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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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58話 シャイニングゲートの見学

 渡辺社長を呼び戻し、金名刺の力と灰川に与えられた権力は使わないと説明した。これらを使えば必ずロクな事にならない。


「そうか…残念だけど、正しい判断だと思う」


「はい、俺はこれを使い続ければ絶対に後戻りできないくらい調子に乗ります、そして周りを巻き込んで破滅するでしょう」 


 灰川は権力は怖い物だと小さな頃から教えられて来た、溺れれば破滅が待ってる力だと。


「しかし灰川さん、そういった物は使い方次第という面もあるんだ、君はまだ若いからそこの所を上手く理解は出来ないかもしれないが、それは覚えておいて欲しい」 


 渡辺社長は実業家としての物言いから灰川を諭す、社会生活を送れば多かれ少なかれ権力という物に触れてしまう事は多い。社会的権力、会社内権力、学生のクラスカーストなんかもその例だ。


 権力という場の中で生きて行かなければならない時に、その金名刺は多大な力を発揮してくれるだろう。トランプゲームで言えば無限に使えるジョーカーを手にしたような物だと語った。


「確かにその金名刺のパワーを乱用すれば灰川君は人格が変わってしまう恐れは大きくあると思う、でも使わなければならない時は迷わず使いなさい」


 渡辺社長はシャイニングゲートという今では大きくなった会社の社長だ、しかし今でも権力という物に悩まされる事は多いらしい。


 配信業界でいくら稼いで名を売ろうと、それはその世界だけの出来事である。本当の上流階級の世界では渡辺社長の名前なんて通用しないし、メディア業界や芸能界でもシャイニングゲートのブランド力は無いに等しいそうだ。


 そんな折に欲しくなるのが権力だ、権力さえあれば自社の子達を更に華やかな世界に出してあげる事が出来る。それを望むVtuberの子達も多いらしい。出してあげさえすれば必ず芽が出ると渡辺社長は信じてる。


 しかし現実にはメジャーな番組に自社の子達をねじ込む権力は無く、渡辺社長が苦労して作った伝手で出来たのは、ナツハを深夜帯の小さな番組に出せただけ。しかも番組内では目立たない位置で、他の有名芸能事務所に所属する雑多な芸能人の影に隠されてしまった。


 シャイニングゲートは配信界隈で名が売れてるからプライドもある、ナンバー1Vtuberであるナツハにそんな扱いを受けさせた事に自分が情けなくなったらしい。芸能界では芸能人個人の能力より後ろ盾の力がモノを言う、権力が無いという事は芸能界では弱さに直結するそうだ。 


 今でこそ上手く行く算段が付いたようだが、そこに至る道は苦難に溢れていたようだ。


「灰川君がウチを選ぶにせよハッピーリレーさんを選ぶにせよ、その事は忘れないで欲しい。この業界で権力を持つ事を過剰に恐れては、自分や身の回りが危険に晒された時に何も守れなくなる」


「はい、肝に銘じます」


「その金名刺の力は灰川君が思うより絶大な物だ、その気になれば無名の素人をいきなり人気芸能人にしたり、逆に気に入らない人を引きずり降ろしたり出来たりする」


 極端な話だとそういう事になるそうだ、灰川は恐ろしいカードを手にしてしまった。早めに四楓院に自分の意思を伝えておかないと、灰川には権力という名のバケモノに取り憑かれた者達がこぞって近づいて来かねない。


「僕も灰川さんにはその金名刺は持ってない物として接するよう心掛けるつもりだよ、それを貫けるかは分からないけどね」


「はい、それでお願いします」


「灰川さんは変わらないで居て欲しいな、今だって充分凄い人なんだから」


「ははっ、ありがとな空羽」 


 こうして灰川は自らが調子に乗って破滅しないよう、金名刺は滅多な事では使わないと決めた。渡辺社長と空羽にも絶対に誰かに喋らないよう約束して貰い、その事をハッピーリレーの社長にも連絡して貰った。




