36話 灰川の失敗談
「今から話すこと絶対誰にも言うなよ、マジで」
「はい…」
「灰川さんの失敗ってどんなのかなー? 気になる」
ミナミの顔は浮かない、配信でのミスがかなり心に応えてる様子だ。自分に対して完璧主義的な部分があるから仕方ないだろう、それを癒すための話だ。
「俺は前に親戚の葬儀で色々と手伝わされた事があったんだ、これが結構忙しくてな、寝る間も少ないくらい色々とやらされたんだよ」
葬式というのは意外と忙しい物だ、残された人が悲しみに圧し潰されないよう忙しさで誤魔化してあげるという意味合いが強い。
しかしこの時の葬儀は故人が年配の親戚で大往生、悲しむというより送ってあげるという雰囲気が強かった。そのためか親戚の中では若くて分別のある年齢の誠治がお手伝いとして色々と任された。
灰川家は大昔は名家だったが今は普通の家、親戚などもお手伝いさんが居る訳でもないから葬儀も自分たちでやるのが普通なのだ。
「役所の手続きとか、葬儀屋との打ち合わせとか、葬儀に呼ぶ人の名簿作りとか、かなり大変で疲れてたんだよなぁ」
そんな中で葬儀が執り行われ、最後の段階になり葬儀屋の人が「では故人様が生前に好きだった曲を皆さんで聞いて、送り出して差し上げましょう」と言い、音楽を再生した。
その曲は誠治が用意したコピーCDで掛けられたのだが、曲が掛かり出したら故人が好きだった演歌ではなく……。
『生きるって素晴らしい♪ 生きるって最高♪ 明日があるって良い事だ~♪ 活力みなぎる元気な命~♪』
「間違えて得体の知れないCD渡しちゃったみたいでさ、変な明るい人間賛歌が掛かっちゃったんだよ」
「なんで得体の知れないCD持ってたの!? 歌も変過ぎるよ!?」
だが葬儀屋の人は間違いCDだと気が付かず神妙な面持ちで黙祷しながら曲を聞いてるし、止められる雰囲気じゃなかった。
「焦ってたけど黙ってればやり過ごせるかなって思ったんだ、でも曲が終わってから父さんがさ」
『誠治! お前曲間違っただろ! おじいちゃんの幽霊がそこで混乱してるじゃねぇか!』
「って言われてよ、それ聞いた親戚一同の霊能力ある人達が霊視を始めて……そこからはもう笑う奴やら怒る人やら大わらわ!最悪だったぜ…」
「そっか! 灰川さんの親戚だから霊能力あるんだ! っていうかお爺ちゃんだったの!? お爺ちゃん不孝な孫だ!」
人は死んで即座に成仏する事は少ないらしく、誠治の祖父も例によってまだ残ってたのである。
「ごめんな爺ちゃん、葬儀の後に化けて出て来た時は取り殺されると思ったけど、爺ちゃんは親の葬儀でもっとヤバイ失敗してるって教えられて救われたぜ」
「とり殺されると思ったの!? っていうかお爺ちゃんの失敗が気になる!」
人間誰しも失敗はあるし、完璧なんてあり得ない、子供だろうが大人だろうが失敗はする。その事をミナミに伝えて元気になってくれるよう話したが。
「ぷっ…くすくすっ…」
どうやらお気に召してくれたようだ、さっきまで暗い顔だったが今は笑いを堪えてる。
「ちなみにその時から俺は親戚の間で、CD野郎って言われてる」
「んふっ…! あはははっ! 灰川さんの親戚の皆さん面白いですっ! あはははっ!」
「うわっ、ミナミがこんなに笑ってるの初めて見たかも!」
ミナミは灰川の話に大笑いして苦しそうにしてる、ここまで笑ってくれるとは思わなかった。
「おかげさまで元気が出ましたっ、誰だって上手く行かない時はありますもんね」
「そうそう、俺なんて上手く行かない事だらけでヒドイもんだぜ、失敗するのに慣れちまったもんね」
「灰川さんはやっぱり凄い人です、自分の失敗も誰かのために活かせるなんて素晴らしいですっ」
ミナミの灰川に対する信頼がまた深まった、灰川にはちょっとプレッシャーだが悪い気はしない。それで元気になってくれるなら良い事だ。
「まあつまり、ちょっと失敗したくらいで落ち込んでたらキリがないぞ、それに話自体は上手かったんだしよ」
