48話 灰川の行く先は?
連休は残す所は明日のみ、ハッピーリレーのホラー配信は順調で怪談配信やその他の心霊写真の紹介配信なども上手く行った。
シャイニングゲートを初めとした他の企業も話題性を伸ばしており、その中ではハッピーリレーは存在感は今一つだが、それでも上手く行ってる方だ。
「つ、疲れた~、少し休ませてもらおう…」
事務所に戻って来てから社長に何があったか言って、灰川はハッピーリレーの今は誰も使ってない仮眠室を借りて休む事にした。ハッピーリレーには配信者や職員が長時間の仕事をしなければいけない時に備えて仮眠室がある。
さっきはマッサージをこの部屋でやるかという話にもなったのだが、この部屋のベッドは普通のベッドでマッサージには向いてないから休憩ルームでの施術になったのだ。
仮眠という目的の部屋なので室内は狭く窓もない、風水的には良い部屋とは言えないが、そんな事を気にし出したらキリがないから灰川は倒れるようにベッドに寝転ぶ。
まだ夕方の6時という時間だ、この連休中は職員が常に誰かしら残ってるから事務所が閉まる心配もない、灰川は枕もとの照明パネルで電気を暗くした。
寝る前に少しだけ配信を見ようと思いスマホを手に取る、今はエリスが配信中のはずだ。
『リスナーのみんなは最近面白い事とかあったー? 私は美術館に行ったんだけどさっ』
コメント;エリスちゃんが美術館?意外かも
コメント;へぇ~、そういうの好きなんだ
コメント;私も美術館とか好き!
コメント;絵じゃん!
『色んな絵があって面白かったよー、お客さんも少なかったし見やすかった! 初めて行ったけど、また行きたいかもっ』
コメント;初めてかよwww
コメント;10年くらい前に行った
コメント;行った事ない!
『でもその時にベンチで寝てるオジサンが居てさ、凄いイビキで笑っちゃいそうになったんだよねー、今思い出してもヤバイかもっ』
コメント;家で寝ろwww
コメント;家族で来たけど興味無かったんだろーなwww
コメント;俺も寝ちゃうかもしれん
エリスの今日の配信はゲーム配信だったが、今は長めの雑談枠に入ってるようだ。
この前に行った美術館での話を面白おかしく話し、3Dモデルの表情豊かな性能をいかんなく発揮して視聴者に面白い配信を届けてる。
やはり配信における話術が素晴らしいと灰川は感じる、何事もない風景を面白く楽しく話して笑いを取る、自分の配信に楽しく盛り上がった雰囲気を作り出して居心地の良さを出す。
Vtuber三ツ橋エリスの可愛さもそれに拍車をかける、金髪磨かった明るい髪の毛が視聴者に視覚的な明るさを感じさせ、コロコロ変わる表情が時に可愛く、時に面白く作用する。
『そろそろ連休も終わりだねー、今年は忙しかったなー』
コメント;配信界隈が凄かったもんね
コメント;ハピレは地味だったけど楽しめた!
コメント;俺ルルエルちゃんも応援するよ
『ホラー配信もこれからも続ける予定だけど、みんな着いて来てよねっ!』
コメント;おうよ!
コメント;ホラー好きだし応援する
コメント;むしろ夏とかが本番じゃね?
