71話 初仕事と確認
平日の朝9時過ぎ、灰川は渋谷の街を二日酔いの状態で歩きながら今からどうするか考えていた。
今日はシャイニングゲートの配信事務所のある場所に以前住んでた政治家の家を訪ねる予定だが、二日酔いが強すぎる。
流石にこのままじゃ行けないから、ちょっと二日酔いを冷まさなければならない。
平日朝でも人が多いセンター街を歩きつつ、コーヒーでも飲もうと喫茶店に入り、酔いが冷めるのを待ちつつ現状を確認した。
シャイニングゲート配信事務所に宿泊すると、同じ内容のとても怖い悪夢を見てしまうため、Vtuber達がほとんど寄り付かなくなってしまった。
その中で盲目のVtuberの染谷川小路は例外で、視覚的な夢は何となく見るが怖さより興味の方が勝ってしまい滞在する事が多い。
その土地には以前は別の豪邸があって政治家の一家が暮らしており、特に変な噂や曰くは無かったが、ある時期から奥さんの精神が不安定になったり、家長であろう政治家の立原芳樹も焦るような怖がるような素振りがあったとのこと。
灰川が事務所の邸宅を霊能力で調べたが特には何も感じられず、今の所は原因は分かってない。呪いの痕跡も特には感じられなかった。
「実質的な初仕事か…まぁ、こんくらいは解決できなきゃな」
生来に目が見えない人に不明瞭とはいえ視覚的な夢を見させる、これは何らかの強い怪異が関わってる可能性があり、原因などの解明はしなければならないと考えた。
手の込んだ呪いや強い念を残してる霊などは姿や気配を隠す事もあり、祓ったと思ったら残っていて被害を与え続ける物もある。
灰川はたっぷり1時間、喫茶店でコーヒーを飲みながら酔い冷ましをして店を出る。向かう先は立原という議員の議員事務所がある日暮里の方へ電車で向かった。
日暮里駅に到着して駅を出て住宅地方面へ歩く、政治家の立原の家は議員のホームページに載っていたが、流石に自宅に訪ねるのは気が引けて、近くの立原議員事務所を訪ねた。
「すいません、少し良いでしょうか?」
「え? はい、何でしょうか?」
事務所に入って声をかけると、中から若い女性の事務員が来て事務所入り口の受付に立って応対してくれた。
立原議員の事務所は雑居ビルの一階にあり、何人かの事務員が詰めて仕事をしてる普通の事務所であり、永田町に事務所がある議員も多いが立原議員は日暮里に事務所を構えてるようだった。おそらくは支持者が多いとかの理由なのだろう。
事務所は大きくも小さくもなく、必要な仕事を必要な人員で執り行ってるような感じで、整然とした普通の事務所といった感じだ。
「立原議員はおりますでしょうか? ちょっとお会いして伺いたい話があるんですが」
「申し訳ございません、立原は只今仕事で出ておりまして、アポを取ってからお出で下さると助かります」
普通の答えだが、例えここに居たとしても会う事は出来なかっただろう、アポイントメントを取ってから出直せと言われてしまった。そのついでに事務員の目からは「お前みたいな奴がアポ取れるわけねぇだろ!」と言ってるような気がする。
灰川の服装はスーツではなくラフな格好であり、こういう場所を訪ねる礼儀もなってない。こんな輩の相手をしてたら議員の沽券にも関わるだろう。
事務員は迷惑な珍客が来たとばかりに嫌な感情が表情に出てる、ほとんど猿でも見るような目つきだ。
「実は立原議員が以前住んでた場所で、何と言いますか幽霊騒ぎのような現象が発生してまして、立原議員に以前に何かあったかお聞きしたいのです」
「はぁ?幽霊? 立原は只今居ないのでお引き取り下さい」
猿を見る目からゴミを見る目に進化した!もう話は聞いてくれそうにないので、さっそく例の金名刺を使う事にする。
「申し遅れました、自分はこういう者でして」
「はぁ、何ですかコレ? 金色の名刺?四楓院の大客人? 生涯客人、灰川誠二先生? コレが何ですかぁ?」
「あ、いや…その、何でもない…です…」
まさかの通用せず!相変わらずゴミを見る目だ、もう言葉遣いもテキトーにされ灰川の顔は恥ずかしさで真っ赤である。本当は何の効力も持たないと知れただけ良しとしよう…そう思う事にして帰ろうと思った所、事務所の奥の机に座って仕事をしてたであろう主任とかそういう位置の人が走って寄って来た。
「すすすすっ、すみません!灰川大先生!! おい謝れ!田中ぁっ!」
「えっ?え? 鈴木秘書? ど、どうしたんですか?」
「いいから謝れって言ってるんだ! お前のせいで立原議員が明日から議員じゃなくなったらどうするんだ! 俺達も明日から仕事が無くなるぞ!」
