68話 盲目のVtuber少女の配信
染谷川 小路
シャイニングゲート所属;視聴者登録数250万人
『やっほ~、みんな元気~? 私は元気だよ~』
コメント;元気だよ~
コメント;今日も来たぜ!小路ちゃん!
コメント;お楽しみの時間だ!
コメント;待ってたよ~
小路の配信には開始前から既に1万人くらい同時視聴者が集まっており、今も増え続けてる。平均同時視聴者数は約3万人で、今の時刻は休日午後の3時だ。
視聴者は大人も大勢いるが小学生や幼稚園児が親子で見てる事も多いらしく、人気の高さに驚かされる。
『今日は私の作った童話の続きをお話ししてくよ~、楽しく聞いて貰えると嬉しいな~』
コメント;聞く聞く!
コメント;このために生きてる!
コメント;絵本発売決定おめでとー!
コメント;5歳の娘が楽しみに聞いてます
小路は全盲のVtuberではあるが視聴者に明言はしていない、だが視聴者は小路は視覚にハンディキャップを持つ事を大半が感づいて分かっており、それを承知で楽しみに配信を見に来る。
今までも野暮なサイトや動画投稿者が小路は目が悪いのかという考察をしてたり、視聴者質問で聞かれたりもしたそうだが「秘密だよ~」と言って、特に不快に思う事も無くVtuberを続けてるらしい。むしろ『名前を広めてくれてありがとさん』くらいに思ってるとか。
そんな彼女は配信の形も普通とは少し違う、ゲームはごく一部の物しかプレイ出来ない。格闘ゲームなどは音や直感で判断してプレイ出来るためプレイ可能なゲームもあり、割とやるそうだ。
RPGやレースゲームは難しいそうで、FPSゲームなども無理、音声操作パズルゲームなどは出来るなど、様々なゲームに挑戦しながら裾野を広げる事に邁進してる。
そんな小路の人気配信は『創作ストーリー配信』だ、彼女の自作小説や自作童話を視聴者に読み聞かせて楽しませるという内容である。
『じゃあ前回のあらすじから行くよ~、主人公のラルフが盲導ドラゴンと一緒に悪の魔王のお城に戦いに行く所からだね~』
コメント;めっちゃ続きがきになってたよ
コメント;早く読んで~、気になる
コメント;お、配信始まってた
小路が現在、創作してる童話は【盲目勇者ラルフと盲導ドラゴンシリーズ】という話で、子供でも聞きやすく作られてるお話だ。盲導とは目が悪い人をサポートする事であり、盲導犬や盲導馬などが現代でも世界各地で活躍してる。
目の見えない主人公のラルフが勇者になり旅に出る事になってしまい、一緒に育って彼を支え、時には助けられる兄妹同然のドラゴンのワップの物語である。この話は絵本として発売される事が決まってるらしく、普通本と点字本が同時発売されるらしい。
話はオーソドックスな内容ながら、目の見えない人の感じる世界のリアルさや、独特な世界の書き方、話全体から感じられる優しさや助け合いの大切さを教えてくれるストーリーは男女問わず人気である。
『ラルフとワップは人間と魔族の戦争を終わらせるために、何度も倒れても立ち上がり、目が見えないのに魔王が倒せるわけ無いと言われても諦めず、魔王のお城へ辿り着きました』
コメント;普通に話が気になってるんだよね
コメント;緊張感ある話だな~
コメント;この雰囲気が好きなんだよ
コメント;声と話がマッチしてる
話は進んで行き視聴者たちもコメントを打ちながら聞き入ってる、小路の優しく聞きやすい声と柔らかな語りがストーリーの世界に皆を引き込んでいく。
ストーリー制作は流石に小路一人ではコンプライアンスに違反するかもしれないという理由で、シャイニングゲートの社員さんや他のVtuberの意見なども取り入れながらの制作だそうだ。
視覚障碍者の人が公の場で話す時に、意外と視覚障碍に関する放送禁止用語などを言ってしまうという事があるらしく、近年では規制が更に強くなり『盲目』という言葉もグレーゾーンらしい、それらの不快な表現を防ぐための措置であり、面白いストーリーを作るための手段の一つだ。
やがて、しばらく話してからキリの良い所で創作童話の朗読は終わり、雑談配信に切り替わった。
『みんな楽しんでくれたかな~? 楽しんでもらえてると嬉しいな~、くふふっ』
コメント;最高だった!
