328話 愛純の両親に入所説明
翌日、灰川はスーツを着て支度を整えてから、アリエルと猫たちを連れて朝にアパートを出た。砂遊と朋絵はまだ部屋で寝ているだろう。
「じゃあアリエル、ちゃんとドラマの役の練習とか頑張ってやってくれよな」
「うん!当然だよハイカワっ! じゃあ行って来るねっ、ドラマのお仕事楽しみだよっ、くふふっ」
「しっかり台詞とか覚えるんだぞ、あと演技もなっ」
「もちろんさ! にゃー子たちもしっかりね!」
「にゃん」「なゃん」「きゅ~」
車で渋谷にアリエルを送ってから灰川は愛純の母親に指定された場所に向かう、そこは灰川が1日だけ入院した病院の近くにある乃木塚家の自宅の一軒家だ。
猫たちは後で要件があるため事務所で待機させる、エサも水もあるし鍵も掛けてあるから安心安全だ。何かあってもにゃー子も居る。
駐車場に車を止めて乃木塚さんの家を探し出してインターホンを押した。
外観は都市型住宅のコンパクトな新し目の一軒家で、庭なども非常に狭い家である。あまり有名な地区ではないが、都内の一軒家で大学病院などが近いため土地価格は高そうな気がする。
「こんにちは、ユニティブ興行の所長の灰川です」
『待ってましたよ灰川さんっ、いつまで待たせる気ですかー!』
「愛純ちゃんか、人の家にお伺いする時は5分くらい遅れて行くのがマナーなんだってば」
『私は昨日から寝れない夜を過ごしてましたよー! ちゃんと説得の……あっ、お母さんっ、まだ話してる途中ですってー!』
『娘がすみません、どうぞ上がって下さい』
途中で愛純から母親に代わって家に入る許可をもらい、リビングに通された。家の中は普通の内装で、大きさでは飛車原の家より小さいが一般的な都市住宅という感じだった。
「こんにちは、ユニティブ興行所長の灰川誠治です」
「初めまして、愛純の父の乃木塚 拓斗です。来て頂いてありがとうございます」
「病院で少しだけお話したと思いますが、ちゃんと話をするのは初めてですね。愛純の母の乃木塚 益美です」
ユニティブ興行の所長としてしっかり挨拶をして、最初の印象はそこまで悪くないものを持ってくれたように灰川は思う。
そこから改めて愛純が事務所に入りたい意思があり、両親が承諾するなら入所してVtuberとしての活動をしてもらいたいという旨を伝えた。
「契約としては仕事の収益の取り分は事務所が6割で所属者が4割ですが、場合によっては~~……」
「ライクスペースさんより条件は良いんですね、学業優先にしたい場合も対応という事なんですか」
契約内容や個人情報保護などの事を話していき、元から書類などは渡していたため話はスムーズに進んだ。
愛純の両親はライクスペースで発生した問題を重大に見ており、娘が事務所に所属したりVtuberとして再活動する事に否定的だった。
しかし愛純の熱意や、母親の同僚である岡崎先生が灰川という人物は信頼できると言ってくれた事もあり、またやらせてあげようという気持ちになったのだそうだ。
父親の職業は会社員で、医療器具関連の会社に勤めており、危険な付き合いも無さそうで安心株だ。もちろん契約書には反社会的勢力との繋がりはないという確認なども含まれている。
「ユニティブ興行は何があろうと所属者の味方の立場を貫こうという気概があります、何かありましたら何も遠慮せず電話して聞いて下さい」
「分かりました、本契約はもう少ししてからという事で」
既に親子での話し合いは終わっており、愛純のユニティブ興行所属の話は前向きに進んで行った。
今は仮契約をどうしようかという段階であり、本契約まではいつでも愛純の方から取り止めが出来るという条件である。
本契約となる前に灰川としては愛純に聞いておかなければならない事がある、それはある意味では重要なことだった。
「愛純さん、ユニティブ興行所属にあたって何か目標だったり、これだけはやりたいという事はありますか?」
灰川は両親の前では愛純さんと呼ぶ、流石に普段のように“ちゃん呼び”は憚られるだろう。
「それはもちろん、有名になってネットでチヤホヤされて、沢山お金を稼いで自慢できるようになる事ですよっ、ふふーんっ」
「愛純、すいませんウチの娘が」
