39話 忠善女子高校神隠し事件 1
灰川は気を入れ直して霊能力を使いつつ感覚を研ぎ澄ませ歩きながら、あちこちを見て回り気になった事を頭の中に留めていった。
「ここは2年生の教室棟だよ、行方不明になった子達のクラスはここ」
空羽の案内に従って教室に入る、特に変哲の無い学校教室だが、灰川は霊感を使った目で見る。いわゆる霊視というやつだ。
教室内には椅子と机、黒板、至って普通であり何も異変は無い、空羽も史菜も行方不明生徒の席を知らないから大雑把な見かたになるが、特に変な物は見えなかった。
「少なくとも教室で何かあった訳じゃなさそうだな、行方不明生徒の念は感じられない」
「やはり手掛かりが何もないと、いくら灰川さんでも…」
「まあもっと見ないと分からんわな、二人はこの学校で怖い噂がある場所とか知らないか?」
怖い噂がある場所は何かがあった確率は他の場所よりは高い、そういう所を当たるのは常套手段と言える方法だ。
「怖い噂は聞いた事ないかも、中学校までだったらあったんだけど」
「私も高校に入ってからは…」
空羽も史菜も心当たりは無い、それでは対処のしようが無い、なんてことは無い。
「じゃあ学校の見取り図と周辺の地図、どっかから取って来てくれないか? あと時間掛かるだろうから、俺が隠れられそうな場所も頼む」
「隠れられそうなって、灰川さん何時まで学校に居るの?」
「作業が終わるまでだよ、捜索とか含めたら夜9時以降にはなるだろうな」
「「!?」」
二人はそんなに時間が掛かるとは思ってなかったらしく、驚いて目を開いてる。
「言っとくけど、手短に済ませてその時間だからな? 本格的な霊能捜索ってなれば時間は何倍にもなるし、それなりの道具も必要になる」
「そうなんですねっ…霊能力を使えば簡単に分かる物なのかと思ってました」
「そんな都合の良い物じゃないぞ、そもそも霊能捜索にだって情報は必要になるし、時間だって普通の捜索法より掛かる事だって多いんだよ」
テレビなどでは簡単にやってる霊能捜査だが、実際には裏には泥臭い作業や面倒な情報整理が隠れてる。
灰川から言わせれば霊能捜査できちんと捜査をしてる霊能者は少なく見えるが、ちゃんとやってる人はかなりの情報を整理して答えを導き出してるのは分かってる。
だが霊能捜査に特化した霊能者ならその限りではなのかも知れない、中には見ただけで、聞いただけで何もかも分かる人が居たって霊能の世界ではおかしくはないのだ。
「霊能捜索とかやってる霊能者って、実は探偵とかやってる人とかも多いんだよ、オカルトにだけ頼ってパッと答えを出してる訳じゃないんだって」
「そうなんだ…そういう裏があったんだね!」
「あと本当に霊能捜査が出来る人は、そもそもが少ないからよ、俺だって専門じゃないしな」
霊能捜査は非常に難しいものだ、簡単に習得できる物じゃないし、習得できても一回のミスで信用はガタ落ちになる。リスクの割にリターンも伴わないし、そもそもが現代の科学捜査にはあらゆる面で劣ってると灰川は感じてる。
「では…霊能捜査は意味が無いんでしょうか…? 灰川さんでもそう思われるんですか…?」
最近はオカルトに興味を引かれ始めてる史菜が残念そうに言う、確かに意味が薄れてきてる事は確かだろうが、例外がある。
「いや…今回みたく怪異が関わってるものになるとワケが違ってくる」
「「え…?」」
「実はさっきから霊能力は常に使ってるんだけど、怪異型神隠し事案の項目に当てはまるものが多いんだよ」
「そんな事案とか項目とかあるんですか?」
「ああ、神隠しは世界中で発生して人を困らせ悲しませて来た現象だからな、100年くらい前に要件がまとめられて、普通の行方不明事件と神隠しとの区別をつけるようになったんだよ、って言っても霊能者の間でしか知られてないけどさ」
神隠しは英語ではSpirited awayと呼ばれて恐れられて来た、同じような意味合いの言葉は世界中にあり、今も伝えらえている。
「神隠し事案要項の基礎は、行方不明者が突然消える、行方不明者の痕跡も突然消えてる、そして結界や境界が不安定な場所に多いって具合だな」
「前の2つは分かるんだけど、最後の一つはよく分かんないかな」
