45話 家に呼ばれる 3
世の中には自分の欲望を満たすために信じられない事を実行する者が居る、それに該当する者がこの家を建てたのかもしれない。もしくは建主に黙って勝手にこの空間を作ったか。
恐らくはこの家に住んでた家族は洗面室や浴場での時間を何度となく見られていた、やがて何か変だと感じ取り、気付いたか気付かなかったか、それとも他の原因かは分からないが引っ越した。
その後は覗きが出来なくなった犯人の欲求がこの家に向けられ、呼び家となり人を呼び寄せてたのだろう。被害を受けたのは真奈華だが他の被害者は誰なのかは分からない、犯人が男か女か、家の者かそうでないのか、どのような人を覗きたかったのか、覗きの対象は男なのか女なのか、様々に分からない事はあるがどうだっていい。
考えても仕方ない事だ、この家が建売住宅だったのか、設計依頼住宅だったのかも灰川には分からない、分からない事だらけだ。
このまま放っておけば呼び家の呪いは強くなり、更に色んな者を呼んでしまうだろう。
「すぅぅ~~……せいっ…!」
洗面台のマジックミラーの裏に立ったまま、声を潜めて邪気と念を祓った。その時に念を放っていた者の記憶の残滓のような物が垣間見える。
この空間に立っていたのは比較的に若い男、床下に入るための入り口が外の目立たない場所にあること……時おりに忍び込んでマジックミラーの裏から覗き行為をしてた事、それらが少しだけ見えた。
その光景は異様であり異常だった、洗面台の鏡の裏の暗がりから住人の着替えや歯磨きをジっと見てる、息を殺して潜み見続ける……人間とは自分の執念のためにこんな事をしてしまえる生き物だ、時にその念は霊魂よりも強い物になる。
この家の事は由奈や真奈華に伝える事は出来ない、こんなの教えたらトラウマ確定だ。
「うっ…気持ち悪くなって来たな…」
フェティシズム、普通ではない事に性的な事を見出す感情、それは誰にでも何かしらの形であるかもしれない。しかしここまで偏執的なのは稀だ。一軒の家を覗くために構造を弄ってしまう……異常としか言いようがない、だからこそ強い執念となり呼び家になってしまった。
ツバサの母の貴子も自分のフェティシズムのせいで変な事をしたが、それは感情を制御しきれない年齢の時の笑い話でギリギリ済む話だし、反省もしてるだろう。これは違う……普通に社会生活を送ってる者が自身の欲望のために、他者か自分かの家を勝手に作り変える。それは偏執的と言うに相応しい行いだ。
灰川が感じた想念には覗くという行為自体に強い興奮を覚える念が伝わって来た、覗く対象に男も女も無く、ただ覗くという行為をしたいがために大の大人が床下へ侵入を繰り返す……不気味な事この上ない。感情と欲望をコントロール出来なくなり、感性が麻痺した人物は隣に居る者かも知れない……そんな怖さを感じさせる。
人間は生きてる限り3大欲求の一つである性という業からは逃れられない、その欲求を満たすためには普通なら考えられない事を実行する者だって居る。時にはこんな呪い染みた物になり人を巻き込む事だってあるのだ。
世界を見渡せば性という業に囚われて身を滅ぼした人は数多くいる、今だってセクハラや性犯罪は何件も発生してるのだ。自分たちだって盗聴被害などで知らずの内に被害者になってる可能性はゼロではない。
今回は呪いを散らした事によって、覗きを行ってた者に呪いの反動が訪れる事だろう。人を巻き込み警察の世話にならせたのだ、当然の報いと言える。
灰川はこれを己の戒めとしなければと感じた、自分だって何かの拍子でタガが外れて間違いを犯す可能性はある、それは現在を生きる全ての人達に言える事だろう……他人事だと思って自分には無関係と感じる者にこそ、深い穴が待ち構えてるかもしれない。
現代は被害者にも加害者にも簡単になりうる世の中だ、心を強く持たなければ明日は我が身かもしれない。この家はそんな欲に飲まれた者の執着が生み出した色欲の呼び家、覗き趣味を持った者の念が溜まって呼び家と化した家だった。
しかしその呪いは灰川が消し飛ばした、もうこの家が誰かを呼ぶ事は無いだろう。念のために床下にお札を一枚だけ書いてから貼り付けて、灰川はこの家を出ていった。
その後は色欲の呼び家だった白い家を後にして飛車原家に戻る、真奈華たちは既に効果を実感しているらしく、ちょっとした騒ぎになっていた。
「灰川さんっ、嫌な感覚が消えましたっ! あの家に行きたいって気持ちが、嘘みたく無くなったんですっ!」
「そりゃ良かった、お祓いは成功だね、こりゃあ」
灰川はまだ少し気分が悪いままだった、人の果てない欲望の一端に触れた事もそうだが、床下に入って埃っぽい空気やカビ臭さを吸い込んで少し頭が痛い。
そして自分の未熟さにも呆れを感じてる、結局は分からない事だらけだ。それが何とも心地が悪い。とはいえ現実には怪異の全てを理解するなんて不可能な話だ、理解を超えてるからこそオカルトであり怪異なのだから。
