330話 内輪ネタほぼ100%の灰川配信
月曜日、灰川はシャイニングゲートの事務所の打ち合わせ室で小会議に参加していた。
参加者は渡辺社長、花田社長、灰川と、ハッピーリレー事業部長の中本とシャイニングゲート事業部長の栗同の5名だ。
綺麗で汚い金の話とか、今後の展開とかの話をしたりとかの後に、近々に行われる予定の3社の親睦パーティー企画ほ話になった。
「このパーティーの企画、色々とどうしましょうかね…」
「最初は軽く考えていたけど、イザやるとなると意外と処理しなきゃいけない問題もあるね」
3社の所属者の親睦を深めつつ、それぞれにある精神の壁を薄くしたいという目論見もある。これはシャイニングゲートの内部派閥問題などの緩和なども含まれるものだ。
これらが現状の大きな問題ではあるが、もう一つの大きな問題がある。
「シャイニングゲートさんと関わる上で、ウチの男性所属者たちをどう扱うかの問題も大きいですね、どうしますか花田社長」
「そうだな、こちらは男性Vはいないが男性配信者は多数が在籍しているしな」
シャイニングゲートは女性Vオンリーの会社であり、主なファンターゲット層は若年男性である。
企業イメージは完全に『可愛い女性Vtuberが活躍する事務所』というものであり、男性の影がチラつくのは企業イメージに直結する問題だ。
ハッピーリレーは男性配信者も多数が所属している事務所であり、業務提携をするにあたってネックとなっている。
ユニティブ興行は今は女性所属者しか居ないが、特に性別への拘りは今はない。今後にどうなるかは分からないが、今はシャイニングゲートの問題との関りは薄いだろう。
「ウチの男所属者にシャイゲさんに釣り合う登録者や人気を持った人も居ないし、どうするべきか…」
「そこなんですよね、ウチの男配信者だと登録者10万も行ってる者の方が珍しいですし」
ハッピーリレーの男性所属者とシャイニングゲートのVとでは人気度での釣り合いが取れておらず、これでは仮にコラボでもしたなら不自然さが際立ってしまう。
ただでさえ昨今のシャイニングゲートのイメージは男子禁制、関わるのも余程の事が無い限りご法度みたいな風潮がある。
そんな中にハッピーリレーの男性配信者との関りが出れば、余計な勘ぐられ方をしてしまう可能性は極めて高いだろう。
ショート動画とかで『大ショック!シャイゲVとハピレ男子は濃密な関係!』とかの見出しで投稿され、なんやかんやあって炎上するような気がする。
「灰川所長、これに関しては何か意見などはありますか?」
「え、私ですか? うーん…」
ここで渡辺社長から灰川に話が振られ、他の4名からの視線が灰川に注がれる。
「男に関してはハッピーリレーさんと関わる以上、何らかの形でイメージ問題とかも解決するしかないですよ。現状より上を目指すって言うなら、何処かで必ず同じ壁に当たるんですから」
「そうですね、けれどその今の壁をどうするかが問題ですね」
灰川は今まで仕事においては事なかれ主義の部分が強く、自分の意見を前に出すような事は少なかった。どうせ何を言っても聞き流されるだけだし、嫌われるか論破されるか、自分の立ち位置を悪くするだけという気持ちが強いのだ。
しかし最近は自営業者になったし、シャイニングゲートの内部でも灰川は一目置かれるようになって来ており、伝手の広さなども含めて灰川とのビジネス関係を重要視する社員も出て来ている。
シャイニングゲートは大きな会社からの案件も灰川が来る前から舞い込んでいたが、その実で裏では色々な面倒ごとなんかがあった。
その面倒ごとが『灰川さんと懇意の企業さんですし、その条件で構いません』というような事が明らかに増えた。仕事の話がスムーズに進み、要望が非常に通りやすくなったのである。
そして国民的に有名な企業からも宣伝案件が来るし、テレビ番組に至っては灰川の伝手の影響が非常に強いのも知られてる。もはや甘く見て舐めて掛かれるような人物と判断する人は少数派になっていた。
