56話 金色の地獄への切符 1
その日は灰川は疲れでグッタリして、シャワーすら浴びれず布団に入ってしまった。
昨日から陽呪術の連続使用に加えてほとんど徹夜で事に当たってたため、体力的に限界だったのだ。配信する元気すらなく、起きた時には既に連休が終了した翌日の昼過ぎだった。
「あ~…寝たなぁ~…、ふぁ~~…!」
大あくびをついて布団から起き上がり、シャワーを浴びて目を覚ます。時間にして10数時間という大睡眠だ、精神力を使い果たしたからこそ出来る長時間の睡眠だ。
スマホを見るといつでも良いからハッピーリレーの事務所に来て欲しいと連絡があり、用意して向かう事にする。
「お疲れ様です、昨日はお騒がせしてすいませんでした」
「いえ、何か凄い大変だったとエリスちゃんから聞いてます、灰川さんこそお疲れ様でした」
ハッピーリレーに行くと人事部の木島が灰川に付き、連休中の短期バイトを務めてくれた礼を言ってくれた。
社長は今は外で何かの仕事をしてるらしく、今は居ないようだが後日に改めてマネージャー雇用の返事を聞かせて欲しいとの事だった。
「それにしても幽霊とかって本当に居るんですね、灰川さんが来る前は事務所で変な事が起こってたのに、今はさっぱり無くなってます」
「事務所のお祓いもしましたしね、幽霊とかが実在するかどうかの証明はまだまだ先の事になるでしょうけどね」
ハッピーリレー事務所のお祓いも灰川がして、今は事務所で妙な事が発生する事は無くなってる。配信者達も灰川のお札を持ったら体が軽くなった等の声があったらしい。
「それで今の所はマネージャーの件はどう考えているんですか?」
木島が聞いて来て灰川は改めて考えてみる、ここに来て色々な事があった。何件かの怪現象を解決したり、様々な配信者と関わったり、更には他社であるシャイニングゲートとも関りが出来た。
三ツ橋エリス、北川ミナミ、破幡木ツバサ、ルルエルちゃんという4人のVtuberと仲良くなり、それなりに慕われてると思えるほどには縁が作れた。
シャイニングゲートでは業界ナンバー1のVtuberの自由鷹ナツハと縁が出来ており、それだって良い思い出である。配信企業ナンバー2のライクスペースとは残念な結果になったが、それはもう吹っ切れた。
「ん~…今の所は正直ハッピーリレーの話を受けようとは思ってます、でもシャイニングゲートの出す条件次第って感じですね、来週頭には知らせが来るみたいです」
「まあそうですよね、私個人としては灰川さんに来て貰ったら、私の仕事が減って凄く嬉しいんですけどね」
木島は配信者達と会社との折衝役も務めてる、そこにマネージャーが入ればかなりの負担減になるだろう。
「ははは、でもツバサと関われる時間も短くなっちゃいますよ?」
「ツバサちゃんは自分からガンガン関わってくので大丈夫です!」
ハッピーリレーの提示する給金は決して悪い物では無かったし労働条件も良い、しかし片方の条件が出揃ってない現状では決めかねる。
その後は短期バイト終了の正式な通知を貰い、ハッピーリレーの事務所を後にした。会えるならばエリスやミナミに今までの礼を言いたかったが、時間が合わなかったため叶わなかった。
だがエリスを初めとした皆は灰川に最後に会った時も特に変わった様子はなかった、例えハッピーリレーに入らずとも連絡先は交換してあるから、連絡しようと思えばいつでも出来る。今や交友などもデジタルの時代だから、別れという物の特別性は昔とは違う。
それでも辞める時は感慨が湧いて来る。期間にして2週と少しという短い間だが、去る時には一抹の寂しさを感じた。
「この寂しさ、配信にぶつけるかぁ!」
大きく息をついて、労働から解放された一時の解放感に身を任せつつ事務所から帰ろうと渋谷の街を歩いてるとスマホにSNSメッセージが受信された。
澄風 空羽
メッセージ
こんにちわ、今日これから時間空いてないかな?