「簡単に言うと霊的なエネルギーが乱れてるって感じだな、教室とかには何も感じなかったのは痕跡が無かったからだが、学校の土地の境界が不安定になってる、たぶん行方不明者の子達はこの学校の敷地の中に居るな」
「「!!?」」
「ついでに言うと、この学校の土地は昔は禁足地だったみたいだ、昔にもこの地域から神隠し事件が発生してる気配がある」
禁足地とは神社や寺の入ってはいけない場所を指す言葉だが、踏み入ってはならない場所の呼び方にも使われる。その場合は神隠しや何らかの危険が多発する場所であることが多い。
「やっぱり霊能者だから分かるんですかっ? 本当にそんな事が起こってるんですか?」
史菜が疑問を投げかける、灰川は霊能者だが、それだけで全部が分かるほど都合の良い力は持ち合わせてない。だが怪現象の種類などに目星をつけて集中して霊能力を使えば話は別だ。
「境界が不安定になってるからな、そういう場所は大体が昔は禁足地だったんだよ、今は少なくなったけど」
都市開発や山岳開拓によって禁足地は昔より少なくなった、しかし今でもこのように禁足地に関する事件は発生してる。
「う~ん…やっぱり私には分からないかも、でもそういう物なんだって納得するしかないかな」
「そうですね、やはり完全に理解は出来ない事です」
空羽も史菜も納得はしてない、無理もない話だ。オカルトの事だから完全に説明する事は難しいし、灰川にだって分かってない部分は多々ある。
「そうだな、じゃあ二人は世界で最も広くて有名で、誰でも知ってる禁足地はどこだか分かるか?」
「え? なんだろう…想像付かないかも」
「誰でも知ってるという事は、私もでしょうか」
実は禁足地というのは指定されてる場所以外にも結構ある、全てが神隠しになる訳では無いが、似たような状況に陥る場所はいっぱいあるのだ。
「異論は色々あるんだが答えは海、備えも無しに深く立ち入れば必ず迷い戻れなくなり、神隠しと同じ状態になる。高い山や樹海などの深い森もそうだな」
この答えに二人は驚いた様子を見せる、見方を変えれば怖い場所や不可解な場所など幾らでもある。行方不明者を神隠しにあったと仮定するならば、今言った場所も禁足地に充分に該当する。
「海はヤバいぞ、地面が無いから地脈なんて無いし、境界も意味が無く結界もすぐ壊れる。昔から今まで多くの人間を行方不明にしてきた場所だ」
「そっか、そもそも私たちと霊能者の人だと、物の見方とか考え方が違うんだ」
「そう言われると、禁足地というのは本当にあるという気がしてきました…」
海や樹海ほどではないが境界が乱れてる事を説明すると納得してくれたようだ。他にも連休とはいえ部活の生徒や教師の姿が少ないことも説明する、境界が不安定な場所は人があまり来なくなる現象も発生する。
全てを説明する事は不可能だし、灰川も全てを説明できるわけじゃない、ここは行方不明生徒の捜索に乗り出すのだが、問題がある。
「そんでな、探すのに時間が掛かるからよ、俺が隠れたら二人は帰ってくれ、危険もあるかも知らんし」
霊能捜査には時間が掛かる、今の時刻は午後の4時で学校の鍵が閉まるのは5時だそうだ。予測では捜査には夜9時までは掛かる見込みだから、二人は先に帰すのが普通だろう。
「それは駄目だよ灰川さん、行方不明になった3人の顔知らないよね? もし誰かにバレたら何て言い訳するの? 3人を見つけて誰かに言ったら、灰川さんも捕まっちゃうよ?」
「う…それはそうかもだけどさ、神隠しには危険な存在が関わってる事もあってだな……」
「それなら私、ハッピーリレーから貰った灰川さんのお札を2枚持ってます、時代が時代なら灰川さんの陽呪術は将軍家でも万全の安心を貰ったんですよね?」
「いや、それとこれとは…」
空羽が言う事はもっともだ、灰川は行方不明生徒の顔を知らないから見つけた時に本人かどうか分からない、不慣れな場所だから警備の人などが居た場合は見つかる可能性はある、
3つ目はもし灰川が人を助けて逮捕されてしまったらお笑い草だ、行方不明になって1週間が経ってるから救急車などを呼ばなければならない事態も想定できる。自身の保身だって大切な事だが……。
「こんなこと言いたくないが…神隠し事件は行方不明者が死亡して見つかる事もある、そういうのを見てトラウマになったりしたら責任が持てん…」
「あ…」
「………!」
