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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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327/333

327話 土曜日の夜

 学詠館祭に行った土曜日の夜、灰川は自室に居た。夕食は砂遊とアリエルと済ませており、今から配信視聴で楽しもうかとパソコンに向かっている。


「今は桔梗さんとコバコが配信してんのか、今日はちゃんと見れそうだなっ」


 灰川はシャイニングゲートの飛鳥馬(あすま) 桔梗(ききょう)雲竜(うんりゅう) コバコのデビュー配信はアーカイブで見ているが、以降は見れてなかったので今夜は見ようと思う。


 桔梗とコバコは灰川がシャイニングゲートのアカデミー生の中から選んでデビューとなったVtuberで、彼女たちは個別スポンサードや広告宣伝など非常に手厚い押し出しを受けれている。


 灰川の肝煎りという事で四楓院系の会社などがバックに付き、資本力を使って様々に宣伝しつつ良い仕事をもらい、視聴者登録をデビュー1週程度で爆発的に伸ばしていた。


 広告代理店の業界で国内1位のルーツKIY、2位の上陽広告がネットやサブカル誌などで広告を出し、全国の商業施設などの広告モニターで宣伝をしたのだ。


 OBTテレビのスポンサーの1社である玩具メカー“ファニクス”の出す玩具のテレビCMの仕事も来て、それがネットニュースにもなって話題に上った。


 他にもデビュー時に確約されたジャパンドリンクのCM、シャイニングゲート刊行の雑誌Vstyleでの特集、有名アニメスタジオ制作によるアニメPVの公開などもされ、名前は界隈に一気に広まったのだ。


 だが2人が言うにはデビュー確定からデビューまでは地獄のようなキツイ日々だったらしい。


 配信のために人気アニメの一気視聴やゲームの高度なプレイ実況配信の練習、思ってる事の言語化を円滑にするための講義、それらの感想文、トーク練習~~……とにかく人気獲得のための技能向上で、やる事が山積みだった。


 自分たちはアカデミーで色々と学んでるし、コバコは読書家で桔梗は大学生なので知識もそこそこ自信があったみたいなのだが、まるで足りてないとデビュー準備で自覚したそうだ。


 勉強したって全てをマスター出来る訳ではなく、“知らない”という事をどのように面白さや求心力に繋げるか等も、自分たちで考えながら答えを出していった。




  【恥は】2人で不幸ハプニングトーク!【かき捨て!】


  飛鳥馬 桔梗 視聴者登録数33万人

  雲竜 コバコ 視聴者登録数32万人


  同時視聴者数25000人


『やーっす! 今夜は昨日に続いて桔梗ちゃんとコラボしてくぜ! 昨日のゲーム配信は盛り上がったよな!はっはっは!』


『こんばんは皆さん、今日はコバコちゃんのチャンネルにお邪魔させてもらいますよ』


 2人はシャイニングゲートの新人Vtuberとして元気に配信を始めた。


 飛鳥馬 桔梗のVモデルは白のロングヘアに薄いピンクのメッシュが入った髪、目は黒で標準タイプ、とても優しそうな雰囲気で、胸はそんなに大きくないモデルだ。


 雲竜コバコのVモデルは鮮やかな赤の髪の毛のショートカット、竜胆れもんよりは長い。目の色も赤で活発さが際立ち、表情豊かな性格が伝わるモデルで、胸は本人と同じで大きくも小さくもないくらいという感じだ。


『今夜はオレと桔梗ちゃんで笑える不幸話とかハプニング話とかしてくからよ! れもん先輩の配信みたく、笑い過ぎで病院行く人が出るくらい笑わせてやるって!』


『う~ん、コバコちゃんと私で不幸話で釣り合い取れますかね? 保育園から今まで大量にありますから』


『ダイジョーブだって! オレも結構なハプニングのネタあっからさっ!』


コメント:桔梗ちゃんの面白不幸話に期待してる

コメント:コバコちゃん元気でカワイイ!

コメント:2人とも爆伸びオメ!

コメント:桔梗さんの声ってナツハちゃんタイプで綺麗

コメント:今夜も笑わせてくれよな!


 桔梗とコバコは配信でもリアルでも凄く仲良くなっており、年齢差とか考慮せず普通に会話をする仲になった。今は前よりフランクに会話をしており、その方が仲良しアピールになって良いだろうとの判断である。


 コバコは一人称が今までオレだったりアタシだったり安定しなかったが、デビューに際してオレで統一しつつ、たまに違う一人称を素で出して意外性を作ろうという運びとなった。


 桔梗は配信での集中力が持続しないタイプだったため、しっかりと配信中のスタミナが持続するよう運動を始め、今は以前よりは集中が続くようになった。


『コバコちゃんって行きつけの本屋さんとかってある? 私は結構買いに行ったりして、良く行く本屋さんがあるのね』


『最近は電子書籍で買う事も多いけど本屋は行くぜ! 専門書とかは電子書籍になってない物も多いしなっ』


『コバコちゃんって色んな事を知るのが好きだもんね、ナツハ先輩もそんな感じだって言ってたよ』


『桔梗ちゃんのデビュー配信でナツハ先輩そう言ってたよなっ、オレはれもん先輩とコラボしてもらったけど本が好きって言ったらビックリされたぜ!はっはっは!』


コメント:コバコちゃんって本が好きそうな声してないw

コメント:桔梗ちゃんは本が好きそう

コメント:古本屋とかも良い本がいっぱいある

コメント:デビュー配信も昨日の配信も面白かった!


