38話 潜入、忠善女子高校
忠善女子高校は渋谷区にある女子高校で、駅からは少し離れてるためバスで向かう。その道中で灰川は空羽に学校についての説明を受けた。
「忠善は生徒数600人で結構大きい学校だよ、でも生徒数の割に敷地は少し狭いかも、土地が渋谷だから仕方ないよね」
渋谷の街にそこそこ近い高校など入りたい生徒は多数に登るのは目に見えてる、倍率も結構高く偏差値も割と高めの女子高校だ。
学科も複数あってどこも人気があり、芸能人や女優の中には忠善女子高校出身の人も多いそうだ。
芸能事務所に所属してる生徒もチラホラ居るらしく、そういった生徒は渋谷に会社がある事務所に所属してる者が多いらしい。
「つまりは人気のある女子高で割と頭も良くて、渋谷が好きだったり憧れてたりする子が入ってくるわけね、放課後の遊びにゃ困らなそうだな」
「うん、私は家が近かったから選んだんだけど、高校入ってすぐVtuberになったから、結果的に正解だったかな」
空羽はVtuberというものを知って、すぐに憧れを持ったそうだ。自分もこんな風に配信してみたいと思った時には、シャイニングゲートの募集に応募して合格してたらしい。
その後は楽しみながらも努力して人気が上がり、今の地位になった。辛いことや苦しい事もあったが、それすら今は良い思い出だと言えるほどにVtuber配信が好きなのだ。
才能があったのは確かだ、声にも恵まれVtuberには不要とされる身体的な容姿にも恵まれてる。だがもちろん苦労はあったのだ、それを表には出さないが、彼女の成功は努力と自分に合った正しい道の選択の結果である。
「俺も配信の才能があればな~、まあ今更だけどさ」
「諦めたら配信で成功は出来ないよ、灰川さんの配信、私は好きだよ」
「ありがとな、救われるぜ」
空羽は人間的にも良く出来た子だ、性格だって柔らかく人当たりが良い。年上の男性である灰川にも普通に接することが当たり前に出来る子だ。
妹の友達の安否を心配する心もあるし、学校ではきっとクラスメイト達から好かれる存在のはずだ。自分がVtuberだという事は明かしてないそうだが、それを抜きにしたって彼女を嫌う人間は超少数派だろう。
そんな子に頼られるのは灰川としても悪い気はしない、もちろんエリスやミナミから頼られても同様に嬉しいが、他社の人間である自由鷹ナツハから頼りにされるのは一味違う感覚だ。
「あ、着いたよ灰川さん」
「おう」
バスが到着して降車すると、すぐそこには忠善女子高校の校門が開いていた。
「この書類に住所や氏名等を記入してね」
「おう」
灰川は空羽と一緒に来校者受付を済ませて中に入る、上履きは無いので来客用のスリッパを履いて校内に入った。
「それでどうすりゃ良いんだ? ある程度は敷地の事を知らないと何も出来んのだけど、俺は学校のこと何も知らないぞ?」
「じゃあまずは軽く案内するね、まずは生徒用の玄関から行こっか」
灰川は空羽に案内されて校内を歩いて行く、学校という空間を歩くと何か懐かしいような気分になってくる。自分もかつてはこんな風に学校に通っていたのだ。
「ここが3年教室棟で、私のクラスもここにあるんだよ」
学校の中をこの年齢になって制服姿の女の子と歩くなんて変な感覚だ、灰川は男子校の出身だからその感覚は尚更であった。
今日は連休の最中で生徒はほとんど居ない、部活のある生徒は居ても校舎の中は生徒は数えるくらいしか居ないのだろう。
「あ、そうだ教室に忘れ物してたんだった、ちょっと取りに行こう灰川さん」
「ん、ああ良いぞ」
空羽の忘れ物を取りに階段を登って2階の教室に向かい、空羽が普段通ってる教室に入った。
学校の教室の雰囲気に過ぎ去った青春の日々を感じる、学校机や椅子、黒板やロッカー、来た事もない場所なのに懐かしさを感じるのは、きっと学校という空間がそうさせてるのだろう。
「あったあった、これで良しと」
「失くしたんじゃなくて良かったな、俺は学生時代は失くし物けっこうしたからよ」
「そうなんだ、私も小さい物は失くしちゃう事あるよ」
