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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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332話 本番での最悪トラブル

 灰川が富川と一緒に0番スタジオから戻って少ししてから、スタジオに移動してリハーサルが行われている。富川Pはドラマのメインプロデューサーではないため別の仕事に向かった。


 台本読みなどは衣装合わせの前に終わっており、出演者やスタッフ達の準備は終わっている段階だ。


 最初はドライリハーサルというカメラ抜きでの演技やセリフの確認で、その後にカメラ位置などの調整のためのカメラリハーサルというものが行われていた。


海翔(かいと)兄ちゃん! そんな落ち込むことないよ! ゼッタイに勝てるようになるって!」


「はぁ~…ったく、憧れてるって言ってくれるレックス君には悪いけど、最近は戦績が振るわないんだよなぁ…」


「そんなの今だけじゃん海翔兄ちゃん! ちょっと練習不足なだけだって!」


「だよなぁ~、周りのレベルも高いし、マジでクビになるかもってランクだし」


 スタジオ内に作られた撮影セットにて、喫茶店の中でのシーンの撮影リハーサルを行っている。


 人気のイケメン俳優の佐嶋(さじま) 純輝(じゅんき)が主役の海翔を演じ、新人子役の織音リエルがプロゲーマーの海翔を慕っている小学生の男の子のレックス役を演じている。


 主演の純輝は流石の演技力で、若いプロゲーマーの役をしっかり演じている。リエルも男の子の役をしっかり演じ、衣装も相まって本当にイケメン男の子のように見えていた。


 確認が終わって次はもう一方の主役のシーンに変わる、人気女優のRIKAM演じる女性プロカードゲーマーの宇良末(うらすえ) 伊都美(いつみ)と、実原エイミ演じる森町(もりまち) 藍那(あいな)のシーンだ。