「一応ですけど幾つかのアイデアを纏めて来ました、既に同じようなアイデアはあるかもですけど、何かしらのヒントになればと思ってます」
もう既に状況は動いている、テレビ番組の放映は始まっているし、それによってシャイニングゲートとハッピーリレーは仲が良いアピールが出来ている。
シャイニングゲートの所属者や職員の派閥問題、互いに不仲な所属者が居る問題、ハッピーリレーの男性所属者の実質的な冷遇問題、他にも色々な問題が積み重なっている。
状況は既に動いているのだし、これからもトラブルなどは続出する筈だ。
問題の噴出の確率を少しでも下げるためには、所属者や会社間の仲の良さだって大事なのだ。特にシャイニングゲートとハッピーリレーは近い内にコラボ配信もしようという案も出ている。
テレビでは仲良くなっているのにネットでは2社間の動きが無い、その状況は視聴者に良くない想像の余地を与えてしまうだろう。
今は3社で更に上に行って高みを目指そうとしているが、その前提条件である仲の良さを少しでも固めたい時なのだ。
その後は灰川は事務所に戻って仕事をして、前園も藤枝も退勤した後に灰川も仕事を締めて業務の終了となった。
「ハイカワっ、明日はドラマの顔合わせと台本読み?、があるんだよねっ? 楽しみだよっ、くふふっ」
「おう、佳那美ちゃんも連れて朝から出るからな、セリフもしっかり覚えたようだし安心だ」
「それとユナたちも収録があるんだよね、午後からだっけか?」
「new Age stardomの収録もあるぞ、ドラマは局制作のものだから同じくOBTにセットが作られてるって話だな」
明日は佳那美とアリエルのドラマ仕事があり、小学校は朝から休んでの仕事となる。
同じく市乃たちも収録があるため、午後からは同じようにOBTテレビでの仕事だ。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだねっ、ボクお腹へったよっ」
明日はドラマの仕事があり、ストーリーも聞いたし1話と2話の台本なども既に届いている。灰川や花田社長も台本を読んだのだが面白い内容であり、文句を付けるなんて事もなかった。
しかし台本には予想してなかった尖った部分があった、主にアリエルが演じる役に関する事なのだが、本人はしっかり納得した上で仕事を受けた。
局制作ドラマではあるが番組制作会社とも協力しながらの制作であり、かなり力を入れた作品である。
「明日の仕事、ガンバるからねっ!」
「演技も講師と監督からお墨付きが出たし、あとは実力を見せて驚かせてやれぃ!はっはっは!」
このドラマのストーリーは底辺プロゲーマーの男性主人公と、プロカードゲーマーの女性主人公がメインを張る脚本だ。佳那美とアリエルは主役ではない。
そしてアリエルはこのドラマでは何と、女の子役ではなく男の子役として出演するのだ。
最初は渋っていたが、ディレクターやプロデューサーから『この役はリエルちゃんより良く演じられる子役は居ない!』と強く説得され、その言葉にアリエルの心に火が灯って快諾した。
「さーて、今日は配信するか! ってか皆と約束してたしな」
夕食を終えてから灰川は配信をするためにPCを起動し、いつもの配信画面を立ち上げる。
実はこの前に市乃たちから『灰川さんの内輪ネタ』とか聞きたいと言われ、じゃあやるかとなって今に繋がっていた。
「これでヨシと、まだ皆は来てないか」
『牛丼ちゃん:配信ありがとー、来たよ』
『南山:ちょうど私の配信が終わった所でした、お疲れ様です灰川さん』
「お、牛丼ちゃんに南山さん、お疲れ! いや、今日は普通に名前で呼んで良いのか」
今回の配信は許可された視聴者しか見れない設定にしており、いつものメンバーしか見れない。ちゃんと確認して限定設定が有効になってる事も確かめた。
今日は配信というよりは、どちらかというとネット会議みたいな感覚かもしれない。
