46話 仕事は疲れるね
「やべぇ! 最近、配信休みがちだ! チャンス逃してるかもしれん!」
ここの所は忙しかったり疲れてたりで配信を休みがちだ、灰川は企業系配信者でも何でもないのだから配信するかしないかは自由だが、配信をしなければしないほど様々なチャンスを逃してる可能性は高くなる。
もしかしたら昨日に配信をしてたら何かの拍子にバズってたかもしれない、もっと配信してたら誰かがSNSで拡散して名前が広がってたかもしれない、そういう可能性のチャンスを逃してる事になるのだ。
「明日も仕事だけど配信するぞ! もしかしたらバズるかもしれんし!」
パソコンの電源を急いで点けて準備を始める、自分だって配信者だ!エリスやツバサのようになれる可能性はゼロじゃない!そう思いながら夢の配信者生活に向けての努力をしていく。
「やっぱ配信タイトルとか捻りが足りねぇのかな、この際だから霊能者ってのバラして霊能系配信者ってことで売ってくかぁ?」
そんな私欲満々の理由で霊能力を使えば力が濁ってしまうので、すんでの所で取り止めた。何故かこの男は配信に関しては途端にIQが下がる傾向があるのは見てて明らかである。
「まあ配信タイトルは今までと同じ感じで良いかぁ!、よし出来た! はい、こんばんわ!灰川メビウスでっす! 今日はなんかやりまっす!」
また見切り発車だ、計画性の無い配信で人気を得る配信者も多くいるが、灰川はその中には含まれない。というか計画性があった所で人気が出るかどうかは怪しい物だ。
「今日はなにすっかなぁ~、ゲームもマンネリ気味だしな~」
しばらく配信をやってると何をしていいか分からなくなる時がある、あれもやった、これもやった、今日はコレの気分じゃない、そんな具合に配信する内容が決められなくなる時がある。
雑談配信などは雑談する相手かコメント欄に人が居る時しか出来ない者が多い、灰川は一人でも配信の時はベラベラ喋れるタイプの人間だが、今日はそういう気分ではない。
「あ、そうだ、新作アニメの情報でも集めるかぁ」
配信者にとってサブカルチャーの知識は大事だ、一口にサブカルチャーと言っても音楽や映画など様々にあるが、近年ではアニメに関する話題はウケが良いと相場が決まってる。
「何か面白そうな作品ないかね~、萌え系でも熱い系でも何でも良いんだけどさ~」
今日は灰川配信に来てる人は大体が疲れて寝てるようで、コメント欄には誰も来ない。別にいつもの事だし慣れてるから、特に気にせず面白そうなアニメの情報を探っていく。
ロボットアニメ、ファンタジーアニメ、ラブコメ、ギャグにシリアスと選り取り見取りだ。しかし灰川にはどれも刺さらない、流石に疲れが来てて気分がそっちに向かないようだった。
映画やアニメを見たいと思う時と、そうでない時の心の差は意外とデカイ、疲れてる時なんかはどれだけ良さそうな作品を見つけても手が伸びないものだ。
「やっぱ配信の勉強ってか、どうやったら人が来るかとか面白い配信が出来るかとか学んだ方が良いのかねぇ」
灰川は自分は面白い配信が出来ると思って配信を始めたクチだ。しかし現実は厳しく、面白くないどころか誰にも見つけて貰えないというのが現状。
SNSを使って宣伝したり他の配信者と繋がって名前を広めあったりするべきだろうか?もっと様々な時間に配信をして多数の時間帯の人に見つけて貰えるようにする?わざと炎上するような発言をして一時でも注目を集める?
