84話 ツバサのクラスメイトの相談
小路を送り届けてから灰川の事務所に行き、留守電を聞いて断りの電話を入れるなど少し仕事をしてから帰宅した。時刻は夜の7時で夕食やらシャワーやらを済ませてからパソコンの前に陣取る。
「よっし! 今日の配信はアザラシシティやるかぁ!」
今日の灰川メビウスのゲーム実況チャンネルのメニューは、アザラシ愛好家垂涎のゲーム『アザラシシティ』だ。
このゲームはアザラシになってアザラシの街を散策しながらミニゲームをやったりする、知名度も低く誰が買うのか分からない謎ゲーム。しかしゲーム自体は本格的で、アザラシ一筋40年の研究者とか職人が監修してるらしい。
「灰川メビウスでっす! 今日はアザラシってこうと思いまぁす!」
配信を開始して変なゲームをしながらハイテンションで喋る、ゲームはメニュー画面から既にアザラシ一色だ。
「やっぱ男はゾウアザラシ一択だな! デカイし強そうだし」
灰川はアザラシに詳しい訳では無いが、とりあえず一番大きなアザラシを選んでゲームを開始した。ちなみにゾウアザラシは大型のアザラシで鼻が大きいのが特徴、オスは体重は2トン~4トン程の大きなアザラシだ。
『牛丼ちゃん;こんばんわ灰川さん、これ何のゲーム?』
「おっ、こんばんわ牛丼ちゃん、これは今話題のアザラシシティだぜ、知らない?」
『牛丼ちゃん;知らない、なんか色んなアザラシが街に居るね、灰川さんアザラシ好きなの?』
「別に好きって訳でもないかな~、嫌いって訳でも無いけど」
近くに居た小さいワモンアザラシに話し掛けてアイテムを貰いながら牛丼ちゃんと会話してると、次の視聴者がやってきた。
『青い夜;変わったゲームやってるね、何のゲームかな? なんでゾウアザラシなの?ゴマフアザラシは居ないの?』
「こんばんわ青い夜さん、このゲームに興味あるの? 誰も配信してないゲームなのに」
『青い夜;猫ちゃんも大好きだけどアザラシも好きだよ、ワモンアザラシとゴマフアザラシが好きかな』
「ワモンアザラシならさっき歩道に居てアイテム貰ったよ、ゴマフアザラシは主人公に選ぼうか迷ったんだよな~」
『青い夜;このゲーム買う! 会社がなんて言おうと絶対に配信する!』
ナツハは視聴して即座にこのゲームが気に入ったらしく、興奮気味にコメントしてる。ナツハは動物好きらしく、大型小型に関わらず陸海空の動物全てが好きな様子だ。
「お、ワモンアザラシにデートに誘われたぞ、でも好感度アップアイテム持ってないしな~」
『青い夜;絶対にデートのお誘い受けて! プールにお誘いしなきゃだよ!』
『牛丼ちゃん;なんか青い夜さんキャラが変わってる』
ナツハがまさかの指示厨になってしまった、指示厨とは配信者にゲームプレイの指示をする人達の事だ。
「あ、時間切れでワモンちゃん帰っちゃった」
『青い夜;追いかけて! 最低でも連絡先はゲットだよ!』
『牛丼ちゃん;青い夜さん必死だ……』
エリスがドン引きしてるが楽しんでくれて灰川としては何よりだ、少し街を散策してるとまた新たな視聴者がやってきた。
『コロン;灰川さんが変なゲームやってるwww』
「こんばんわ、このゲーム割と面白いよ、変なゲームには違いないけど」
『青い夜;そこのタテゴトアザラシちゃんに話し掛けて! 一緒に竪琴のコンサートに行こうって話しかけて!』
「そんな機能ないぞ青い夜さん、あったら面白そうだけど」
『コロン;なんだか青い夜さんから凄い気迫を感じる』
そんな感じでナツハの熱量が加速して完全なる指示厨ぶりを発揮しながら、こんなゲームに新規視聴者が来る訳もなく配信は終わったのだった。ナツハは配信が終わって速攻でアザラシシティを購入したらしい。
翌日になり灰川は事務所で仕事をしていた、ハッピーリレーの配信者のスケジュール調整などの業務だ。
「こうして見るとVtuberも配信者も配信以外に色々とやる事があるんだなぁ」