『青い夜:こんばんは、灰川さんの配信楽しみにしてたよ』
『仕込み杖:こんばんわだよ』
「こんばんは空羽に桜、そういや桜は学校帰りにウチに来たんだってな、マフ子達と遊んでくれてありがとな」
『仕込み杖:こっちこそ楽しかったよ~、マフ子に会わせてくれてありがと~』
シャイニングゲートから空羽と桜が来たが、来苑は配信中なので来ていない。それでも今が最も皆が集まれる時間であり、来苑はアーカイブ視聴をすると言っていた。
「マリモーさんは宿題やらなさ過ぎて怒られたって言ってたし、コロンさんは明日に備えて台本練習とかしてる筈だし、そろそろ始めるかぁ」
『牛丼ちゃん:そだねー、どんな話してくれるの? 何気に灰川さんの話って興味深いの多いから楽しみだったんだよね』
「マジか、そう言ってもらえて嬉しいぜ! 配信者やってた甲斐があるってもんだ!」
『南山:私も灰川さんのお話が大好きです、もちろんご本人様もですよ』
「史菜もありがとな! そう言ってもらえるのって、やっぱ男は嬉しいもんだよ!」
自分の話を楽しみにしてくれていたと聞いて灰川は嬉しくなる、しかも史菜からは好意も示されて少し照れるやら何やらだ。
これならyour-tubeのシークレットモードじゃなく、普通にリモート会議アプリでも使えば良かったかなんて考えてしまう。
『青い夜:灰川さんって配信だけじゃなくて内輪ネタとか、あんまりしないよね。どんな話が聞けちゃうのか楽しみだよ』
『仕込み杖:そうだね~、灰川さんって仕事の話とかそんなにしないもんね~、むふふ~』
「それもそうだな、仕事で関わる内輪の人ってそこまで多くないし、皆が知ってる人とか分かんないしな」
桜は音声タイピング機能を使ってるから、普段ののんびりした口調がコメント文字でも再現されている。それが何だか微笑ましい。
そもそも灰川は内輪ネタとかが得意ではないため、基本的にそういう話は自分からはしない。だが女子はそういう話が好きなのは分かる。
「じゃあ折角だし、皆が少し興味ありそうな内容にするか」
『南山:どんな事でしょうか?』
「ハッピーリレーとシャイニングゲートとかは大丈夫かって点を、内部の金とかじゃなく、社長とかを俺が見た感想ってやつだな」
『青い夜:えっ、そういうのって話しても大丈夫なのかな?』
「大丈夫だぞ、単なる個人的な感想でしかないんだし、こういう話を聞くのも大事かなって思うしな。あ、でも俺がそんな事を言ってたなんて内緒だかんな!」
『牛丼ちゃん:誰にも話さないよー、そういう話って何だか凄く興味あるかも!』
「世の中は上が下を評価するってのが当たり前みたいになってるけど、下だって上を評価して見てるってもんだ。それをちょっと話すってだけだし、問題ないって」
ここで出た話は外には漏れない、そういう場として今回の灰川配信は活用されている。いわばネット井戸端会議みたいなものだろう。
人を評価して見る、普通に世の中で行われる事だし、市乃たちだって灰川を評価してるし、灰川だって市乃たちを評価して見ている。
それは当たり前の事だし、視聴者たちだって三ツ橋エリスや自由鷹ナツハを評価して『面白い、可愛い』などの判断を心でしたから視聴を続けているのだ。
今回の内輪ネタは社長達に関する事だ、渡辺社長と花田社長なら皆が分かると思っての人選である。
「まずシャイゲの渡辺社長は凄い人だな、情報をしっかり受けるアンテナが強いし、嘘とかをしっかり見抜く。ありゃ10代20代は相当に色んな経験しただろうなって感じだ」
『青い夜:そうなの? どういう所でそう思ったのかな?』
『仕込み杖:Vtuberの会社を興して成功した人だもんね~、すごいよね~』
渡辺社長はビジネス家として優秀であり、情報の真贋を確かめる術も持っている。
会社役員なども嘘を付かず利己的な動きをしない人材で固めており、しっかりと人の話を聞く姿勢を保ち続けている。
