78話 灰川事務所での一幕
「灰川さん! 大変だよ!大変だよっ! お願いがあるのっ!」
市乃を心霊スポットに連れてった数日後、まだ慣れないスーツを着ながらコンサルティング事務所でハッピーリレー配信者のスケジュール整理をしていた所に、何やら佳那美が大騒ぎしながら入って来た。
「あー、佳那美ちゃん、取りあえず学校にピアノがある音楽室を鍵開けて探してみてって電話してくれる? たぶん居るから」
「えっ? ええっ? ま、まだ何も言ってないよっ!?」
「学校で何処探しても見つからない生徒が居て騒ぎになりかけてるでしょ?」
「な、なんで分かるの灰川さんっ? 誰かから聞いたんですかっ!?」
「佳那美ちゃんが入って来た時に裏音楽の気配が少ししたからね、同級生か誰か知らないけど音楽習ってる子が取り込まれちゃってるよ」
灰川は当たり前のような感じで作業を続けながら言う、佳那美は何が何だか分からない様子だがキッズスマホを取り出して学校に電話を掛けた。
「あ~あと楽譜は生徒の目に付かない場所に保存するか処分した方が良いって言っといて、何日かすれば居なくなった子も元に戻ると思うから」
「う、うんっ…! 田中先生ですかっ?乙葉ちゃんは音楽室に居るかも知れないから~~……」
結局は灰川の言った通りに姿の見えなくなった生徒は音楽室から見つかったらしく、佳那美は先生達から感謝されて解決したのだった。
「佳那美ちゃんジュースでも飲む? 俺も一段落したしちょっと休むよ」
「灰川さん、裏音楽ってなに? すごい気になるっ!」
「あっ…仕事に集中してていらんこと言っちゃったな…」
灰川は少し渋ったが、話したところで都市伝説のような物だから問題ないと判断して佳那美に説明した。
裏音楽
いつ頃から存在するのか定かではないが、発生は中世のヨーロッパと言われてる音楽で、作曲者の念が良くも悪くも最大限に込められたと言われてる音楽。
音楽好きな有力貴族の間の一部で流行ったとされており、作曲者の限界以上の曲を作らせる方法を取り、作曲方法が非人道的な内容である事が特徴。
作曲家を身体的や精神的に追い込み、家族を人質に取って全てを懸けて作曲する事を強要したり、作曲家を無実の罪で投獄して死刑判決を下して人生最後の曲を作らせるなど、自分だけの最高の音楽を聴きたいという欲を持った上級貴族の道楽として楽しまれた。
方法が方法なだけに曲に込められた念は凄まじい物があり、聞いた者は感動の涙が止まらなくなったり、逆に精神に異常をきたしたり、人によるが様々な作用が出る事がある。
しかし楽譜や曲自体は作曲の残忍さや、他者に聞かれる事を嫌がった貴族も多かったとあって表に出る事は多くなく、見つかったとしても発見者が独占したい欲を掻き立てる効果がある事が多いため現代も発見数は少ない。
「そ、そんな音楽があるんだっ、なんか怖いっ」
「まぁ怖いけど、曲の呪い当てられる人は少ないよ、まず楽譜が読めて少し見ただけで曲が頭に流れるくらいの人である事が最低条件、それに伴った演奏技術とか才能も無いと裏音楽には当てられないから」
灰川は以前に裏音楽の楽譜のお祓いを頼まれた事があったので、実在することは知ってたし調査もしたからすぐに分かった。
「そうなんだ、乙葉ちゃん大丈夫かなぁ…? もし大変な事になったら、灰川さん乙葉ちゃんのこと助けてくれるよねっ? ねっ?」
「その心配はないかな、気配としては佳那美ちゃんが事務所に入って来た時にピアノの音が少し聞こえた程度だから」
それと同時に灰川は説明を付け加える、裏音楽とは作曲家が己の全てを懸けて作曲するから演奏難易度が非常に高く、楽譜が読めるだけでも凄いこと。
小学4年生で裏音楽の楽譜が読める時点で努力はもちろん、乙葉ちゃんという子は凄い才能を持ってる可能性がある事を説明した。
「乙葉ちゃんって子が見つけた楽譜は危険度は高くないみたいだから、放っといても大丈夫。たぶん何もしなくても解決はしてたと思うよ」
「ありがとう灰川さんっ、また来るねっ!」
「配信ガンバレよ~」
佳那美はそのままハッピーリレーに向かって行き、灰川ももう少し休んでから作業に戻ろうとコーヒーを啜る。
なんで小学校に裏音楽の楽譜があったのか、少し考えたが答えは出ないし考えた所で意味はない。楽譜は真作楽譜も印刷楽譜も今も意外な所から見つかる事もあり、近年ではネットで演奏動画が上げられてたりする事もある。
だがネットに流された裏音楽の曲は人が演奏しても機械入力演奏でも精神的な効果は発揮できないらしく、無名の曲ばかりなので大手動画サイトの片隅で密かに埋もれてるだけに留まってるから安心だ。
実はこの裏音楽の楽譜や曲は効果を知る霊能者が回収したり処分して回ってるという裏がある、中にはシャレにならない曲や楽譜もあり、演奏家が死ぬまで演奏したり、観客が発狂したりという事例がある。
素晴らしい曲は後世に残り人々希望や学びを与えるが、人の欲というバケモノが生み出した裏音楽は今も闇に紛れて誰かを狙ってるのかもしれない。
その後は仕事をしつつ時間が過ぎ営業終了時間である17時を回ったが、今日の夜は仕事の予定があるため電話待ちだ。
まだ電話が来る様子はなく、それまで誰かの配信を見ようと思ってパソコンを触る。
新作ゲームやるわよ!私にやり方教えなさい!