ハッピーリレーの配信者達は自分で動画切り抜きを作ってたり、動画撮影のために様々な事をやったりと割と忙しいスケジュールの人が多かった。
エリスやミナミ達は事務所や切り抜き契約ファンが切り抜き動画を作ってくれてるが、拘りがある配信者や、まだ人気が出てない配信者は自分たちで作ってる。お気に入りの外部に発注してる配信者も居るそうだ。
動画作成にかかる労力はタダではないし時間も掛かる、人目を引こうとするにはアイデアや工夫が大事になるし、配信者だって切り抜いてもらえる部分を意識しながら配信の組み立てをしなければならないだろう。
動画の出来だって重要だ、字幕を付けて見やすくしたり、見所だけを細かく切り抜かなければ視聴者を退屈させてしまう要因になる。動画の世界は今は厳しい世界になった、素人が付け焼刃で作った動画では大手には敵わないのが現実だ。
センスと技術が問われる世界、動画編集の業界も配信者と同じく実力が物を言う世界なのだろう。
「誠治! お願いがあるわ!」
「うおっ! なんだ由奈か」
仕事が一段落ついて休んでた時に破幡木ツバサこと飛車原 由奈が中学校の制服姿のままで事務所に入って来た。
「お願いって何だ? 手軽にできる事なら良いけどよ」
「実はクラスの子で困ってる子が居るの、それが誠治なら解決できそうな話だったわ」
「オカルト関係か? でも仕事中だしなぁ」
「ダメだったかしら…? 早恵美ちゃんと美緒ちゃん、事務所の外まで連れて来ちゃった…っ」
どうやら話を通す前に連れて来てしまったようだ、由奈が頼りにしてくれてるのに追い返すのも気が引ける。
「分かったよ、由奈の頼みだもんな。でも今度からは電話するなりして一言伝えてくれよな、ここに居ない事も多いんだからよ」
「うん!わかったわ! ありがとう誠治! いま呼んでくるわねっ!」
頼みを聞いてくれるとなって笑顔になった由奈は、ツインテールを揺らしながらクラスの友達を呼びに行った。
「こんにちわ、里中 早恵美でっす」
「初めまして、花壇塚 美緒です」
由奈が連れてきたクラスメイトは2人の女の子だった、里中早恵美という子は背が高くてショートヘアで、スポーティーな印象を受ける活発そうな子だ。
対して花壇塚美緒という子は背丈は普通の中学2年生程度で由奈よりは10cmくらい高い、少し大人しそうな印象を受けるが普通の子という感じだ。
どちらも由奈と同じ制服を着てるから学校帰りに由奈が連れて来たようだ。学校からどのくらい離れてるか知らないが、わざわざ渋谷まで来るのだから本当に悩んでる事があるのだろう。
「こんにちわ、俺は灰川誠二、お茶淹れるから少し待ってて、いやジュースの方が良い?」
「スポーツドリンクをお願いするわ誠治! 早恵美ちゃんは女子サッカークラブのエースだから、スポーツドリンクの方が良いはずよ!」
「い、いえっ、お構いなく! 由奈ちゃん~、いきなり失礼だよっ」
「はははっ、由奈はいつもそんな感じだから大丈夫だよ、スポーツドリンクもあるから、それで花壇塚さんも良いかな?」
「は、はいっ、ありがとうございます灰川さん、いえ、灰川所長さんと呼んだ方が…?」
「灰川さんで良いよ、呼び捨てでも良いくらいだって」
流石にそれは失礼だと言って美緒は辞退して、灰川は3人分のスポーツドリンクをコップに注いで持って行く。
「私の分まで淹れてくれるなんて気が利くわね誠治! 暑かったからノド渇いてたわ!」
「おかわりして良いからね、それでどんな相談があるの?」
「え、えっとそれは~……ぅぅ…、話して良いの美緒…?」
「うん、私は大丈夫だよ早恵美、話さなきゃ解決しないと思う」
早恵美の方は何かまだ覚悟が決まってないようで、美緒の方は割と覚悟が決まってるようだ。何か言い辛い相談なのだろうか。
「由奈ちゃん、ここで聞いた話はクラスの皆には黙っててくれる? まあ…いずれはバレちゃうかもしれないけど」