コメント;息子が続きは?って何度も聞いて来る
コメント;小路最高!小路最高!
コメント;娘が小路ちゃんと結婚するって言ってるww
そんなこんなで配信は終わり、17時30分に小路はリビングに戻って来たのだった。
「私の配信ど~だった? 楽しんでもらえた~?」
小路が戻って来てさっそく灰川たちに感想を聞いて来た、表情と雰囲気からは満足の行く配信が出来た事が伺える。
「予想以上に良かった、流石はシャイニングゲートVtuberだと思ったよ」
「ありがと~灰川さん、ミナミちゃんはど~だったかな?」
「とっても良かったですっ! 私も見習わなくちゃって思いましたっ」
「あはは~、私の方こそ北川ミナミちゃんから色んな事を学ばせてもらってるよ~、そう言われて嬉しいな」
灰川もミナミも本当にそう感じていた、柔らかで独特な安らぎを貰える配信は正に唯一無二、視覚情報に頼らない配信は雰囲気や声から、香りや温度が伝わってくるような新しい感覚の配信であった。
「そう言えばコメントとかは配信中にイヤホンとかで聞いてたりするの?」
「ん~、ずっとじゃないけど、たまに読み上げソフトでランダムに聞いたりするかな~、全部聞いてたら朝になっちゃうからね~」
普通の配信者はコメント欄に目を通しながら配信する人が多いだろう、それがほとんど無いというのも独自の雰囲気を作り出すのに一役買ってるのかもしれない。
他にも創作した話は原稿に点字で書き起こした物を読んでる事や、パソコン操作のために片方の耳は常に音声操作補助を受けるためにイヤホンをしてることなどを聞かせてくれた。
「目が見えなくてもVtuberは出来るんだなぁ…もちろんヤル気と情熱は必要なんだろうけど」
「そうだよ~、その内に配信でカミングアウトするつもりだから、そしたら私以外の視覚障碍の人も挑戦してみて欲しいって思ってるんだ~」
目が見えない事については機を見てカミングアウトするらしい、Vtuberを始めた当初は色眼鏡で見られたくない思いもあって言わなかったそうだが、今なら大丈夫だと感じてるそうだ。
「それで灰川さん、この配信事務所に来てから…何か感じたかな?」
頃合いを見て渡辺社長が本題を切り出した、この件にはシャイニングゲートVtuberの退所か否かが懸かってる。
「まだリビングとそこの配信ルームしか見てないから分からないですね、もうちょっと家の中を案内してもらっても良いですか?」
「それもそうだね、でももう夕方の5時だからミナミさんは帰った方が良いんじゃないかな?」
「そうですね…私は夜に配信もあるので失礼させて頂きます、灰川さんも危ないと感じたら逃げて下さいね、約束ですよ」
「心配ありがとな、まあ今の所は何も感じないから大丈夫だと思うけどさ」
ミナミは配信があるため帰宅し、残ったのは灰川と渡辺社長と小路だった。
邸宅の中を小路と渡辺社長に案内してもらう、やはり想像通りに広くて立派で豪奢な内装だ。
中庭にはプールがある、シャワー室は宿泊ルームには完備されてるし、他にもジャグジーバスや広くて多人数で入れる風呂場もある。エレベーターまであってバリアフリーの面も良い感じに思える。
「スゲェな! プール付きの家とか初めて入ったよ、大きな風呂もサウナもあるし、檜風呂とかまである…」
「私はあんまり使えないけどね~、目が見えてたら使ってたかも~」
配信ルームは全部で10室と少なめだが、設備の充実度はハッピーリレーを遥かに凌ぐレベルだ。配信ルーム内は広く取られ、マイクに声が良く入るように音響も考えられた造り、使われてるパソコンもハッピーリレーやライクスペースにあった物より良いカスタムがされてるように見える。