コメント;ちょっと時期的に早かったね
一言喋れば100のコメント、何かを問いかければ一気にコメントが加速する。やはり人気者の配信は違う、そんな事を思いながらぼーっと見てると眠気が襲ってきて、灰川はそのまま寝てしまった。
「灰川さん、起きてー」
「うおっ! なんだなんだ!?」
仮眠室のドアが開いて明かりが点き灰川は起こされる。突然のことで驚いたが起こしてきた人物を見たら安心した。
「なんだエリスか…ふわぁ~…! なんだよ一体…? 配信は終わったのかぁ~?」
「終わったよー、今から帰る所なんだけど、灰川さんも帰った方が良いんじゃないかな?」
時間を見ると夜の8時を過ぎており、もう帰った方が良い時間だ。仕事も無いしバイトの身で会社に泊まるなんていうのも嫌だ。
「ありがとな、エリスも今から帰るのか?」
「うん、タクシー呼んでるから、もう帰る所だよー」
思えば色々あったがバイトも残す所は明日に少し来て終わりである、ひょんな事から始まった仕事だったが楽しめた気がする。
「なら見送るよ、すぐそこだしな」
「あはは、ありがと灰川さん」
灰川はエリスと一緒に地下駐車場に向かい、そのまま少しの間ヒマを潰すように会話に興じた。
「明日で灰川さんバイトの期限だね、その後はどーするの?」
「まだ決めてないんだよなぁ、シャイニングゲートの雇用条件次第って感じだな、他の職業を選ぶ可能性だってあるし」
「そうなんだ…私は灰川さんにハッピーリレーのマネージャーになって欲しいかなっ」
「そうかぁ、でもマネージャーなんてやったこと無いし、俺に務まるか怪しいもんだ。そのせいで迷惑かけるのも嫌だしな」
灰川としてはマネージャーになる事を望んでもらえて嬉しく思う、これからどうするか灰川にとっては大きな問題だから考慮の大きな一助にもなる。自分の行く先なんて軽々とは選べない、気楽に選んで後悔するのは自分なのだ。
今の所はハッピーリレーを選ぶ確率が高いが、現時点で会社が傾いてるから非常に迷う。もしシャイニングゲートが良い条件を出してくれたなら、そちらを選ぶ可能性が大幅に上がるだろう。
そうこうしてると地下駐車場にタクシーが入って来た、エリスがバッグを持ちかえる準備を整えた時だった…タクシーに続いて3台ほどのセダン車が入ってくる。
今は警備の人もおらず止める事も出来なかったし、灰川としては職員が来たのかとも思ったが違ったようだ。タクシーが先に止まったがセダンも止まり、中から人が出てきて灰川たちの方に近づいて来る。
何か不穏な空気を察した灰川はエリスをタクシーに乗せて出してしまおうと思い、エリスと近づいて来る人物たちの間に割って出るように立った。
「久しぶりね市乃ちゃん」
「えっ? お、叔母さん?」
どうやらエリスの親戚だったようだが灰川は警戒を解かない、親戚とはいえこんな時間に会社に複数の車で訪ねて来るのは普通じゃないからだ。
恐らくは車の中には他にも人が乗ってるだろう、何があっても良いように緊張を保つが、もし何かがあったら防ぎきれるような気はしない。
「お初にお目にかかります、神坂 市乃の叔母で神坂家の本家筋の、四楓院 明菜です」
「どうも…このような時間にどんなご用件で?」
「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ、灰川誠治さん、いえ灰川メビウスさんとお呼びした方が良いでしょうか?」
「……!」
自分の事を知られてる、しかも無名の配信者名まで……エリスが話したのかと思ったが、様子を見る限りはそうではないらしい。
「エリス、どういう事なんだ?」
「わ、わかんない、明菜叔母さん、何で突然来たの?」
一番混乱してるのはエリスのようだった、親戚が会社に訪ねて来る理由も分からないし、灰川の事を調べられてる理由も分からない。
混乱は怯えに繋がり灰川の後ろに隠れてしまう、どうやらそこまで親戚付き合いが深い仲ではないみたいだ。
「まずは落ち着いて話そうかしらね、タクシーのドライバーさんにはキャンセル料をお支払いしたから心配しないで」
エリスの叔母は一緒に乗って来たであろうガタイの良い男に金を払わせタクシーを帰してしまった、だが不穏な空気を感じ取った運転手はまだ駐車場を出てすぐの所で待機してくれてる。もし事件性がありそうなら即座に通報すると運転席から目で伝えてきてくれた。
「最初から事情をお話しします、灰川さんのことを知ったのは市乃ちゃんの会社に霊能者が来たという情報を得てからでした」
叔母が言うには神坂家の本家、四楓院の家はかなり大きな家なのだそう。政治家や企業にも顔が利き様々な情報が入ってくる。
親戚が勤める会社や進学する学校なども調べ、時には援助したりして四楓院に連なる者の立場が悪くならないよう取り計らったりしてるらしい。
それらを通して様々な場所に伝手を作り家の利益にしたり、有力な者に取り入るなどして四楓院家は勢力を保ち続けてきたそうだ。