もし時間が合えばで良いんだけど、シャイニングゲートの
灰川さんを呼ぶ条件が決まったらしいから来社して欲しいな。
「また突然だな…まあ良いけどさ」
空羽こと自由鷹ナツハからシャイニングゲート事務所への呼び出しだ、普通なら会社側から正式に連絡するのだろうが、ナツハと仲が良いという事からなのか、横の繋がりを大事にする社風なのか連絡は彼女から来た。
灰川は今から行くと連絡を入れようと思ったが、考えてみればシャイニングゲート事務所の場所が分からない。それを見計らったように『私が案内するから、渋谷駅で待っててね』とメッセージが入り、指定された場所に向かう事になった。
指定場所には近くを歩いてたという事もあって数分で到着する、駅構内のとある飲食チェーン店の前での待ち合わせだった。
「お待たせ灰川さん、来てくれてありがとう」
そこに学校帰りの制服のまま、伊達メガネを掛けて少し変装した空羽が来た。
「いや、ちょうどハッピーリレー出た所だったから丁度良かったよ」
「そっか、そう言って貰えて良かった、じゃあ早速行こうか」
そのまま空羽に連れられて雑談を交えながら歩いていく、Vtuber事務所は渋谷に構えるのがステイタスみたいな風潮があるらしく、業界ナンバー1のシャイニングゲートも例に漏れず渋谷に事務所がある。
特にシャイニングゲートは女性Vtuberのみで勝負する配信企業であり、若い女性の憧れやファンを獲得するには渋谷に事務所を構えるのが最適だとの事だった。
「そういや、やっぱり顔は少し隠してないと誰かが寄ってきたりするのか?」
「う~ん、今はそういう事はないけど、事務所が顔出ししてる以上は多少の変装をした方が良いってことでやってる感じかな」
空羽は顔出し配信や生身でのテレビ出演の経験もあるが、そちらではそこまで有名という訳ではない。やはり本職の芸能人やアイドルと比べれば、存在感の出し方が不慣れな部分があり、思ったようには行かなかったようだ。
それでも視聴者からは『可愛い!』『普通にアイドルやれるって!』と、容姿に関する褒める言葉も多く聞かれ、顔が売れるのも時間の問題のように感じる。
「灰川さんは今の所はハピレさんとシャイニングゲート、どっちに行こうかなって思ってるのかな?」
「今の所は流石にハッピーリレー選ぶって、条件も思ってたより良かったしさ」
条件が出されてない以上は一択だ、しかし今から受ける説明次第では考えが変わる事は充分にあり得る。
「ここだよ、まずは私が事務所の中を案内してあげるからね」
渋谷の街を歩いていくと、かなり栄えた繁華街のメインストリートの一角にシャイニングゲートの事務所があった。
立地としては凄く良い場所だ、周囲には渋谷らしくお洒落な飲食店や、若い子向けのファッション店や雑貨屋が立ち並んでる。
こんな場所に事務所を構えたら利便性や配信者の出入りに不便だと感じる、その証拠に事務所の前にはシャイニングゲートのVtuberに憧れる女子中高生や大学生が、次々と配信者募集のチラシが置かれたラックから募集用紙を持って行ってる。
しかも少し見えるチラシもお洒落で凝ってる造りであり、人目を引く華々しさが感じられる。恐らくはデザイナーなどに頼んでるのだろう。
「正面はちょっと人が多いから、裏から入るね」
空羽に案内されて人が少ない裏手から事務所に入る、すると中も可愛らしくお洒落で若い女の子がテンションを上げそうな内装だった。
だが正直言って狭く感じる、これが業界ナンバー1の配信企業なのか?と思うほどに小さい。建物は外から見た感じだと3階建てで、中は隣や向かいの店と変わらないくらいの広さに見える。
「あ、ここは事務所って言ってもオーディション専用の事務所だよ、シャイニングゲートの事務所はオーディション用、本業事務用、配信用者用に分けてあるんだ」
「!!?」
詳しく聞くと、この場所はシャイニングゲートに憧れる子達に見栄えが良い場所に事務所を構え、宣伝と新たなVtuberの卵を発掘するための事務所なのだそうだ。
ここにオーディションに来る子達は、いわば『お客様』であり、受かるにせよ落ちるにせよ良い思い出を持って帰って貰い、企業の印象を更に良くするための場所なのだそうだ。
その試みは成功してるそうで、シャイニングゲートのアンチは少ないらしく、面接に来た子はほとんどがシャイニングゲートに良い印象を持って帰るらしい。
「ちなみに合格率ってどんくらいなの?」
「ん~、今は私が入った時より倍率は高いらしくて、1日に50人くらい面接するそうなんだけど、ほとんど合格する子は居ないって聞いたよ」
「恐ろしい話だな…シャイニングゲート舐めてたわ…」
しかもここで合格しても次は厳しい研修があるらしく、シャイニングゲートがやってるアカデミーに入る事を許可されるそうだ。そこで配信について深い所まで学んだり、配信戦略の練り方とか、話し方や声の出し方、その他にも様々な研修を乗り越えなければならないらしく、そこで落とされる子も結構居るらしい。
そのアカデミーで数字を取れた者が晴れて正式デビューとなり、そこに至る確率は非常に非常に狭い。
その事はファンも周知の事実らしく、シャイニングゲートに憧れて入所しようとする子達は、それでもと言ってオーディションを受けに来る。
