40話 忠善女子高校神隠し事件 2
「ここが一か所目の候補だな」
ダウジングで探った結果、幾つかの候補場所を見つけて捜索を開始する。最初の場所は第一校舎の階段で、ダウジングの反応が最も強く出た場所だ。
現在は夜の8時を過ぎており、校舎の中は真っ暗だ。電気を点ける訳にも行かないのでスマートフォンのライトを頼りに歩いてる。窓からは街明かりが入って来るからそこまで暗くは無いが、明かり無しだと足元が不安だ。
夜の学校というのは昼間の喧騒とは打って変わって静寂に包まれており、独特の雰囲気の怖さがあるものだ。もしここが田舎の学校だったら本当の暗闇だっただろう、そうしたら霊能者であっても耐えられないほど怖く感じる、暗いというのはそれだけで強い恐怖を感じる物である。
「ここで何をされるんですか?」
「霊能力で念を感じ取って、痕跡を探ったり行方不明生徒が神隠しに捕らわれてないか見るんだ」
神隠しは普通だったら考えられない場所から不明者が出て来る場合がある、普通なら探すはずなのに何故か探されてない場所があったり、そういった場所をダウジングで探っていた。
「流石にただの階段だから、ここに居るとは思えないけど、ここの近くに居る可能性は高い」
「お願い灰川さんっ、早く見つけてあげて」
空羽が懇願して来るが灰川は落ち着いて精神を集中させる、念を感じ取りながら痕跡を探し、異様な点を探す。
神隠しの怪異に自分が囚われ、感覚に穴が開かないように集中して探る。怪談の踊り場に扉は無いか?階段の下に空間は無いか?階段の上のトイレに気配は無いか?全てを疑って探す。
「近いな、ダウジングが反応したのは全部この辺りだ、念は感じられないが境界の歪みが強い」
「近くに3人が居るんだね? 早く見つけてあげないと」
「焦らず行こう、次だ」
階段の霊能捜索を終わらせて次に行く、既に夜の9時近い時刻で校舎には誰も居ない、警備の人が居たとしても巡回はしてないだろう。
その後も一階の空き教室や掃除用具置き場、家庭科室、電気設備室などを霊能力で調べて行き目測を付けて行く。
「だいたい割り出せたぞ、3人はここに居る可能性が高いな」
「ここって、旧会議室?」
「以前はここで生徒会議などが行われてた場所だそうです、今は使われてないようですが…」
灰川は空羽が職員室から持って来てくれた鍵を差し込んでドアを開ける、中は机などもなく閑散とした空き部屋だった。
「誰も居ませんね…」
「ここにも居ないってことは…間違ってたの灰川さん?」
空羽と史菜が不安そうに灰川を見る、旧会議室の中には誰もおらず隠れるような場所は無かったが。
「いや、ここに居る、少し探してみよう」
「探すって、どこを?」
「天井裏、床下、壁の中、その他の部分を陽呪術を使って捜索する」
「!! そ、そうですっ! 灰川さんには陽呪術がありますっ」
灰川は急ぎながらも焦らずに陽呪術を使う準備を整える、体に気と念を巡らせて目を閉じ、全神経を体内ではなく体外に向かって広げるように感覚を伸ばした。
「かぁぁっ!」
「「!!」」
息を強く吐きながら喝の呼吸を行い、簡易的ではあるが陽呪術『霧中清明』を使用した。
この術は境界が不安定な場所などで周囲に気を巡らせ、境界を一時的に安定させて穢れを祓い、その地の隠されたモノを暴く術である。
「……居るな、窓側のロッカーの裏に隠し戸がある」
灰川は即座に動いてロッカーを退ける、そこには確かに小さな引き戸があった。
「うそっ…本当にあった…」
「やはり灰川さんは本物の霊能者さんなんですね…っ」
ここまで来ると灰川の力は疑いようが無い、だが今はそんな事を言ってる場合ではない。そのドアが現れた瞬間……。
「うっ…なにこれっ…! 体が震えてっ…」
「何だかっ…すごく嫌な気配がっ…」
ドアの奥から瘴気とも邪気とも言えるような、強い念が漂って来た。それは空羽と史菜でも分かるほどで、一瞬でその場の空気が淀んだかのような感覚を3人に与える。
普通だったら逃げ出すような感覚、とても強い嫌な予感、無条件で気持ちが悪くなるような黒い感覚が漂ってくる。
パンッ!!