そんな軽口を叩きながら空羽は忘れ物を通学バッグにしまい、疲れが出たのか教室の中程の自分の席に座った。
「灰川さんも座って休みなよ、隣のミカちゃんの席使って良いからさ」
「そんじゃお言葉に甘えて」
灰川も座り足を休める、窓の外には小さいながらも立派な校庭があり、陸上部の子達が一所懸命に練習してる。なんだか自分まで青春時代に戻ったような感覚がしてくるから不思議だ。
「そういえばさ、灰川さんも男の人だし、女子高に来たらちょっと興奮したりするの?」
「仮に興奮してたとして正直に言うと思うかよ?」
「あははっ、それもそうだねっ」
「興奮はしねぇけど、さっきから懐かしいって感じてるよ、学校って空間は大人になると懐かしいって感じちまうもんなんだろうな」
「そういうものなんだね、私にはまだ分からないかな」
現役女子高生には理解できない感覚だろう、これは時間が過ぎてみないと分からない感覚だ。
「ここが空羽の教室なんだな、いっつも自由鷹ナツハって目で見ちまうから高校生って忘れそうになるけど、やっぱこうして制服着てるの見ると、改めて高校生なんだなって実感するな」
「なんか灰川さんに制服見られるの少し恥ずかしくなって来たかも~」
雑談を交えてから懐かしさの香る教室を後にして次の場所に向かい、色々と見て回りながら地形を把握していった。
「ここが1年生の教室棟だよ」
空羽に案内されて向かったのは1年生教室棟だ、ここは件の行方不明になった子達の教室がある場所だ。
「少し入念に見とかないとな、手掛かりがあるかも知れん」
1年生棟に入った所で集中力を高め、霊能力を使おうとしたが、その時に思わぬ人物が目の前の教室のドアから現れた。
「えっ?? 灰川さん、ですか?」
「ミナミっ? いや、史菜?」
ハッピーリレーの人気Vtuber、北川ミナミこと白百合 史菜が忠善女子高校の制服姿で教室のドアから出てきたのだ。
「あ~、史菜も忠善女子高校なんだっけか、そういやその制服だったもんな、奇遇だな」
灰川は前に史菜の制服姿を見た事があり、空羽に会った時も何処かで見たような制服だと思った。
「え? あのっ、なぜ灰川さんが忠女にいらっしゃるんですか? あっ、澄風先輩?」
「こんにちわ史菜ちゃん、灰川さんは私が頼んで来てもらったの」
事情を空羽から説明してもらうと、史菜は納得してくれた。
「そんな事があったんですね、私は国語文系科でほとんど話は入って来なかったんです」
行方不明になった子達は違う科の生徒で、史菜のクラスにはあまり情報が入って来なかったそうだ。史菜も気にはしてたが、もう見つかったという噂もあったらしく、そちらを信じてしまったらしい。
「史菜は何かそれらしい情報は持ってないか?」
「すみません、特に聞いてないです」
史菜からは有益な情報は得られなかったが仕方ない事だ、史菜は今日は自身が所属する吹奏楽愛好会の練習があって学校に来て、教室には愛好会で使った物を置きに来てたそうだ。
「では私も同行させて頂きますね、よろしいですか?」
「配信とかは大丈夫なのか? 忙しい身だろ?」
「はい、今日は午前配信でしたので大丈夫です、同行させて頂きますね? 良いですよね灰川さん、澄風先輩?」
「お、おう、まあ大丈夫だろ」
「うん、良いよ。 ………史菜ちゃんちょっと怖いかも……」
史菜はいつもの笑顔だが何か迫力がある、そこは気にしないようにして二人は同行を了承した。
「とりあえず行方不明になった子達の教室に行ってみるか」
「それなら一人は1年生だから、こっちの教室だよ」
空羽に連れられて件の生徒の教室に向かい、感覚を集中して念を探ってみた。
「駄目だな、少なくともこの教室は呪われてはないな」
灰川の言葉を聞いて空羽と史菜は少し残念そうだが、まだ始まったばかりだし、そもそも駄目で元々なのだ。そこは事前に強く含んでる。
「そういえば灰川さん、今回は報酬などは受け取られるんですか? また貸しという事にするんですか?」
「あ~、それな、本当は貸しってのもあんま良くないから、今回は空羽が自由鷹ナツハの声で特別ボイスをくれる事になったよ」