「良いわよ美緒ちゃん! もちろん秘密にするわ! 何を秘密にすれば良いのかしら?」
「え~い! 私も覚悟決めたっ! ちゃんと解決するならどうなったって良い!」
何やら本当に言い辛い内容だったようで、早恵美と美緒は腹を括った感じで一思いに言葉を発した。
「私と美緒っ! お、お付き合いしてるんですっ!」
「早恵美と私っ、恋人同士なんですっ」
まさかの言葉に灰川は呆気にとられる、ツバサの同級生、クラスメイトの中学2年生の女の子同士が、彼女×彼女……女の子カップルだったのだ。
「ふ~ん、そうなのね! って、えええっ!? 早恵美ちゃんと美緒ちゃん!つ、つ、付き合ってっ、ええっ!?」
「あはは…由奈ちゃん、黙っててゴメンね」
「由奈ちゃん、この事はクラスの皆には内緒ですよ」
まさかの中学生百合カップル、友達がそうだった事に由奈は驚きを隠せない。
「まあ、驚きはしたけど俺としては別に良いと思うよ、でも何が問題なの?」
中学生だろうが高校生だろうが成人だろうがカップルは居る、それがたまたま女の子同士だったというだけだ。今は多様性の時代だ、男同士のカップルもいるし逆も然り、過剰に驚くような事では無いだろう。
問題は何を困ってるのかだ、恋愛相談なんか灰川は受け付けてないし、そんな悩みは10代のお悩みテレホンにでも掛けてくれと思ってる。あくまで灰川が乗れる相談はオカルト関連だけだ。
「実は私たち夜中に寝てる時とかに、お互いの部屋に出たりしてるようなんです!」
「しかも…見てない筈の早恵美の姿とか見て、見てない時間に何をしてたかとかを言い当てたり出来てるんです…」
つまり互いに会ってない時間に何をしてたか、教えたりもしてないのに互いに知ってる等という事態が発生してるという事だ。
「なるほど、他には何か異変はあるの?」
「他には最近少し疲れる事が多いかなって感じで、サッカーでシュート外しちゃったりとか」
「私は寝起きが悪い日が多くなりました、以前は朝はすっと起きれてたんですが」
二人とも疲れる事が多くなり、クラブ活動の成績が落ちたり、寝起きが悪くなったりするらしい。
「じゃあ逆に調子が良くなる時はある?」
「はいっ、美緒と一緒に居ると…その、元気になれます!」
「私も早恵美ちゃんと一緒に居ると、普段より元気になれる感じがします」
なるほどと灰川は思う、この状況には心当たりがあるし解決法も知っている。
「誠治っ、どうにか出来そうかしらっ?」
「ああ、でも解決するためには詳しく話を聞かなければならない、二人が話しても良いって言うなら解決できる、そうでなければ他を当たって欲しいかな」
「えっと…どんな事を話せば良いんですか?」
不安そうな面持ちで早恵美が聞いて来る、活発そうな見た目に反して意外と気の小さい部分があるようだ。
「二人が付き合った経緯とか、お互いをどう思ってるかとか、現在はどんな付き合い方をしてるかとか、そんな感じの事だよ」
「っ…! そ、それをお話しするのはちょっと…」
美緒がかなり渋った様子で返答する、中学2年生の女の子カップルとしては他人に聞かれたくない話や、恋愛の話を初対面の男にベラベラ喋りたいとは思わないだろう。
「まあそうだよね、でもこれは2人が他のちゃんとした本当の霊能者の所に行っても必ず聞かれるよ、逆に聞かれなかったら怪しいと思った方が良い」
「なんでよ? 誠治の知ってるやり方以外にも解決する方法はあるんじゃないのかしら?」
「あるにはあるさ、でも生霊をお互いに飛ばし合ってる状況となると普通じゃない、詳しく話を聞く事は不可欠になる」
生霊とは生きてる人間の霊魂が体外に出て何かをするという現象で、古来から『いきすだま』『離魂病』などとも言われ、様々な噂や逸話になってきた事象である。
「こういう話は男よりも女性の霊能者に話す方が良いんじゃないかな? 男だと話せない事とかもありそうだし、良かったら女性の霊能者を紹介しようか?」