「いや、良いんですよ拓斗さん、愛純さんはこういう部分が面白いって人気だったんですから」
チヤホヤされてお金を稼ぐ、これだってステージに立とうとする者の立派な目標だ。誰だって人から好かれたいし、お金だって欲しいと思うのが当たり前だ。
そのためなら愛純は困難に立ち向かう気概があるし、そのための努力も出来る性格だと朋絵も前園も言っていた。
「アンチが湧いたりもするし、お金が簡単には稼げない場合だってあります。契約書にも書いてある通り収益は事務所が6割を持って行きます、それについては納得は出来ますか?」
「はい、だって所属者のサポートとか経理にだってお金は掛かるし、グッズの制作とか販路拡大とか、1人じゃ難しい事を事務所がしてくれるって知ってますからっ」
「自分が有名になっても基本的にVtuberだって言えませんよ、それも大丈夫ですか?」
「当たり前ですよー! あのVの中の子はこんなに可愛いんだって知られたら、大騒ぎになっちゃいますって!」
灰川は事務所の所長として、何より愛純の両親の手前、しっかりとした対応をしている。
事務所に入るに際して様々な注意点や予測される苦労などを話し、その上で愛純は大丈夫だと答えて行く。何かあったとしても事務所は味方をするが、それでも精神的に負担になる事はある筈だとも説明した。
両親も納得の上で娘の活動を応援し、何かがあった場合はすぐに相談という形にして、もし活動が愛純の精神の負担になるようだったら活動休止や契約解除などもさせて欲しいと言われる。
「もちろんです、愛純さんの心が最も守られる形を最優先します。そもそも中学生なので学業もあると思いますので」
「ありがとうございます、そのようにして頂けるとありがたいです」
「私は心が強よ強よなので心配いりませんよ~、学校の成績は普通くらいですけどねっ!」
きちんと誠意をもって運営に当たるという事も説明しつつ、仕事の獲得やマネジメント、人気の獲得などのサポートをしていくとも伝えた。
それでいてサポートというのはお金が掛かるという事も説明しつつ、愛純を何としてでも入所させようとか、事務所の収益のためにコキ使おうとか、そういう魂胆はナシと伝えた。双方が納得した上で入所して欲しいという事を前に押し出す。
「灰川さん、こちらの契約書に事務所収益から慈善事業への寄付などもすると書かれてますが、どのようなものなんですか?」
「あっ、それは所属者さんには契約通りの金銭をお支払いした上で、余裕がある場合に会社のお金で寄付をしていくという内容です。説明が遅れてすいません」
「いえ、ですがどのような所への寄付なんでしょうか?」
聞いて来たのは愛純の母の益美で、灰川は寄付する金があるくらいなら所属者に還元しろと言われるかも知れないと少し身構えた。
事務所に所属するに当たって金銭は大事な要素であり、これは先々まで影響する物事だ。
この寄付については今の所属者である朋絵、砂遊、佳那美、アリエルにも話し、事務員の前園やバイトの藤枝にも話して納得してもらっている。
「まず最初に話しておかなければならない事は、ユニティブ興行は営利法人ではありますが、納税などの社会義務を果たす以外にも社会貢献もしていきたいと考えております」
「なるほど、慈善事業や社会福祉に寄付すれば事務所が良い会社だというアピールにもなりますし、良い事だと思います」
「はい、もちろんそういう打算も少しありますが、事務所の名前を上げるには微々たる影響しかないと理解はしています」
どの会社がどんな事前活動や社会貢献をしてるかなんて、大体の人は興味がない。それをアピールすれば慈善売名と言われる事も多く、あまりそういった活動は大きく喧伝しないのが普通だろう。
ユニティブ興行は駆け出しの事務所な上に所属者は愛純を入れても5人しか居らず、そういった活動をして経営して行けるのかという疑問も持たれて当然かもしれない。
「実はユニティブ興行の所属者には既にドラマ出演が決まった人物や、有名な会社からの企業案件が来ている所属者が居ます。その他にも収入を得る算段があって、経営に関しては安定する見込みが大きいんです」
「はい、その事については愛純から聞かされました。業界で1位のシャイニングゲートさんや、有力なハッピーリレーさんと懇意にされているそうで」
