武器などは使ってない様子だな」
怪人Nの生前は野根村という歪んだ精神を持つ男だ、彼の死後に子供を破滅させたいという欲念が残り、それが意志や思考さえも残して実体存在型怪異となったと考えられる。
「待て…音がした…」
タナカが言い灰川が反応する、音がしたという女子トイレに静かに入り灰川が霊能力で探り安全を確認してから、掃除道具入れのドアを静かに開けた。
「もう大丈夫、怖かったろうに、今皆が居る体育館に連れてくからな」
「…っ……っ…」
タナカが声を掛け行方不明だった子を保護する、何が起こったか分からずパニックになりこの場所に隠れたようだった。
「トイレは探さなかったんすか? ここなら見つけられそうなもんすけど」
「ここはまだだったんだ、男子児童が先に見つかって保護したからな」
女子生徒を連れて体育館に連れて行く、まだNの気配は感じられず警戒しつつも緊張感は感じさせないよう気を払った。
「ぁ…あの…おじさん…っ、陽華ちゃんがっ……変な人に上に連れられてっ…」
3人目の行方不明の子は捕まってしまったらしい、これは予断を許さない事態だが。
「教えてくれてありがとう、必ずお兄さん達が助けてくるからね、お兄さんが。良い?お兄さんだよ、良いね?」
「お前なぁ……」
「ぷふっ…! うんっ…!」
オジサンと一まとめにされた灰川がしつこく『お兄さんだよ~!』と訴えながら言うと、女の子は少しだけ笑ってくれた。
その後は体育館に送り届けるまでに情報を聞き出し、2階と3階の捜索に戻る。人質を持ってる可能性が高い事、Nの姿は人間であること、背格好は一般的な成人男性であることが判明し、それに対応した策で当たる事にする。
「お前に言う必要はないだろうが一応言う、戦いに格好良さは必要ない、卑怯だろうが何だろうが素早く無駄なく淡々と、これが理想だ」
「そうっすよね、ええカッコしいのは無駄だし、本気の戦いには卑怯なんて通じないのは分かってるつもりっす」
タナカは灰川にイザという時には躊躇うなと釘を刺す、相手が人の形をしてる場合は普通の人間なら攻撃を躊躇ってしまう。
「そうだ、戦いも人生も同じ物だ、無駄をすればするほど目的は遠ざかる。目的のためなら手段を選ぶな、それが理解出来ん奴は他者の踏み台にしかなれんぞ」
「裏は厳しい世界なんすね…表は流石にそこまで徹底しなくても生きれるっすよ。あ、廊下に誰か寝てる…?」
「ここはまだ一階だぞ、なんでこんな所に…」
灰川が近づいて確認すると、気を失ってる者は行方が分からなくなってた最後の生徒だった。
「息はあるし脈もある、早く体育館に~……」
急いで動こうとした瞬間に、ふと疑問に感じた事があった。
「タナカさん…消音器を何で付けてないんすか…?」
「………」
それを聞いた瞬間にタナカはアサルトライフルの銃口を灰川に向け、迷うことなく引き金を引いた。