「あーもう! あの有利場面がひっくり返されるとか思ってなかったぁー! くやしー!」


「い、伊都美お姉ちゃんっ、お、落ち着こうよっ? ほらっ、コーヒーでも飲んで~…あっ、こぼしちゃった!」


「あっつー!! あ、藍那ちゃんっ??」


 男主役サイドと女主役サイドのリハーサルが終わり、その他の出演者の喫茶店シーンリハーサルも完了した。


 後は撮影班が準備をして本番に入る段階であり、出演者は少しの間だけ休憩となる。


「RIKAMさん、俺が想像してたよりリエルちゃんのレベル高かったんだけど…ってか、かなり凄いって言えるレベルだったよ…」


「だよね!? 佐嶋君もそう思ったよね!? 私もエイミちゃん凄いって思ったし!」


 佐嶋とRIKAMは驚いていた、ドラマで自分のパートナーとなるリエルとエイミの演技が凄かったからだ。


 2人は“自分が目立ち過ぎず、主役の魅力を引き立ててくれる演技”を非常に高いレベルでやっていたのだ。


 それでいてリエルは自分を引かせ過ぎる事無く存在感があり、思っていた以上に楽亜レックスという男の子を解像度高く良く演じている。


 こんな子供なのに、自分の性別とは違う役なのに、役のキャラクターをしっかり理解した上で想像以上の演技を見せた。


 エイミは明るいけどおっちょこちょいな女の子の役を、喋りから動き、役の雰囲気や目線に至るまで素晴らしい演技を見せたのだ。


 9歳なのにこれ程の演技が出来るのか!?とRIKAMは率直に驚き、実は内心では新人子役の演技なんて大根だろうと高を括っていたのを大幅に見直す事となった。


「ドラマ仕事ってリハの時間とかそんなに取れないし、これが初めての撮影だって言ってたのに、思ってたより全然凄かった…もしかしたら私と同じか、もっと…」


「RIKAMさんも、あの祝い品は見たよね…? 絶対に只者じゃないんだよ…それだけは確実だろうね…」


 スタジオから楽屋に向かう途中に佐嶋とRIKAMは会話し、あの子達は単なる子役ではないと感じていた。


 最初は『子役は大体は下手だから、一緒に演技をすると自分まで下手に見られる』なんて心の中で思っていたが、今は完全に意識は変わっていた。


 子供のお遊戯芝居に付き合わされて迷惑、そんな感情は吹き飛んで今は『下手したら出番を喰われるかも』という気持ちすら出て来ている。


 2人は祝い品の数と送り主が凄い事は知っていた、あんなのどれだけ強いバックを持ってるのか分からない。それはあの子達の期待値の高さも示しているのだろうとも感じる。


「このドラマは俺とRIKAMさんが主演だけど、エイミちゃんとリエルちゃんも重要な立ち位置の役だよ。俺達も良い作品が作れるように頑張ろう、RIKAMさん」 


「そうだね、私だってこのドラマには大きく懸けてるんだから…! これが上手く行くか行かないかで、絶対に将来が変わって来る…!」


 ゲームのプロと呼ばれたい!はゲーム大企業のライトリーと、超人気TCGのWBLの記念作品、そしてOBTテレビ直制作のドラマだ。


 力の入り具合が違う、関わる企業や題材のネームバリューが違う、本気度が違うのは明らかだった。


 RIKAMはこのドラマの撮影期間は他の仕事は出演を絞っており、絶対に成功させるという意気込みを持っている。


 佐嶋はこのドラマ撮影に向けて普段以上に演技練習をしているし、絶対に成功させて役者として更なるステップへ登ろうと決意している。

 

 最初は突然に脚本変更が入って、子役2人がドラマにねじ込まれると聞いた時には嫌な気分になった。ヘタクソな子供に足を引っ張られたり、少し注意しただけで気分を損ねて現場をかき乱す事もある子役が来る可能性だってあったのだ。


 しかし考えてみればドラマの題材はテレビゲームとTCGという、子供にも縁が深いものであり、それのプロが主人公なのだ。


 子供の主要登場人物が居る事によって子供視聴者獲得の取っ掛かりになるし、題材となるゲームというもの自体が子供に人気のコンテンツだ。むしろ子供が出演しない方が良くないかも知れない。


 子役が居ると絵面も明るくなったりするし、佐嶋とRIKAMは子役が出る事のメリットも知っていた。自分たちだって元々は子供と呼ばれる年代の時から活動していたのだ。


「このドラマ、絶対にコケられない…! 必ず最高の演技をし続けるっ…!」


「ああそうさっ、大仕事でコケたら必ず経歴に影響するんだしさっ…!」


 人気で話題の俳優とか、カリスマ若手女優なんて言われていても、所詮は実力の世界だ。佐嶋もRIKAMも芸事の世界が甘くない事は知っている。


 夢を諦めて業界を去った俳優仲間も沢山見たし、失敗が許されない場面で失敗して仕事を干された芸能人の話なんかも聞いた。怒らせてはいけない人を怒らせて干された人、小さなミスが元になって仕事が来なくなった人なんかも居る。


