表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/332

81話 騒ぎの翌日

 パーティーの翌日、灰川は朝から事務所で電話対応に追われていた。


「灰川コンサルティング事務所です。はい、はい、それは~~~でして」


 事務所の固定電話が鳴っては断りを入れる連続だ、灰川はコンサルタントが務まるような学は無いし、その他の申し出もよく分からなかったり無理のある内容ばかりなのだ。


 専属コンサルタントになって欲しい、企業顧問になって欲しい、特別待遇で迎え入れたい、そんな申し出が次から次へとやって来るが灰川には無理だ。


「だめだこれ…留守電にして避難しよう」


 灰川はハッピーリレーのマネージャーとしての配信者のスケジュール管理業務があり、そっちを優先させるためにハッピーリレー事務所に避難する事にした。




「こんにちわ中川さん、仕事しに来ました~」


「あっ、灰川さん、お疲れ様です」


 ハッピーリレー受付の中川さんに挨拶して関係者証を見せて中に入る、ハッピーリレーではバイトの時から出入りしてるから顔パス同然だ。


「そういえば灰川さん、朝のミーティングの時にマネージャー業務の希望者が増えたって人事部が言ってましたよ」


「勘弁して下さいよ、まだ慣れてないから現状でいっぱいですって~」


「しかもシャイニングゲートの仕事と掛け持ちですもんね」


 そんな軽い会話を受付ロビーでしてると、灰川が来た事を聞いた花田社長が奥から歩いて来た。


「灰川君、急で悪いのだがシャイニングゲートに行って来てもらえないかね、何でも凄い事になってるらしいんだ」


「え? でもハッピーリレーの仕事もありますし」


「こっちの灰川君に頼んでた仕事は木島君に代わってもらえるから、今日の所は頼む」


 花田社長にそう言われて灰川はシャイニングゲートの本業事務所まで歩いてく、向こうに行っても自分が出来る事なんてあるのか知らないが、依頼者に言われたのだから仕方ない。




「はい! 当社の自由鷹ナツハへのご依頼ですね、内容は新商品のテレビCMとの事ですが~~……」


「ただいま自由鷹ナツハは大変忙しく、かなりお待ち頂くことになるかと~~……」


天球(てんきゅう)ユリナへの依頼ですね、では精査の上でお伝え致しますので~~……」


 シャイニングゲートに来ると、こちらも電話が鳴りまくってるらしく職員が次々と対応に追われていた。


 広い事務所の中はかなりの忙しさで職員が対応に追われており、灰川の事務所より電話が掛かって来てる感じがする。


「灰川さん昨日はありがとう、おかげさまで大きな仕事が引っ切り無しに舞い込んで来てる」


「渡辺社長、俺の所にも電話来まくりです。全部断るつもりですけどね」


 灰川事務所は灰川しか居ないから他社の継続的な仕事は受けられない、しかも受けた所で専門的な知識が無いから何も出来ないのが現状だ。


 もちろん電話をして来る人達は灰川に何かを期待してる訳じゃなく、四楓院家とコネを作りたいという下心は理解してる。それ故に美味い話に乗ったら欲に溺れる可能性が高いのだ。


 欲に溺れるかどうかは自分次第だという事も分かってるが、自分は溺れて悲惨な末路を行く事になると感じてるから灰川は身の丈に合わない物を恐れる。


 欲に溺れた者の末路がどうなるか、灰川の家には実話として多数の例が残されており、その道を行く事になるのなら貧乏で構わないと本気で考えてる。それ程に悲惨な末路というのは重い道だ。


「社長、TTBテレビと打ち合わせ日時の予約のお電話と、ZAKINO自動車から車のCM出演が可能なVtuberをピックアップして欲しいとのお電話です、それとジャパンドリンクからもメールが」


「少し灰川さんと話してから行くから、折り返し電話しますと答えておいてくれ」


「分かりました」


 もうかなりのスピードで次々と仕事が舞い込んでいる、スケジュール調整なども灰川とは比べ物にならない腕の良いマネージャーが仮予定表に書き込みながら調整し、事業部と思われる人がナツハ以外のVtuberを推薦して仕事を受けてたりと、鍋をひっくり返したような騒ぎだ。


「ところで灰川さん、もし良かったら仕事を頼まれてくれないかな? もちろん依頼料はお支払いするから」


「良いですよ、電話対応ですか? お茶汲みですか? 電気設備の修理とかも少し出来るっすよ」


「いや、実は~~……」


 渡辺社長から仕事内容を聞き、灰川は言われた先に向かう事になった。




「やっほ~灰川さん、来てくれてありがとう~」


「小路ちゃん、なんか入り用なの?」


「そ~だよ~、入って入って~」


 灰川が来たのはシャイニングゲートの配信事務所の邸宅で、普段は男禁制の場所だが灰川はシャイニングゲートの関係者という事もあり招かれたり仕事だったら入って良い事になったのだ。