それでも理解を深める事で対処や対策の方法が見える事もあるし、関わった事象に対する物事を理解しないと根本解決が出来ない時だってある。灰川家のお祓いは基本的に強い霊力と強力な術で呪いや霊を散らすパワープレイだ、それが通じない場合も多々あるのだ。
「ありがとうございました灰川さん、娘は無事に済んだようです」
「無事に終わって何よりです、もし何か違和感でも感じた時は連絡してください」
お祓いは成功した、ここから何かが起こる確率は低いだろう。それでも灰川にとっては自身の怪異への情報に対する認識の甘さが感じられる一件でもあった。
今回に限らず怪異には人の念や執着が関わる事は非常に多い、それを完全に理解する事は難しい事だ。単純な物事であっても、そこに関わる人の念というの物は複雑極まりない物なのだ。
「それで灰川さん、お礼の方はどのようにすれば良いでしょうか?」
聞いて来たのは真奈華の母親だ、霊能方面での報酬は金にとても困ってる時でない限りは、金を貰うと欲に染まる原因になって良くない。その事は説明してある。
しかし今回は割と大きな事をしたから何かしらの見合った礼を貰わないと運気を吸ってしまう可能性がある。そうならないために何を貰うか考えた。
「あ、そっか、今回の依頼者はツバサ…由奈だから、由奈から貰わないといけないのか」
「「!?」」
依頼者と報酬の関係性はけっこう面倒な問題だ、今回は紹介という形ではなく由奈が直接に灰川への依頼をしてしまった。依頼者以外から霊能での報酬を受け取るのもあまり良い事ではない。
「アタシが誠治に何かをすれば良いのね! なにがお望みかしら!」
「あのっ、由奈ちゃんじゃなくて、私から何かをお支払いするのはダメですかっ?」
由奈は自信満々に自分が何かをすると言うが、真奈華はそれでは申し訳ないと感じて灰川に自分が何かをすると申し出るが、それは今回はダメだと断りを入れた。
いくら何でも報酬がもたらす不運に怯えすぎとも思えるが、報酬に関する事で身を滅ぼした霊能者は非常に多いのである。灰川の先祖も何人かやらかしてるから、警戒するのは当たり前だ。
「じゃあ破幡木ツバサの声で怪談朗読した音声でも貰えるか? 俺が怪談とか好きなの知ってるだろ?」
「それで良いの? お安いご用よ! とっておきの怖い話を聞かせたげるわ!」
「ああ、期待してるぞ」
人気Vtuberのツバサの怪談朗読なら釣り合いは取れるだろう、灰川は怪談が好きだし運気を吸い取る事も無い筈だ。こうして報酬も決まり、みんなで夕食を摂る事になり飛車原母娘と神岡母娘が用意をしてくれてる。
「実はミナミと自由鷹ナツハにもちょっとばかし手を貸して、怪談朗読音声を貰える事になってるんだよ」
「ミナミ先輩と自由鷹ナツハ!? それなら負けるわけにいかないわ! 気合入れて読み上げるわよ!」
「ああ頼むよ、それに由奈の声質は意外と怪談に向いてるかもと思ってたしな、うるさいのに可愛い感じの耳に響くような声質だから、そういう声って聞き取りやすくて良いんだよ」
「ふ、ふんっ! うるさいっての余計だけど、可愛いって言ってくれたのは喜んであげるわ! ありがと、誠治!」
由奈も納得したようで報酬はこれで決まった、ミナミとナツハを含めてこれでVtuber怪談朗読音声が3つになる、受け取れる日が楽しみだ。
「それと誠治…っ! ミナミ先輩と自由鷹ナツハっ、あとエリス先輩とは……どういう仲なのっ…?」
由奈が不安そうな少し怯えたような表情を見せながら聞いて来た、灰川はその様子を見て由奈は子供ながらに悪しからず思ってくれてる事に微笑ましくも嬉しく感じた。
「みんな優しくて可愛くて努力家だなって思ってるぞ、もちろん由奈も同じように思ってるし、由奈が俺のこと嫌いじゃないって思ってくれてるのも嬉しく思ってる」
「~~! そ…それってっ…! アタシのことっ、す…す……すき…」
「もちろん好きだぞ? 嫌いなわけないだろ、可愛い女の子とも思ってるし、Vtuberとしても才能ある凄い子だと思ってる。その才能が羨ましいよ」
「ぁ…ぁゎゎ… ふ、ふんっ…! 褒めてくれてうれしいわっ! アタシも誠治はカッコイイって思ってるし、マネージャーになって欲しいって思ってるわ! 誠治の配信の才能はアレだけど……」
「そこは褒めてくれないんだな……」
由奈も灰川に懐いてくれてるし、マネージャーになって欲しいとも言ってくれた。しかし配信に関してだけは言葉を濁す、それほどまでに灰川の配信はヒドイ出来だ。
その後は飛車原家でみんなで夕食を頂き、灰川も腹が膨れて動けなくなってる所を少し休ませてもらった。
その時に由奈と貴子が食後の洗い流しの際に「由奈、朗読音源だけじゃお礼として不十分だから、他のこともしてあげなさいね、後でママが教えてあげるから♪」「そうね!分かったわママ!」というような会話をしていたが、灰川はテレビを見てて聞こえていなかった。
神岡母娘は由奈と灰川に強く感謝の言葉を言い、灰川は充分に休ませてもらってから歩いて帰宅したのだった。
今回は人怖系の話に挑戦してみました。




