74話 史菜とお出掛け 1
土曜日の朝、灰川は渋谷に来てハチ公像の前に立っていた、今日は史菜と待ち合わせして配信の参考にするためのゲームやその他の事を掘り起こしに行く。
「おはようございます灰川さん、お待たせしてしまったようで、すみませんっ」
史菜は私服姿でロングスカートと白い上着の落ち着いた感じの服装だった、史菜の長く綺麗な黒髪と優しいルックスとスレンダーな体格に合っててとても可愛らしく見える。
灰川の今日は少しばかりお洒落をしようと思ったが、史菜は落ち着いた服装をして来るだろうと思って派手さは無い服装で来ている。
「全然待ってないぞ、俺も今来たところだって、前から思ってたけど史菜って服を選ぶの上手いよな、落ち着いた感じで凄く似合ってるぞ」
「ありがとうございます、灰川さんもとっても格好良いですよっ、な…なんだかこの会話、お…お付き合いしてるみたいですね…っ」
「ははっ、そうか? 男同士でも普通にする会話だぞ」
史菜は自分から積極的に好意を示す時もあるが、こういう必然性の無い状況だと途端に恥ずかしがったりする子だ。
お決まりのやり取りをした後で像の前から離れ、何となしに会話をしながら歩く。
「なんでアーケードゲームなんだ? Vtuberの配信だとアケゲーは出来ないんじゃないのか?」
アーケードゲームとはゲームセンターに設置されるようなゲームの事で、家庭でできるゲームではないので配信の際にはゲームセンターで配信台などを貸し切らねばならず、身バレを覚悟でやらなければならないからVtuberの配信に向いてるとは言えない。
その他にもVtuberは3Dモデルを使った配信が主だから、ウェブカメラ等の問題もありVtuberによるアケゲー配信はごく少数である。
「実はアーケードゲームの配信者向け貸し出しサービスが開始されたみたいでして、そこに転機があると思ったんです」
アーケードゲームのVtuber配信はとても少ない、だからこそチャンスがある。今の配信界隈は飽和状態で新しいジャンルの開拓をしなければ頭打ちという状況だ。
ここで新たなジャンルに挑戦して裾野を広げる事が出来れば、他の配信者やVtuberに一歩先んじる事が出来る。
「そうなのか、史菜はゲーセンとか結構行くの? ってかゲーム自体がそんなに凄い得意なVtuberって印象がないような気がするけど」
「実は私は小さい頃はゲームは禁止されてまして、ゲームをしたのも中学生でVtuberになった時が初めてだったんです」
「よくそんな状況で親はVtuberオーディションに応募したな…」
「ゲームはそんなに得意ではないんですけど、それでもとても面白くて夢中になっちゃいます。でもゲームセンターには行った事すら無いんです」
「マジか、まぁ中学校とかだとゲーセン禁止とか今でもありそうだしな」
史菜はゲームセンターは一度も行った事が無く、イメージとしてはUFOキャッチャーと格闘ゲームの筐体があるくらいの事しか知らないようだった。
「俺が案内するから、どんなゲームが配信に向いてそうかプレイしながら見極めてくれ」
「はいっ、ご指導お願いしますねっ」
初めて行くゲーセンに心を弾ませるような笑顔で史菜は答える、優等生タイプの史菜にとってはゲーセンに行くこと自体が大きな非日常なのかもしれない。
普段は落ち着いた表情が多めの史菜が見せる明るい笑顔を可愛らしいと思いつつ、目的地のゲームセンターに到着した。
そこは渋谷の繁華街にある大型ゲームセンターで、UFOキャッチャーを初めとして様々なアーケードゲームが設置されてる所だ。
「まずは一階のUFOキャッチャーコーナーでも見てみるか、やり方はお金を入れてボタンを押してって感じだ」
「はい、何となくですが分かります。色んな景品があるんですね、お菓子にぬいぐるみ、アニメやゲームのフィギュアもあるんですね」
史菜は沢山あるキャッチャーにキョロキョロと目を泳がせる、思ってたより遥かにバラエティーに富んだ景品に驚いてる様子だ。
「あっ、チーターのぬいぐるみです! すっごくリアルです!」