姿をくらまして1週間となれば最悪の事態も想定できる、その場合は空羽と史菜に見せてはならないものを見せてしまう結果にもなりかねない。
「お気遣いありがとうございます。でもだったら尚更です、もし灰川さんが犯人と疑われるような事になったら、私たちは一生後悔して、それこそトラウマになってしまいますっ」
「そうだよ灰川さん、もしそういう事になっても…私は受け入れるよ」
二人は灰川の社会的な立場を守ると言ってくれている、嬉しい事だし、そうする事が一番の道なのだろう。危険があれば灰川が二人を守り、不明者を見つけた時は二人が灰川を守る。
「分かった、なら頼むよ、見つけたけど刑務所行きどころか死刑だってありえる事案だ、3人が無事だと信じてるが、もし俺の立場が危なくなるような事があったら守ってくれ」
「うん、最初からそのつもりだよ、私が頼んだんだもん」
「灰川さんに被害が及ぶなんて見過ごせません、その時はお任せください」
こうして互いを違った形で守り合う事を約束し、灰川は二人に頼んで必要な物を集めて貰い、隠れるのに丁度良い場所に連れてって貰ったのだった。
二人に案内されたのは社会教材倉庫という、校舎の端にある倉庫室だった。ここには灰川が欲しがってた地図があり、その他の道具もあったので丁度良い場所だ。
「…………」
灰川は今、周辺地図を見てから学校の見取り図を使い、ダウジング法というオカルト捜索を行っていた。
空羽と史菜は倉庫の中で灰川の作業が終わるのを待つ、時折に仕事の都合でスマホを触ったりもするが、二人は灰川の様子を見ていた。
「灰川さん…凄い集中力です」
「うん、本当に真剣にやってくれてるんだね…」
灰川は最初に二人に楽に休んでてくれと言ったのだが、二人は灰川の醸す真剣な気迫に圧され、気を張り続けている。
「ふぅ…少し休むか……」
夜の8時近い時刻になり集中力が切れる、かなり力を入れて霊能力を使ってたため疲れも出てきた。
「お茶あるけど、灰川さん飲むかな?」
「ああ悪い、飲ませてもらうわ、喉乾いた」
空羽が持っていた水筒から紙コップにお茶が注がれ一気に飲み下す、3時間近くも集中したため喉がカラカラだった。
「あの、今さらで申し訳ないのですが、何をされてたんですか?」
「ああ、これはダウジングって言ってな、昔から使われて来た物探しや人探しの方法だ」
ダウジングとは振り子や金属棒を使って地面に埋まってる金属を探したりする方法で、霊能者でなくとも出来る探知方法である。
霊能者はこの方法で霊の場所を探したり、怪異を探したりする事があるが、それには情報や練習が必要になる。
「俺は振り子を使うのが得意だから、こうやって地図とか見取り図の上で振り子を止めて、動き出したら何かある可能性アリって感じだな」
ダウジングは昔は鉱脈や水脈を探すことに使われてた手法で、オカルト的な要素が強いが的中率もそこそこ高かった。
科学的根拠は無いが古来から一般的に使われ、今では霊能者がオカルト事象の捜索に使う事が多い方法である。
「何か進展はあったでしょうか?」
「ああ、行方不明の3人はこの校舎内に居る可能性が高いな」
「えっ!? どこに居るのっ?」
「まだ特定は出来てない、それに実際に見なきゃ当たってるかどうかは分からんて」
空羽が驚きの声を出す、まさか学校内に居るとは思ってなかった様子だ。
「神隠しを疑った時点で学校か、その近くに居る可能性は考えてたんだ、神隠し事例は不明者が見つかる場合は付近で見つかる事も多いからな」
不明生徒が神隠しに遇ったのはもう確定的だ、灰川のどの観点から見ても過去の事例と合致してる。
「灰川さん…悪いけど急いでくれるかなっ…? なるべく早く助けてあげないと…」
「お願いします灰川さんっ…!」
「安心しろ、すぐ取り掛かる。目星は付いたんだから30分もあれば絞り込めるだろ」
今回は行方不明になってから1週間が経過してる、時間が経てば経つほど最悪の結果が近づいてくるのだ。空羽と史菜が焦るのも無理はない。
灰川は社会教材倉庫の中で振り子を持ちながら学校の見取り図と睨み合いを再開する。
ここは違う、ここは振り子が揺れない、ここは反応があるが弱い、1階、2階、3階、各教室、その他施設を振り子をかざして調べて行き、遂に数か所に絞り込む事に成功した。
パソコンの調子が悪く、ハードディスクが逝きました。