鈴木秘書と呼ばれた男は田中という事務員と共に頭を下げてきた、灰川は突然の事に頭が混乱気味だった。
「灰川大先生っ、このような所に何用でございましょうかっ? 立原に今から連絡して呼び出しますのでっ、少しだけお待ち頂ければとぉ…」
「は、はい、構いません、暇ですし…」
さっきまで受け答えしてた事務員も、何か凄い人に失礼な態度を取ったと感じ入り、今は静かになっていた。
「それで、どうか先程まで受付をさせて頂いた田中は、まだ若く事情を知らない物でして、将来的には議員に立候補もと考えてましてぇ…どうかご勘弁願えると有難いのですがっ」
「あの、この方はどなたなんですか…? 一体どこの政党の…」
「大丈夫です大丈夫です、こちらこそこんな格好で不躾に突然お訪ねして申し訳ありませんでした」
議員事務所には将来的に議員になって跡を継ぐ人なんかが働いてたりする、受付をした田中はその一人だったのだろう。
灰川としては流石に嫌な目で見られて気分は良くは無いが、こんなナリでアポも取らずに来たのだから仕方ないと思ってる。
鈴木秘書に事務所の中の簡易的な応接室に通され、冷たいお茶と茶菓子を出され、即座に立原議員に電話を繋いでくれた。
「もしもし、灰川という者ですが少しお話しを良いでしょうか?」
『これは灰川先生、お話し出来て光栄です。ウチの者達には後で先生の素性は教えず、よく言っておきますのでどうかご容赦を』
「いえ、それについては大丈夫です、少しお話を伺えればと思っていただけですので」
『そう仰らず、どうかこれからも、この立原と人財党を御贔屓にして頂ければと思いまして、そもそも私の政治論と致しましては~…』
その後は立原議員の政治論とか国の在り方とか、そんな話を15分程聞かされ、四楓院家にとって自分は有用とか、出来るならば四楓院家に挨拶に伺いたいとか話された。
それらは適当に流しつつ曖昧に答えて、灰川は本題の前宅があった時の事を聞いた。
『あの場所っ、まだ妙な事が起っとるんですか!? イカン!住んでる人を引っ越させなさい!!』
それまで金名刺を持つ灰川に存在をアピールして取り入って政治力を強めようとしてた国会議員の声から、純粋に人を心配する一人の人間の声に変わっていた。
「な、何があったんですか? あの土地で何かあったんですか?」
『今は人は住んどらんのですね、安心しました。あの家であった事をお話しします、何かの力になれば幸いなのですが…』
立原議員は電話越しに、あの土地にあった家で発生した事を話してくれた。
『私ら夫婦と大学生の息子で暮らしてたんですが、ある日から嫌な夢を見るようになったんですよ』
夢の内容は最初はシャイニングゲートのVtuber達が見ていたように、家の中を逃げる夢で、最後は押し入れの中に隠れるという感じだった。そこは今とは家が建て替わってるから内容が違うのだと思う。
『しばらくすると夢の内容が変わって行きまして、だんだん焦燥感や怖さが上がって行き、最終的には寝るのが怖くなり、家の中で変なモノを見たりするようになっていきました』
最初の内は気のせいだ偶然だと思ってたが、どんどん酷くなって耐えられなくなり。家の中で人影を見たりするようになった。
それが元になって立原議員の奥さんは精神的に参ってしまい、立原議員や息子も耐えられずお祓いを頼む事になったが効果は無く、結局は家を取り壊して土地を売却、その時にも再度お祓いをしたそうだ。
「その後は立原議員の一家には変な事は起こって無いんですか?」
『あの土地を離れたら妙な事は無くなりました、家内も息子も今は無事ですが…あのまま住んでたら、恐らく命は無かったでしょう』
「国会議員にそこまで言わせるような場所だったんですね、もう少し詳しく聞きたいのですが」
『それなら私の家にお出で願えますか? 息子や家内の話も聞けるはずだと思いますので』
「良いんですか? お忙しい中すみません」
『いえ、あの土地には家族の思い出もありますし、後から住まわれる人に嫌な場所になって欲しくないですから』
立原議員はかなり話の分かる人情家のようで、自宅で話を聞けることになったのだった。
議員事務所から歩いて数十分くらいの場所に立原議員の自宅はあり、灰川が金名刺を持ってるという事もあって大急ぎで戻って話を聞かせてくれる事になった。
議員が戻ってくるまでは議員事務所で待つ事になり、その間に鈴木秘書からも話を聞く事にする。この秘書はかなり金名刺の力を恐れ敬ってるようであり、権力に弱い人という印象だ。立原議員からは自宅の問題があった頃の話は隠さず話して良いと言われてる。