会社にとって優秀な人というのは貴重だろうが、嘘を付かず意見をしっかり言えて、仕事の失敗なども正直に話す人はもっと貴重だ。
嘘を見抜けず痛手を負った経営者なんて多いし、渡辺社長だってそういった経験はあると以前に言っていた。しかし致命的な傷は回避している。
「渡辺社長は職員も所属者もしっかり見てるぞ、誰がどんな人で、どの人がどういう性格や能力なのかとかな」
『青い夜:うん、それは私も思ってたかも。事業部長さんも良く見てるけど、社長ほどじゃないかもだね』
『仕込み杖:私はあんまり気にした事なかったかもだよ~、社長さんと話す事はあったけどね~』
空羽はシャイニングゲートを会社としてきちんと見ており、職員や役員なども知れる範囲では知っている。その上で『この人は信用できる』とかの見方もしているのだ。
これは職員からしても何処か分かってる部分があり、職員は空羽と打ち合わせをする時などは少し背筋が伸びる思いをする。
世間的に見れば空羽は高校生の小娘だが、既に大人として通用する部分や、大人にも通用するカリスマ性があるという事だ。鈍感な人ですら空羽のそういう部分が分かる人が多いが、配信ではそういう面は強く出ない。
桜はそこまで会社の事は見ていないし、そもそも高校1年生なのだから、そこまで見るのは少し無理があるだろう。空羽が特殊ということだ。
「渡辺社長は女の嘘も見抜く目を持ってるな、それに女性の接し方も上手くて、適切な距離を測る能力も高いように見えるぞ」
『仕込み杖:そうかもだね~、シャイゲでも渡辺社長の好感度が高いVさんは多いよ~』
『青い夜:うん、でも男性として好きになる所属者って居ないの、あれって心の距離の測り方が上手ってことなんだろうね』
「渡辺社長は本気で掛かれば女を惚れさせるなんて簡単だろうよ、でも奥さん一筋だからそんなマネはしないって事だわな。尊敬できる人だぜ全く、正しく良い意味での陽キャでコミュ力お化けだな、ちょっとムカツクぜ!」
『牛丼ちゃん:灰川さんとは違うねー、あははっ』
『南山:ですが私は灰川さんの方がカッコイイと思いますよ、本心です!』
渡辺社長は家業の旅行会社の社長でもあり、そちらの業績も伸ばしてきた優秀なビジネスマンだ。学業も真面目だったのだろうが同じくらい遊びもした、その経験が今に生きてるのだろう。
20代の時は女遊びとまではいかないが、色んな女性にモテて色んな関係を持ったと思われる。だから女性を見る目や判断する力も人より高いのだろうと灰川は思ってる。
平気で利己的な嘘を付く女性だと誰かを見抜いたとして、その嘘は継続可能か、すぐに破綻する嘘か、そういう部分を見て『ではその特性をVtuber活動に活かせるか』という部分まで考える。
自分が不利な時や自分に非がある時は、泣いてその場を切り抜けて来た女性が居たとする。そういう特性は調子に乗りさえしなければ、逆にエンタメという世界では強い面白さになるんじゃないかとか。
渡辺社長は前にそういう事も考えてると灰川は聞いた、やっぱり女性に限らず様々な人をよく見てるのと灰川は感じた。これらの事は皆には言わない。
『青い夜:灰川さんも周りの人をちゃんと見てるよね、しかもけっこう深く』
「そうかもだな! でも、とにかく渡辺社長は経営もしっかり考えてるみたいだよ、会社年四回報も毎回読んでるって言ってたしな」
『牛丼ちゃん:あっ、それお父さんも読んでた! 私は読んだ事ないけど』
上場企業の社長として年に4回発行される様々な会社の経営状況や業績予測、株価の詳細情報が載った書籍である四回報は絶対に読むと言っていた。
シャイニングゲートを外部や投資家から見た評価も知れるし、第3者の専門家視点からみた公平な評価は非常に参考になるそうだ。
これを見て他社の情報も知ってコラボ先とかを決めたり、仕事を依頼する先の判断材料にしたりもするらしい。渡辺社長はネット情報だけを見てビジネスをしている訳ではない。
