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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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47話 裏社会マンション


「お母さん大丈夫!?」


「佳那美!? まだ帰って来ちゃダメって言ったでしょ!?」


 配信も終わっていたので結局は緊急で帰る事になり、もし何かあったらという事で社長に言われて灰川が着いて来た。手の空いてる男性が灰川だけだったというのもある。


「佳那美、その人は?」


 そう聞いて来たのは佳那美の父親と思われる男性だった、母親も交えて自己紹介に移る。


「こんにちわ、ハッピーリレーの臨時職員の灰川です、危険があったらいけないと社長が言ったので、佳那美ちゃんを送って来ました」


「そうですか、ありがとうございます」


「わざわざすみません、佳那美もお礼を言いなさい」


「うん…灰川さん、ありがとう」


 母親は警察と話をしておりまだ話は出来ない、佳那美は不安そうで今にも泣きそうな表情だ。ここに来るまでの間も足早に歩いて両親を心配していた。


 佳那美の自宅はハッピーリレー事務所から歩いて行ける範囲のマンションで、市街地からもそう遠くない人気(にんき)のありそうなマンションだ。


 周辺は既にちょっとした騒ぎになっており、パトカーが2台と警官が数名ほど佳那美の部屋に不審者捜索に行ってるようだった。


「奥さん、誰も居ませんでした、誰かが居た形跡もありません、何度確かめても何も出てきません」


「そんな訳ありません! もっとちゃんと探して下さい!」


 向こうでは何やら警察と佳那美の母親が言い争ってる、どうやら誰かが侵入したが証拠や形跡が何も見つからず、誤報として処理されるようだ。


「あの、どうしたんですか? 泥棒ですかね?」


「いや、妻が最近家の中に誰かが居ると言って聞かなくて…僕にも何か居るような気はするんですが、妻がさっき家の中で誰かを見たと言って通報して…」


 どうやら明美原の自宅マンションでは何かの気配がしており、遂に不審者を見た母親が通報したとの事らしい。


「お父さんっ、灰川さんは霊能力があるの、見てもらうのは…どうかな?」 


「佳那美、お母さんは幽霊とかが嫌いな事は知ってるだろう? それは難しいかな」


 幽霊が嫌いと言うのは怖いという意味じゃなく、幽霊否定派という意味での嫌いという意味だ。そっちのタイプの人は基本的に何をしてもオカルトは信じない。 


「奥さん、我々も他の仕事があるので、これで失礼します。もしまた何かあったら通報して下さい」


「っ…! はい、分かりました」


 佳那美の母親はこの結果に納得して無いのは明らかだ、しかし警察は天井裏やベランダなどの様々な侵入経路を探り、他にも様々な捜索をしたが盗まれた物も無く、侵入した形跡もなかったため捜査は打ち切られたらしい。


「終わったわ、誰も居なかったって言うけど、そんな訳ないわよっ!」


「とりあえず家に戻ろう、ハッピーリレーから佳那美を送って来てくれた職員の方も居る事だし」


 こうして警察は帰り、部屋に戻って灰川は少しお茶を貰いながら事情を聞く事になった、場合によっては佳那美のVtuber生活に支障をきたす問題かもしれないから、慎重に話を聞くつもりだ。




「引っ越して下さい、速攻で」


 「「!!?」」


 マンションの一室の明美原家の部屋に通された灰川は、佳那美は子供部屋に下がらせて即座に言った。


「ちょっと、失礼じゃないですか? 佳那美がお世話になってるハッピーリレーの方とはいえ」 


「灰川さん、それはどういった事なんですか? 場合によっては…」


 明美原夫妻は一斉に灰川に否定的な目を向ける、その視線に容赦はなく、特に母親からの疑いの目が非常に強い。


「どうもこうも無いっすよ! このマンションがどんな場所なのか分かんないんすか!?」


「だからそれを説明してくれって言ってるのよ! どうせ幽霊がどうとか先祖の供養がどうとか言うんでしょ! 騙されないわよ!」


 もはや取り付く島もないくらい母親は怒ってる、灰川は声を大きくしてるが怒ってる訳では無く焦りからの声だった。


「このマンションは別名は渋谷グレ者マンションって言って、裏社会の連中が集まるヤバいマンションなんすよ!」


「はぁ? なに漫画みたいなこと…」


「………」


 佳那美の自宅には初めて来たのだが、まさかこんなヤバイ場所に住んでると灰川は思ってなかった。


「旦那さん、何か心当たりあるんじゃないですか? 俺はこの部屋に来るまでに少なくとも3つヤバイものを目にしましたよ」


「ふんっ、どうせ言いがかりでしょう? 嘘つく事に慣れてる霊能者の言う事なんて~…」


「引っ越そう…僕もこれ以上は佳那美の教育にも悪いと思ってる…」


「え…? あなたまで何を言い出すの…?」


 夫の方は灰川の言う事に心当たりがあったらしく、実は既に引っ越しの事を考えていた様子だった。


「俺が見たのは通路に置かれた多数の大型ブラックライトと土と肥料、これは大麻を育ててる部屋があります。誰かが出てきた部屋のドアの奥にはルーレット台が見えました、ヤクザが違法賭場を開いてる部屋です。すれ違った男の手を見たら拭き残しの血が付いてました、暴力が日常の人間なんでしょう」


