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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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333/333

333話 対処可能、持続は難しい

 灰川が佐嶋のマネージャーの水谷達也と話し、特に揉める事も無く佐嶋に話し掛けて良いという許可が取れた。しかしマネージャー同伴という条件付きで、これは引き抜き防止とかの意味合いもありそうだった。


 佐嶋は人気俳優ではあるが所属事務所は小規模であり、所属者は10名以下だ。所属人数などの規模で見ればユニティブ興行と大差なく、所属者が10名以下とかの小規模芸能事務所は別に珍しくはない。


 ただ佐嶋以外にも人気タレントは所属してるし、経営年数なども当然ながら向こうが上だ。


 灰川は水谷マネージャーに『以前にああいう感じになった人見て、もしかしたらどうにか出来るかも知れない』という旨の話をした。


 それを聞いた水谷は不調脱出の足掛かりになればと思い、まずは了承して監督と一緒にスタジオから出た佐嶋を探しに行く。




「佐嶋ちゃん、あの演技はマジ…? ヤクでもやってんのか……?」


「本当ですっ…フザケてやった訳じゃないんですよっ!変なクスリとかもやってませんっ! な、なんであんな演技が出たのかっ……!」


 佐嶋と監督はスタジオの近くの廊下で話し込んでおり、すぐに灰川と水谷が見つけた。


「すいません時宗監督、ちょっとだけ佐嶋さんと話して良いですか? 急なスランプみたいなので、対処の仕方を伝えたいんです」


「ユニティブ興行さん? まあ…分かりました…、コイツどうにかして下さい…」


 監督はユニティブ興行の後ろ盾や横の繋がりなどもある程度知っており、ここは譲ってくれたのだった。


 佐嶋は青ざめた顔で唖然としており、監督に相当詰められたようで、それもあって精神の均衡が完全に崩れている状態だ。


 監督は撮影現場を取り持つために戻って行き、灰川と佐嶋とマネージャー水谷が廊下に残る。時間も無いため15分後に撮影再開との事で、プロ俳優ならそれまでにどうにかしろと言われたのだった。


「すいませんユニティブ興行さん…ちょっと俺っ…どうしたら良いか……っ」


 改めて見るとメイクされてるとはいえ凄いイケメンだなと灰川は思う、もうモテまくりの選り取り見取り人生が約束されたようなルックスだ。身長も高いし声も良い、彼に言い寄られて断る女の姿が想像できないというレベルだ。


 そんな佐嶋が今は焦りと不安とで蒼白だ、以前に何かのテレビで見た彼は爽やかイケメンの器量よしという感じだったが、それが今は全く感じられない雰囲気になっている。


「佐嶋さん、時間が無いので単刀直入に言います。急なスランプを一時的に治すマッサージをするので、そこのベンチに寝て下さい」


「えっ…?? そ、それってどういうっ…、水谷さん、これは…??」


「純輝さん、ひとまずユニティブ興行さんの言う通りにしてみて下さい。何か変だと思ったら私が止めますから」


 怪しい事はしないという条件でスランプ治療のマッサージをするという事になり、佐嶋を近くのベンチにうつ伏せで寝そべらせる。


 佐嶋はあの演技が次に本番をやっても出て来る確信があった。もはや藁にも縋りたい思いであり、解決できるかもと言われ他所の事務所の所長の言う事を聞く。


 水谷は佐嶋が少しばかりスランプ気味なのは知っていたのだが、まさか大事な局面であんな演技になるとは思ってなかった。事務所の看板役者の佐嶋がこうなると事務所と彼の今後に響く、彼も藁にも縋りたい気持ちだった。


 灰川もこのドラマに失敗される訳にはいかない、成功には主演俳優がスランプだなんて問題外だ。だが霊能力がどうとか役霊魂がどうとか説明してる暇はないし、信じてもらえるとも思えない。15分後には撮影が再開されてしまう。


