75話 公営運動公園のトイレ 1
心霊スポット、それは今も人々を惹きつける何かの魅力のような物があり、動画界隈でも人気のジャンルである。
灰川は自営業になった直後に三ツ橋エリスの心霊スポット探訪の付き添い霊能者として向かう事になったのだった。
「おはよー灰川さん、お迎えご苦労!」
「良いから早く乗れって、急な話でびっくりしたぞ」
日曜の朝、灰川はハッピーリレーの車を運転して市乃のマンションに出迎えに来ていた。運転免許は持ってるし、前職で車を使う仕事もあったから運転は出来る。
「昨日聞いた条件で行く場所を選んだけどよ、本当に配信に使えるのか?」
「う~ん、実際に行ってみないと分からないって感じかなー」
灰川と市乃は昨日に連絡を取って、場所の条件を聞いていく場所を選んだ。条件としては本当に怖い場所で、まだ動画などにされてない場所というものだった。
「動画にされて無くて本当に怖い場所ってなると、結構限られるんだよ」
「そうだよね、色んなホラー系your-tuberが有名な所は行っちゃってるもんね」
ホラーが先鋭的なのはVtuber界隈においてのみで、ホラー系動画投稿者は多数いる。既に目ぼしい心霊スポットは行きつくされた後で、あまり有名でない場所も多数の動画投稿者が既に行ってしまってる。
新しい場所を探す場合は自分たちで情報を集めたり情報提供を求めて動画のネタを作るか、でっち上げで嘘の動画を作るかしかないような状況だ。
「それで灰川さんは誰も知らない心霊スポットとかって知ってるの? 難しい注文だと思うけどさ」
「知ってはいるけど怪奇現象が発生してる場所って事で定義したから、市乃が思ってるような配信のネタになるかは保証できないからな」
心霊スポットを題材にした動画は数多くあるが、灰川はオカルト関係の配信はほとんどした事が無いし、動画を見たりはするが実際に動画を作った事がある訳じゃないので加減も曖昧だ。
それは市乃も同じであり、怪談配信を数えるくらいやった程度で、心霊スポットに行くのは初めてなのだ。こちらも加減は曖昧なラインしか分かってない。
「それと心霊スポットとかっていうのは大体が何かしら事件や事故、人の悪意が関わってる場所って事も忘れないで欲しい」
「そうだよね、じゃなきゃ幽霊が出るなんて話は出ないもんね」
「ほとんどは根も葉もない噂話が元になってるけど、今回は市乃が提示した条件に合わせるとそういう場所じゃなくて、ガチのスポットって事だから配信に使えるかギリギリのラインの場所になっちまってる」
「それって…灰川さんでも嫌な場所ってこと…?」
助手席に座る市乃が恐る恐る聞いて来る、灰川としてはそこそこの心霊スポットを案内して面白おかしく配信のネタにした方が良いと勧めたのだが、市乃がそれだとインパクトに欠けて視聴者が来ないと言ったのだ。
それは配信者としては当然の考えかも知れないが、注文を受けた灰川としては困った。灰川は市乃の事を有名Vtuberとして敬う一方で、16歳の少女でもあると理解はしてる。
市乃は配信やVtuber活動に関しては非常に真摯に取り組んでおり、視聴者を楽しませ、新たな配信にチャレンジし続ける姿勢を崩す事は無い。Vtuber活動には本気で当たるし、中途半端な事はしないと決めてる子だ。
「対処は出来るし市乃に危害が加わるような事は無い、何かあっても俺が守るし今日は道具も揃えてきたからな、ただ…」
「ただ?」
「今から行く場所で発生した事で市乃のメンタルにマイナスの影響があった場合なんかはどうにも出来ない、もしそういう事があってもフォローはするけど、気を強く持って精神をオカルトに流されないのが大事だって覚えててくれ」
「う、うん、分かった」
市乃は配信界という世界でシノギを削る一人の人間だ、それを知ってるから灰川は市乃を案内する事を決めた。心霊スポット探訪というのは強制じゃないし自己責任の世界である、本来ならば行動に責任を持てない年齢である未成年には適してない事と言える。
幽霊がどうのこうのもあるが、精神衛生上マイナスになる事もあるし危険な行為である事には変わりない。灰川はそれを市乃にも分かって貰った上で臨んでもらいたかった。
「なんだか今日の灰川さん、少し真面目…?」
「そりゃ真面目だ……車の運転久しぶりだから、集中して無いと怖いんだよ…っ」
「そっちの理由かー!」