「凄い設備だっ…音響まで考えて配信ルームを作るなんて、しかもパソコンの性能が明らかにオーバースペックなレベル…」
「そこは拘ったんだ、配信会社としては絶対に譲ってはいけない部分だと思ったからね」
1階、2階、3階と見て行くが、どこも大手建設会社や建築デザイナーのホームページに載ってるような豪邸、そんな印象である。
「う~ん、今の所は何も感じないなぁ」
「そうなのかい? でも皆が同じ夢を見るとなると、何かがあっても変じゃないと思うんだけどね」
3人で邸宅内部を歩きながら灰川は霊感を使って調べていくが、特に変な感じは無かった。
「ん~、でも私も嫌な感じがする時はあるよ~、夜中が多いかな、でも耐えられないって程じゃないよ~」
「目が見えないと逆にそういう感覚を感じ取りやすくなったりするし、目が見えない人には霊験が宿るって昔から言うから、怪異への耐性が強いのかもな」
小路も嫌な感覚は感じるそうだが耐えられないほどじゃない、恐らくは耐性が高いのだろう。
昔から目が見えない人は縁起が良いとされる事が多々あり、一富士二鷹三茄子の初夢で見ると縁起が良いとされる物の続きには『四扇五煙草六座頭』と続き、6番目の座頭とは目が見えない人の事である。
他にも青森県に今でも居るイタコは目が見えない女性が修行を積んで勤め、信仰対象になってきたほどの有難い存在として崇められてきた。
盲人文化は歴史が長く奥が深い、近代では時代小説を元とした勝新〇郎やビ〇トたけしが主演を務めた目の見えない剣客の時代劇が大ヒットを飾った。
だが差別問題や健常者と視覚障碍者の認識の齟齬もあり、簡単には語れない物事でもあるため多くの人は公の場で触れられない話題でもある。
「まあ、それでも小路ちゃんも今日は自宅に帰って貰えないかな? 夜中じゃないと分からない事もありそうだし」
「え~? 私も居ちゃダメなの~?」
「このご時世で女子高生と大人の男が2人も一緒に夜中まで一緒に居たとか知れると、世間で何言われるか分からんしさ」
「え…僕も泊まるの…? 妻に連絡しないとな…」
ちゃんと説明して小路には今日の所は帰宅して貰う事になり、両親が迎えに来て自宅に帰る事になったのだった。
「じゃあまた明日ね~、バイバイ社長、灰川さん」
「明日は学校だから夕方からだね、ちゃんと寝るんだよ小路」
「何か怖い事あったら遠慮なく連絡してくれよな」
小路を両親の車で帰宅させ、邸宅内には灰川と渡辺社長だけになる。
「なんか…豪邸って一人とか二人の人数になると不気味に感じるっすね」
「確かにそうだね…僕はマンションに住んでるから、こういう雰囲気になるとは思ってなかったかな」
大きな豪邸はしんと静まり返り、広い空間が異様な雰囲気を纏う。実際に3人と2人では結構な雰囲気の差があり、少し前まではミナミも入れて4人だったから静けさのランクが段違いだ。
「僕は仕事があるからリビングで作業させて貰うよ灰川さん」
「俺も少し調べたい事があるからリビングでパソコンを使わせて下さい」
渡辺社長は元から灰川が妙な真似をしてない証人になってもらうために居て貰うので、灰川と分かれて作業するのは良い事ではないから二人共リビングで作業する事にする。
それに怖い出来事が発生すると分かってる場所で一人になるのは得策ではない、渡辺社長は持ってきたノートパソコンで仕事、灰川は設置してあるパソコンで調べ物をする事にした。
しばらくの時間、仕事や調べ物をしてると夜の8時になっていた。
「灰川さん、そろそろ食事をしようと思うんだけど、何処かに食べに行くかい? もちろん奢らせて貰うよ」
「え、良いんすか? じゃあ有難く頂きます」
そのまま邸宅を出て夕食と実情の報告をする事になり、配信事務所邸宅の近くにあった寂れた古いラーメン屋に行く事になった。