「花田社長も読んでるって話だし、他にも色んな情報書とかも読んでるんだろうなって思うよ」
『仕込み杖:社長さんって大変なんだね~、今度に会ったらお疲れ様ですって言わなきゃだね~』
「ハッピーリレーの花田社長は体力も精神も強い人だよな、それが変な方向に言って前はブラックになっちゃったけみたいだけどよ」
『南山:はい、その事に関しては元所属者の人達にしっかり謝罪して、訴訟の方も解決の目処が立ちそうだと言っていました』
花田社長は折れてもめげない精神を持ち、しっかりと会社を立て直した人だ。
以前は非常に頑なな性格だったようだが、今は自分が犯した間違いや酷い経営を反省し、自分は優秀ではないと断じて我が身を見直した。
信用できる経営セミナーにも今も通っており、悪い意味での傲慢さや人を見下すような性格が育ってないか、注意深く自分を見るようになった。会社というのは社長によって良くも悪くもなるというのを前より強く考えるようになったのだ。
それが出来るのも精神が強い証だろう、体力もあるから疲れで変な判断をする可能性も低いように灰川は思っている。
「まあ、俺の見た限りでは2社はたぶん大丈夫だ。勝負に出る時はしっかり情報を見て考えてやってるし、所属者の事なんかもしっかり見てる。もちろん所属者の要望が全部通る訳じゃないけどよ」
『牛丼ちゃん:経営とか大丈夫かなって思った事はあったけど、そういう目で見た事ってなかったかも、なんか新鮮』
『南山:そうですね、そういう部分は強くは考えてなかったかもです』
『青い夜:でも、そういう情報って大事だよ。配信で高額スパチャとかで経営とか会社内部の質問が来る事もあったし』
『仕込み杖:そうだね~、経営とかよく分かんないで通せって言われてるけど~、知らないと逆に変なこと言っちゃう可能性もあるもんね~』
配信と何の関係もない下世話な話題がスーパーチャットで飛んで来る事もあり、その対応には苦労させられる事も多いと空羽は言う。
高額投げ銭だから対応しない訳にもいかないが、変な事を言う訳にもいかない。
そういう場合は一律で『経営の事はちょっと分かんない』で通すのだが、その言い方や逸らし方が変だと視聴者に勘繰られる事がある。その勘繰りの考えや憶測が何かで拡散するとマイナスイメージになってしまう場合が多い。
現にシャイニングゲートでは所属者が配信で『最近のシャイゲどうなの?』みたいな質問が来た時に、『経営の事とか自分は知らないっすけど、あ、そういえばマネージャーさんが○○って言ってて』みたいな感じで経営に関する憶測が可能な情報を言ってしまった事があったのだ。
その所属者は話題の完全流しをして空気を白けさせる事を避けたのだが、知識不足から判断を誤り、いらん事を言ってしまった。
それは特に会社への打撃はなかったが、それ以来シャイニングゲートは配信に関する言ってはいけない事を纏めた文書を、所属者やアカデミー生に配布している。ついでに言うならこの発言をしたのは来苑だ。
空羽は、そうならないためには何を言ってはいけないのか、どんな情報が相手に不必要な憶測を生むのかを考えなければいけないとコメントした。
その判断は経営や会社運営に完全に無知なままでは間違った受け答えをする可能性がある、そうならないために『何を喋ってはいけないのか、それを判断するための知識』が必要になる。
ネット配信では能天気で明るいVtuberたち、基本がやり直しの利かない生配信という場で長く存在し続けるのは難しいことだ。
何年も人気を保ったまま居られるのは直感や判断力が優れているという事であり、同時にそれは判断のための正確な情報を多く持っているという事にも繋がる。
それらの力は配信でボロを出さないという面以外にも様々に役立つだろう。
情報は役に立つ、金になるとよく言うが、同時に身を守る力、自分の収益を守る力にもなる。
「皆は凄く色々と見てると思うし安心だろ、由奈も職員さんとか凄い見てるしな」