 彼らはキー局の本気ドラマ主役になって嬉しい気持ちは当然あるが、それと同じく大仕事でコケる事も恐れているのだ。


 ドラマの人気が出なかったら、どんな理由であれ主演役者の評判には影が差す。大根演技なんてもっての外だろう。


 しかし佐嶋の不安は今は非常に大きい、彼は実はスランプ気味なのだ。思ったように演技が出来ない時があり、そこを気にしている。


 コケれない時なのに悪い演技をして、妥協に妥協を重ねてOKを出される可能性がある。それだけは避けたいと思っているが、現状ではどうなるか分からない。


 そんな彼らが主演のドラマの脚本はこんな感じだ。




  ゲームのプロと呼ばれたい!脚本


 男主人公である海翔は小学生の時からゲームにハマって腕を上げ続け、高校卒業後にスポンサーが付いてるプロゲーマーチームに入った。


 最初はそこそこ良い成績を出していたが、他のプロやチームからは海翔のプレイ傾向や得意場面や苦手局面を研究され、デビュー2年もしたら成績は落ち込んだ。


 プロの世界は厳しく、勝率や賞金獲得率が悪くて、有名でもない者に与えられる評価は厳しい。海翔はいつクビ宣告されてもおかしくない状況になっている。


 そんな崖っぷちプロゲーマー海翔は1話冒頭で、チームのリーダーから次回の格ゲー大会での戦力外通告を受けて気落ちした状態で道を歩いていた。


 そこに海翔のファンだという小学生の楽亜レックスが現れストーリーが動き出す。


 もう一人の主人公である女性プロカードゲーマーの宇良末 伊都美は、動画サイトでも活動する人気TCGプレイヤーであり、色々な大会で賞金を稼いでいた。


 しかし最近は戦績不調、公式大会でも上手いこと成績を出せずに居る。TCGファン達からはマッチ環境に適応できてないと言われていたり。


 そんな伊都美は大会準々決勝で負けた翌日、親戚の子である藍那からカードゲームを教えて欲しいと言われて教える事になり、面倒に思いながらも了承する。


 これが第1話の冒頭掴み部分の内容であり、ここからドラマが展開されていくという形だ。




 リハーサルが終わり、いったん休憩となって灰川たちはOBTテレビに宛がわれた楽屋に戻って来ていた。


「ふぅ~、緊張したねアーちゃんっ、でも上手くいった気がするよ、えへへっ」


「そうだねエイミ、でもモデル撮影の時より暑かったね。照明ライトとかって、あんなに暑いと思ってなかったよ」


 本番撮影準備のための休憩中、2人は楽屋に戻って台本確認をしつつ休んでいる。灰川も一緒に来ており、リハが上手くいった事に安堵していた。


 2人は監督からの指示もちゃんと聞きつつ良い演技をして、リハ終わりの際にも本番ではこういう風にしてくれという要望もちゃんと聞いている。


「2人とも凄かったぜ! あんなに良い演技が出来るんだな!」


「くふふっ、褒めてくれてセンキュー、ハイカワっ」


「本番もガンバるよっ! 灰川さん、ちゃんと見ててねっ、えへへっ」


 楽屋の紙表札には実原エイミ様、織音リエル様と書かれており、いっぱしの扱いをしてもらえてる事も嬉しく感じる。


 2人が使うには充分な楽屋であり、鏡や照明が付いた化粧机やお茶などもあり、もう芸能人と言っても過言ではない扱いに2人も灰川も嬉しくなった。


 無名の役者だったら楽屋は大部屋だろうし、そもそも出番なんてほとんど無かっただろう。子役とはいえ、初めてのドラマ出演としては超破格の待遇に思える。


 今の状況を見るに本番も心配は無さそうだ。監督や助監督も2人をべた褒めしており、カメラマンや音声スタッフ、ADの人達もエイミとリエルの演技力に口を開けて驚いていたのだ。