「灰川先生は立原議員の家があった場所で、昔に何があったかはご存じですか?」
「いえ、調べましたが、これと言って何かがあったとは書かれてませんでした」
「私は図書館や役所も回って調べたんですが、あの場所はどうやら明治時代に池があったそうで、そこに結婚直後に夫を亡くして後を追った女性が居たそうなんです」
鈴木秘書は立原議員に家の事を相談されて調べたそうで、昔にあの土地であった出来事を図書館の古い資料で見つけたそうだ。
「その後には供養もされて心霊現象なども無かったそうですが、妙な事が起きそうな原因はそれくらいしか見当たらないのです」
邸宅がある土地では立原議員が住んで10年以上経つまで何も無かったが、突然に怪現象が発生するようになったそうなのだ。
政治家の秘書の仕事外とはいえ心配する気持ちも強く、他ならぬ議員の頼みだから相当入念に調べたが、それ以外では何件かの家が建ってたとか、空き地だったとか普通の事しか書かれて無かったらしい。
「貴重な情報ありがとうございます」
「いえいえ、灰川先生のお役に立てたのなら光栄です、ところで四楓院家の方々とは、その何と言いますか…立原議員の事で何か仰られてたりとかは…?」
どうやら四楓院家の力は本物らしく、灰川のようなどう見ても一般人の下級国民にも議員秘書は恐る恐る話しかけて来る。少しばかり居心地が悪い。
「特には何も仰られてません、四楓院さんとは政治の話とかはしなかったので、もしそういった話になってたら出てきたかもしれませんが」
「そうですか、立原議員もまだまだという事ですね…」
鈴木秘書は残念そうな顔をしたが灰川は特に気にはしない、そもそも四楓院家の力がどんな物か実感がまだまだ湧かないのだ。
その後は立原議員の自宅まで車で送られたのだが、事務所を出る際には議員事務所総出で深く礼をされながら送り出された。そんな事された事も無かったし、そんな事されるとも思ってなかったから驚いてそそくさと車に乗ってしまった。
立原議員の自宅はそこまで大きな家では無かった、送ってくれた鈴木秘書が言うには大きな家は前の渋谷の家で一家全員が懲りたとの事で、今は普通の一軒家に住んでるとの事だ。
大きな家は人気が無いと気味悪い物で、立原家は今は金があっても豪邸なんか住むもんじゃないと思ってるらしい。
「こんにちわ、よろしくお願いします。立原議員」
「こちらこそよろしくお願いします、灰川先生」
議員には先生と付けて呼ぶと何かで聞いたが、それは議員に目を掛けて貰ってる人の呼び方とも聞いてたため灰川は立原を議員付けで呼ぶ事にした。むしろ立原の方が先生と付けて呼んでくる始末である。
「立原議員、先生はよして下さい、流石にそんな呼ばれ方すると居心地悪いです」
「そ、そうですか、では灰川さんとお呼びしましょう」
鈴木秘書にも先生付けで呼ばれたが、体が痒くなる思いだ。やはり普通の呼ばれ方が良い。
すぐに家の中に通され、リビングに入ると奥さんと息子と思われる二人も居てお茶も用意されていた。
「こんにちわ、立原の妻です」
「息子の健一です」
「灰川です、お話しを聞かせてくれると幸いです」
無難な自己紹介を交わした後はすぐに前の家で体験した事を話してくれた、話の概要は聞いてた物と大差はなく、奥さんは一定の時期を境に悪夢を見るようになり、だんだん酷くなって家の中で人影を見るようにまでなった。
「俺はあの家に住んでた時に大学の友人と渋谷で遊んだ後、家に泊める約束をしてたから連れて来たんですが、夜中に来たら凄い怖がって帰られちゃった事がありました」
どうやら友人は霊感があったらしく、夜中に来たら異様な気配がして怖くなって帰ってしまったそうだ。灰川は昨日は酒を飲んで騒いでたから気付かなかったのかもしれないと考える。
「なるほど、分かりました」
そこまで話を聞いて灰川は口を開いた、実は立原宅に入った時に霊能力を使っており、何か掴めないか探っていた。
「立原議員、この家はこのままだと以前の家のように怪現象が発生するようになってしまいますよ」
「えっ…それはどういう…」
「政敵か立原議員の会社の関係なのか、他の原因なのか分かりませんが、土地に呪いを掛けられてます」
シャイニングゲートの配信事務所で妙な物を感じられなかったのは、議員が引っ越して呪う必要が無くなり、呪いを取り払う事も無くほったらかしにされてたためだと灰川は気が付いた。