「本当ですかっ? どの辺りが良かったでしょうかっ?」
「視聴者を怖がらせ過ぎないように、話に適度にアレンジを加えてたのは良かったぞ、空き地の車の話は本当なら酷い憎しみが伝わってくるような話だったからな、そのまま話してたら視聴者が減ってたかもしれん」
「ありがとうございますっ、話を薄くするのはどうかと思って迷ったのですが、そこを褒めて貰えて嬉しいです」
怪談は話す相手によって内容を多少は変えなければならない時がある、ミナミの配信は癒しを求めてやって来る人も多いから、そこは配慮しなければならないだろう。
そもそも灰川はミナミにはホラー配信は少し向いて無いとも思ってる、だが会社の方針と本人のヤル気もあったから灰川だって協力した。
「とりあえず成功の部類だと思うぞ、エリスもミナミもな」
「そうだよねっ、ありがと灰川さん」
「ありがとうございます灰川さん、ご指導いただき恐縮です」
こうしてエリス達の連休1日目の配信は終わり、ハッピーリレーの事務所を後にして明日に備える事になった。
他の配信者はまだ配信してる人も居るし、副業所属してる人などは今から配信する者も多い、そもそも夜に配信する人も多いからまだまだ配信業界の祭りは続いてる。
「さぁて! 俺も祭りに参加するかぁ!」
自宅に戻り仮眠を取った後、灰川は夜の10時から懲りずにパソコンの前に陣取っていた。
今日は配信界隈が大きな盛り上がりを見せてる日で、個人勢の配信も賑やかだ。夢の配信者で一攫千金生活は諦め気味だが、配信が好きだからその波の中に灰川も飛び込まずにはいられない。
いつものように配信画面を点けて配信を始めた。もちろんエリス達のようにトークを用意してたり、配信の練習をしてる訳でも深く考えてる訳でもない。
今日もいつものようにテキトーながら元気に楽しく配信するだけだ、とてもプロを目指してる25歳の大人とは思えない計画性の無さだ。
「はいこんにちわぁ! 灰川メビウスでっす! 今日は雑談配信やります!」
灰川の今日の配信のメニューは雑談配信だ、最近では年齢を問わず人気のある種目だが、人が来ないと一人でベラベラと画面に向かって独り言喋るだけの配信になる。
「いや~、最近は漫画にハマっててさ! この漫画が面白いんよ! しっかし今日も誰も来ねぇなぁ!」
しかし灰川は誰も来なくても配信ではベラベラ喋れるタイプの人間だ、そういう部分では配信者に向いてるかもしれない。
30分ほど誰も来ない配信で喋ってると、本日最初の視聴者が訪れた。
『青い夜;こんばんわ灰川さん、今日は大変だったでしょ?』
「あ、青い夜さんこんばんわ、俺は別に大変じゃなかったよ~、配信見て偉そうに感想言うだけだったしね、こんな底辺配信者なのにね~!」
青い夜ことナンバーワンVtuberの自由鷹ナツハが来た。昼間は灰川は配信を見て配信者に初見感想を伝えてた、感想を言われた配信者達は灰川がこんな配信してるとは夢にも思ってない。
『コロン;灰川さん配信やってる! もう寝ようとおもってたのに~!』
「こんばんわコロンさん、無理して夜更かししちゃだめだよ~、俺みたいな大人になっちゃうからなぁ」
昼間はルルエルちゃんとしてVtuberデビューを果たした佳那美もやってきたが、どうやらそろそろ寝るらしい。
『青い夜;今日は牛丼ちゃんと南山さんは来ないのかな?』
「あ~、二人ともかなり疲れてたっぽいし、流石に今日は寝てるんじゃないかな」
『牛丼ちゃん;寝てないよー、こんばんわ』
『南山;今日はお疲れ様でした灰川さん、配信にお邪魔させて頂きますね』
「おっ、寝てなかったんだ! こんばんわ二人とも」
エリスもミナミもまだ寝て無かったようで、灰川の配信に来てくれた。もしかしたら割と疲れにくい体質なのかも知れない。
『マリモー;来たわよ!』
「来たかマリモーさん、待ってたぜー」
ツバサも参加してフルメンバーになった、凄いメンツなのだが肝心の配信者が底辺配信者の灰川なので実質仲間外れである。。