「あの、ユニティブ興行さんは小規模だけど凄い事務所というのは分かっているんです。前に実原エイミさんと織音リエルさんが話題になったのも知ってます」
両親は愛純から事務所のことを詳しく聞いており、所属者に誰が居てどんな活躍をしてるとかも聞かされている。
事務所の説明はこれ以上は必要ないと暗に言われ、経営や所属する上での注意点、予想される仕事内容などに関してもこれ以上の説明は流石に不要と言われた。
「すいませんが、所長さんの事は岡崎先生からも信頼できる人だと聞いてますし、きちんと信用しています」
「でも、どのような事前活動へ寄付するのか興味があるだけなんです。所長さんは何処に寄付しようというお考えでしょうか?」
灰川は事前活動に関してはあくまで事務所に金銭的余裕があった上で、所属者に不自由させない事を第一とした経営をすると前置きをしてから説明する。
両親としては所長はしっかりと説明し過ぎだと思わなくもないが、それでも真摯な対応で理解した上で納得してもらおうという姿勢が伝わり、悪い印象はない。
スカウトビジネス的な説明に完全には慣れてないとか、本格的な説明も初めてという事もあるのだが、そこに関しては灰川は言い訳とかはしなかった。
「寄付先に関しては、ファシリティドッグ育成事業、盲導犬育成事業、介護事業基金への寄付、小児医療応援基金、障碍者支援基金、他にも寄付したいと思う先はいっぱいありまして」
「!!」
「えっ…! 灰川さん…ファシリティドッグを…っ」
「あ、えっと、ファシリティドッグって言うのは医療機関なんかに常駐して、患者さんや利用者さんたちの心の支えになるという役目の犬の事でして」
「知っています、私も医療従事者の端くれですから」
ファシリティドッグ、病院などに常駐して闘病患者さんの心の癒しと支えとなり、入院中のストレスを緩和させるという役目を持った犬の事だ。
医療においては病気や長い入院生活で避けようのないストレスに苦しむ患者に寄り添い、気力を取り戻させて病気と闘う精神力の支えになってくれる。
特に小児医療において子供たちの心の支えになるというデータが出ているが、育成難易度や費用問題などの事もあり日本では広く普及していない。
「私個人としては国内外の医療関係に多少なりとも寄付して、少しでも多くの人が幸せに一歩でも近づけるようにと~~……愛純さん?」
「う~~……ぐすっ…! すごく良い事だと思いますっ!私が思ってたより灰川さん、良い人でしたっ!」
愛純は会社が寄付する事に賛成らしく、感動したかのように目をウルウルさせていた。
「私っ、医療に寄付は大賛成ですよ~! だって、だってっ、あんな辛くて苦しくて悲しい気持ちになる人がっ、少しでも減って欲しいって思ってますからっ!」
愛純は幼い頃に母の勤める国立東京住倉医科大学病院に入院しており、長く苦しい闘病生活を送ったのだ。
その経験もあって医療関係の発展の支援に非常に前向きな性格であり、ユニティブ興行の社会福祉への寄付に大賛成だった。
今はファシリティドッグ導入による入院患者のQOL向上 (クオリティ・オブ・ライフ)、生活の質の向上に強い関心を持っていたのだ。
「私はお母さんが病院に居たけどっ、他の子はきっと私なんかより寂しくて苦しかったって思うんですっ…! それに子供だけじゃなくて、病気と闘ってる人達だってストレスとか、きっとあると思うっ…! ぐすっ…」
病気で苦しんだ経験があるから辛さや苦しさが分かる、その苦しみや悲しみを分かってもらえず、誰かから『病気くらいで大袈裟だ』なんて言われる怒りが分かる。
少し風邪を引くくらいの苦しみではないのだ、咳をしたら口の中に肉片でも飛び散ってるんじゃないかという痛み、何をしても取れない痛みや苦しさ、それらと戦わなければいけない辛さは他人には想像も出来ない事がある。
病は気からという言葉があるが、やはり精神的なストレスが病気の治りに関与する部分は大きいと、愛純は闘病生活の中で知ったのだ。それと同じく介護を必要とする老齢の人達にも、心の張りがないと健康は保てない。
だが、入院患者や要介護者が生活をする上でストレスを緩和するのは難しい場合もある。これは昔から言われている事だ。