 配信事務所に居るのは今日は盲学校が休みの染谷川(そめやがわ) 小路(こみち)だけで、シャイニングゲートの所属の16歳の盲目の少女Vtuberの要件で来所した。


 小路は売れっ子Vtuberとして大人気の子だが、実は少し悩みのタネになる性格がある。


「気になってる事が解決しないと配信できないって、何があったの?」


「ん~、実は私は悩みがあると面白い配信が出来ないんだ~」


 邸宅内のリビングのソファーに座って、のんびりした口調で小路は言う。不調な時に不本意な配信をしても視聴者に失礼、面白くない配信をする訳にはいかない、そういう強い意識があるようで、それは小路の配信の面白さを底上げしてる要因でもある。


 もちろん小路は良い配信をするために体調やメンタルには気を使って過ごしており、普段は配信をドタキャンするような事は無いが、それでも他のVtuberよりは配信を急に休む頻度は多少は高い。 


「ナツハ先輩やユリナ先輩に配信に負けたくないからね~、つまんない配信なんて流したくないんだ」 


「まぁ良いさ、そのスタイルが小路ちゃんには合ってるんだろうし、それがあるからシャイニングゲートで3番になれてるんだろうから」


「むふふ~、分かってくれた~? ありがとね~灰川さん」


 小路は少し厄介な部分はあるが別に嫌われてると言う事は無く、そういうスタイルなのだと視聴者を含め皆が納得してる。それも込みでのナンバー3なのだ。


 むしろシャイニングゲートとしては小路は調子が良い時と悪い時の差が激しいから、事務所の方から調子が出ない時は配信しなくて良いと言ったらしい。


「そういえば事務所は凄い事になってるみたいだね~? 灰川さんが何かしたおかげで大忙しだって聞いたよ~」


「聞いちゃったか、でもその言い方だと俺が何か失敗やらかして忙しくなったみたいに聞こえるって」


「違うの~?」 


「違う違う、ちょっと事情があって大きな仕事を取れたってだけ」


 要点はボカして伝える、金名刺の事とかはなるべく知られたくない。


「これから小路ちゃんも忙しくなるぞ、色んな仕事を取って来たからさ」


「目が見えなくても出来る仕事があったら任せて欲しいな~、私も視聴者さんを増やしたいって思ってるしね~」


 小路は目が見えないから普通のVtuberよりも仕事は限られるだろう、現に小路は企業案件はほとんど受けてないのが現状だ。しかしチャンスはある、灰川が引っ張った仕事は多いのだから。


「それで悩みって何なの? 社長に言われて解決して来いって言われたんだけど」


「えっとね、灰川さんって音楽に詳しいかな~? 探してる曲があるんだ」


 小路が言うには小さい頃に聞いて忘れられない曲があり、それを探してるけど見つからない。その曲を配信で使いたいから探して欲しいとの事だった。  


「そんなの配信で鼻歌でもやって視聴者に聞けば良いじゃん、その方が早いでしょ」


「もうやったよ、でも誰も正解しなかったんだよね~」


 もう既に配信で試しており、視聴者がこの曲じゃないか?と言った曲は全て聴いたそうだが、目的の曲は無かったそうだ。


 ついでに鼻歌などの不明瞭な音源から曲を探し当てるサイトなども使ったそうだが不発、CD販売店などに聞いても不発、シャイニングゲートの音大生Vtuberやそこの大学の教授に聞いても不発だったそうだ。


「こんな曲だよ~、ララララ、ラーララーララー~~……♪」


「分かんないなぁ、本当にその曲あるの? 小さい頃の話なら覚え間違ってたり、思い出の中と曲が違ってたりするんじゃない?」 


「それはないよ~、私は音を覚え間違える事は無いし、今でもメロディーはちゃんと覚えてるからね~」


 小路は目が見えない代わりに耳が良く、曲の事もしっかり覚えてるそうだ。


「そもそも何で今になって気になったのさ? 配信に使いたいって言っても別の曲で良いじゃんか」


「ん~、そこはアレだよ~、方便だね~。本当は私が気になり過ぎて他のことが手に付かなくなっちゃってるのさ~」


「そこまで気になるのか、まぁ気になるんだから仕方ないか」


 気になって夜も寝れないなんて言ったりするが、小路は正にそれみたいで、どうしても気になるらしい。


 たかが音楽程度と灰川は少し思ったが、音楽家とかなら音楽の事で気になって寝れないなんて普通にあるのかもしれないし、目が見えないとなると音楽に対する根本的な考え方が異なる可能性もある。灰川は小路に「たかが」なんて言える資格は無いだろう。