「本番のためにしっかり演技の仕方を固めておかないとね、えへへっ」


「ボクは思ってたより早く男の子の衣装に慣れて来たよっ、これなら上手く演技できる気がするね、くふふっ」


 エイミは演技のイメージを監督に言われた形で固め、リエルは男の子の普段着衣装に早くも慣れ始めて不自然さを消す事が出来ていた。


 そもそもアリエルは霊能活動の時などの白い装服などで、男の子っぽい服には慣れがあったのだが、本人は気付いてなかったらしい。


「すいませーん! ユニティブ興行さん、本番お願いしまーす!」


「あ、はいっ、行きますっ。じゃあ本番も頑張ってくれよなっ、マジで!」


「うんっ、藍那ちゃんの性格が固まったよっ! 気合入っちゃった!」


「ボクも海翔さんに対する接し方の距離感の近さが分かった! これなら緊張せずにやれそうだねっ」


 エイミもリエルも今までの経験から緊張には強くて慣れも早い、役に対する理解度も深いらしく、何も心配する事なく本番に向かえる。


 仕事中は演技の事をしっかり考えつつ集中し、気力も撮影にちゃんと向けられていた。


 灰川もこれなら良い演技が確実に出来ると確信し、2人に付き添って撮影スタジオに向かった。




 撮影スタジオの中は先程の撮影セットに加えてカメラが色々な所に配置してあり、照明なども本番に向けて調整されていた。


 だが、最も変化が激しいのは空気感だった。リハーサル時とは明らかに違う張り詰めた空気があり、出演者ではない灰川が緊張してしまうような空間になっている。


 しかしエイミとリエルは自信と気合が入っており、子供ながらその空気に怯えない精神が宿っていた。


「シーン5、撮影スタートまで、5、4、3、……~~」


 ADの合図により撮影が開始される、このシーンはドラマの最初部分ではなく途中部分だ。まずはこの喫茶店内のセットを使って撮影するシーンを先に撮ってしまうという形式である。


 スタートの合図がされて本番撮影が始まる、監督やスタッフ、出演者のマネージャーなどが見る中で本番撮影が始まった。


「海翔兄ちゃん! そんな落ち込むことないよ! ゼッタイに勝てるようになるって!」


「はー、たくー、あこがれてるって、いってくれるー、れっくす君にはわるいけどー、さいきん、せんせきがー、ふるわないんだよなー」


「そんなの今だけじゃん海翔兄ちゃん! ちょっと練習不足なだけだって!」


「だよなー↑、まわりのレベルもたかいしー、マジデクビニ、ナールかモっテランクだシー」


「カット、カットォー!!! ん!? んっ!!?」


 男主役の火浦 海翔を演じる超人気俳優の佐嶋が喋り出した途端、棒読みを越えた何かが口から発せられ、潤滑油の切れたブリキのロボットみたいな動きが飛び出した。


「はははっ! 火浦ちゃん、NG大賞向けのズッコケ演技ありがとね! こりゃ笑いが取れそうだ!」


「あ、いえっ、ははっ……す、すいませんっ!」


「リエルちゃん、ゴメンね。でも火浦ちゃんはNG出した時は、こんな風な感じなんだぞって教えてくれたんだ。リエルちゃんもエイミちゃんも、NG出しても気にしないで良いからねっ、はははっ」


「はいっ、ありがとうございます時宗監督! ボクもNGを出しちゃった時は、火浦さんを見習って、あんまり落ち込まないようにしますっ」


 あんなのは演技とは言えない代物だ、素人の方がまだマシというものだった。


 当然ながらプロの俳優、ましてや演技派の売れっ子人気俳優がするような演技ではなく、ジョークNGの『新人子役にNG出しても気にしないでね』という心遣いメッセージだったと現場は判断する。


 しかしスタジオ内は非常に真面目な空気感だったし、こんな事をして緊張感が切れて良い映像が撮れなくなったらどうするんだ!、という感情もスタッフや出演者達の心に湧き出た。


 だが佐嶋に強く言える者はこの場に居ない、彼は売れっ子だし撮影は初回だ。ヘソを曲げられたら困るし、若手とはいえ人気者を敵に回したくはない。


「じゃあ気を取り直して本番だな! よーい、スタート!」


 最初は緊張が強い現場の雰囲気を和らげるためだったと皆が納得し、人気役者の大根演技に少し笑いも起きつつ撮影は再開する。


 リハーサルでは売れっ子役者らしい上手い演技を見せていた佐嶋が、急にあんな演技になる筈がないのだ。あのNGは少し空気が読めてなかった佐嶋のやらかしという事で場は落ち着く。