「前に今回と同じような感じで酷いスランプになっちゃった人が居ましてね、そういう時に対処する方法を聞いたんですよ」


「何だか分からないけど…どうにかっ、15分以内にどうにかして下さいっ…! そうじゃないとっ…」


 灰川は佐嶋にマッサージをしつつ、灰川流陽呪術の清浄明潔(しょうじょうめいけつ)という悪念を祓って精神の均衡を保つ術と、心身一致という思考と体の動きを一致させやすい状態にする術を掛ける。


 しかしマネージャー同伴なので印は結べない上に、佐嶋が受けている役霊魂の影響は大きい、しかも制限時間は15分だ。


 この状態では灰川の能力を以てしても長い効果は望めず、完全解決など出来ようはずがない。


 気味悪い奴と思われたら厄介なのでオカルト染みた事を言う訳にもいかず、状況も制限も多い中で佐嶋が受けている強力な効果を無効にしなければならない。


「佐嶋さんはスランプの原因とかに心当たりはないんですか? あ、体の力は抜いて下さい」


「分かりませんが…最近は何だか演技の調子が悪いんですよ……、どうしちゃんだか自分でも分かんないです……」


 佐嶋の肩から腰に掛けて霊術マッサージを施術していく。柔らかさとしなやかさがある良い筋肉だ、俳優に理想的な体に思える、これなら演技の幅も広がりそうな肉体だと灰川は感じた。


 しかし気が酷く乱されている、木火土金水の全ての陽と陰の気が乱れており、霊的に見ればマトモじゃない状態なのは明らかだ。


 役霊魂は今は出ておらず感知も出来ない、本番の時にしか出て来ない確率は高く思える。


 それでいて先程に灰川とアリエルが見た役霊魂はボヤけており、正体は分からなかった。役霊魂は実存在の霊ではないため、他人にはボヤけて見えることが非常に多い。


「実は役者とかスポーツ選手のスランプに効く経穴、いわゆるツボとかを教わりまして、これが本当に効いてるのを見て驚いたんですよ。今回も効果があれば良いんですが」


「お願いしますっ…! あんな演技するつもりじゃなかったっ…! すいませんっ、すいませんっ!」


 本来だったら弱小事務所の所長が、人気俳優にマッサージしてスランプを治すなんて言っても相手にされなかっただろう。


 しかし重要な共演者の子役の事務所の所長、何より過去最高レベルに佐嶋が焦って、マネージャーは混乱してるという事もあって話を受けたのだと灰川は思う。焦りと混乱に付け込んで事に入り込む、以前に就職していたグレーゾーン業者で教わった手だ。


 重要な場所でいきなり酷いスランプに陥った役者にスランプを治しますという言葉を、共演者の事務所所長というそれなりの立場がある人物が言ったのだ。佐嶋とマネージャー側から見ても、全く信用の余地がない人物とは言えない。


 灰川は陽呪術を使って佐嶋が役霊魂の影響を受けないよう一時的に処置し、通常の気の状態にまで戻したのだった。


 完全に祓うためには、どんな役の霊魂なのか、どんな気持ちで演じたかなど、話をしっかり聞いた上で本人の事を知らなければならず、この状況や信頼関係の薄さではそこまでの事は出来ない。