レクリエーションや施設イベントなどはあるが、それは毎日ではないし患者によっては体力の負担が大きい時もあるし、病状などが原因でイベントに参加出来なかった場合は逆にストレスになる場合もあるらしい。
そこで動物に日常的な癒しになってもらい、前向きな心を持ってもらおうという取り組みであるファシリティドッグは、愛純は大賛成という立場なのだ。
「所長さん、愛純はライクスペースさんで受け取った収益…そこまで大きい金額ではありませんでしたが、最初の収益は全額を寄付したんです」
「2回目の収益も3分の1を寄付していましたし、その事は配信などで話してはいませんでした」
愛純はライクスペースから2回の収益を受け取っており、あまり多くは無かったそうだが初回全額と2回目の収入から寄付をしたそうだ。
両親は無理をせず貯金しなさいと言ったそうなのだが、愛純はそこは絶対に譲らず、医療基金に寄付をした。
「あ~、まあ愛純さんなら納得ですね。あんな感じだけど凄い優しい子だって分かりますし、金とか名声とか言いつつ、それらが欲しいのは自分が誰かの助けになりたい気持ちが大きいっていうの、少し見えてましたし」
「えっ…? それって…」
「元ライクスペース所属のVさんと事務員さんが、愛純さんは生意気そうな面があるけど凄く優しい子だって褒めてました。私と初めて会った時も病院のボランティア活動の時でしたし」
「!!」
この時、愛純は灰川が自分が寄付をしていた事を知っても驚かなかった、愛純ならやるだろう、そう思って納得したのだ。それが何だか、愛純の心に凄く新鮮な嬉しさを与えた。
灰川が初めて愛純と会ったのは病院の小児科での慰問イベントの時であり、その時から本質は凄く良い子なんだと知ってはいた。
岡崎先生が万能薬の製法を調べようとした時も、凄く心配しつつも灰川に陽呪術で岡崎先生を守るよう頼んだ。あれだって病気で苦しむ人を救う可能性に賭けたいという気持ちもあっただろう。
灰川としては、そういう精神を持った人物にこそ事務所に入って欲しいと思っている。自分のために動きつつ、誰かの助けにもなりたいと考えられるような性質の人を求めている。
朋絵は一緒に物件探しをした時は、春川 桜が危なくならないよう立ち位置を取ってくれていた。
アリエルは聖剣の担い手として人々の助けになりたいという気持ちを持ってるし、佳那美は居るだけで周囲が元気になるような明るさや優しさがあり、砂遊はちょっと変な所があるが良い奴という事は灰川は知っている。
愛純もそういう性質があると灰川は思っていたし、だからこそ多少の問題があろうが所属してくれたら良いなと思っていた。もちろん乃木塚の家の許可があればである。
「あんな感じとか生意気そうってなんですか~! 灰川さんだって冴えない男の一般例みたいな雰囲気じゃないですかー!」
「おいおい、冴えない男が実は冴えてるってのが一番格好良いんだぜ、俺は正にそのタイプってね!」
「灰川さんは冴えないけど冴えてそうに見えて、やっぱり冴えてないって感じですねっ! でも優しくて思いやりがある人だから、評価は高めですっ、あははっ」
「うへぇ~、高評価ありがと、でも冴えない評価は変わらんのかい」
愛純は灰川の精神性は高く評価してるし、そんな灰川が所長を務めるユニティブ興行に今まで以上に入りたくなった。
苦しむ誰かを助けたいとか、頑張る誰かを応援したいとか、そういった心があるのが愛純には感じ取れたのだ。
もちろん収益や経営も大事だし、そこを疎かにしようとは思わない。しかし儲けだけを見て活動や経営をしていけば、必ず精神も経営も濁るだろうと灰川は思うのだ。
「でもまずは所属者の皆の安定的な活動や収益の確保が先だけどね、慈善活動の寄付もしたいけど、まだ何もやってないから偉ぶれるような状態じゃないし」
「私が活動を開始したら、すぐ偉ぶれるようにしてあげますよっ。色んな医療や介護の機関に寄付しましょうね!」
「おうよ、その時が来たら愛純ちゃんに相談させてもらうぜ! でもその前にちゃんと良い仕事とか取って来ないとなぁ」
「夢は大きくですよ灰川さんっ! どうせなら○○という病気の治療法が確立されて死ぬ人が居なくなったのはユニティブ興行のおかげって、お医者さんの教科書に載っちゃうくらいになりましょう!」