破幡木ツバサ
視聴者登録72000 同時視聴者2500
『今日もゲームやってくわよ! やり方が分からないわ!』
コメント;ローズワールドか、話題のアクションRPGだな
コメント;探索が面白いんだよな
コメント;ツバサちゃん出来るかコレ?操作がメンドイぞ
ツバサは緩やかながらも順調に視聴者登録は増えており、今は灰川に会った当初の10倍以上の登録者数になっている。
それに合わせて配信の技量も上がってきて、言葉が止まる部分は少なくなり適所で視聴者を笑わせる配信が前より上手くなっていた。
『なによこれ!操作が難しいわ! もっと簡単にしなさい!必殺技が出せない!』
コメント;Xボタンを押すんだツバサ!
コメント;チュートリアルで負けそうwww
コメント;パリィしたら攻撃だぞ
『えっくすボタンってどこ!? パリってなに!? 敵キャラは攻撃やめろー! うわーーんっ!』
コメント;チュートリアルで負けたー!www
コメント;パリはフランスの首都、パリィな
コメント;ツバサの泣き声クセになるwww
視聴者がツバサに求める物はアイドル性や華麗なゲームプレイではなく、下手なゲームプレイでの笑えるシーンだったり、敵に負けたりして感情的になったりする部分だ。
今も視聴者は新作アクションゲーム配信に満足してるし、見てて面白い笑える可愛さがあるプレイだった。
『もっかいやるわよ! 今度は奥歯ガタガタ言わせてやるわ! また負けたー!なんで勝てないのよ!』
コメント;奥歯ガタガタじゃねーかwww
コメント;今どんな気持ち?www
コメント;Xボタン押せって!
ツバサが強気ザコな部分を見せつつ笑いを取り、灰川も面白可笑しく視聴してるとスマホが鳴り灰川は通話ボタンを押す、電話の相手は自由鷹ナツハこと澄風 空羽だった。
「もしもし、俺は用意できてるぞ~」
『うん、それじゃあ社長の車で一緒に行くから、少し待っててね』
今日はシャイニングゲートの社長が参加するパーティーがあり、そこにはメディア業界の人や大手企業の人達も参加するビジネス親睦パーティーとの事だ。
ナツハはシャイニングゲートのナンバーワンでこれからどんどん売り出していくから顔見せの意味で参加、灰川は金名刺要員。灰川としては金名刺の力はあまり使いたくないが、今までの義理もあるから参加する形だ。
少しすると車が到着し、ツバサの配信をもっと楽しみたかったがパソコンを切って外に出た。
「お疲れさま灰川さん、今日はよろしくね」
「お疲れナツハ、渡辺社長もどうも」
「灰川さん、今日はチャンスが巡って来るかも知れないから、その時はお願いするよ」
「って言っても何すれば良いのかイマイチ分からないんですけどね、社長とナツハの横に立ってれば良いですかね」
ここに居る3人は金名刺の事を知ってるが、どう使えば良いのか、具体的にどんな効果が期待できるかイマイチ分からない。渡辺社長も四楓院家の力は知ってるが、それがどんな形で灰川に作用してるか分からないのだ。
顔を見ただけで気付かれるのか、金名刺を見せなければならないのか、そもそも金名刺の存在を知ってる人がどのくらい来るのか、それもよく分からない。
「行って見なければ分からないという感じかな、目ぼしい人とコンタクトを取るのは僕がやるから、灰川さんとナツハは会話に絡みつつアピールして欲しい」
「上手く行く保証は出来ないっすよ、俺こういうのに慣れてないからナツハも助け船出してくれよな」
「私もあんまり慣れてないよ灰川さん、ビジネスパーティーなんて初めてだしね」