史菜は最近チーターにハマってるらしくyour-tubeで人懐っこいチーターの動画を漁ってるそうで、かなり大きいチーターぬいぐるみに目を奪われてしまってた。
「こりゃ大物だな、難易度高いだろうけどやってみるか?」
「はいっ! 是非とも!」
「じゃあちょっと待っててくれ、普段お世話になってる礼として、俺がプレゼントするからよ」
「えっ、そんなの申し訳ないですっ」
「良いから良いから、たまには俺にも格好つけさせてくれよな」
申し訳なさで狼狽える史菜を横目に灰川は筐体の前に陣取り、硬貨を入れてプレイする。
「UFOキャッチャーはぬいぐるみにとかの場合は、ヒモやタグにアームを引っかけると取れやすいんだ」
「そうなんですね、勉強になります」
史菜は灰川のプレイを真面目に見る、UFOキャッチャーも初めて見るのだから史菜にとっては新鮮で、ただ見てるだけでも勉強になる光景だった。
「よし取れた! 上手く行ったぞ!」
「わぁ!ありがとうございます灰川さんっ!」
どうにか1000円で獲得に成功してチーターのぬいぐるみを史菜に渡すと、にこやかな笑顔で喜んでくれた。その笑顔を見るとゲットした甲斐があると灰川はしみじみ思う。
「今日はアームがまぁまぁ強かったな、割と取りやすかったぞ」
「取りやすい日とそうでない日があるんですか?」
「ああ、このアームの強い弱いがあってな、悪い日だと力が弱すぎてほとんど取れない日もあるんだよ」
他にも人気景品とかはアームが弱くされてる事があるから、注意しながらプレイしないと凄い金額を使ってしまう事もある。
「そうなんですね、私も気を付けないと」
「極悪キャッチャーに捕まると沼にハマっちゃうからな」
「はいっ、それにしても可愛いですっ、このチーター君! ありがとうございます灰川さんっ!」
「喜んでもらえて何よりだよ、そろそろ上の階に行ってみるか」
史菜の中でぬいぐるみチーターの性別はオスに決まった所で、荷物になってしまうからチーター君はコインロッカーに預けて上に行く。一階より上の階はアーケードゲームが設置してある階層である。
「ここにあるのが全部アーケードゲームだぞ、格闘ゲーム、シューティングゲーム、音ゲー、色んな種類のゲームがある」
「凄い数ですねっ、まさかこんなに豊富だとは…」
史菜はアーケードゲームの種類の多さに驚いてる、2階フロアと3階フロアには様々なゲームがあり、土曜という事もあって多くのゲーマーが興じていた。
「今はアーケードゲームはどんな物が流行りなんでしょう? やっぱり格闘ゲームとかでしょうか?」
「格ゲーも以前より人気度は上がったよな、Vtuberも配信者もプレイして界隈を盛り上げてくれたからなぁ」
格闘ゲームは昔は相当に流行ったが、少し前までは敷居が高くなって新参お断りみたいな雰囲気が蔓延していた。
今は配信者やVtuberが企業案件などもあるのだろうが参加してくれて、そのおかげもあって界隈の人気度と新規参入度が上がってる。
プロゲーマーの存在も大きいだろう、Eスポーツが知名度を上げていく中でプロ達が華麗なプレイや盛り上がる試合を見せてくれて、衆目を引いてくれる。
そこに軽快で盛り上がりを増してくれる実況の存在などもあり、格闘ゲーム界隈は以前とは比べ物にならないくらいの盛り上がりになった。
その反面、格闘ゲームは最近は家庭用が主流で、アーケードゲームには最新作が出ない事もあったりする。
「史菜は格ゲー配信とかはしてなかったよな?」
「はい、私も新作の話題になった格闘ゲームは持ってるのですが、どうしてもコマンド入力や試合が難しくて、それに才能が無いのかあまり向いてないようでして…」
史菜は格ゲーの流行りの波に乗れずチャンスを逃してしまったクチであり、頑張ってはみたものの実を結ばなかったそうだ。
「格ゲーは向き不向きあると思うしな、市乃はたまに配信でやってるみたいだけど、あっちは格ゲーに向いてそうだもんな」
「はい、市乃ちゃんはロードファイター8で結構上のランクまで行ってますね」