狭き門を超えた狭き門、それでも女の子達はVtuberという新たなアイドルの形に心を魅かれる。自分だって輝きたい、○○ちゃんのようになりたい、沢山のファンに応援されたい、沢山の女の子がアイドルに憧れる思いはいつの時代も変わらないのだろう。
昭和は個人アイドルが流行り、平成はグループアイドル、令和の時代はネットのVtuber、こんな風に語られる時代がいつか来るのかもしれない。
「シャイニングゲートってテレビ業界にも進出しようとしてるんだろ、そっちは順調なの?」
「そっちは社長たちが人脈とかの構築中って感じみたいだよ、でも近い内に本格的に番組とかにもVtuberを組み込んで貰えるみたいなんだって」
「やっぱ優秀な人は違うなぁ、相当なやり手社長なんだな」
シャイニングゲートの未来は明るい、ネットの世界でも既に海外進出が決まっており、しかもその成功は約束されたようなものらしく、他にもテレビ進出を含むメディアの露出はどんどん増えるだろう。
今は面白い子、高学歴の女性、歌がプロ級に上手い子、性格が独特な面白みのある変わった子、様々に揃っており今後も増えて行くのだろう。
「そろそろ社長が来るから、ここで待っててね」
空羽は灰川を面接室という普段はシャイニングゲートの入所希望者の子を面接する部屋に残し、一旦出て行った。
この部屋に来る前にさらっとオーディション事務所の中を見せられたが、圧迫感を感じさせない広い面接室は3つあるわ、疑似配信室という配信技能を判断する部屋とか、3Dライブなどの際に体が付いて来れるかを見るミニダンスルームとかがあるわ、最も規模が小さい事務所のはずなのに、既に凄みを感じてしまった。
出されたお茶も美味い、灰川でも分かるくらいに美味しいお茶だった。やはりここは『お客様』のための事務所なのだろう。先に案内された疑似配信室とかミニダンスルームとかも、実用性よりもここを訪れた人たちに「凄い!!」と思わせる目的の方が強いのかもしれない。
しばらくすると面接室のドアが開き、空羽とシャイニングゲートの渡辺社長が入って来た。
「やあ、先日はお世話になったね灰川さん」
「こんにちは渡辺社長、今シャイニングゲートの凄さを見せつけられてましたよ」
「凄いと言って貰えて光栄だよ、でもここは我が社の中では最も小さな事務所でね」
「それもお聞きしました、オーディション専用の事務所だとか」
挨拶代わりの会話を交えながら席に着く、すぐに話が始まるかと思いきや渡辺社長から別の話を振られた。
「そういえば灰川君は四楓院家の方と関りがあるのかい?」
「え?」
まさかそんな事を聞かれるとは思ってなかった、つい昨日にあった事を既に知ってるのはどんな理由なのかと尋ねてみる。
「実は四楓院家から私に電話があってね、くれぐれも灰川先生に失礼が無いように……と言われたんだ、この意味が分かるかな…?」
「い、いえ…え? どういう意味ですか? 四楓院さんと渡辺社長は何か関係あるんですか?」
「~~! 四楓院さんと来たか…灰川さんは何も知らず関わってたという訳か…」
「ちょ、何なんですか!? 四楓院さんはハッピーリレーの人の親戚で、その伝手で頼られたってだけっすよ!?」
「社長、一体何の話をしてるんですか? 灰川さんが困ってます」
渡辺社長が頭を抱える、一体何が発生してるのか分からない。四楓院家は市乃の祖父の家であり本家だ、分家はあまり本家と関りが無いそうだから市乃はよく分からないと言っていたが、渡辺社長は何かを知ってるようだった。
「そういえば四楓院さんから金ピカの名刺を貰ったんですけど、それと何か関係あるんですか?」
「~~!!!? 四楓院家の金名刺っ…嘘だろう灰川君…?」
「いや本当ですって、コレですよ」
灰川は財布を取り出して名刺入れの部分から昨日貰った四楓院家の名刺を見せてみた。
「金に困ったら金ショップで売れって事ですかね、でも綺麗だし売りたくねぇな~」
「本当に綺麗だね灰川さん、私もどこかに頼んで作って貰おうかな」
四楓院家の金名刺はキラキラ輝いて綺麗で、表には『四楓院家当主 四楓院陣伍』という文字が書かれており、その他にも何だか凄そうな肩書が書いてある。見た目的にも格好良い。
「裏を見せてくれないか…?」
「え、はい、そういや裏は見て無かったかも」
裏面を見ると、そこには
この者、四楓院家の大客人につき、手出しする者は覚悟するよう。
四楓院家当主 四楓院陣伍
四楓院家次期当主 四楓院 英明
四楓院家生涯客人 灰川誠治先生
と書かれており、しかもご丁寧に凄い高そうな読めない印鑑が押され、何やら朱肉で指紋を押した指印も入ってる。
「なんか物々しい感じだね灰川さん」
「時代がかってんな~、流石は金持ちの家だこと」
そんな話をしてる横で渡辺社長がワナワナと震えてる。
「灰川さん…それは四楓院家の金名刺の中でも最上級の物、当主判付き拇印押し証明という物なんだ…」
「あの…流石の俺もこれが凄い物だって感じてきたんですけど、どういう物なんですか…?」
「ちゃんと話した方が良さそうだね…」
どうやら余程凄い物らしい、その話をシャイニングゲートの渡辺社長は話してくれた。