心霊スポットがどうとかより今は目先の運転が大事だ、実は心霊スポットに行っての事故とかは幽霊が原因でなく、運転に慣れてない若者が運転ミスで事故を起こす事が多々あり、注意して無いと灰川も同じになってしまう。
そんなこんなで一つ目の心霊スポットに到着した。
「ここって、運動公園? こんな所に幽霊っているの?」
「ああ、心霊スポットなんて実はそこら中にあるんだよ、ここもその一つだぞ」
ここは渋谷から1時間ほど離れた場所の閑静な場所にある公営スポーツパークで、陸上競技場やテニスコートなど規模は小さいながらも様々な運動が出来る市民運動公園だ。
利用者は学生から老人まで幅広く、散歩コースなどもあって地域住民から重宝されてる場所だ。
「ちょっと管理事務所行って挨拶してから取材するから、市乃も着いて来てくれ」
「うん、もちろんだよ」
運動公園の利用者は散歩道や児童公園などの外部施設の利用は許可は必要ないが、陸上トラックや屋内スポーツ施設などの利用は届け出が必要だ。
「こんにちわ、灰川という者ですが取材に関しての事は伺ってますでしょうか?」
「ああ、灰川さん久しぶりっすね、所長から話聞いてるっすよ、こっちどうぞ」
「なんだ奥野さんかよ、丁寧に話して損したぜ」
「まぁそう言うなって、そっちのスゲェ可愛い子は彼女さん? JKなんか引っかけちゃって~」
「そんなんじゃ無いっての、良いから連れてってくれって」
市乃は私服姿だが見た感じから女子高生だと分かる雰囲気がある、灰川としてはそんな子を連れ回すのは少し気が引けるが仕方ない。
「灰川さん、ここの人と知り合いなの?」
「前に実家にここから依頼があってさ、こっちに居た俺が対処して、その時に知り合ったって感じ」
「そうなんだ、灰川さんって結構色んな事やってるんだねー」
その時の伝手で昨日に所長に電話をして取材の許可を貰ったのだ、灰川は霊能者としては看板を出して無いが、今までも幾つかの厄介な案件を任されてきた経歴がある。
「所長はすぐ来ると思うっすから、まぁテキトーに話せばすぐに許可は下りるっすよ、所長は灰川さんには感謝してもしきれませんからね」
「大袈裟だって、奥野さんこそスロットの調子どうなん? 前は超負けてるって言ってたけどさ」
「全然ダメ! 6号機になってから全く勝てねぇわ!」
そんなどうでもいい話をしてたら運動公園所長が来て、奥野は仕事に戻ったのだった。
「こんにちわ前川所長、いきなりの申し出を聞いてくれてありがとうございます」
「いえいえ、おかげさまで何事もなく済んでます、そちらのお嬢さんは?」
「神坂 市乃です、今日はよろしくお願いします」
市乃も礼をして畏まる、挨拶を済ませて本題に入る事にした。
「今日は例の件の取材させて欲しいとの事でしたが、当運動公園の名前や所在は出さないという事でしたね」
「はい、当事者として困らせられた前川所長としては迷惑かも知れませんが、是非お願いしたいです」
「まぁ…灰川さんの頼みですから断りませんが、くれぐれも所在が明らかにならないよう気を付けて下さい、それだけはお願いします」
灰川は過去にここで発生した怪異を収めたが礼などは受け取らなかった、その事もあって所長は無理な申し出を受けてくれたのだ。
「しかし灰川さんがコンサルタント事務所を開設したとは、これはまた困った時は相談させて貰いますよ」
「その時は今回のお礼に格安で請け負いますよ、まぁ何も無いのが一番ですけどね」
「ははは、違いありませんな」
こうして市乃の説明も程々に所長から鍵を受け取り、事務室を後にした。ちなみに所長はVtuberには詳しくなく、三ツ橋エリスは知らなかったとの事だ。
しかし昨日に調べてエリスの影響力なども加味した上で、灰川を信頼して取材を受けてくれたのであった。
「灰川さんって凄い信頼されてるんだね、びっくりしちゃった」
「ここは事が事だったからなぁ、一応言っとくけど配信で絶対に場所を特定される情報は出すなよ?」
「もちろんだよ、そんな事したら灰川さんに一番迷惑掛かっちゃうじゃん」
「気にしてくれてたのか~、ありがとな~」
「あっ、今バカにしたでしょっ?」
会話しながら歩いてると目的地に近づいて来る、その時を見計らって灰川は市乃にバッグから取り出した数珠を手渡した。
「これって数珠? 魔除けのお守りとか?」