「どうしても、どうしても気になるんだよ~、もう一回あの曲を聞きたい、あの曲が何なのか知りたい、あの曲の名前が知りたい、配信で使いたいなんて建前(たてまえ)だよ、本当は私のワガママなんだ」


 小路は曲が知りた過ぎて、その曲が聞きた過ぎて会社にも頼んだが結果は不発、ついに配信をキャンセルするに至ったという経緯があり、そこに送られて来たのが灰川だった。


「じゃあまずは分析からやっていこうか、その曲はどんな曲なの?」


「メロディーは覚えてるんだけど楽器が分からないんだよね~、曲調も独特だったな~」


 音楽大学の教授に聞いた時に、曲調はマイナーキーの短調進行だが如何せんとも鼻歌のメロディーだけでは判断が付かないと言われたそうだ。その時に小路は『悲しい感じの曲だけど綺麗で穏やかでもあり、その中に激しさもある曲調だった』と言ったが、それでは判断が付かないと言われたらしい。


 そもそもハッキリしてるのはメロディーだけで、歌なのか楽器演奏なのかも明確でなく、有名無名の曲が膨大に溢れてる現代では見つけるのは難しいと言われたそうだ。 


「音大の教授が分かんないんじゃ素人が探すの難しそうだなぁ、他には何かヒント無いの?」


「私が小さい頃の話だから5歳くらいだったのかな、それくらいの時にはあった曲だと思うよ~」


「そんなんヒントにならんって、他には無い?」


 灰川はノートパソコンでキーワードを入れて検索しながら話を聞いてるが、現状では全く搾れてないしクラシックなのか歌謡曲なのかすら判明しない。


「ん~ないかな~、灰川さん心当たりない~?」


「情報が少なすぎだって、これじゃ特定は無理だと思うぞ」 


「そっか~、残念だけど仕方ないよね」


 こんな頼みは霊能力じゃどうにも出来ない、音楽に詳しい訳でもないから灰川は特定の仕様が無かった。


「あ、でも…もしかしたらあの店に行けば何か分かるかもな」


「え? どこか心当たりあったの~?」 


 灰川が少し調べると、どうやら目当ての店は今も営業中らしく、今日も店は開いてる事が分かった。


「神保町にある古書店なんだけどレコードとかも扱ってる店でさ、そこの店長が色んな事に詳しい人なんだ」


「おお~、じゃあ行ってみたいな~」


 だがここで問題が浮上する、それは小路は目が見えないという事だ。神保町は渋谷からは遠い位置にあり、介助なしでは行けないだろう。


「小路ちゃん、電話で聞くとかにしとく? その方が楽だとは思うけど」


「灰川さんの好きな方で良いよ~、仕事でお疲れだと思うしね~」


 そう言う小路は少し残念そうな声になったような気がした、そのやり取りは灰川に小路の性格的な部分が少し見えた気がした。


 小路は性格的にのんびりしてマイペースな子だが、それが元で周囲から浮く事があり自分でも気にしてる。年齢的にはまだ16歳で多感な時期でもあり、人から嫌われる事を怖がる性格でもある。


 それ故に自分の意見をはっきり言えない時があり、今がそれだと灰川は感じた。


 しかし小路は一旦やると決めた事に対しては頑なな性格でもあり、それがVtuber活動にも繋がってる子なのだ。その性格は今やってる曲探しにも当てはまるだろう。


 もちろん灰川はこれらの事を論理的に理解したのではなく本能的に察しただけで、小路の内面の事を詳しく知った訳では無い。それでも今はどうするべきかは何となく分かったのだった。


「じゃあ折角だし店に行こうか、直接伝えないと分からない事もありそうだし、長電話しても迷惑だろうしさ」


「~~! うんっ、私も行ってみたいなっ」


 小路は目を(つむ)ったままニコやかな笑顔になる、どうやら外出して少し遠くに行ってみたい気分だったようだ。


「でも俺は介助は初めてだし下手だと思うから、安全第一で行くから疲れるかもしれないけど良い?」


「疲れちゃったら灰川さんにおんぶして貰うから大丈夫だよ~」


「おいおい、そこは頑張ってくれよな」 


 こうして小路と一緒にどうしても見つけたい曲を調べるため、神保町に二人で向かう事になったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] これは裏音楽かな!? 次回に期待!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