『牛丼ちゃん:そうだよね! 由奈ちゃんって凄い周りのこと見てるよね!』
『仕込み杖:由奈ちゃんは思いやりもあるし、たまに鋭いこと言うよ~、私もすごいって思ってるな~』
人を評価して見えるもの、会社を評価して見えるものは多い。それらの評価は人が心の中で無意識にしていることだ。
この人には○○を言ってはいけない、会社の○○を言うのはマズイ、こんな判断の材料にも繋がっていく。
話の内容は配信に来てない者の話題にも広がって行き、由奈は良く人を見てるとか、来苑はやらかしもあるけど良い部分がそれを遥かに超えてるとか、色んな話に派生する。
経営者に限らず、その他の所属者や職員の話にもなり、今の所は経営は大丈夫そうだという判断に落ち着く。
「さて、ここまで評価とかの話をしたけど、折角だからそれにちなんだ怪談話でもしようかね」
『青い夜:評価に関する話? なんかオカルトと関係が薄そうだけど』
「まあ、普通に考えたらオカルトとはあんまり関係なさそうだよな。でも前にそういう感じの話があったんだ」
これは灰川の配信だ、皆とのトーク配信の時はやっぱり怪談に行ってしまう。
現代に溢れる評価というもの、そして評価をするための判断というもの。
動画サイトの高評価、サブスクサイトの評価システム、ゲームや漫画の評価、通販サイトのカスタマー評価、飲食店の口コミ評価、ネット掲示板ではVtuberの評価だってされている。
もはや現代において評価されない物の方が少ない、そういった世の中において発生してしまったオカルトに纏わる事を灰川が話し始めたのだった。
評価を受ける夢
Aさんは動画投稿を始めたばかりのyour-tuber初心者で、自分も爆伸びしてインセンティブ収入を稼いでやる!と意気込んでいた。
しかし動画は何をやっても100番煎じ、新しいと思ったアイデアはつまらない、人気チューバーの企画の真似をしようとしても費用が掛かり過ぎて不可能、そんな何処にでも居る芽の出てない投稿者だった。
ある日、朝に起きたら急に登録者数が伸びて100万登録、SNSでも自分の動画が爆伸びと話題に、嬉しさのあまり心臓が高鳴って目の奥が熱くなる。
念願だった専業your-tuberを名乗れる!、俺の努力が報われた!、世の中が俺の良さを認めた!
「やったーー!! あれ…?」
もちろん夢であり、起きたら普通に会社に行って上司に嫌味を言われながら仕事をする日々が待っている。
しかし非常にリアルな夢であり、登録者数が伸びた凄い気持ち良い感覚が忘れられない。
きっと現実で同じように伸びたら比較にならない程の嬉しさだ、本当にSNSの話題に上ってトレンド入りして、多くの人から高評価されて褒められてみたい。そんな気持ちが湧いて来る。
それから毎日、Aは同じような夢を見て、同じように凄く気持ち良い思いを夢の中だけで味わう日が続いた。
「おいA、明日は緊急出張だ。俺と泊りがけになるからな」
「えっ、そんなっ、急すぎますよ!」
「文句あるのか? ボーナス査定に響くぞ」
嫌味な上司と泊りがけで出張なんて最悪だ、しかもホテルは経費削減のために相部屋、こんなに嫌な事は無い。
翌日はその上司と出張に行って業務をしたのだが、正直に言って何のために着いて来させられたかAさんは分からなかった。このくらいの案件なら上司だけでも良かったような気がする。
明日も仕事があるため嫌味な上司と食事を摂り、ホテルに行って2人部屋で早めに寝たのだった。
(そうだ!バズりたいんだったら夢の中で、俺がどんな動画を出してバズったのか調べれば良いじゃん!)
Aは何で今までそれに気が付かなかったのか、今日の自分は冴えてると思いながら、今日は夢の中で絶対に動いてやると念じていた。
夢の中、いつものようにバズって登録者爆増からのSNSトレンド入り、嬉しさで心臓が高鳴っている所で『これは夢だ!』と気が付き、目覚める事無くPCを操作してバズった動画を見始めた。
コメント:超笑える!