市乃はゲームが上手く、格闘ゲームも得意なようで配信で盛り上がりながらプレイしてる。配信外でも腕を磨くためにプレイしてると言っていた。
「せっかくだからアーケードゲームでしか最新作がプレイ出来ないゲームをやってみるか?」
「そんなゲームがあるんですかっ? 是非プレイしてみたいです!」
史菜はゲーセンにアケゲー配信が出来るゲームを探しに来てる、そこでアーケードでしか最新作をプレイ出来ないゲームは視聴者を呼び込める大きな起爆剤になるかも知れない。
「これは…ロボットのゲームですか?」
「有名なロボットアニメ、機動勇士シリーズのゲームでな、アニメや漫画に出てきた色んな機体を使って対戦が出来るんだ」
作中に登場する機体を使って2VS2で対戦して遊ぶゲームで、今も高い人気を誇るゲームである。
「試しに説明しながら俺がプレイしてみるから、ちょっと見ててくれ」
「はい、お願いしますっ」
灰川はイスに座って史菜は後ろで観戦という形だ、100円を入れてCPU戦をプレイしながら、射撃や格闘、速い移動法などを教えて行った。
「説明ありがとうございます、私もやってみますね」
次は史菜に直接教えながらプレイさせてみると、すぐに基本操作を覚えて普通にプレイ出来るようになった。
このゲームは上級者は様々なテクニックを駆使して対戦するが、初心者やエンジョイ勢にはそこまで真面目に取り組む必要はないだろう。
「史菜は機動勇士って見た事あるの?」
「はい、最近話題になった最新作だけですが、とても面白かったです」
史菜は配信での話題作りのためにサブカルチャーもある程度詳しく、アニメの同時視聴配信なんかもやってる。
男性向けアニメだって見るし、話題作なんかは率先して見るようにしてるそうだ。家ではアニメの視聴なども親からは良い顔をされなかったそうで、今は自由に楽しめるから面白い作品に出会えて嬉しいと語る。
「このゲームは面白いですねっ! 市乃ちゃんも好きそうな感じがしますっ」
「そうだろ? マップも程良い広さでやり込み要素も多いし、基本的な操作は覚えやすいしな」
史菜はこのゲームをお気に召したようで、CPU戦に3クレジット使ってゲームを吟味したのであった。
「次の配信に使えそうなゲームは、爆弾ガールっていうゲームだ」
「なんだか可愛い女の子達が爆弾を置いて走ってますね、どんなゲームなんでしょう?」
爆弾を置いて敵を倒したり敵の拠点を攻略するゲームで、かねてから人気もあるしゲーム性も高く、観戦しても面白いと評判のゲームだ。キャラが撃破されると少し服が破れてお色気イラストが表示されるというのも人気がある秘訣である。
「このゲームも面白いですねっ、やりがいがありそうな感じがしますっ」
「男性視聴者は喜ぶと思うぞ、ゲームとしても面白いし見ごたえもある」
こんな調子で史菜にどんどんゲームを紹介していく、3D格ゲーや2D格ゲー、シューティングゲーム、レースゲーム、どれもVtuberの配信に耐えうる内容のゲームだ。
「こんな所かな、初めてのゲーセンはどうだった?」
「はいっ、とっても楽しかったですっ!」
初めてのゲームセンターを史菜は楽しんでくれたようで、配信に使えそうなゲームも調べる事が出来たし満足気だ。
「でもアーケードゲームは場所を取るからなぁ、配信のためにレンタルするにしても、よく考えた方が良さそうだな」
「そうですね、思っていたよりも大きくて驚きました、でも考える余地は大きいとも思います」
Vtuber配信の新たなステージとしてアーケードゲームが活用される時が来るかも知れない、史菜はそこに乗り遅れないよう先んじたいと考えてる。
「じゃあ次行くか、本屋とか雑貨屋に行きたいんだっけか?」
「はい、付き合って頂きありがとうございます」
「気にしなくて良いって、荷物は俺が持つから気兼ねなく買い物してくれよな」
「ありがとうございます灰川さん、やっぱり男性が居ると心強いです」
その後は本屋などを回り史菜の買い物に付き合ってから、腹も減ったので少し遅めの昼食のためにカフェに入ったのだった。