「海翔兄ちゃん! そんな落ち込むことないよ! ゼッタイに勝てるようになるって!」


「はぁ~…ったく、憧れてるって言ってくれるレックス君には悪いけど、最近は戦績が振るわないんだよなぁ…」


「そんなの今だけじゃん海翔兄ちゃん! ちょっと練習不足なだけだって!」


「だよなぁ~、周りのレベルも高いし、マジでクビになるかもってランクだし」


 15分後に本番が始まり、佐嶋が普段のような上手い演技を披露する。共演者のリエルもしっかり演じており、まずは最初の本番撮影は成功したのだった。


「ハイカワ所長っ、ボクの演技はどうだったっ? 上手って言ってくれたら嬉しいよ、くふふっ」


「めっちゃ上手かったぞ! リハの時より更に良くなってたって!」


 リエルは満足いく演技が出来たようで良い笑顔を浮かべてる、男の子の服装だし演技の時は男の子にしか見えなかったけど、今は普段のような感じに戻っていた。


「峯里さん、さっきの佐嶋君の演技は何だったんでしょうね? ジョーク演技じゃなかったように見えましたけど」


「う~ん、やっぱりジョークだったんじゃないですか? 自分らが騙されちゃったみたいな感じで」


 周囲はさっきの佐嶋の演技は何かの間違いだったと結論し、役者陣やスタッフ達も今の演技を見て安心した表情を浮かべていた。


 あんな演技を今をときめく超人気俳優、佐嶋純輝がするはずないのだ、過去に共演した役者も絶対に何かの間違いだったと感じている。


「次はRIKAMさんとエイミさん、本番お願いしまーす! シーン7、開始まで、5、4、3……~~」


 すぐに次の撮影に入り、女主役の伊都美と藍那の喫茶店でのシーン撮影となる。


 ここは1発OKが入り、佐嶋が発生させた時間ロスを取り戻す形となった。


「灰川さん、灰川さんっ! 私のお芝居どうだったっ? リっちゃんみたく上手にできてたっ?」


「めっちゃ上手かった! この調子で行っちゃってくれよなっ」


「うんっ! 次はもっと上手くできるよーにガンバるねっ!」


 エイミもしっかりした演技を本番で披露し、周囲の俳優やスタッフ達が2人を見る目が明らかに変わった。


 この子達はデキる子だ、完全に当たり子役だ、才能の底が見えないくらい深い、そういう見られ方をし始めた事に灰川は気付く。


 所長として鼻が高いし、何より2人が凄い子だと見てもらえるのが嬉しい!、こういった経験と感情は何度体験しても嬉しいものだった。


「次のシーン行きまーす! 佐嶋さん、リエルさん、お願いしまーす! 5、4、3~~……」


 ドラマ撮影は時間勝負でもあり、今日はまだ余裕はあるが、なるべく時間は掛けたくないというのもスタッフや演者たちの本音でもある。


 佐嶋は先程の本番で普段のように演技が出来た事に安堵し、さっきのは何かの間違いだったと思い直して次のシーンに当たった。


 あんなのは何かの間違いだ、少しマッサージしただけで治ったのだ、それなら勘違いか何かに決まってる。もしスランプだったら少し揉まれただけで治る事なんてないんだ、だから勘違いだと今は思う事にしていた。


「げぇむでー、かせーで、せーかつする、なんてぇ、ふつーの、せーかつ、してるひとたちー、がおもーよりぃ、むづかしーだよ」

(ゲームで稼いで生活するなんて、普通の生活してる人達が思うより難しんだよ)


「海翔兄ちゃんは稼いでるんだよなっ? 最新ゲームもいっぱいやってるって動画で言ってたもんなっ!」


「おれ、ぷろげぇまぁ、ていへん、かせぎ、ヒクイ! めもあてれーねー! うししっ!」

(俺なんてプロゲーマーの中じゃ底辺も底辺だって! 稼ぎなんて低くて目も当てられねぇんだってば!)


「海翔兄ちゃんくらい上手くても~~……サユみたいな笑い声がでたよっ!?」


 何と先程に掛けた陽呪術の効果が早くも切れてしまった、もう活舌とか演技とかヤバ過ぎて撮影どころじゃないのがリエルでも分かる。しかも佐嶋から誠治の妹の砂遊みたいな笑い声が出て、リエルが耐えきれずツッコミを入れた。


「うっ、うぁぁ~~! なんでだっ!なんでだぁ~っ! 俺はっ、こんな筈じゃぁっ!」


「佐嶋ちゃん!? 顔を搔き毟るの止めれ!顔は役者の命ぞ!」


「す、すいません! ユニティブ興行さん! ちょっと良いでしょうかっ!?」


「わ、分かりましたっ! 行きましょう! エイミとリエルはさっきと同じようにね!」


「う、うんっ、分かったよハイカワ所長っ」


「ワールド・ブレイブ・リンクのルール覚えてって言われたから、スタッフさんに教えてもらうねっ!」


 あまりにもあんまりな演技にスタジオ内は凍り付き、灰川はとりあえず水谷マネージャーに連れられて外に出た。


 俳優やスタッフ達からは『佐嶋はこのドラマぶっ潰す気か!?』とか『アイツ、売れっ子だからって調子乗ってんのか?』『監督に恨みでもあんのか?』という声が漏れ出している。


