51話 四楓院家の怪異 3
「結構な人数居るんだなぁ…広間も凄い大きさだよ」
四楓院家の広間は時代劇に出てくるような立派な大広間だ、宴会だって開けるような大きさで、そこには白衣を着た医者や科学者、学者風の人も居る。
中でも異彩を放ってるのは、見ただけでソレと分かるオカルト絡みの者達で、3人ほどその雰囲気を纏ってる者達が居る。その中には先程の流信和尚の姿もあった。
「お爺ちゃんに聞いたんだけどさ、霊能者の人は他にも居たんだけど、呪いに負けてリタイアしちゃったんだって…」
市乃の話を聞いてまずは渡された書類に目を通す、そこには今までに試したお祓いや除霊、その他の医学的科学的な処置が細かに書かれており、まずは医学的と科学的な部分に目を通す。
四楓院 八重香 5歳
1週間前、幼稚園に通園中、突如として全身に強い疼痛が出る。意識を失っては気が付き疼痛症状を訴えるも運び込まれた病院での精密検査の結果、異常ナシ。
その後に検査に関わった病院関係者も体調不良を訴え、病院が機能停止となり自宅療養に切り替え。自宅にも多数の医者を呼んで検査を行うも、症状は確認できるも原因の特定には至らず。
症状は心拍異常増加、血圧上昇、内臓機能低下、高熱と低体温を繰り返す、幻覚幻聴、全身の強い疼痛、その他、様々である。
科学的手段を用いて検査を行った所、患者の周囲にて外気温度の不自然な低下や上昇、電磁波正常値が本来なら0,1程度に対して10を超える数値など送電線の近くレベルの数値が検出。
そのせいか不明だが電子機器医療器具などは故障が多発し、検査器具も破損が多発、鎮静剤や消炎鎮痛剤、睡眠剤を用いるも効果が薄く疼痛による苦しみが持続。
その他にも何もして無いのに調度品の壺が割れたり、誰も居ないのに窓を叩く音が鳴り響いたり、患者自身の口から他人の声としか思えない男性の声や老人の口汚い声が発せられるなどの異常も確認された。
医学的、科学的処置は限界であり、医学や科学では判断の付かない事例が多発したため、オカルトの専門家も交えての対策に切り替えた所、多少の安静や疼痛の緩和などが見られた。
「そういうの読んで灰川さん分かるの?」
「専門的な数値とかは分からんけど、ある程度の要点なら分かるって」
八重香は医学的に見ても身体的異常が見つかってる、投薬などの治療も功を成して無く、それどころか治療を行った医者まで体調が悪化する始末だ。
科学的な分析では温度変化や電磁波異常など、呪いや祟りが発生した際に見られやすい現象が起こってる。
意外なのは医者や科学者がオカルトに頼ったという部分だ、両者の対立は昔から根強い物があり、基本的にオカルトは認めない人が多いのである。
「もうそれしか無かったんだろうな、薬とかもアセトアミノフェンとかロキソイドとか一般的な物から、聞いた事もない薬とかも試したっぽい」
「そうなんだ…頑張ってるんだね八重香ちゃん…」
渡された書類に纏められた経緯を見るに、四楓院家も最初はオカルト頼みはしてなかったようだ。当然のことだ、苦しんでる人が居たら医者を呼ぶのは当たり前のことである。
それでも解決しない、どんな名医を呼んでも症状は良くならない、科学者を呼んで異常は発見される物の対処のしようが無い。これ以上は何も出ないという所に来てオカルトに頼り始めたようだ。
四楓院家の人達は事前に夢で『恨みを晴らす』という旨の事を言われたようだが、それでも今時にオカルトに頼るのはかなり気が引けてたらしい。
「取りあえずは医者先生に話を聞くか」
「うん、人も集まって来たしね」
大広間には軽食やドリンクが用意され、集まった人たちの休憩場所として使われてるようだった、希望すればちゃんとした食事もお膳で出してくれるようで、さながら旅館のような様相だ。
「こんにちわ、灰川と言います、少しお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ君が新しく来た霊能者か、全くこんな輩に頼らねばならんとは世も末だ」
開口一番に嫌味を言われたが灰川は気にしない、こういう反応が返ってくる事は予想済みだ。
「あれ? 岡崎先生? 大学病院の小児科の岡崎先生ですよねっ? 私ですっ、昔にインフルエンザになった時に診てもらった神坂市乃です」
「えっ? ああ、君はよく覚えてるぞ、高熱で運び込まれて来た市乃ちゃんか! あの時は四楓院家の電話で君の家にすっ飛んでいったんだよ! 大きくなって…」
どうやら市乃はこの医者と面識があるようで、昔に診察してもらった事があるらしい。
「岡崎先生、灰川さんは本物の霊能力者なんですっ、お話しを聞かせて下さい」
「まぁ、構わんがね…」
灰川が話しかけた時は恨めしそうな顔をしていたが、かつて治療した子が元気に育ってくれてたこと、その子が自分を覚えててくれてた事にほだされ岡崎は話し始めた。
