50話 四楓院家の怪異 2
「まあ市乃ちゃん、久しぶりね…八重香がこんな事になってしまって…」
「市乃ちゃんは八重香が生まれた時以来かな、霊能者さんを連れてきてくれたんだね」
市乃が得意げに灰川を紹介する、現に灰川が来てから状況が良くなったのは間違いではない。八重香の両親は見知った子が娘のために駆けつけてくれた事に少しの安らぎを感じたようだ。
「灰川さんはハッピーリレーお付きの霊能者さんなんだっ、今までも何件も似たような事を解決して来たんだよっ」
「ほう、若いのに活躍してるようだの、感心だ」
確かに何件かの怪異を市乃たちの前で解決したが、今回の件に比べれば非常に程度の低いと思われる事象だ。
「お願いします! 娘のために力を貸して下さい! お礼は如何様にでも致します!」
「娘が助かるなら自分はどうなっても構いません! どうか何卒!」
両親から床に頭を擦り付けるような勢いで頭を下げられる、既に命の危機に何度か直面してるようで、さっき玄関から運び出されていった和尚も八重香を助けようとして呪いを受けてしまったとの事だ。
「英明、晴美、こんな所で先生方に物を頼むのは失礼じゃて、流信和尚はお休みくだされ、灰川先生には正式にこの件を依頼したい、こちらへ来て頂けますかな」
「ぅぅ…………」
灰川は渋る、流石にこんなヤバイ物には率先して関わりたくない、しかし苦しんで命の危機に晒されてるのが年端も行かない子だとなると、どうにか助けてあげたいという気持ちだって湧いて来る。
四楓院家の灰川の呼び方が先生に変わっていた、こんな何の肩書も無い若造を先生と呼ぶほどに追い詰められてるのだ。我が子の命が掛かってるのだから必要とあらば犬にだって頭を下げる覚悟だろう。
「ひとまずお話しだけでもお聞きします」
「ありがとうございます、灰川先生」
「お願いします先生! 娘をどうか!」
「市乃も来なさい、灰川先生は市乃が連れてきてくれたようなものじゃからな」
灰川と市乃は陣伍に連れられて大きめの客間に通された、呪い被害を受けてる八重香の両親も一緒だ。
そこは先程の客間と違って10畳はあろうかという広い和室だ、高そうな掛け軸や座り心地の良い座布団、戸の外には立派な日本庭園が見える。
「四楓院家当主から灰川先生に是非とも孫娘の一助になって頂きたいと依頼致します、祓いに成功した暁には5000万円の謝礼をお支払いすると約束します」
「!!」
その金額に灰川は驚いた、金持ちの家だとは思っていたがそんな金額を提示されるとは思ってもみなかったのだ。
5000万円あったら何が出来る?豪華な旅行に何度も行ける、食べたい物を食べたいだけ食える、マンションだって買えるかもしれない、大抵の事なら叶う金額だ。
「ですが危険もあると承知して頂きたい、既に何人もの霊能者や科学者や医者を頼りましたが、全て失敗に終わり全員が体に大きな不調を訴えて運び出されました」
「なるほど…あの邪気なら無理もないですね」
大きな報酬の裏には大きなリスクがある、あれほど大きな邪気となれば祓う方にも大きな被害が及ぶ可能性は大きく、まさに命懸けのお払いになる。
「受けて頂けますかな? もし受けて下さるならばお祓いの期間は当家が全力の支援とお世話を約束致します」
「お願いです! 受けると言って下さい! 娘をどうかっ!」
「呪いと祟りを俺に移せるならそうして下さい! もう八重香があんなに苦しむ姿は耐えられない!!」
いったい幾度頭を下げられただろう、溺れる者は藁をもつかむ、幼い娘を助けるためなら人だって殺しかねない程に精神的に追い込まれてるのは見て取れた。
しかし灰川には怪異関連の解決の事象に対して制限がある、それは灰川は怪異関連に関して過剰な金銭は受け取れないというものだ。
「自分は怪異関連に関して過剰な金銭を受け取れません、そんな金額を受け取れば気運がどんなに下がるか分かったもんじゃありません」
「ふむ…灰川先生の信仰というか信念の問題ですかな、分かりました」
等価交換、質量保存、過ぎたるは猶及ばざるが如し、過剰な欲は身を滅ぼす原因となる。そもそも金に目を眩ませて物事に当たればハデに転ぶのは明らかだ。
それでも灰川のような貧乏人には眩しい金額だ、もし目の前に金を用意されていたら危なかったかもしれない。
「礼金を受け取って貰えないとなると、どのような報酬をお支払いすれば良いのか……」
「灰川先生っ! 八重香を助けてもらえるなら何でも致します!一生掛かってでも御恩はお返しします! どうか娘を救って下さいっ!」
「そんなこと言われても…」
今回の祟りは今までと格が違う、人を呪い殺せる祟りだ。そんな物は滅多に無いが、今回はそれに当たってしまった。
「それで灰川先生は依頼を受けて下さいますかな?」
やはりこの場で決めろという事だ、彼らにとっても受けるかどうか分からない者に関わってる時間も惜しいだろう。
灰川は悩む、助けてあげたい気持ちはある。幼い子が苦しむのは見るに堪えない光景だった、その親が絶望して悲しむ姿を見るのも嫌な気分である。