まだ確証は得られないが、恐らくは夜中に霊能力を使って探ったら同じような感覚を覚えるだろう。
「家の庭の四隅に何かが埋められてます、まだ触っても大丈夫なので掘り起こして燃やして下さい」
「それで大丈夫なんですかっ? もしまた何かあったら…」
「庭に監視カメラでも付けてれば防犯にはなりますよ、当面はそれで防げると思います」
他の呪いを掛けられたりしても灰川としては対処のしようが無い、そうならないよう結界を張る事なども出来るが、そうなれば流石に手が掛かり過ぎる。
そもそも別の直接的な暴力的手段を用いられたら灰川にはどうしようもないから、防犯を徹底的にする事を勧めるくらいしか出来ない。
「呪いは掛けようとする人に近い場所にあればあるほど影響が強くなる傾向があります、他にも恨みや憎しみを買えば買うほど強くもなって運気は下がるので、身の振り方に気を付けながら、たまには神社や寺などにお参りに行くと良いでしょう」
「なるほど…分かりました」
原因も分かり立原議員に見送られながら帰る、何とも退屈でつまらない終わり方だが、これが現実だ。鈴木秘書が調べた過去の曰くは関係すらなかったのである、そういう事は多々ある世界なのだ。
不幸があった場所が必ず心霊スポットになる訳じゃない、池に身投げした女性はしっかり供養され、念を残す事も無かったのだろう。
掘り下げれば誰がこんな事をしたのかとか、どうやって強い呪いを掛けたのか等、様々な真相が見える事だろうがそれはしない。
首を突っ込んでも面倒なだけだし灰川にとっては仕事外だ、役目はあくまでシャイニングゲートの配信事務所に発生する怪現象の解決であり、事の深堀ではない。これ以上は立原議員の仕事やプライベートに立ち入ってしまう問題だ。
「あ、渡辺社長ですか? 解決の糸口が掴めましたんで明日にでも済ませます、今夜は配信事務所に誰も泊まらせないようにして下さい」
電話をかけて用件を伝えて日暮里駅に向かう、今は既に夕方の5時過ぎだ。
日暮里駅に着いて電車を待ってると、灰川のスマホにSNSの着信が入った。
染谷川小路
メッセージ
明日には解決しちゃうの?
ちょっと残念だな~
大勢の人を怖がらせ、立原議員の一家には精神的な不安定までもたらした怪現象の呪いだが、染谷川小路にとっては今まで感じた事の無い視覚という感覚を感じさせた現象でもある。
どうやら呪いの性質は寝てようが起きてようが視覚的な恐怖を煽り、精神の均衡を崩させる類の物だったらしく、配信事務所に残された呪いは放置されて力が弱くなったり強くなったりと不安定になってたようなのだ。
呪いの順序は長く滞在すればするほど怖さのレベルが上がり、寝る事すら怖くなって精神に不調をきたすというもので、灰川と渡辺社長は一日しか居なかったから大きな被害は無かった。
本来なら全盲の人に視覚的な何かをもたらすような力は無かったようなのだが、小路には呪いの作用が強く当たってしまったようであり、そのような現象が起きたと見られる。
視覚が無い小路が夢の中で薄らぼんやりと何かが見えるという体験をしたのは忘れがたい記憶になってるようだが、それを見続けたら何が起こるか分からない。少なくとも良い事は起こらないだろう。
小路には正直に明日に解決すると返信した、少しばかり悪い気もするが仕方ない事だ。
その後は翌日にシャイニングゲートの配信事務所の庭で、ダウジング法や陽呪術を使って呪いの在りかを探り祓った。
終わってみれば簡単だが怖がらせられる人からすればたまったもんじゃない、それにオカルト調査は難航する事も多く解決できない事も多いのである。
今回は時間を掛ければ配信事務所を調べるだけでも事は済んだだろうが、早く解決できたのは良い事だし、金名刺の力の確認も出来た。
政治家が頭を下げる程に四楓院家の力は強く、金名刺も同様に強い。これを乱用したら人間的に駄目になってしまう、そう考えた灰川はなるべく使わないよう心掛けるが先は分からない。
灰川は配信業界、ひいては芸能界などとも関わるようになってしまったのだ。そこは権力や人脈が物を言う世界、既に灰川はメディア業界の上層部やその他の権力者に名前は広まってしまってる。どうなるかはこれから次第だろう。
ひとまずは初仕事とも言える最初の怪現象は解決し、その数日後に渋谷のハッピーリレーとシャイニングゲートの事務所のごく近くに、灰川の事務所である『灰川コンサルティング事務所』が完成したのだった。
非常に淡白な話でしたが、これでも真面目に書きました。