「私は最初は重いインフルエンザを疑ったんだ、八重香ちゃんは高熱が出てたし汗も酷い、苦しそうにうなされてた」
しかし消炎解熱剤を飲ませても熱は下がらず、それどころか少しすると体温が34度にまで低下したらしい。
「これは明らかにインフルエンザではないと感じたよ、検査の結果も陰性だった」
その後も子供が罹りやすい病気は一通り調べたそうだ、重症RSウイルス感染、流行性耳下腺炎、麻疹、水痘、小児腎炎、尿路感染症、咽頭結膜熱、溶連菌感染症、その他にも様々な疾患を疑って血液検査や尿検査など行った。
その結果は全て陰性、神経疾患や脳疾患も視野に入れてMRI検査や骨異常を疑いレントゲン検査、酷い中耳炎や結膜炎すら視野に入れて耳や目の検査も行った。
しかし原因の特定に至らず、岡崎先生と一緒に来た助手や看護師、同じく医者の息子の外科医が謎の体調不良により一斉に病院に緊急搬送されてしまった。
「息子さんとか看護師さんは大丈夫なの先生っ!?」
「ああ、今は回復してるよ市乃ちゃん、しかしな…みんな妙な事を言いよるんだ」
息子や看護師たちは倒れる前に八重香の検査をしようとしたところ、八重香が起き上がり幼児の声とは思えない低い声で『うるさい、去れ!』と言われたらしい。
しかもその声は頭の中に直接発せられたような異質な声で、それを聞いた瞬間に体調が急変したという
「そしたら息子たちは、あれは祟りだ、あの家に行きたくないと心が折れたように震えたそうな、医療者ともあろう者が情けない」
倒れた人たちは口を揃えて祟りや呪いだと口にしたそうで、科学と進歩の側に立つ医療者に問答無用でそう感じさせる程の出来事だったみたいだ。
そんな折にオカルトの側に立つ神職、仏職、霊能者が呼ばれ祈祷のようなものをした所、症状が少し緩和して痛みと苦しみにのたうち回っていた八重香が少し落ち着いたらしい。
オカルトなど信じてなかったが、その場面を見せられた以上は信じられなくても納得するしかない、岡崎先生はオカルトが関与する事を認めたそうだ。
実は岡崎先生も不可解な体調不良は発生してるようで、幻聴や八重香から立ち上る嫌な気配のようなものは感じてるらしい。それを医者としての気合と根性、幼い子を見捨てるくらいなら死んだ方がマシという矜持を持って押さえつけてる。
「灰川君と言ったね…八重香ちゃんを助けられるなら私からだって頭を幾らでも下げる、八重香ちゃんは検査の結果だと予想で持って明後日までだ…」
「はい…俺に出来る事なら何でもするつもりです、岡崎先生もどうかこのまま八重香ちゃんのために、ご助力を」
「無論だ、もう残っとる医者も少ないから私が倒れる訳にはいかんさ、みんな関わっては倒れてしまったからな」
こうして岡崎先生の話は終わり、他の残ってる医者にも話を聞きに行く。
「俺は内科医だが手は尽くした、だがまだ出来る事はある筈だ! 絶対に諦めんぞ!」
「私は精神科医です、時間は少ないが必ず救って見せる! 幼子を見捨てて医者は名乗れないわ!」
「医科大学じゃ天才と言われた僕が原因の特定すら出来ないなんてね、けど負けは認めないよ…苦しんでる子供を見放すのは僕の美学に反する」
残っていた医者は誰もが絶対に八重香を見捨てないと心に決めた医者達だった、その熱い心が呪いや祟りに抵抗して体が持ってるようだった。
ここまで関われば自分たちの命の危険すら感じる状況のはずだ、それでも負けず立ち向かう姿勢に灰川と市乃は少なからず感銘を受けていた。
灰川は基本的に根性論は嫌いだが、こんな場合は気合と根性は大切かもしれないとも感じる。それでも普通の労働や部活動などで、効率や実用性を鑑みずに気合や根性とか言うのはどうかとも思う気持ちは消えない。
次に灰川は科学者の所に話を聞きに行った、科学者も既に何名も倒れて残ってるのは3名だけだそうだ。
「こんにちわ、お話しを聞かせてくれますか?」
「おう、まず座りな、俺は浦田だ。大学で自然科学をやってる」
自然科学とは自然に在るもの全てを対象にした学問で、大きな部分では宇宙にあるもの全てを理解しようという学問だ。
「何から話したもんかな、まぁ取りあえずは意味が分からん事態が発生してるって事だな」
「それはどのようなものでしょうか?」
灰川は大柄で厳つい顔つきの浦田に臆さずに聞く、普段だったら絶対に話し掛けないような見た目の男だ。
「なんもしてねぇのに壺とかがいきなり割れたりよ、電灯を何度変えても八重香ちゃんのいる部屋だけ壊れたり割れたりよ、終いにゃ窓の外に誰も居やがらねぇのに叩く音が何べんもしやがる」
浦田はそれら全てが何らかの要因で発生する確率を計算したそうだ、壺や洗面器やコップが割れたのは経年劣化でたまたまその時に割れただけ、電灯が1時間で連続20本壊れる確率、窓に虫が当たって人が叩いてるように聞こえる現象が何時間も続く確率、それらを合計すると。