「お願いしますっ! やっぱり女性の方が話しやすいと思うのでっ」
「私からもお願いいたします、話しにくい事もありますから」
「OKだよ、気にしなくて良いからね」
灰川はスマホを出して早速電話を掛ける、その人物は今なら学校も終わって時間も空いてるだろう。
『……もしもし……灰川さん……?』
「久しぶり藤枝さん、ちょっと相談良いかな?」
電話を掛けた相手は四楓院家の事件の時に知り合った霊能少女、藤枝 朱鷺美だ。灰川は霊能者の繋がりが東京ではあまり無く、女性の霊能者は藤枝くらいしか知らない。
事情はあまり話さず、中学生の子が生霊で困ってる事を話してどうにか出来ないか聞いたのだが。
『……私は除霊依頼は受けてないよ……あの時は特別な条件だったから行ったけど……』
「えっ…? そ、そうなのかぁ…」
『………それと……他の霊能者も知らないから紹介も出来ない…』
暗い声で藤枝は答える、前から思ってたが朱鷺美は声も表情もかなり暗い印象を受ける子だ。
『……じゃあ……灰川さん、ばいばい……』
「お、おう、またな~」
頼みの綱が切れてしまった、その事を話すと2人は落胆し由奈は「どーするのっ?」と聞いて来る。
「まあ、生霊は勝手に消える事もあるし、思春期には発生しやすいってのもある、憎悪や怒りが原因でもなさそうだから放っておいても良いと思うよ」
「そうなんですかっ? それなら安心かもっ!」
「でも…こうなってから結構時間が経ってるのですが…」
「もちろん重症化すれば大変な事になる、そうなる前に対処するのが一番だけど、俺には話せない事とかもあるんでしょ?」
「はい…」
結局は灰川にはどうにも出来ない、事の経緯が詳しく分からなければ根本解決が出来ないのである、生霊解決には除霊などの儀式行為と並行してカウンセリングも必要となるのだ。
オカルトカウンセリングも普通のカウンセリングと同じように情報は不可欠だ、しかもこの場合は普通のオカルト事象の心霊スポットに行って呪われたとかでは無いから、2人の深い部分まで聞かなければならない可能性がある。
そうなると困るのは灰川だ、立ち入った事を聞けばセクハラとか強要とか言われかねない。そうならないためにも灰川はこの件に手を出したくないというのが本音だ。
「早恵美、やっぱり男の人には…」
「すいませんっ、やっぱり自分たちで何とかしてみようと思います!」
こうして灰川は由奈のクラスメイトの依頼を回避し、2人は事務所から出て行ったのだった。しかし2人には本当に頼れる所が無くて、どうにも出来ないと感じたら来ても良いと言ってあげた。
「ごめんなさい誠治…ちゃんと話を聞いておくべきだったわ…」
「珍しいな由奈、お前が反省するなんて」
事務所に残った由奈と少し話をする、由奈は普段のやかましさは鳴りを潜め、反省してるようだった。
「人の感情が関わる事だと、他人には察しにくい事があったりするから仕方ないさ、あの二人は由奈に自分たちが付き合ってる事を打ち明けるくらいには信頼されてたようだけどな」
「うん…早恵美ちゃんも美緒ちゃんも私とよくお喋りするから」
由奈は学校では友達は多いらしく、仲の良い友達も多数いるそうだ。早恵美と美緒も仲の良い友達だ。
「色々と驚いたろうが、まぁ気にするな。今どきは普通の事だろうさ」
「そ、そうねっ! 私が気にしてもしょうがないわよねっ! 今日はありがとう誠治!」
「ああ、気を付けてハッピーリレーまで行けよ~」
由奈は小さくやかましい子だが、とても優しく思いやりのある子だ。だからこそ友達から秘密の相談を持ち掛けられたのだろう。
生霊は生命エネルギーを飛ばしてるも同然の事だ、あの2人が重症化しなければ良いなとは思うが、事情を詳しく話せないなら仕方ない。
灰川も気を取り直して仕事に戻るが……この件が後に自分に再度降りかかるとは、この時は思ってなかった。