今夜のパーティーはシャイニングゲートという会社の名前をビジネスの世界に売り込む目的がある。
まずは社長が親しみやすい会話でコンタクトを取りつつ相手に印象を残し、可愛らしく綺麗なナツハが相手の目を引いて相手の警戒感を抑え、灰川の名前を出して金名刺と四楓院家との関りを匂わせる役目だ。
それに伴って服装は社長と灰川はスーツ姿、ナツハは格式張らない落ち着いた色合いのビジネスアタイアドレスで、ドレスコードも通る服装だ。
「ナツハのビジネスドレス良い感じだなぁ、上品で似合ってるぞ」
「ありがとう灰川さん、灰川さんのスーツも……うん、大丈夫だと思う」
「大丈夫て……似合ってねぇかなコレ」
ナツハはまだ17歳という事もあり服装は抑えめだが、それでは抑えきれないくらいの可愛さと綺麗さが両立したルックスとスタイルがある。もしナンパ目的の男がいっぱい居る道を歩いたら、10歩おきに声を掛けられそうな容姿の子なのだ。
灰川はスーツ姿が変という訳では無いが、どうにも顔がスーツに馴染んでない。普段からスーツを着てる人とそうでない人の違いみたいな物が立ち振る舞いにも出てる感じがしてる。
「そろそろ到着だよ」
渡辺社長が車を停めて外に出る、パーティー会場は丸の内の高層ホテルのホールを貸し切って行うようで、車はホテルの正面ゲートに停めて係員が地下駐車場に運転していく形になっていた。やはり高級ホテルはサービスからして格が違う。
「う~…俺なんだか緊張して来たな、マナーとか分かんねぇし」
「私も同じだよ、でもここで名前が広がれば仕事の幅も広がるし、皆のためにも私は頑張るよ」
見上げた子だと灰川は思う、まだ高校生なのに大人の世界、ビジネスの世界で足跡を残そうと自身を奮い立たせてるのだ。自分だって負けてられないと思うが、金名刺に頼り過ぎるのも嫌な気もあるから複雑な心境だった。
「シャイニングゲート株式会社様の渡辺様と自由鷹ナツハ様ですね、灰川コンサルティング事務所の灰川様もご一緒という事で承ります」
フロントで受付をしたり本人確認をする、主に渡辺社長がやってくれてるから灰川とナツハは後ろで少し話してた。
「会場は上階のホールでバイキング形式のパーティーなんだって、灰川さんはこういうホテルに来たことある?」
「あるよ」
「えっ? ちょっと意外って思っちゃった」
見るからに高級ホテルな場所で、エントランスホールの天井は高く3階まで吹き抜け、照明なんかもデザインがしっかりしてるホテルだ。そんな所に灰川が来た事があるというのはナツハにとっては意外だった。
「前に勤めてた会社でよ、親会社が経営してるホテルで人手が足りんってなって、一つ30キロの砂袋を何個も運ばされたんだよ…あの砂袋は何だったんだ?」
「私に聞かれても…、高級ホテルで砂袋って使い道が分からないね」
そんなどうでも良い会話をしてる灰川とナツハの後ろをホテルの係員が数名付き添って歩くVIPゲスト客が歩いて行った。
「おとーさん!おかーさん! はやくはやく! おじーちゃんもー!」
「こら八重香、走ってはいけないよ」
「英明さん、八重香が元気になって本当に良かったわね、一時はどうなるかと…っ」
「そうじゃな、これというのも手を貸してくれた人たち、そして何より若く見上げた先生のおかげじゃな」
「そんでよ、その砂袋がちょっと濡れてたんだよ、だから重くてさぁ」
「砂袋って重いよね、あれって本当は半分くらいに入れて運ぶ物なんだってよ灰川さん」
灰川とナツハがまだ砂袋の話をしてる後ろを、通って行った人物たちに灰川は気付かず、そのVIPゲストも灰川に気付く事は無かった。