コメント:コイツ本当に面白いw
コメント:笑いの頂点だろww
コメント:これより面白い動画見た事ないwww
褒め言葉と高評価のコメントがズラリと並ぶ、この動画を現実で真似したら俺は最高のチューバーになれる!と確信して動画を再生する。
「なんだ……これ…?」
その動画は自分の住んでるマンションの部屋を映したもので、暗い画面から夜に撮影したものだと分かった。
画面は暗いながらもしっかり映っており、ベッドには寝ている自分が横たわっている。
部屋の奥のクローゼットがゆっくり開き、中から誰かが出て来た。
「だ…誰だよ……これっ…」
黒い影が自分に迫る、徐々にベッドに近付いて来る。
それは良くないモノだ、アレが自分に触れたら殺される、その場面を見たら死ぬ、そんな確信があった。
Aは夢の中で金縛りに合っていた、動けない、夢から覚める事も出来ない、もう評価なんてどうでも良い!このままじゃ終わりだと思った時だった。
「悪霊退散! 悪しき念よ!立ち去れぃっ!」
「!!」
突然に嫌味な上司の声が響き、その夢は真っ黒な霧になって散ったのだった。Aは目を覚まし、ベッドの横には上司が数珠を持って立っていた。
上司は実は霊能力がある上に霊媒師の家の出身だったそうで、Aに良くないモノが憑りついてる事に気が付き、気を付けて見るようにしていたらしい。出張に着いて来させたのも除霊が目的だった。
その後のAさんは上司はしっかり自分を見て評価してるのだと悟り、動画活動より仕事に精を出そうと気持ちを改めたとの事だ。
「おいA、お前の動画つまらな過ぎるぞ、一応は登録して高評価押してるけどよ…」
「うぎゃぁ~! 上司に動画チャンネル知られてたぁ~! でも高評価ありがとうございますっ!夕飯奢ってください~!」
Aさんは仕事も頑張ってるけど動画活動を続けており、ゲストに上司を呼んで怪談配信したら少し視聴者が増えたらしい。
『牛丼ちゃん:ちょっと怖いけど笑える! 良い話じゃん』
『南山:なんだか微笑ましい上司さんと部下さんですね』
『青い夜:高評価とかバズとかあっても、夢の中じゃぬか喜びだね』
『仕込み杖:嫌味な所はあるけど、悪い人じゃない上司さんなんだ~』
「ははっ、ちょっと良い話だろ? でも実際にAさんが体験したことは凄い怖かったそうだぞ、夢の中で見た動画は今でも不気味に思ってるって話らしいからよ」
心の中にある『多くの人から支持されて高く評価されたい』という気持ちが、Aさんに被害を与えた怪現象になったのかも知れない。
Aさんはネットで高評価を受けたいがために、悪霊か何かに魅入られて祟られる条件を満たしてしまったのかもだ。
ネットで、仕事で、学校で、スポーツで、ママ友仲間で、様々な場所で評価という見えない数字が動いている。
それが時にオカルト方面に何らかの影響が向いてしまう事も、今の時代はあるかも知れない。
深淵を覗く時、向こうからも見られてるみたいな言葉がある。むしろ今は深淵を覗いてる貴方をウィンドウの向こうで、ポップコーンを食べながら笑って見てる大勢の人が……なんて時代かもだ。
「じゃあそろそろお開きだな、今日は内輪ネタが多めだったなぁ」
『青い夜:灰川さんがここまで濃厚な内輪ネタを話してくれると思ってなかったよ』
「お、幻滅したか?」
『青い夜:違うよ、新鮮で面白かったなって思ってる。ありがとう灰川さん、この話は絶対に誰にも言わないから安心してね』
『仕込み杖:私も言わないよ~、だからもし今度に私がお仕事のグチとか言っちゃったら、少しだけ聞いて欲しいな~』
「桜のグチとか逆に興味あるな、はははっ」
『牛丼ちゃん:じゃあおやすみ灰川さん、また明日会えたら局で会おうね』
『南山:明日は局内スタジオで1日仕事なんですよね、頑張って下さいね』
こうして今夜の灰川配信は終わり、明日の仕事に備えて寝るのだった。
明日は遂に佳那美とアリエルの初のドラマ仕事だ、自分もしっかり慣れないとなと思いつつ緊張気味だ。
ちょっと色々あってホラー要素が薄味ですが許して下さい。