「良いねソレ、達成は難しい方がやり甲斐があるってもんだわな!」
「そうなったら、その治療法の第一人者はお母さんだって、同じように教科書に載っちゃうようにしてもらいますねっ、あははっ」
その言葉を聞いて灰川は愛純の両親と話してる事を思い出した、話が盛り上がってすっかりいつもの感じで愛純と話してしまっていたのだ。
「すいません!すいません! もちろん慈善が第一ではなく、所属者の収益や活動が第一に経営していく方針は変わりませんので!」
「いえ、むしろそういう精神がある所長さんだと知れて良かったです。愛純や岡崎先生から聞いていたように、ユニークだけど立派な精神を持った人なんですね」
乃木塚夫妻は愛純と灰川の会話を聞いて、それと事務所の契約内容などの説明を聞いて、この人なら安心できるだろうと感じた。
ライクスペースの件は散々だった、警察の事情聴取なんかも来たし、ネットでも叩かれまくった。愛純は何も悪い事をしてなかったのにだ。
愛純はライクスペースが変わってしまった時に、両親に『灰川さんがどうにかするって言ってました』と伝え、本当にどうにかなった。きっと影で何か動いたのだろうと密かに考えている。
娘は自分が注目を浴びたい心が凄く強いし、苦しむ人を助けたいという気持ちもある子だと知っている。その場とチャンスをくれる安心できる人だと判断した。
「灰川所長、愛純をお願いします。この子は変に煽るとこがありますが、優しい子なので活躍させてあげて下さい」
「ありがとうございます、本契約についてはご家族でもう一度よく話し合ってからお決め下さい。愛純さんにとって大事なことですから」
「私はユニティブ興行に入るって決めちゃいましたから! 活動が始まったらガンガンやっていきますよ!」
「よろしくお願いします、私たちもしっかり応援しますので」
こうして乃木塚家との話し合いは終わり、ユニティブ興行所属に前向きな姿勢を示してくれた。色々な理由から信頼もあり、本契約は時間の問題だろう。
愛純の両親は灰川がきちんと所属者の方を見て経営するが、社会貢献もしたいという精神性が凄く好感を持てた。
事務所の活躍や他社との関係性が強い事も知らされていたし、灰川に対して愛純が好感を持ってるのも信頼できる部分だ。
「所長さん、経営をしていくに当たって規模が大きくなれば、時には冷酷な判断や人間味の薄い決断をしなきゃいけない時が来るかも知れません。そういう場合の対処もありますか?」
「はい、可能な限りそうならないよう努めますが、対外への対処法はあります。平穏無事に全てが進むとは思っていませんが、出来る限り冷たい判断などはしないようにしたいと思っています」
「お願いします、灰川さんの精神とコネクションがあれば、そういう決断をしなくて良い運営が出来るかも知れませんね」
所属者が契約違反などをした場合も灰川はまず話し合いをするよう心掛けようと決めてるが、実際には外敵からの攻撃などの方が心配してる。その事を夫妻も心配していたが、解決するだけの力はあると踏んだ。
伝手や後ろ盾があろうと、運営には様々な苦労や悩みが付き纏う事は予想される。それでも愛純の両親は娘をまたVtuberの世界に歩ませてあげる事を、この事務所なら大丈夫だと信じて決めてくれた。
その後は雑談などを交わしてから灰川は乃木塚の家を出て、とても良い気分で所属者獲得にこぎつける事が出来たのだった。
帰りの道中で、愛純はハッピーリレーの破幡木ツバサとコラボ配信とか出来たら面白くなりそうだなと思ったりする。ツバサも介護福祉に関心があるし、コラボも夢じゃない可能性は高いだろう。
愛純の家から出てから軽く昼食を済ませ、灰川は午後の予定を済ませに自分の事務所に向かった。
今日の午後は事務所で急遽の打ち合わせがあり、それは灰川家の猫たちを見せて欲しいという内容だった。
ドラマや映画の撮影向きの猫や、その他の動物を探している番組制作会社があり、その会社の人が富川Pから『凄い動物たちが居る』という話を聞いて、どのくらい凄いのか見に来る。
灰川は事務所に到着して猫たちを見て、特に問題ない事を確認した。