八重香の両親の英明と晴美は灰川とそんなに年齢は変わらない、精々が5歳くらい年上といった感じだ。そんな自分と大して変わらない年の人達が、娘のためなら何でもすると懇願してる。
まるで人質を取った凶悪犯にでもなった気分だ、いや本質的には変わらないのかもしれない。助けられるかもしれない力を持ちながら、どうするか決めかねる。それは灰川が崖から落ちそうになってる幼い子供を見捨てるか否かという選択を迫られてるのと同じだ。
我が身可愛さに幼子を見捨てるか、恐らく割に合わないであろうお祓いを受けるか……。
「灰川さん…受けてくれるよねっ…? 八重香ちゃんのこと助けてくれるよねっ…?」
市乃が縋るような眼差しで灰川を見る、この子は何度か灰川と関わる内に彼の事を尊敬し慕うようになっていた。その視線が灰川に強く向けられる。
灰川としてはその視線に応えたい、自分を慕ってくれる市乃の頼みを聞いてあげたい。自分だって市乃は凄い子だと思うし配信者として尊敬してる。可愛い子だとも思う……しかし自分の身だって惜しい。それでも…。
「分かりました、出来る限りの事はしましょう」
それでも灰川は受けた、この依頼は人として受けなければならないと感じたからだ。もし受けなかったら人として、灰川誠治という人間として失ってはならない人間性や正義といった物が失われてしまうからだ。
受ければ恐ろしい目に遭うかもしれない、もしかしたら命の危険や生涯に渡る不自由を享受しなければならないかもしれない。
それでも灰川は自分が自分であるという誇りを選んだ、守るべき者を持たない自分が幼子を見捨てて生きるという道は選べなかった。これは自分の尊厳を守り大きくもない筈の誇りを守るための決断だ。
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」
「伯父さん、伯母さん、灰川さんが受けてくれたんだから、もう安心だよ! 八重香ちゃんは助かったようなものだよ!」
「灰川先生、どうかお力添えの方、お願いいたしますぞ」
灰川の受諾に場の空気が少し明るくなる、先程の光景を見て灰川への信頼が上がってた所に依頼を受諾されて希望が見えた。
「その代わり幾つか条件があります」
「何でも言って下され、お祓いに必要な経費はいくらでも持ちますぞ、他の条件があれば何なりと」
「あっ、そうだ!」
灰川は条件を切り出そうとした時に市乃が何かを思いついたように声を上げる。
「灰川さんの家の人を応援で呼んで貰えば良いんじゃないかな!? 霊能者の人いっぱい居るんだよねっ?」
「それは本当ですか灰川先生っ!?」
「もし呼んで頂けるなら旅費も謝礼もお支払い致します!」
アイデアの一つとして灰川家の者を呼ぶという案が出された、しかし灰川は首を横に振る。
「それは無理だ、言うべきか迷ったがタイムリミットが近いんだよ…」
「「!!」」
灰川の見立てでは八重香に掛けられた呪いが命を奪うまでのタイムリミットが近い、恐らくは明日、持っても明後日だろうと見立てた。
灰川の実家は東京から離れており、緊急で向かったとしても明日の朝一だ。その他にも理由は様々あるが、とにかく間に合わない。
陣伍が家の者に他の霊能者や詰めかけてる医者などに話を聞きに行かせる、すると灰川と同じように持っても良くて明後日だという答えが返ってきたようだ。両親の取り乱しようを見て誰も言い出せなかったのだろう。
「あ……明日…うそよ……」
「ぁぁあああ…八重香ぁ…! 灰川先生っ!どうかっ、どうにかしてくれぇ!!」
「は、灰川さんっ! 大丈夫だよねっ!? 八重香ちゃん助かるよねっ!?」
残された時間の短さに両親は絶望する、これまでも様々な方法を試して娘を救おうとして来たが、未だに叶ってない。
両親と市乃は取り乱すが陣伍は堪え八重香の両親に取り乱さぬよう促し、灰川の言葉に頷いた。
「まずは今まで試した手法のデータを教えてください、それと他の霊能者の方々や尽力されてる方達の話も聞きたいです」
「分かりました、今すぐその場を設けましょう」
焦る気持ちは灰川にも分かる、しかし自分が取り乱しても何も始まらない。まずはお祓いの成功率を上げるためのデータ収集が先だ。
「それともう一つ、自分のお祓いは普通とは違った手法を取る事があるんです、今回もそうなる可能性はあります、それでも構わないなら及ばずながら全力で助力します」
この言葉にも両親と陣伍は頷いた、灰川のお祓いは今までにもスマホでお経を流したりなど普通とは違う手法が用いられる事があった。それが今回も適用される可能性はある。
「市乃ちゃん、灰川先生に付いてしっかり世話をしてあげて欲しい、家の者が付いておれば諸先生方にも邪険にされる事は無いであろうからな」
「うん、分かったお爺ちゃん、灰川さんこちに来て」
こうしてまずは大広間に事件解決のために尽力してる客人たちを集め、集まったデータを見てから緊急で話を聞く事になった。