 売れっ子だから何しても良いみたいな芸能人を彼らは見て来ており、佐嶋もそのクチになってふざけて場をかき乱してるのかという疑いすら出てきた。


「そもそもよぉ、俺はアイツ前から気に入らなかったんだよ…。佐嶋と同じになった前の現場でもさぁ…」


「あ、知ってる。佐嶋が名前が売れてない俳優にプレッシャー掛けたって話だろ?」


「あとアイツ、かなり遊んでるらしいじゃんか。SNS見てりゃ分かるじゃん」


「演技練習とかちゃんとやってんのかよ!?なんだよアレ! 前に俺の事務所の後輩がアイツに~~……」


 佐嶋は良い評判もあれば悪い評判もある俳優であり、23歳という若さでブレイクした身であるため、年相応に若気の至りというものもある性格だ。今は共演者やスタッフの間に悪い印象が急速に広まりつつある。


 あんな酷い演技を見せたのだから当然ではあるが、スタジオ内の空気は『主演降板』という最悪の事態すら考慮しなければならないレベルになりかけてる。


 佐嶋は少なくとも演技仕事で変なフザケをするような奴では無かった、演技も上手いのに何でこんな事になってるのか、周囲に不信感を持たれると共にマイナスイメージが持たれつつあった。




「ユニティブさん! さっきマッサージされた後は本当にちゃんと演技できたんです! でも次のシーンになったらっ、またっ!」


「分かりました、分かりました! 時間ないから早くしましょう!横になって!」


「純輝っ、一体どうしたっていうんですかっ…! あんな演技が出るなんて普通じゃないっ…!」


 今回は廊下のベンチではなく佐嶋の楽屋に行って施術となる、流石に次は誰かしら見に来ると思って人が来ない場所にしてもらったのだ。楽屋はエイミとリエルに宛がわれた部屋より大きく、やはり1流の扱いなんだな~と感じつつ、灰川は急いで施術した。


 灰川は急いで施術をしてスタジオに戻り、また本番撮影が始まる。


 すると先程と同じように佐嶋の演技は高いレベルで安定し、良い撮影が出来たのだった。


 しかし、次のシーンではまた最低の演技になって、灰川と佐嶋と水谷はスタジオから出て霊能施術、また次も~~……というサイクルになってしまう。


 自分のマネージャーと他事務所のマネージャーを連れてスタジオを出ると調子が戻る、そんな光景を見てスタッフや演者たちに怪しまれない筈もなく、案の定『何なんだアレ?』という目で3人は見られた。


 撮影は進んで行き、水谷マネージャーは他の俳優やら監督やらに事情を聞かれ、佐嶋は酷いスランプだと説明した。


 それを聞いた俳優やスタッフは主演が酷い状態だと知って青ざめたが、ユニティブ興行のマネージャー所長がスランプ治療のマッサージをすると、一時的に緩和するから施術してもらってるとも説明したのだ。


 灰川には半信半疑の目を向けられもしたが、佐嶋の状態は尋常ではないため嘘じゃないと思う者も居る。




 やがて今日のエイミとリエルの出番は終わり、ユニティブ興行の今日のドラマ撮影は終わったのだった。


「お疲れさまでしたっ! また次の撮影もガンバりますっ!」


「今日はありがとうございましたっ、ボクも次回はもっと良いお芝居ができるように、ガンバりますっ」


「ありがとうねエイミちゃん、リエルちゃん。凄い良い演技だった!次回の撮影も期待させてもらっちゃうからね!」


 2人は出演者やスタッフに共演してくれた礼や、演技のコツなんかを教えてくれた礼を言い、先に仕事を上がる挨拶をしていった。


 俳優たちは2人の技量の高さに驚き、しっかりと役を演じる事が出来る能力に感嘆している。今日だけで凄い回数を褒められた。


 熟練俳優の由藤 大樹、俳優だがバラエティータレントとしても有名な江方 秀、若手実力派でドラマ出演も何度もしてる宇摩 恵理子、舞台活動も多い紅田 莉緒子、そうそうたる面子の俳優から褒められたのだ。