「数珠は本来は仏教で念仏を唱える時に使う道具なんだが、魔除けの意味もある。俺が魔除けの念を込めておいた物だから絶対に離すなよ」
「うん分かった、それでどこに行ってるの? なんだか全然人が居なくて不気味な感じがするよ」
今歩いてるのは運動公園の屋内で、観客席や場外への通路でもある場所だ。しかしそこは奥まった場所で普段は人はあまり来ない場所であり、昼間だというのに薄暗くて不気味な雰囲気がある。
「もう着くぞ、配信のネタになると良いんだが、それは市乃が判断してくれ」
「う、うん…っ」
雰囲気が暗くなるにつれて市乃は灰川に身を寄せる、だんだんと不安な気持ちが強くなり、まだ現場に到着して無いというのに腰が引けてるようだった。
話をしたすぐ後に灰川は通路の奥まった場所にあるドアの前で足を止めた。そのドアは誰が見ても後付けのドアで、入り口の上には女性用トイレの表札が掛かってる。
しかもドアには南京錠で施錠されており、誰も入る事が出来ないようにされてて不気味さを一層に際立たせていた。
「は、灰川さんっ…なに、ここっ…?」
市乃は灰川に抱き着くような勢いで密着してる、それほどに不気味な感覚を覚えてる。そんな状況であっても灰川は集中を切らさずドアに注意を向けていた。
「この運動公園で実際にあった出来事を話すぞ、よく聞いててくれ」
「う、うん…録音しても良い…? 灰川さんの声は配信には使わないからさ」
灰川は了承して市乃も準備が整い、双方ともドアの前で真剣な表情で話す。
「まずこのトイレ、少し変だと思わないか?」
「えっ? そりゃ大きな鍵が掛かってるし、不気味だし変だと思うけど…」
「そこも変だけど、このトイレの場所がまず誰も来ないような場所にあるし、他のトイレは全部が男子トイレと併設されてるのに、ここだけ女子トイレだけなんだよ」
「あっ…! 確かに言われてみれば、でもそういう風に作っちゃったんなら仕方ないんじゃないかな?」
建造物には運用法という物があり、運用次第によっては建物の端でも人が多く行き来する事になるし、女子トイレしか作られなくても不自然じゃない。
しかし公共施設であるこの運動公園は事前に運用法が決められてあり、ここにわざわざ女子トイレだけを作る必要性は全く無く、水道管や下水管をわざわざ引くのも馬鹿らしい話だ。
「それなのに設計者はこのトイレの設置を決めて、建設に関わった役所の公共事業課も設計課も反対も異論もなく決まったらしいんだ」
「そうなんだ…でも、建物を作る上で設置しなきゃいけない物ってあるらしいよ、このトイレが必要なのかは知らないけど」
「その線も無かった、しかも設計者も公共事業課の職員も後から、このトイレなんだ?ってなったそうだけど、その時には工事も始まってて変更できなかった」
結局はなんで作られるのかも分からないトイレが税金を使って作られ、運動公園の施設は完成したが。
「施設開業から2年間の間に、このトイレで4人が亡くなってる、これは完全に異常事態だ」
「~~!?」
灰川は市乃を大人の世界で勝負して結果を出し続けてるVtuberとして認めてる、だからこそ此度の案内を引き受けた。
オカルトの世界には時に人の命が関わる事象がある、以前の四楓院家の事件もそうだった。それも乗り越えた市乃を灰川は本当の意味で、本質的な部分で認めたからオカルトの深い部分の事を知る資格と権利があると判断した。
今回は現実に人が亡くなった場所で、正真正銘の訳アリのスポットである。配信や動画のネタにするなら申し分ない場所だ。
本来なら灰川は未成年者に対しては怪談や心霊の事に関しては、人の生き死にが過剰に関わらない内容を話したりするが、その事は市乃には気付かれており昨夜に『私はVtuberを本気でやってるっ、だから灰川さんもいい加減に私たちを子供扱いするのやめて!』と言われてしまい、その事もあっての判断である。
不謹慎と言う人も居るかも知れない、しかし霊などの話や出来事は人の生き死にや不幸が関わる以上どうやったって不謹慎になる物だ。動画や配信、ひいては怪談においても名前や場所をボカして不謹慎さを感じさせないよう誤魔化してるに過ぎない。
「市乃、配信のネタにするかどうかは任せる、まずはここに纏わる話をしてからだな」
「う…うん……っ」
灰川があまり人には詳しく話さない裏の部分、人の不幸や悪念をもたらす何かに霊能力者として当たる話を市乃に話し始めた。