 その後は社長自ら灰川の雇用についての条件を聞かせてくれた、やはり霊能者としてだけではなく他の業務もあるそうで、ハッピーリレーの雇用と似たような感じになるみたいだった。


 給金に関してはハッピーリレーより高い金額だが、それだけで決めるかどうかは書類を持ち帰って、よく見てみない限りは決められない。


「さて、じゃあそろそろシャイニングゲートがどういう会社なのか、改めて見てもらおうかな」


「はい、案内お願いします」


「私も案内してあげるからね」


 金名刺の力は使わないが、だからと言って灰川をいい加減に扱って良い訳じゃない。渡辺社長は元から灰川を気に入っており、そんなつもりは毛頭なかったが、当初はシャイニングゲートの接客案内係に任せる予定だったそうだ。 


 そこをナツハが自ら案内すると買って出たらしく、灰川を駅まで迎えに来てくれたらしい。


 最初は社長はあまり特別扱いをすると灰川の判断の基準を曇らせると思ったらしいが、今は完全に事情が変わった。灰川をぞんざいに扱えば会社の存続に関わるような事態になりかねない。そうなれば渡辺社長の家族すら不幸になりかねないだろう。


 金名刺の力は既に発揮されている、渡辺社長は灰川を隣に置いておくだけで絶大な効果が出るという事は分かってるのだ。だからこそ忙しい身でありながら他の仕事を差し置いて、自らと自社のナンバー1のナツハで案内しようとしてくれてる。


「最初は本業事務所の案内をしよう、ここから近いからすぐに着く」


 そのままオーディション専用の事務所を裏口から出て車に乗り、近くの大きなオフィスビルに向かった。




「スゲェ~…」


 そんな感想しか出て来ない、非常に広い70階建てのビルの60階から70階までがシャイニングゲートの事務所兼配信者養成アカデミーだそうで、今まで見た配信企業の何処よりも格上だというのが一目で分かる。


 ハッピーリレーはそこそこの広さの10階建てビルの1階から5階まで、ライクスペースは50階建てのビルの30階から32階までだった。


 シャイニングゲートは70階建てビルの60階から最上階まで、凄まじい収益を上げてる事が分かる。配信から入る利益だけでなく、グッズ、コラボ商品の収益、海外展開、その他を含む多大な利益があるのだろう。


「あの、それにしても配信企業ってそこまで儲かるんですか? 詳しい金額は分からないけど、いくら何でもここまでの儲けが出るとは思えないような」


「実はシャイニングゲートは配信企業として有名になる前から本業とも言える事業があってね、だからここは本業事務所って呼ばれてるんだ」


「本業? 配信以外に何かやってるんですか?」


「シャイニングゲートは僕が経営する配信企業だけど、それ以前から旅行会社の経営もしていて、その事務所でもあるんだよ」


「ひえ~……忙しそ~…」


 渡辺社長は配信企業は最初は趣味で興した会社だったそうだ、実家が元から旅行業をやっており、家業を継いで暫くしてから趣味の会社を興した。


 その後は旅行業も配信企業も多いに成功、元から大きかった旅行業の会社と一緒にこのビルに経営拠点を移したそうだ。


「自分では大きくなったと思ってたけど、まだ四楓院家の人の目に留まるような存在じゃないって事なんだろうね、甘さを実感させられたよ」 


「学生時代にボロアパートに住んでたって話が信じられないっすよ…すげぇ~…」


「灰川さん、こっちだよ」 


 ナツハに先導されてビルに入り綺麗なエントランスを抜けてエレベーターに乗る、そのままシャイニングゲートの事務所がある65階へと上がった。


 旅行業の会社は60階から64階で、シャイニングゲートは65階から68階、69階と70階は飲食店が入ってるらしいが、全て渡辺社長の出資してる店だそうで実質的に60階から70階まで渡辺社長が借り上げてるような物だ。