灰川はどれも自分には合ってないと考えて敬遠してる、そもそもそんな事は様々な配信者がやってる事だし、今さら始めても結果は見えてる。
「やっぱ地道な配信と自分の配信の面白さに磨きをかける事だよな、動画投稿とかも考えてみっかな」
配信に誰も来ないんだが?この問題は大勢の配信者が抱える問題だ、何人かの視聴者を抱える配信者でも新規視聴者が誰も来ない。視聴者は居るけどコメントが明らかに少ない。厄介な視聴者を抱えてしまい、その人のコメントに付きっ切りになってしまう。そんな悩みを抱えてる小コミュニティ配信者は多くいる。
そもそも配信活動を続けられる時点で才能はある、ほとんどの場合は時間が取れなかったり配信活動に飽きて止めてしまったりする人がほとんどだ。
灰川はスタートラインには立ててるが、そこから先の道が見えない状況だ。簡単にバズったり名が売れたりなどという事は個人配信者には稀な事である。
全て自分の動き次第、それが個人勢と呼ばれる者達の命題だ。今日も大勢の配信者たちが己の運と実力を頼りに配信界での成り上がりを狙ってネットの海を泳いでいる。
翌日になり灰川はハッピーリレーの事務所に居た、時刻は午前10時で今日も今日とて配信の感想を伝える仕事のはずだったのだが。
「灰川君、配信者達の疲れが目に見えて強くなってるんだがね…陽呪術でどうにか出来んかね?」
「いや、そんな都合の良い物じゃ…」
戦場興奮剤じゃあるまいし、そんな使い方は出来る訳が無い。仮にやったとしても後から強い倦怠感や疲れが出て、むしろマイナスになると社長に言って理解して貰った。
この連休中は配信者やVtuberは長時間配信や複数回配信などで視聴者を掴んだり、名前を売ったりする事に必死で、もう疲れが出てきてる頃合いだ。
「会社の金でマッサージとか行かせたらどうですか? 結構効果ありますよ」
「その時間が無いのだよ、マッサージって割と時間を食うだろう?」
確かにそれはある、しっかりマッサージをするとなると時間は割と掛かるし、そもそもマッサージ屋が混んでたらアウトだ。
「それなら俺がやりますか? 前に親戚のマッサージ師の所でヘルプで働いてた事があったんで、少し出来ますよ」
「じゃあ頼めるかね、希望者を何人か連れて来るから、休憩室で待っててくれたまえ」
こうして灰川による簡易的なマッサージを実施する事が決まり、休憩ルームで長椅子を合わせた施術ベッドを作って準備を整えた。
「灰川さんマッサージとか出来るんすね、霊能力だけじゃなかったんすか」
「そりゃそうだって、霊能力で食ってる訳じゃないんだから」
一人目の施術希望者はボルボルという男性顔出し配信者で、視聴者登録は7万人、イケメンで声も良く配信も面白いが、尖った下ネタを言ったりする事があってイマイチ波に乗り切れない配信者。
彼は灰川より少し年下で、初見感想を伝えた時に仲が良くなった。そんなボルボルはここの所は連続配信や耐久配信をして視聴者を伸ばそうと頑張っており、その疲れが今になってどっと出てきてしまったようだ。
「病気とかない? ヘルニアとか内臓疾患とかさ」
「無いっすよ~、あ~疲れた、肩とか腰とかヤバヤバっす、目の奥とかバチクソ重いし最悪っすね~」
「肩と腰ね、あと目も疲れてるっと」
ボルボルをバスタオルシーツを敷いたベッドに寝させてマッサージを開始する、まずは全身を外部刺激に慣らすために軽く擦っていく軽擦という方法から入っていく。
「やべっ! これだけで既に気持ち良いんすけど!」
「ボルボル君、マッサージ初めてなん?」
「初めてっすね、今まで行こうと考えたことも無かったっす」
「まあそうだよなぁ、疲れてもマッサージに行こうって頭にないと、行こうって考えも浮かばんしね」
軽擦が終わり指圧に入る、首から肩にかけて強さが丁度良いか聞きながら揉んでいった。
その際には指圧の押す力を体の奥に届けるように、ゆっくりと押して離していくのが大事だ。少し押して離したのでは疲れで硬くなった筋肉の血流は改善しないし、コリも解れない。