 しかし、この場に居た2名、灰川とアリエルは異変を感じ取っていた。


「海翔兄ちゃん! そんな落ち込むことないよ! ゼッタイに勝てるようになるって!」


「はーたっく、アコーーが、れてるって、いってくれるれっくすくんにはわるいけどサイキンワセンセキガフるワナいンだヨなー、ふっひっ」


「そんなの今だけじゃん海翔兄ちゃん! ちょっと練習不足なだけだって!」


「DAYONA~、まワりノレベルもTAKAI氏、マジーデクビNIナるカーもッっッテランクDAっSI~」


「待った!待ったぁ~~っっ!!! え!? えっ!??」


 もう滅茶苦茶な演技、もはや演技というのもおこがましい何かになってしまった。


 もはやスタジオ内の空気は撮影という雰囲気ではなくなり、撮影スタッフや出演者たちは佐嶋に変な目を向ける。この場は2度のオフザケが許される場ではなかったのだ。


 佐嶋の顔は青ざめている、もうワザとやってるという雰囲気は全く無く、完全に『真面目にやってコレだ!』と全員が理解してしまえる表情だった。


 スランプなんてもんじゃない、もはや演技どころか喋り方と体の動かし方を忘れたかのような演技だった。超人気俳優の佐嶋純輝の俳優生命が終わる音が鳴り始めている。


 もっとも驚いていたのは佐嶋だった。スランプ気味とは感じていたが、こんなに酷いものじゃなかった筈なのだ。だが今は完全にスランプを越えた何かに進化してしまった自覚を強く持っていた。


「佐嶋ちゃん、ちょっと良いかい…? 少しだけ話そうや…」


「はい……監督……」


 撮影は中断となり、スタッフや出演者はそのまま待機となる。


 ドラマの撮影は基本的には1シーンの撮影に長時間は掛けられない、初日の今日は少し事情が違うが、それにしたってあんな酷い演技は以ての外だ。


 スタジオ内に変な空気が流れたまま、スタッフと出演者が『佐嶋純輝はどうしちゃったんだ』とか話し始める。


「灰川さん、灰川さんっ! ドラマの演技ってあんな風にした方が良いのっ?」


「そんな事ないってエイミちゃん! あれは何て言うか~…」


「エイミちゃん、あれは何かの間違いだって! 普通はああいう感じにはならないし、佐嶋君と共演した事あるけど、あんな風じゃなかったからね」


 灰川が佐嶋のマネはしないようにとエイミに言い含め、そこに共演者の喫茶店のマスター役の俳優も同じく言い含めてくれた。


「ハイカワ所長っ、エイミっ、ちょっとこっちに来て欲しいんだっ」


「ああ、やっぱリエルも気付いてたか、一番近くに居たんだもんな」


「どーしたのアーちゃんっ?」


 ユニティブ興行の3人がスタジオの片隅に行き話し込む、その内容は先程に主演の佐嶋に感じたモノについてだった。


「なあ、やっぱアレってよ…」


「うん、ロールゴーストだね、ボクはそう思うよ」


「ろーるごーすと? なにソレっ?」


 ロールゴースト、role ghost、日本語にすれば『役の霊魂』とでも言うべきものだ。


 強い思いで演じられた芝居や、魂を込めて書かれた物語の『役』に霊魂が宿り、それが時に人に影響してしまう事がある。


 佐嶋は以前に演じた役か何かが役霊魂になってしまい、その影響を受けているのが見えた。どうやら演技本番の時にだけ効果が出るようで、その場面が灰川とアリエルには見えたのだ。


 灰川とアリエルが解析した結果、強い思いで演じるほど強い影響が出るらしく、あの棒読みと大根演技を越えた何かはソレの影響のせいだと分かった。


「2人とも悪いんだけどさ、出演者さんとかスタッフさんに演技アドバイスとか受けて、時間を稼いでくれない? ちょっと俺が何とかしてくるから」


「えっ、灰川さん何とかできるのっ? あんなスゴイ演技だったのにっ?」


「まあ、多分なんとかなるかな、前にも似たようなこと相談された事あったしさ」


 エイミの言うスゴイ演技というのが、リハーサルの時とは全く違った意味なのが痛い感じだ。


 リエルは『ボクも行くよ!』と言ったが、演者という事もあり今回の件は灰川がひとまず1人で当たると言った。灰川1人での解決が難しそうだったら協力を仰ぐとも言っておく。