大きな音が鳴った、それは灰川が手を叩いた音だった。その音が響いた時に邪気のような感覚は薄れ、空羽と史菜の震えも止まる。
「柏手だ、霊力込めて鳴らしたから邪気は飛んだだろ、俺は中に入って調べるから二人は待っててくれ」
柏手とは神道で神様を拝む際に手を打ち鳴らす動作のことである、古来から魔を祓う小儀式としても用いられて来た。
「……! で、でもっ…私たちも一緒に行った方がっ…!」
「そうだよ灰川さんっ…! 一人じゃ危ないかもしれないっ…」
二人は灰川をこんな場所に一人で放り込む事に強い不安を覚えてる、明らかに普通じゃないのは理解してるからだ。
「大丈夫だ、もう見つけたも同然だからな」
それだけ言って灰川はドアをガラリと開けて中に入る、一刻を争う事態かも知れないから多くを語ってる暇はない。
「っ! カビ臭いな…」
その部屋の中は長らく閉じられてたのが簡単に分かるくらい、据えたカビの匂いが漂ってる。スマホのライトを照らして中を見ると、窓の無い小さな部屋である事が分かった。
部屋の中央にはお札の張られた仏像が置いてある、普通だったら気味が悪いと感じるだろうが灰川はそれが何のためにあるか分かった。
「開かずの間を作って忌み地の邪気を封じてたのか、もう劣化してるな」
禁足地や忌み地に作られた建物には、あえて開かずの間を作って土地の邪気を抑え、境界が歪まないようにするという方法がある。ここも昔の学校職員がそれを知って実行したのだろうが、経年劣化でその効力も薄れ、今は部屋の外に瘴気が漏れ出して、かつて禁足地だった頃のように神隠しが発生した。
仏像の奥を見る、部屋の奥の隅に誰かが居る……それは3人の少女だった。灰川は無言で近付く、その手には汗が滲んでいた。
邪気は怖くない、瘴気も平気だ。この程度なら陽呪術を使わなくても灰川には影響を及ぼさない、生半可な忌み地の気では何ともならないくらいには灰川は強い霊能力を有してる。
しかしそれは灰川に限った話である、倒れてる3人は話が別だ。もし手遅れだったら…そんな思いが頭をよぎる。
灰川は霊能力以外は普通の感性を持っている、困ってる人が居たら助けたいとも思うし、凄惨な事故現場などを見たら気持ちが悪くなるだろう。
空羽と史菜には手遅れの現場を見てトラウマになったらいけないと言ったが、それは自身がトラウマにならないなんて意味ではない、手遅れの状態を見てしまったら彼自身だってトラウマになってしまうだろう。
邪気も瘴気も平気だ、しかし今さらになって部屋の暗がりの奥にある3人を見るのが怖い……霊能者としてではなく、人間として怖いのである。
それでも行かなければならない、こうしてる間にだって3人のタイムリミットは近づいてる筈なのだ。人間としての恐れを人間としての矜持で抑え込み、歩みを進めた。そして……。
「史菜っ! 至急救急隊を呼んで誘導してくれ! 空羽は3人が行方不明生徒か確認してくれ!」
「はいっ!」
「分かった!」
3人には息があった、衰弱して意識も無いが生きていたのである。
「祓いたまえ! 清めたまえ! 灰川流陽呪!邪気霧消っっ!」
緊急で灰川は急いで印を結び、陽呪術を使い3人の体に溜まってしまった悪い気を消し飛ばす、その時に念が通じて事のあらましの一部が見えた。
今回の事件はこの生徒達が放課後に遅くまで残って勉強をしてた事が発端となった、この部屋から漏れ出た気に当てられ、操られるようにこの部屋に入って行方不明となったのだ。
ドアは引き戸だからロッカーは自分たちで移動させて戸を塞いだ、それからは気絶するように部屋の隅に3人が蹲まって今に至ったようである。
3人を部屋から運び空羽に本人確認をしてもらい、行方不明生徒に間違いないとお墨付きをもらってから玄関口に運び出した。
「空羽、俺は見つかったらマズイから学校から離れるぞ、口裏は打ち合わせたように言っておけば大丈夫だろ」
「うん、分かった、後は任せてっ」
不明生徒を発見した場合の口裏は事前に済ませておいた、空羽と史菜は校舎の中で寝てしまい、物音で起きて音の発生源を辿ったら3人を見つけたという具合だ。
かなり入念な口裏合わせだから怪しまれる事は無いだろう、不明生徒の3人も加害者は居ないと言うはずだ。
「じゃあ後は頼んだぞ、俺は急いで離れるから」
そう言い残して灰川は忠善女子高校から去っていく、かなりそっけない素振りだが仕方ない。女子高校に忍び込んだ事がバレたら一大事だし、事件性を疑われるのは目に見えてる。
だが今回は運に恵まれたとも言えるだろう、生徒3人は無事だったし、霊能捜索も急ぎでやったにも関わらず成功した、準備もほとんどせずに上手く行ったのは非常に大きい。
それは灰川が神隠しの対処法を知っていたおかげだ、もし知らなかったら見当違いな霊能力の使い方をして見つからなかったり、禁足地だという事に気付かず捜索範囲を広くし過ぎて手遅れになってたかもしれない。備えは無かったが知ってる知識で乗り越える事が出来た。
物事はよく考え、対処は手早くなるべく短く単純に、派手な除霊も格好の付くお祓いも必要ない、それが灰川の考え方の基本になっており、エリスやミナミの時もそうしていた。今回も捜索には時間が掛かったが、救出には時間を掛けなかった。それが最も正しいと判断だと思ってる。
あの部屋に溜まっていた悪い気は祓ったし、しばらくは安全なはずだ。あんな部屋が見つかったんだからお祓いを雇うという案も出て来るだろう。
「まあ、今度に空羽と史菜にお札でも預けて、学校の何処かに張ってもらうか」
怪異への完全な対処は難しい、そもそも今回は動きの縛りが多すぎて完璧な仕事は出来なかった。それでも当面の対処にはなったから良しとしよう。
渋谷の街を駅に向かい歩きながら灰川は事後処理の事を考える、それと同じくして空羽と史菜から報酬の怪談朗読を貰える事も楽しみにしていた。
だが……この連休は心休まる暇が一切ない日々を送る事を灰川はまだ知る由もない。
そして関わったVtuber達から素敵な恩返しが頂けることも、まだ知らないのであった。
データ飛びました、ハードディスクのバックアップは大事です……。