 その声に子供向けのリップサービスの感情は感じられず、2人はしっかり役者として見れる技量、それも自分たちに匹敵する部分もあるかもしれないという目で見ている。


 しかも2人とも可愛い!、見てるだけで癒されるし笑顔の柔らかさが凄く良い!、そういう部分でも認められるに至った。


「す、すいません灰川さんっ、ちょっと折り入って相談がっ…! ウチの佐嶋はまだ撮影が残ってまし~~…」


 エイミとリエルと一緒に仕事終わりの挨拶周りをしていた灰川に水谷マネージャーが話し掛け、それを聞こうとした所でスタジオに変化が出た。


「やあ、皆さん。突然に邪魔してすいません、ちょっと監督に用がありましてね」


「おはようございます皆さん、撮影お疲れ様です。久しぶりだなぁ、時宗監督」


「あっ、深谷会長に和藤社長、お疲れ様です!」


 話そうとした時にOBTテレビの取締役会長の深谷と、OBTテレビ取締役社長の和藤がスタジオに訪れた。


 スタッフ達は仕事の手を止められる者は止めて会長と社長に挨拶し、出演俳優もしっかり挨拶をする。もちろん灰川たちも深谷と和藤の所に行って挨拶をした。


「お疲れ様です深谷会長、和藤社長、ユニティブ興行の灰川です」


「これは灰川さん! 先日は知人を助けて頂きありがとうございました、その件の礼は致しますので、何卒よろしくお願いします」


「社長さんっ、こんにちわ! 実原エイミですっ」


「こんにちは、織音リエルです。ドラマのお仕事、いっぱいガンバりますっ」


「やあ、こんにちは。エイミちゃんにリエルちゃん、凄い演技力だって時宗監督が褒めてるよ、やはり我々の目に狂いはなかったようだね」


 OBTの会長と社長が新興事務所の人間と親しそうに話している、親子くらいに年齢が離れてると見える若い男がだ。


 しかも会長や社長は彼に感謝している雰囲気すらあり、会長に至っては感謝の言葉を述べていた。


 所属子役の2人も只者じゃないらしいが所長も只者じゃない、その認識がこの場に居る者達に広まった。


「佐嶋君、RIKAMさん、今回のドラマも受けてくれてありがとう。やはり演技力とルックスと人気が揃った俳優は、いつの時代も頼りになる!」


「半年前は他局にキャスト権を取られちゃったけど、今回はOBTが取れて良かった! 負けられないドラマだから絶対に2人を取るって躍起になっていたからねぇ!」


「ありがとうございます、精一杯演じさせて頂きます」


「は…ははっ…、あ、ありがとうございます……っ」


 深谷と和藤は監督に要件があってスタジオに来たのだが、主演の佐嶋やRIKAMにも挨拶をする。


 全国テレビ局の会長と社長がスタジオに来る、それはスタジオ内の緊張を高めていた。


 灰川は忘れがちだったが深谷も和藤もメディア界の重鎮であり権力者だ、そんな人間が2人も来たら空気は張ってしまう部分はあるものだ。特にスタッフ達は緊張が高まっているように感じられる雰囲気だ。


 役者の方は2人を知ってる者も居るし、ベテラン俳優などは仲が良い者も居て、ここの俳優の中にもそういう人は居るようだった。


「最近の若手の男俳優の中では佐嶋君が頭一つ抜けてるねぇ! 顔が良いだけの自信過剰と口先ばかりの大根役者が多い中で、佐嶋君は演技も素晴らしいからね!」


「役者なんて名ばかりの顔が良くて遊び回ってるだけの大根なんて我々は見飽きたからね! その点、佐嶋君のような素晴らしい演技ができる役者は貴重だ!はははっ!」


「は……はい……、ははは……」


 佐嶋の精神HPがガリガリ削れる音が深谷と和藤以外の者達には聞こえる。もしさっきの演技を見たら、会長と社長は何と言うか分からない。


 このドラマはOBTの大きなスポンサー会社の周年記念作品、しかもゲームとTCGという大きな市場を持つコンテンツが主題だ。


 OBTテレビとしては絶対にコケれない作品であり、だからこそ『絶対にコケようがない布陣』を固めた。


 超売れっ子で演技もしっかりしてるイケメン俳優の佐嶋、カリスマ女優で中高生女子から大人にまで人気のあるRIKAM、その他の俳優も豪華陣営だ。新人子役の2人も凄まじく可愛く、素晴らしい演技である。