 灰川は以前にハッピーリレーのVtuberからスランプの相談をされた事があり、その時に相談者に役霊魂の影響があったので軽く祓ったのだ。その時とは比べ物にならないくらい佐嶋は影響を受けてしまっている。


「でも、なんて説明すっかなぁ…まともに話して信じてもらえると思えねぇし」


「ヨウジュヂュチュで解決するんだよねっ?」


「灰川さんの除霊?の時に、手を早く動かすのカッコイイよねっ!また見せてほしいな~っ」


 エイミも灰川が霊術を使えるのは知っており、オカルトに詳しい事も知っている。オカルト的な話をするのは問題ない。


 灰川は佐嶋にどう言って説明すれば良いか悩む、このレベルの役霊魂の問題を解決するには影からコッソリ陽呪術で祓うのでは無理なのだ。灰川が以前に相談された時はそれでも対応可能だったが、今回は話と格が別だった。


 配信活動が主なVtuberと演技活動が主な仕事の役者は、活動も考え方も違う。


 長時間配信をすれば必ず自分というものが何処かしら出てしまうが、役を演じる役者は基本的にそれが許されない。個性ある演技をする俳優も多いが、やはり職業的に役霊魂憑きが発生しやすいと言えるだろう。


 とにかく佐嶋があの状態ではドラマ撮影など出来っこない、下手をすればキャスト変更だってあり得るレベルだ。


 そうなったらドラマにケチが付くし、大幅な予定変更によって他の出演者がスケジュールを合わせられなくなって、更に大幅なキャスト変更になる可能性は高い。他の出演者だって軒並みが人気俳優だ、ドラマ出演や舞台出演などの予定が詰まってる人は多いだろう。ユニティブ興行だってスケジュール大幅変更を余儀なくされる。


 男主役は人気絶頂の佐嶋が最適解なのだ、そこが崩れれば視聴率にだって確実に影響が出る。灰川は何としてでも役霊魂祓いを成功させなければならない。


 佐嶋のマネージャーは出演者やスタッフに頭を下げて回りつつ、何であんな演技したか理解不能という顔を浮かべている。


 そのマネージャーに灰川は話しに行き、まずは上手いこと佐嶋と話せるように話を付けに行くのだった。




 世の中には様々な職業や活動があり、時にスランプという不調状態になる事がある。


 スポーツ選手なら上手いプレイが出来ない、漫画家なら良いアイデアが浮かばないとか、営業職だと魅力的な営業トークが出来ないとか、そんな感じが思い浮かぶ。


 調子の良し悪しは人間の都合を測ってはくれない、時と場所を選ばずやって来る事もあり、それは大事な局面においても容赦なく来る場合もある。


 だが、時にはスランプの原因がオカルトに関係したものという場合がある事を、霊能者は知っていたりするのだ。


 その一つが役者などに憑りつく役霊魂、深く考察して演じた役や本気で演じた役が霊的なパワーを持って、オカルト的存在として出てしまうという現象。


 本気で演じた役が役霊魂になった時は、憑りついた者に良い影響を及ぼして満足して霧散していくことが多い。これはホラー映画などの悪霊役などの役霊魂でも良い影響を与えてくれる。


 しかし中にはそうでないものも存在し、それは『未練の残る演技』『本気で嫌な役を嫌々演じてた』などの場合が多いと、役霊魂を知る霊能者は認識している。


 人が何かを演じる時、それはオカルト的に見た場合は『自分ではない何かを憑依させている』とも言える状態だ。


 何かを演じる時に未練を残してはいけない、その未練は役が終われば解消できなくなるから。


 演じる役を役者本人が本気で嫌ってはいけない、憑依したナニカに悪意を持たれてしまうから。


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