「しかも成功した時は、ちょっぴり恥ずかしいボイスをプレゼントっ」
「~~!!」
「おいおい、それはナシになったろ、成功報酬は俺のお気に入り怪談の朗読ボイスだよ」
この報酬を聞いて史菜は目が揺れるやら体が固まるやら、「先を越された!」という感情が全身から滲み出てる。灰川が言った正しい報酬は完全に聞こえてない様子だ。灰川は霊能力を使って集中してしまったため史菜の様子に気付かない。
「この教室はやっぱりハズレだな、念のためにもう一回確かめたけど、何も見つかりそうにない」
「そっか、じゃあ次は2年生の教室かな」
空羽は潔く次に向かうために教室を出て、灰川もそれに続こうとするが史菜が灰川の服の裾を掴んで教室内に引き止めた。
「どうした史菜? 次に行こうや」
「あ、あのっ…灰川さんっ…! ちょっとだけお耳を拝借しても良いでしょうかっ…?」
「え、ああ良いぞ、顔真っ赤だけどどうしたんだよ?」
灰川はコソコソ話をしたがってる史菜に向かって耳を貸すように傾けた、そこに史菜が口元を近づける。
「わ、私もっ…成功したら…っ、灰川さんに…そのっ…! 北川ミナミの、は、恥ずかしいっ…ぼいすっ…!」
「あー、無理すんな史菜、恥ずかしいボイスは無しになったって言ったぞ、怪談の朗読になったからよ」
「えっ…? そ、そうだったんですかっ?」
「嫌なことを無理してやんなくて良いって、俺なんかにそんなのくれてやるの嫌だろ? 史菜は報酬払う必要もないけど、もし成功したら怪談朗読ボイスでもくれよな」
「そ、それで良いんですかっ?」
「ああ、ミナミの声でも史菜の声でも、どっちでも良いぞ。ミナミの時も史菜の時も可愛いくて綺麗な声だなって思ってるからよ、もちろん声だけじゃなくて性格とか容姿とかもな」
「~~!!」
史菜の感情が揺れ動く、尊敬する灰川に声も性格も褒められた、体が熱くなって胸の動きが速くなる。顔は更に真っ赤になるのを通り越して、逆に明るみのある健康的な色合いの綺麗な肌に戻った。
感情からもさっきまでのような気恥しさが消え、冷静だが普段とは少し違った大胆な女の子の心が顔を出す。
「じゃあ行くか、っておい史菜、俺を置いてくなって」
「ふふふっ、灰川さんっ、遅いですよっ」
史菜は先に教室を出ようとして灰川の先を行く、ドアから廊下に出る瞬間に少しだけ振り向いて笑顔を向け。
「やっぱり灰川さんにだったらっ、史菜とミナミの少し恥ずかしいボイス、プレゼントしても構いませんからねっ♪」
「ん、そうか、まあそのうちな~」
灰川は今のは史菜のちょっとした冗談程度に思う事にしたが、史菜としては割とマジな言葉だった。灰川としては高校1年生の子だったらこういう事を言われても冷静に対処できる程度には大人だ。流石に少し前まで中学生だった子なら適度にあしらう事は出来る。
それでも今の史菜の言葉はちょっとキュンと来る、普段は物腰柔らかで丁寧な性格の史菜が、こういう事を言ってくれるのは一人の女の子にとって少し特別な存在になってる事を分からせてくれる。それは男性としては嬉しい事である。
史菜は灰川に対して強く好感を抱いてる、会ってから間もないが、大人と高校生の時間の流れは違うのだ。少女が好感を抱くには十分な時間だったと言えるだろう。
灰川も気が付いてるが、その思いは思春期にありがちな気の迷いというやつだと灰川は思ってる。自分に出来る事は史菜がその想いを黒歴史にしないよう、目の前のことに当たって大人の姿を示してあげることだけだと今は考える。
「とりあえずやる事やってから考えるかな、ここからはちょっと本気出すわ」
灰川はいい加減に探ってた訳では無かった、校内を歩きながら目星をつけて回ってたのである。
今回は場合によっては人命が懸かるかも知れない一件だ、単なる家出の方が可能性は高いと思ってたが、空羽の話を聞けばその可能性は薄いようにも感じてきた頃合いだ。
オカルト頼りにはなるが何らかの事件性も考慮しつつ、怪異『神隠し』の捜索に合わせた力の使い方を模索する。ここからは少しばかり本気になろうと灰川は心を入れかえて動き出した。