 スタッフも1流脚本家とヒットメーカーの監督がタッグを組み、カメラマンや音声スタッフ、編集スタッフもベテランを押さえてある。それどころかADすらDに昇格間近な仕事慣れしてる者達で固めてある。


 コケようがない、コケる方が難しい布陣だ。これでコケたら奇跡だ。


「このドラマは非常に大事なものだからね、じゃあよろしく頼んだよ佐嶋君、RIKAMさん。まあ、2人が出る作品で失敗しろって言う方が無理があるか、はははっ!」


「もし失敗したら、私の息子は全裸でマラソンして東京を1周するなんて言ってましたよ。そんな筈ないのに、ねぇ?深谷会長」


「もちろん全力を出させてもらいます、激励ありがとうございます、会長、社長」


「…は…はい……、…失敗なんて…ははっ…」


 このままじゃサイーチが全裸で東京を走り回ることになる!


 そんなこんなで深谷と和藤は灰川に再度の挨拶をしてから、監督と仕事の話を始めたのだった。


「灰川所長……少しあちらで話をっ…」


「…ぁ……ぁぁ…っ、…どうしようっ…どうしようっ…!」


 灰川は震える水谷に連れられてスタジオの外に連れて行かれ、仕事終わりとなったエイミとリエルを置いて行く訳にもいかず一緒に出る。


 もしこの仕事で失態を演じたならOBTテレビから恐ろしいまでの恨みを買うだろう、共演者やスタッフからも『佐嶋はダメ俳優』という話が広がるだろうし、もし降板となったらその話が現実味を非常に強く帯びる。


 しかも佐嶋は主演であり、ここで酷い演技を出したなら、いつまでやってもOKが出ず降板となったら、経歴に確実に大き過ぎる傷が付く。


 ドラマの主演は責任重大だ、ドラマが成功するか否かは主演に懸かってると言っても過言ではない。


 脚本が良くても演者が大根だったら絶対に失敗する、そのパターンをキー局メイン制作の本気ドラマでやらかすなど、絶対にあってはならないのだ。


 もし佐嶋がスランプのままだったら多くの人に迷惑が掛かる、それは共演者や関係スタッフはもちろん、関係企業やそこの社員、関わった者の全てに何らかの損害が出るだろう。メディア仕事はどれを取っても多くの人が関わっている。


 ファンだって楽観視できない数が離れるだろうし、アンチは水を得た魚のように生き生きとするだろうし、佐嶋の精神だって平衡を保てるか怪しくなる。


 そして、多くの人や資本に迷惑を掛けるという事は、そこからの信用を失うという事であり、仕事が減るのは確実となる。少なくともOBTテレビからは声が掛かりにくくなるのは必至だ。


 そうなれば佐嶋の俳優生命の危機と言っても言い過ぎではなく、むしろそう取るのが普通というレベルのスランプ具合だ。


「あの、すいませんが…俺も後に別の仕事がありまして…」


 「「!!」」


 ここに至るまで佐嶋は5回も灰川の施術を受け、その度に謎のウルトラスランプから抜け出せた。しかし少し時間が経つと元に戻ってしまい、今もそれは変わっていない。


 灰川としても佐嶋がこの後の撮影で失敗続きをされるのは嫌だ、そうなったらドラマに役者を出してるユニティブ興行だってスケジュール変更などの余波を喰らう可能性があるし、他にも問題は色々と出て来る。


 現状としては灰川ナシだと佐嶋はまともな演技が出来ない、あんな演技だったらOKなど出る筈がないのだ。


 だが午後2時から灰川はnew Age stardom関係の仕事があり、どうするべきか悩む。


 遂に333話まで来ました!奇数のゾロ目です!

 読んで下さってる皆さん、ありがとうございます!

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