「かなり肩コリ酷いようだけど、やっぱ長時間配信を連続でやってるからかね」
「そうなんすよ、俺ここの所はどうにかして視聴者登録増やそうと頑張ってるんすけど、なかなか増えなくてストレスも感じてて」
「そうかぁ、でももう少し肩の力は抜いた方が良いって、ガチガチだっての」
「頑張って配信しないと視聴者さんに来て貰えないどころか、飽きられて他の配信者の所に行かれちゃうっすから、特に俺の所に来る女性視聴者は離れてくの早いんすよね」
彼も悩みは多く感じてるらしい、新規視聴者の獲得のためにSNSのトレンドワードに関する書き込みを自身のSNSにして拡散を狙ったり、視聴者に飽きられないよう流行や注目度の高いコンテンツには目を光らせてる。
「ならキツイ下ネタは控えなって、前のゲームやってた時の配信でも下ネタ連呼で女性は引き気味だったって」
「そうっすよね~、控えなきゃって思ってんのに口から出ちゃうんすよ、病気っすねこりゃ」
「まあ、その下ネタが男連中にはウケてるんだけどさ、腰も硬いなぁ」
その後も腰や足をマッサージして全身を解し、取りあえずは配信に精神が向く程度には仕上げておいた。
「おっ! 体が軽い!元気出たっすよ灰川さん!」
「おうよ、女性視聴者来ると良いね、頑張ってな」
ボルボルを送り出してシーツをアルコール消毒し、枕に敷いてたタオルを取り換えて次の施術希望者を寝かせて、代わる代わるマッサージを施していった。
「あのコメントした視聴者マジムカつく! 灰川さんもそう思うでしょ!? アンチがコメントすんなっつーの!」
「嫌な視聴者も多いよね、それを耐えれるナナヤさんは大人だよ、偉い」
そんなグチを零すVtuberの中の人にマッサージをしつつ、落ち着くように諭しながら褒めたりしてストレスを和らげる。
「私なんて視聴者さんは増えないし…ギャグは滑るし…才能ないのかな…」
「そんな事ないって、藍子さんなら一回滑ったくらいじゃ何ともないよ、才能もありありでしょ」
落ち込んだ配信者を励ましつつ、ガチガチにコリ固まった肩を力いっぱいに揉み解して体力を持ってかれたりしていった。
マッサージとは実はちゃんとやると結構疲れる物である、慣れてない者がやればすぐに親指が悲鳴を上げる。
灰川もしばらくマッサージの施術はやってなかったから、親指ではなく肘や手の平を使って指を休めつつ施術をしていく。
一人あたりに掛ける時間は短めだからまだマシだが、休みつつやってる内に時間は2時を超えてかなりの疲れになってしまった。
「あれ? 最後はルルエルちゃん?」
「ううん、灰川さん、みんなのマッサージお疲れ様でしたっ! 最後は私が灰川さんの肩をもんであげるよっ」
「ああ、ありがとう、ルルエルちゃんは優しいなぁ」
まさか小学4年生の子から気を使われるとは思わなかった、その優しさに癒されながらルルエルちゃんの肩もみを灰川はありがたく受ける。
「そういえば灰川さんっ、お母さんが幽霊が見えるなんて言ってる人は信じちゃダメって言ってたんだけど、灰川さんは本物だよねっ?」
「あ~、本物だけど無理に信じる事はないよ、こういうのは信じたい人が自分なりに信じるのが一番なんだからさ」
世の中にはオカルト否定派はいっぱい居る、灰川だって全てのオカルトを信じてる訳じゃないし、そもそも霊能力を使っても見えない霊や事象はたくさんある。
信じたい者は信じれば良いし、オカルトを楽しみたい者は節度を持って楽しめば良い、灰川はそう考えている。
「お母さんは幽霊とかオバケとか信じてないから、灰川さんのこと話したら、あんまり近づいちゃダメって言われちゃった…」
「ははは、そういう事もあるって、別に普通に話すだけなら大丈夫でしょ」
「うんっ! 灰川さん面白いからいっぱいお話ししたいもん」
そんな和やかな話をしながらルルエルちゃんこと佳那美のマッサージを気持ち良く受けて、灰川はウトウトと眠くなってたのだが、そんな時にルルエルちゃんのスマホに母親から電話が入った。
その内容は『家の中に誰か居る、警察を呼んだから、まだハッピーリレーに居なさい』というものだった。