「もちろんハッピーリレーにも出資してるわ、そんなに大きくない金額だけど」
ハッピーリレーが苦境を乗り切った裏には四楓院の家が関わってる、それは社長も知ってるそうだ。だからこそ社長はエリスを手放す訳にはいかないと感じたのかもしれない。
だが出資額は本当に大した事ない金額だそうで、ハッピーリレーが保ってるのはエリスとミナミの活躍に寄るところが大きいとも聞かされる。
「市乃は知ってたのか?」
「う、ううん…本家は何回か行った事があって、大きな家なのは知ってるんだけど、何やってるかとか全然知らなかった」
本家とか分家とか市乃は意識した事も無かったらしい、自分の家という認識も無いからほとんど無関係と感じてたそうだ。
「それで何のご用なんですか?」
まだそれを聞いてない、市乃の親戚が何故こんな時間にハッピーリレーに訪ねてきたか、それが問題だ。
「市乃ちゃん、灰川さん、本家まで来て頂けませんか? 妙なマネは一切しないとお約束いたします」
突然の申し出だ、理由はここでは話せないと言われ灰川は疑心を強くする。
「灰川さん…なんだか叔母さん、本当に困ってる気がする。何があったか知らないけど、私行ってみるよ」
「大丈夫なのか…? こんな時間に多人数で会社まで来るような親戚、信用できるのか?」
「うん、本家の人には前からボディーガードみたいな人が着いてるの思い出した、たぶん大丈夫だと思う」
「そうか、お家の事なら俺にはどうしようもないしな、知ってる人なんだし大丈夫だろ」
ひとまずは信頼して何かありそうならスマホに連絡すれば良い、そう思って灰川は市乃を送り出そうと思ったのだが。
「灰川さんにも是非に来て欲しいのです、要件はむしろ灰川さんに頼りたい事ですので」
「え? 俺ですか?」
「はい、霊能者の力が必要、とだけ話しておきます」
要件は灰川に対しての物だった、さっきも灰川の事はハッピーリレーが雇った霊能者という文言が出てきており、どうやら本当にオカルト方面の話のようである。
「灰川さん、お願いできないかな…? 私だけじゃ不安だし」
「ま、まあ…良いけどよ…」
結局は車に乗って灰川も市乃と一緒に四楓院の家に行く事になってしまい、その時に待っててくれたタクシー運転手には何事も無かったと伝えて帰って頂いた。
車の後部座席に市乃と一緒に乗り込み、運転手は男で助手席には叔母が乗り、何の要件なのか今度はちゃんと話してくれた。
「実は…四楓院本家の娘、八重香ちゃんが謎の異常に脅かされているんです」
「えっ!? 八重香ちゃんがっ!?」
分家筋である市乃の会社を調べたら灰川が浮かび上がった、そして本家の娘が怪異としか思えない何かに晒されてる。
それを解決して欲しいがために、灰川の事を突き止めた直後にハッピーリレーに迎えに来たとの事だった。市乃は知ってる子らしく、かなり驚いてる。
どうやら本当に危険なモノらしく、既に科学的な手段や医学的な処置はしたが意味を成してないそうだ。
「まあ、役に立つかは見てみない事には分からないですね」
「お願いします、実は既に何名もの霊能者の方に本家に来て頂いております、その方達とも意見を交わしてみて頂きたいです」
「灰川さんお願いっ! 八重香ちゃんがどうなってるか知らないけど、助けてあげて!」
車は夜の街を進む、煌びやかな都会を抜けて郊外へ差し掛かり、静かな高級住宅街へと入っていく。
1時間ほど進み、やがて車は一軒の屋敷の前で停まる。立派な門構えの大きな屋敷の前だった。
屋敷を囲む塀の長さから相当広い屋敷である事が伺える、どうやら四楓院という家は相当な金持ちの家らしい。
「すっげぇ~…ボロアパートに住んでるのが恥ずかしくなってくらぁな…」
「とりあえず入ろうよ灰川さん、少しなら案内できるから」
叔母は二人を連れてきた事を説明しに行ったのか屋敷の中へ先に入って行ってしまった、灰川は市乃に案内されて敷地の庭先に入ると同時に。
「どいてどいて! 湯原和尚が倒れた! 呪いにやられたんだ!」
「がはぁっ! ごぼぉっ!」
屋敷の玄関から担架の乗せられた坊主が目や口から血を流しながら痙攣し、急いで運び出されていくのを目撃してしまった。
市乃は「ひぇっ!」と慄いた、灰川も驚いたが市乃ほどには驚かない。既に屋敷の中からヤバイ気配がプンプンしてたからだ。
「今回はちょっとヤバそうだな……」
「灰川さんがヤバイって思うほどなんだ…っ」
連休も終わりだろうと思ってた所にこの騒ぎ、気を抜く訳にはいかないが疲れも溜まってる。
灰川と市乃は屋敷に上がり、奥に進んでいくと意外なほどに中は人が多かった。多数の霊能者や屋敷の切り盛りをしてる四楓院家の使用人さんたち、そして四楓院の家の人や親戚筋と思われる人たちが大勢詰めかけていたのだ。
灰川はここで連休最後の試練とも言える事態に直面する事になる。