「な、なにを証拠にそんな事っ…」


 灰川は怪談に詳しいが、怪談の種別には『裏社会都市伝説』という類の話があったりする、このマンションはその都市伝説に語られた内容のマンションだったのだ。


「警察を呼んだ時に住人たちが僕ら一家を見る目が明らかに変わってた…冷たい目というか、今まで見られた事のない質の視線というか…、他にもここに住んでから1か月だけど、何か変だなとは思って調べたんだ…」


「俺のオヤジがここにオカルト絡みで来て、その後に写真と住所見せられてここには絶対行くなって教えられたんですよ、オヤジがその時に見た物は知らない方が良いと思うので言いません」


 まだ話は続く、佳那美の父は今までこのマンションで見た幾つかの光景を話してくれた。




  グレ者マンション


 明美原康太(こうた)はマンションに家族で引っ越してきてから幾つかの妙な光景を見ていた。


 マンションの敷地内には水道設備の管理小屋があり、その小屋の中にスーツ姿の何人もの男が入っていく、明らか変だし怪しかった。


 とある部屋には入れ代わり立ち代わりにガラの悪そうな者達が出入りし、階段では人が入りそうな長い袋を持った外国人とすれ違う。


 エレベーターで乗り合わせた男は何かの薬品の瓶が大量に入った箱を持ってたし、郵便屋や配達員は急いで出ていく。


 流石に変だと思った康太はマンションについて調べてみると、ほとんど何も検索にはヒットしなかったが、一つだけヒットした内容が『ヤバいマンション』という情報だけだった。


 不動産屋に話してもはぐらかされるし、情報を集めようとしても不自然なくらいに口コミなども出て来ない。


 しかし康太は本当は気付いてた、ここは危険なアウトロー達が集まってるマンションなのだと。  




「そんな…嘘よ…」


「本当です、たぶん不動産屋の手違いで紹介されちまったんでしょうね…佳那美ちゃんのためにも即引っ越して下さい」


 そもそもこのマンションは不自然な点が多すぎる、部屋間の壁が非常に厚く音漏れが絶対にしない作りになっていた。


 灰川が先程に通路を通った際もドアが開いた時は部屋の中から男が複数名、大声で騒いでる部屋があったのにドアが閉まった途端に無音になった。そこまでの防音設備は本来なら不要なはずだ。


「佳那美ちゃんってよく笑う子ですよね、それで苦情が来たりとか一度でもありました?」


「………」


「出入りする人の男性率が高くないですか? 佳那美ちゃん以外の子供の住人って見ました?」


「………」


「このマンションを外からちゃんと見た事ありますか? ほとんどの部屋がカーテン閉まってます」


「…………」


「駐車場に高級車が多くないですか? 黒塗りが多いし、他にもボックスタイプの車も異様に多い、それらって普通じゃないんですよ」


 見つけようと思えば不自然な部分は幾らでも見つけられる、そんな場所なのだ。もはや幽霊騒ぎがどうとか言ってる場合じゃない。


 だがそれでも灰川は霊能力を発動して…すぐに止めた。感知するまでもなく大量の怨念が渦巻いていたからだ、こんなの霊が出ない方がおかしい。霊能力が無くたって波長のような物が合えば見える時がある、佳那美の母はその波長が合ってしまったと考えれる。


 怨念は凄まじい数が感じられるが、それでも佳那美が居る部屋からは感じられない。それは灰川が以前に佳那美に陽呪術を使った効果がまだ続いてるのと、灰川の念を宿した水晶が置いてあるからなのだろう。


 しかしそれと同時に呪いや不特定多数の誰かに被害を及ぼす念は感じられない、特定個人への恨みや特定組織への憎悪、または悪意そのものへの邪念という形が感じられる。それらは例え呪いを向けられずとも、触れれば心は荒み精神を蝕む念だ。佳那美の母はどうやら既に当てられてるようで人の話を頑なに聞こうとしない性格が強まってるように感じる。