「さ~てと、言う通りに猫を動かせとか言われても、にゃー子が居るから安心だな」
「誠治、どんな役でもやってみせるにゃ! にゃー子と皆で映画デビューで大トロ食べまくるにゃ!」
「気が早いっての、ちょっと見に来るだけだろうによ。簡単に映画とかドラマとか出れないっての」
「にゃふふっ、にゃー子は人間の言葉が分かるし、にゃー子がオモチたちにどんな動きをすれば良いか伝えられるにゃ! デッカいあどばんて~じだにゃ!」
にゃー子は猫叉であり、人間の言葉が分かる。逆に人間は高い霊能力が無ければ猫叉の声は聞けないし、聞けるだけの霊力があったとしても修練不足や相性問題もあって聞けない事もある。
そもそもにゃー子は声が聞ける人間が居たとしても、知らない人物だったら人間の言葉は話さない。何言ってるか聞き取れなければ、にゃー子は単なる毛並みの良い三毛猫だ。
「アイツらがアニマルタレントの仕事なんか出来るとも思えないけどなっ、でもやってみたい感情があったら少しくらいチャレンジさせても良いかもだな!」
「そうにゃ! 目指すは主演ネコ女優賞にゃ!」
「にゃん、なゃぁ~?」
「にゃあ?」「にゃ?」「にゃん?」
「きゅぅ?」「ゆん?」
「にゃぁ……にゃ…?」
オモチ、ギドラ、テブクロと福ポン、マフ子はにゃー子と灰川が何を話してるのかは分からないが、何だか面白そうな気がしていて気分は上がり気味だ。
オモチは自分を怖がらない空羽のような人とジャレあいたい、ギドラは市乃や朋絵のような人に優しくされつつ遊びたい……的な事を思ってる。
テブクロと福ポンは元気な由奈のような人間と思い切り駆けっこしたいし、マフ子は桜のような寒がりな人が居たら尻尾マフラーしてあげたい……的な事を思ってる。
もちろんそれぞれ、市乃や空羽の本人達が遊んでくれるのが一番嬉しいが、そうもいかないんだろうな……的な事も何となく理解はしていた。
「どんな役でもにゃー子たちにお任せにゃ! バスローブを着たマフィアの親玉の膝の上に乗る役とかにゃ!」
「ステレオタイプのマフィアだなぁ、でも三毛猫を膝に乗せたマフィアのボスってどうなんだろうな」
「だったらオモチ乗せるにゃ! インパクトはばっちりにゃ!」
「大きいからマフィアのボスの俳優が目立たなくなりそうだな…俳優の人も重くて疲れそうだし」
まだアニマルタレントの見定め役の人が来るには時間があり、それまでは事務所でのんびりしておこうと思う。
だが実は、この時に既にテレビで亮専建設のスーパースキャンダルが特報で流れており、駅前では号外が配られ、ネットなどでもウルトラ大炎上をしている時間だった。
しかし灰川としては自分の仕事には関係ないという気持ちが強い。連中の被害を受けそうになった身ではあるが、特に被害は被ってないのだ。
実際にはバリバリの関係者ではあるのだが、それを対外的に言う事など出来ない。灰川が例の件に関わった事を言ったのは花田社長と渡辺社長くらいである。
もう1時間もしない内に、事務所には無関係という考えが間違いだったと気付くことになる。
この事件が明るみに出た事によって、芸能界でも連中の裏の顔に関わっていた者、連中の提供する何かを利用した者などが判明していたのだ。もちろん芸能界以外にもそういった者は居たが、やはり大衆の目を引くのは芸能人関連だろう。
この事件のせいでメディア業界は騒然としている、このショックへの準備をしていた各全国テレビ局上層部ですら、様々な対応に苦慮していた。
起用する筈だった俳優が影武神と関係があった証拠が挙がって降板したドラマが出た、冠番組を持っていた芸人が東京カオスランナーの客だった証拠が挙がって逮捕、人気歌手が横浜ナイトサタン主催のパーティーのステージに居た事が判明して活動自粛。
ネット活動者の中にも関係者が居たと話題になっており、そっちの方も炎上騒動が始まっている所もあった。
そんな事が大きなニュースの裏で発生しており、色んなメディアで代役探し、番組変更、出すとマズイ人物が出てる映像の編集処理に追われている。ネット投稿動画と違い、テレビ局などは『番組を放映しません』だけでは済まされないのである。
中にはどうしても撮影し直しを緊急でしなければならない場所なども出始めていた。