「10の○○○○乗分の1って所だ、時間って概念を取っ払えば即座に発生してもおかしくねぇが、この数字はまず発生しないって意味の数字だ」
しかも現在進行形で現象は発生しており、全てを合わせれば宇宙に生命が誕生する10の40000乗分の1という確立にも匹敵するような現象確率になってるそうだ。
これは猿に鉛筆持たせて紙に書き殴らせて傑作小説が出来るような確率との事、つまり作為的な何かが介在しないとまず発生するような物では無いとの事だ。では生命の誕生は何かの意思が介在したのか?そんな物は判明してない。偶然という説が強い。
「こりゃもう認めるしかねぇって、オカルトだオカルト! 俺じゃ役に立てん!」
「電磁波異常が見られたんですよね? 八重香ちゃんの周囲の温度の変化なども」
「おうよ、その他にも害を及ぼすほどのもんじゃねぇが放射線異常、物理法則に反したポルターガイストってのか?それもあったぜ」
書類だけでは分からなかった事がいくつか出てくる、それらはやはり心霊現象が発生した時に見られる傾向だ。
「心霊現象が発生すると今のような現象が発生する事があるんですが、浦田教授はどのようにお考えですか? 個人的な意見で良いのでお聞かせ願えませんか?」
「ん~~、そうだな、それらの現象は何かしらの原因あって発生するもんだが、自然界にはたまにそういう事が発生したりするんだがよ、訳の分からん事もあるっちゃある」
浦田は語る、壺や洗面器が割れたのはカマイタチだと騒ぎがあったが、カマイタチは真空の刃だというのは疑似科学であり間違いだと。しかし浦田は壺が刀で斬られたようにバラバラになった場面を見て科学者だというのにカマイタチは本当にあると感じたとのこと。
電磁波異常に関しては、そもそも電磁波とは電気と磁気という性質の違う波を電磁波と総称する物であり、自然界にも人体にも存在する。それが異常値を示す人も居るそうで、それが八重香なのかと疑いもしたそう。
浦田はジャングルの奥地で鋭い刃物で斬られたような傷を負った動物を見て、近くに危険な人間が居ると警戒したが、動物の血を辿っても誰かが居た痕跡は見つからなかった事があったそうだ。
電磁波に関しても学生時代に大学構内で霊が出ると噂の所を調べたところ、電磁異常が発生する要因は無いのに確かに正常値より高かったという事があったらしい。
「長く研究やってると解明できない問題なんて幾らでも出てくるもんよ、それがたまたま今回集まったって事なんだろうな、正直今はお手上げ状態だな…」
浦田は今だって何かの計算と検証をしている最中だった、まだ四楓院家を巡る怪現象の原因の科学的な糸口は掴めてない。
「でもよ…分かんねぇからって投げ出したら、それはもう科学者じゃねぇ…! それに今は5歳の子の命が懸かってんだ、学会じゃ鼻つまみ者の俺の知識が一ミリでも役に立つ可能性があるってんなら、諦めてはやれねぇなぁ」
浦田は最初にこの件の解決を持ち掛けられた時「医者に診せろ!」と使いの者を帰そうとしたそうだ、何度も頭を下げられてこの場に赴き現状を確認すると、幼い命を助けるためなら知識を総動員すると心に決めたらしい。
「灰川さんよ、もう時間がねぇって話じゃねぇか、オカルトでも神頼みでも良いからよ、出来るなら何とかしてやってあげてくれ」
幼い子が極限の苦しみに苛まれてる場面を見るのは限界だと語る、浦田も既に体調に異変をきたしてるらしいが、最後まで尽力すると言ってくれた。
「ありがとうございました、浦田教授」
「おう、聞きたい事があったら来いよ」
こうして他の科学者からも話を聞き、全員が「役に立てるか分からないが、絶対に八重香ちゃんは見捨てない」と口を揃えてくれたのだった。
こうしてる間にも時間が過ぎる、既にお手伝いさんも何人も倒れてるらしく、今も一人が介助付きで外に出て行った。
時刻が夜の11時を回ろうとしてる、タイムリミットとしては24時間と少しと言った所だろう。
「灰川さん、ハッピーリレーに明日は行けないって連絡しておいたよ」
「おう、すまんな」
灰川と市乃は大広間から席を外して少し頭を休めつつ今まで聞いた情報を整理していた、市乃はハッピーリレーに明日は灰川ともども休むと連絡してくれていた。
市乃は明日も配信の予定があったそうだが、今の状況だと中止にせざるを得ないだろう。社長も納得してくれたそうだ。
普段は灰川は市乃を補佐するような立場だが今は逆だ、市乃が補佐してくれて現状に思考が集中できている。やはり助けというのは必要なのだ。
「ところで灰川さんは~……ううっっ!」
「っ……!! こりゃマズイ!」
突然に屋敷の奥から強い怨念と邪気が迸る、いったん落ち着いた八重香の症状が再発したようだ。
「行こう灰川さんっ! 着いて来て!」
「おう!」
灰川は市乃に着いて走って屋敷の奥に向かった。