 そんな事を思ってると、ドアをドンドンと叩く音が聞こえてきた。何事かと思い父親がドアスコープを覗くと誰もおらず、ドアを開けて確認したら床に封筒が落ちていた。



  明美原さんへ


 早く引越しなさい、不動産屋の手違いで入居してしまったようだが、このマンションは普通の住宅とは違うのです。


 明美原家への手出しは私の組が硬く禁じて他の入居者達にも言い聞かせてるが、警察を呼んでしまった事で暴挙に出る者が出ないとも限らない。


 完全に抑えられるのは持って1週間といった所でしょう、深く探る事なく今すぐに支度しなさい。1週間は必ず持たせるから、早く佳那美ちゃんを安全な場所で暮らさせてあげなさい。


 今ならまだ佳那美ちゃんがルルエルちゃんと知ってるのも私と部下の一人だけです、家族の安全が守られてる内に引っ越しなさい。




「………!!!」


「~!!」


「Vtuberってことバレてんのかよ…」


 この手紙が決定打となった。


「佳那美、急だけど引っ越すことになったんだ! 近くのマンションに引っ越すからね!」


「不動産屋!不動産屋!」


「え? え?」 


「ちょっと待ってて下さい、連休でもやってる不動産屋、俺も調べますんで!」


 まさかの電撃引っ越し決定、不動産屋に連絡からの即断即決物件決め、佳那美がVtuberという事も加味して壁が防音で家族で住めるマンションを即契約。


 灰川は佳那美を連れてハッピーリレーに保護させておき、配信が終わった男性配信者や男性Vtuberをこぞって連れてきて、近くのスーパーから段ボールを貰って明美原家に突撃。


 手当たり次第に荷物を詰めて明美原家の自家用車に詰め込み、レンタカーで借りてきたトラックに家具を傷とか一切気にせず詰め込み、数キロ先のマンションに運び込む。


 まさかのマンション契約と引っ越しの同時進行、ロクに引っ越し先の確認もしなかったが、少なくとも事故物件のほうが遥かにマシ、ここには一秒だって居られない。




「霊能力で確認しましたが、霊的な物は感じられませんでした……ハァハァ…」


「ありがとうございます、灰川さん…助かりました…ハァハァ…」


「幽霊がどうとかはまだ信じられませんが、ありがとうございました……ハァハァ…」


「ルルエルちゃんの家がグレ者マンションだったなんて、驚いたっす…ハァハァ…」 


 引っ越し決断から完了まで僅か2時間、関わった者達は息を切らして明美原家の引っ越しを終わらせたのであった。


 今回の事はオカルトなんて信じないという精神が怖い事などないという心に結び付き、住居を決める際にロクな下調べもせずに入居を決めたから発生した事故である。


 もし不動産屋にちゃんと聞いてたら回避できたかもしれないし、内見で周囲をよく見てれば違和感に気付けたかもしれない。それらの注意を(おこた)って、怖い物など無いと高をくくったのが原因だ。


「ボルボルさん!クーロンマスターズのみなさん!枝豆ボンバー!さん!お手伝いありがとうございますっ!」


「良いんだよルルエルちゃん、困った時はお互い様だからね」


「そうそう、もしグレ者が襲ってきたら俺たちのクーロン拳法を使う気でいたけど、使う場面が無くて何よりだった!」


「ルルエルちゃん、今度コラボ配信しようぜ! 美味しい枝豆用意しとくから!」


 こうして明美原家緊急引っ越しは完了し、グレ者マンションから逃げ出すことに成功した。 


 後は退去手続きとかもあるだろうが、不動産屋と適当に済ませて貰える事を願うばかりだ。


「灰川さんっ、引っ越しさせてくれてありがとうっ! 実はあのマンションに住んでから怖い夢を見たりしてたんだ、灰川さんから水晶をもらってから見なくなってたけど、でも変な感じは続いてたの」


「そっか、まあ引っ越したから大丈夫だと思うよ、何かあったら相談してくれれば良いしさ」


「うんっ! 今度ちゃんとお礼するねっ! またね灰川さんっ!」


 こうして怒涛の午後が過ぎて行き、今日の騒ぎは終わったと灰川は思っていたが……実はまだ今日はもう一悶着あるという事を灰川はまだ知らない。



こんなマンションたぶん現実には無いと思います。

裏社会都市伝説系の話も面白い物が割とあって、自分は好きです。

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― 新着の感想 ―
地元に同じようなマンションがあります。というか住宅地は一戸建てやらせいぜい二階建てのアパートの中、マンションはそこだけ。マンションの周りはなぜか国有地で、数年ごとに除草剤ぶちまけてるみたいで荒野のよう…
[一言] 無事に引越できて良かった良かった。 三人分痕跡消すの手間なんですよね、勤め先とか小学校とか。しかも通報食らってるしどうしたものか
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