「シャイニングゲートの事務所は65階だけで、あとは配信者アカデミーになってるんだ」  


 渡辺社長が言うには事務所自体はビルが広いから1階層だけでスペースは足りるらしく、むしろアカデミーの敷地が足りないと嘆いてる。


 66階と67階はシャイニングゲートの配信者候補生が、座学や配信実技を学ぶ場所で68階は候補生たちが休める展望休憩スペースや、その他の学びの場だそうだ。


「ハッピーリレーともライクスペースとも格が違う…怖くなって来た…」


 事務所は広々として働きやすそうで、漂う空気感からも社内の風通しの良さが感じられる。働いてる人達の顔色も良く、のびのびと落ち着いて仕事が出来そうな雰囲気だ。


「社長、ナツハさん、お疲れ様です」


「お疲れ様です、そちらの方はお客様ですか? お茶とかの用意はしますか?」


 少し見回ってると社員の人が挨拶に現れた、忙しい中でも目の効く有能な人たちなんだろう。


「いや、談議についてはさっき終わってね、今は会社の中を紹介させて貰ってたんだ」


「そうでしたか、自分は佐藤と言います、よろしくお願いいたします」


「ゆっくり見て行って下さい、私は中島です」


「灰川と言います、仕事中お邪魔してすみません」


 ハッピーリレーの仕事上がりでラフな服装の灰川に向かっても、丁寧な挨拶をしてくれる。とても良い社員教育を受けてるのだろう。


「灰川さんは我が社の左右を握られてるお方だよ、僕らなど一捻(ひとひね)りに出来てしまえる人物だ」


 「「!!?」」 


「ちょ、渡辺社長、大袈裟すぎますって」


 真実かもしれないが間違いだ、灰川にはそんな気は一切ないし、出来るとしてもやり方が分からない。


 渡辺社長は灰川に金名刺は持ってないとして当たると言ったが、持ってる事実は変えられない。だから行動で『慣れろ』と伝えようとしてくれてる。


「そ、そうなんですかっ…はは、お手柔らかにお願いしますぅ…」


「お、お若いのに社長にそんな事を言わせるとは…御見それしましたぁ…」


「い、いえ、渡辺社長は冗談で言ったんですからねっ? 変な事はしませんから!」 


 たったの一言で事務所内の灰川を見る視線が変わる、そもそも忙しい社長と自由鷹ナツハに連れられて歩いてる時点で人目を引く、社長の言ってる事は嘘ではないと所内の人々が感じ始めてるようだった。


「つ、次行きましょう次っ!」


 広い事務所スペースを歩いて抜けて、応接室や商談室、各種部署の部屋などを見て回り、その度に一瞬で広まってしまった噂による灰川を見る様々な視線が痛かった。


 ただ者では無い何者かが来た、社長と親しいながらも恐れられる誰かが来た、社長とナツハちゃんと当たり前に喋る男、そんな畏怖とも敬意とも、または敵意とも感じられる視線は灰川には痛く感じる。


 実質的には灰川はさっきまで歯牙にもかけない同業他社の短期バイトだった男だ、それを知られたらどれだけ肩透かしを食らうか。


 次はアカデミーの階層へ行くが、今は講義をしてる部屋が多いからサラッと見るだけだった。綺麗で整ってるし広く、録音スタジオや受講生向け配信室などもあり、やはり凄い設備が整っていた。


 そのまま68階へ向かい、ダンスレッスンホールや展望休憩所がある場所を見て回る。まずはダンスレッスン場を見た。


「うん凄い」


 レッスンルームは下の階層にもあったが、ここは一段と広くダンス教室だって開けそうなホールが2つある、ここで受講生たちは日夜汗を流しながらシャイニングゲートの配信者になるべく、努力を積み重ねてるのだろう。


 どこを見ても素晴らしい環境だ、ここで学べば必ず一流の配信者になれる、そう確信せざるを得ない環境だ。


「ここが展望休憩所だよ灰川さん、凄く眺めが良いんだ」


「ナツハもここで受講したんだよな、羨ましいくらいだ」


「ううん、私が入った時にはアカデミーは無かったから、私は面接だけだったよ」


 なんと自由鷹ナツハは配信に関してはほとんど独学だそうだ、才能の違いを感じさせる。アカデミーはナツハが入った後に出来たから、それ以前に入所した人はアカデミーは通って無いそうだ。