「こうして見るとVtuberじゃないの俺だけじゃん、俺もVtuberやろっかなぁ」
『南山;灰川さんもVtuberをお考えですか? 私は大賛成です! 3Dモデルはご本人様に似せましょう!』
『牛丼ちゃん;灰川さんVtuberのこと軽く考え過ぎだよ! すごい大変なんだから!』
「はは、冗談だって、前にもこんな事あったな~」
そんな話を交えながら雑談をしてると、メンバーがメンバーなだけに話題は自然と今日の配信の事になって行った。
『コロン;青い夜さん、私デビューしたよ! これで私も皆の仲間です!』
『青い夜;おめでとうコロンさん、後でアーカイブ見させてもらうね』
『マリモー;アタシもバズったから青い夜さんや牛丼ちゃんたちに近づいたわ!』
連休初日である今日の配信界の盛り上がりは凄い物があり、配信をしてた彼女たちもそれは感じていたようだ。
『牛丼ちゃん;もっと視聴者さん来ると思ったんだけどなー、やっぱ他の所に流れちゃってたのかな』
『南山;私もそう思いました』
『コロン;私は初めてだったから分かんないです』
『マリモー;アタシは視聴者さんが前より多かったから大丈夫だったわ』
ハッピーリレー組は初配信の佳那美と直前にバズったツバサは手応えを感じてるようだが、エリスとミナミは予定より視聴者が少なかった。
『青い夜;私の事務所も今日の目玉企画でもっと人が来ると思ってたんだけど、ちょっと少なかったみたい』
ナツハが所属するシャイニングゲートも当初の予定より少なかったようだ、何が原因なのか、自分たちが飽きられてるのか、面白さが低くなってるのか皆が頭を抱えてると。
「それは多分、今日が凄い晴れてたから皆が出掛けてたんじゃないか? 今は行楽シーズンで連休だから旅行客も多くなるし、今日は絶好のお出掛け日和だったぞ」
『『!!』』
エリス達は忙しさで今が連休だという事を忘れてたのかもしれない、本来なら連休とは外に出掛けて楽しんだりする人が多いのである。
「それに今日なんかは色んな店で客寄せのためにバーゲンセールやってたり、特別サービスやって連休で財布の紐が緩んだ客を呼ぶとかやってたろうしな、よくある手だぞ」
『牛丼ちゃん;そっか! そりゃそうだよね! 連休だもんね、私だってVtuberやってなかったら外で遊んでたと思う』
『南山;さすが灰川さんです! 思ってもみませんでした! やはり灰川さんは最高の配信者になれる器です!』
「南山さん、それ配信者関係ないって~」
屋内仕事で外の空気感を感じにくい職業だったり、何かに熱中したりしてると人は世間一般の時事に対する視野が狭くなる事がある。
エリス達はVtuber配信に目が向き過ぎて、Vtuber界隈以外の方面への目が向いて無かったようだ。普段ならここまで視野が狭くならないだろうが、今回の連休は力を入れ過ぎてたようだ。
そもそも彼女たちはVtuberや配信界隈のことしか社会の事は知らない、まだ小学生から高校生という年代だから、年齢が上の灰川よりは視野は狭くなりがちだろう。
『青い夜;確かにそうだよね、配信界の基準で物を考え過ぎるようになっちゃってたかも、気を付けなきゃ』
『コロン;私もお母さんたちと明日お出掛けするよ!』
『マリモー;連休なのに見に来てくれた視聴者さん達に感謝ね!』
そんな雑談配信をしつつ視聴者数が振るわなかった謎も解け、今日の配信は終わりとなった。
灰川はその後はどこかの配信者でも見ようかと思い、パソコンの前に座り直そうと思ったらスマートフォンにSNSメッセージが来て開いた。
澄風 空羽
メッセージ
急にゴメンね灰川さん、明日の午後に会えないかな?
私の学校で変な事が起こってて、灰川さんなら何とか出来るんじゃないかって思うの。
忠善女子高校なんだけど、私が付くからお願いできませんか?
そんなSNSメッセージが灰川の元に届いた、このメッセージが新しい騒動の始まりになる。