 だがナツハを初めとして現役配信者はアカデミーに講師として呼ばれるらしく、それでここにはよく来るらしい。


「おっと、今は中高生部アカデミー生たちが居るようだね」


「え? そりゃ残念、高い所からの眺め見たかったな~」


 そんな感じで中に少し入ると、すぐにアカデミー生たちがこちらに気が付いた、すると。



 「「お疲れ様です社長!ナツハ先生!」」



 一斉にアカデミー生の女の子達が立ち上がり、渡辺社長とナツハに向かって挨拶をした。


「お疲れ様、皆さん、そんなに(かしこ)まらなくて良いよ。あ、でも今日は灰川さんが居るから別かな」


「お疲れ様です皆さん」


 社長とナツハが挨拶を返す、社長は堂々としながら、ナツハはアカデミー生と同じようにお辞儀を返しながらの挨拶だ。


 渡辺社長はアカデミー生達には必要以上に畏まらなくて良いと言ってるそうなのだが、この風潮は勝手に根付いてしまった物らしく、どうする事も出来ないそうだ。そのまま社長がアカデミー生たちに灰川の紹介をする。


「みんな、こちらの方は灰川さん、シャイニングゲートの行く末を左右するお方で、我が社の相談役になって貰いたいと打診させて頂いてる」 


「皆さん、灰川さんは私も大きくお世話になってて、とても凄い方なんです」


「だから大袈裟ですって渡辺社長、ナツハさん! 灰川です、みなさんお疲れ様です、よろしくお願いいたします」


 灰川も挨拶を返す、講義を受けて疲れてる所に悪いなと思いつつ頭を下げた。流石にこの場でナツハの事を呼び捨てにする訳にはいかず、敬称を付けての呼び方だ。


 社長とナツハが灰川を紹介した直後……アカデミー生たちの目の色が変わった。


「おっと電話だ、灰川さん、ナツハと一緒にアカデミー生たちの相談に少し乗ってあげて欲しい」


「え、ちょ…?」


 渡辺社長に仕事の電話が入ったらしく、そそくさと休憩所から離れてしまった……その数秒後に灰川はナツハと一緒に女子中高生のアカデミー生たちに取り囲まれてしまう。



「こんにちわ!初めまして灰川先生! シャイニングゲートアカデミー生の細野です!」


「斎藤と言います! よろしくお願いいたします!」


「浜岡成美です! シャイニングゲート正規Vuberになれるよう頑張ってます!」



 あっと言う間に取り囲まれて、アカデミー生の女の子達から次々と挨拶をされる。助けを求めようとナツハに視線を送ろうとしたが、ナツハの方もアカデミー生の女の子達に囲まれて挨拶されてたため叶わなかった。


 ここにはシャイニングゲートの正規Vtuberになるために日々最大限の努力をしてる子達が集まってる、アカデミー生は女子中学生から成人女性まで幅が広く、アカデミー生という時点で既に才能を見出されてる子達だ。


 この中から何人の人達が正規Vtuberとしてシャイニングゲートからデビュー出来るのか?現在のシャイニングゲートの正規Vtuberは100名ほどで、それを考慮に入れるとすると……恐らくは30から50人に一人、この中から一人がデビュー出来るか否かという確立だ。


 数字にすれば2から3%、恐ろしく低い確率だが彼女たちはそれでも夢に向かって手を伸ばす。現に彼女たちはその夢に手が届きかけている状態だ、何としてでも掴みたいだろう。それほどまでにシャイニングゲートのVtuberというものは憧れを集めるブランドになっている。


 今の時代を生きる女子の憧れの的、栄光が約束された道への扉、そこに至るチケットの抽選を受ける資格を手にした者達がここには集まってるのだ。しかもアカデミー生はここにいる子達だけではなく、一部だそうだ。


 そこに社長と業界ナンバー1Vtuberが鳴り物を鳴らして灰川を紹介した、それは『もしかしたら、この男の鶴の一声でデビューが決まるかも知れない』と思わせるには十分な材料だった。


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