『この前に良く行く本屋さんが店内の配置換えして、棚とかコーナーの位置が変わっちゃってたの。それに最初気付かなくて~~……』


 そこから桔梗の最近あった不幸話が始まったのだった。




  桔梗の本屋での話


 いつものように行きつけの本屋に入って面白そうな本でも探そうとしたのだが、桔梗は本屋の店内の変化に最初は気付かなかった。


 普段よく見るコーナーは入って右奥にあるライトノベルコーナーなのだそうだが、そこも配置が変わって別のコーナーになっていたのだ。


 気になってるラノベの『実家でやってるカフェにクラスのイケメンが泣きながら入って来た』が入荷してないかなと思いつつ行った。


 しかし桔梗は最初はコーナーが変わってる事に気付かず本を物色し、新刊とか新入荷の本が無いか探す。


 しばらく何かないか探していたのだが、何かいつもと違うと気が付いた。置いてある本の表紙がやけに女の子のイラストが多い。


 タイトルには『大きな百合の花が咲きました』『ガールズでラブラブ!?』『クラスのイケメンにマジ恋したけど、彼が女の子だったなんて!』という名前が並んでいた。


 なんと女性向けラノベコーナーが百合系ラノベコーナーに変わっていたのだ!


 桔梗はちょっと焦りながらコーナーを出て、目当ての本が置いてある所を探しに行こうとしたが、その時に更に不運が発生した。


「あれ?桔梗さん? 奇遇だね」


「こんにちは飛鳥馬さん、どうも」


「ぶはぁっ! 社長!?それに広峰ディレクターに富川プロデューサーまで!?」


 なんとシャイニングゲート社長の渡辺、OBTテレビの番組制作スタッフと偶然にも鉢合わせてしまったのだ。何かの仕事の後で寄ったらしい。


 その時に桔梗は手に持っていた本を落としてしまい、それは表紙を上側にして床に落ちてしまった。


 本のタイトルは『吸い込むと百合になっちゃう薬を、間違えて女子高で散布しちゃいました』と書いてある。


 社長達はその本を見なかった事にして去っており、その場には顔を真っ赤にした桔梗だけが残されたのだった。




『あっはっは! なんで百合もの本とか買おうとしてたんだっての!』


『だって女子高で百合薬だよっ?気になります! それに絵柄も凄い可愛かったの! あと凄くギャグが強くて面白かったんだから!』


『買っちゃったのかぁ! 百合作品とかも隠れた名作って多そうだよな桔梗ちゃん、オレも読んでみよっかな』


コメント:社長に遭遇とかタイミング悪すぎるw

コメント:その本って前に百合ノベル大賞受賞してた

コメント:百合にはうるさい俺だけど、あの作品は良かった!

コメント:俺も読んでみよっかなw

コメント:電子版はまだ発売されてないっぽいね


『コバコちゃん、今度に読書感想文配信でもやる? 面白そうって思ったかもっ』


『良いなソレ! オレは量子力学的予知コンピューター仮説の論文の感想とか書きたいぜ!』


『それは書かないでね、誰も分かんないから。コバコちゃんは~~……』


 その後もハプニングトークをしたり話題が横道に逸れたり、時には内輪ネタなんかもしながら配信は面白く続いて行く。


 視聴者コメントも伸びて行ってるし、2人は駆け出しから大きな成功を掴んでいた。会社や周囲の押し出し効果が非常に良く出たし、2人の努力も大きな成果に繋がった。


 ここまでアカデミー生として苦労した桔梗、強い情熱で一気に突き進もうという気概があるコバコ、どちらも良い配信が出来ているように灰川は思う。


 2人は楽しそうに配信してるし、実際に楽しくやっているはずだ。やればやるほど伸びる時期なんて楽しいに決まっているし、そういう時は疲れとかは感じにくいものだろう。


 その分だけ努力も必要で、会社からの制限もあるし仕事も忙しい、活動を伸ばすために自ら取り組んでる事も多いと灰川は2人から聞いた。


 桔梗はSNSは会社に任せてる部分が多く、投稿する文章や宣伝文章を書いてスタッフに送って投稿してもらってる。自分では一切のエゴサーチをせず、評判などはマネージャーを通して聞いてるそうだ。


 コバコはネット動画などを可能な限り見ないようにするという事を会社と相談して決めた、今のyour-tubeやその他のサイトはニセ情報なども多いため、そういった物に惑わされないようにするという取り組みらしい。


 デビューがゴールではなく、デビューしてからがスタートである事を2人は思い知ったと言っていた。この人気を保ちながら上を目指さなければならないのだ。


 そんな事を思ってたら部屋のドアがノックされた。


「灰川さん、ちょっと良いですか?」


「朋絵さん? どうしたの?」


 訪ねて来たのはアパートの2階に住んでるユニティブ興行所属のVtuber、手風クーチェこと朋絵だった。


 とりあえず部屋に上げて活動で何かあったのかと思ったが、用事はそちらではなかった。


 女性の所属者を自分の部屋に上げる芸能事務所の所長とか問題があるかもしれないが、朋絵は同じアパートに住むご近所さんだし特に問題はないはずだ。今は信頼関係だってしっかり構築されている。


「ギドラちゃんの一匹が腰の辺りから血を出してたんですけど、ペットクリニックに連れて行かなくて大丈夫ですかっ? ちょっと心配で…」


「気付いてくれたんだ、ありがとう朋絵さん。俺もさっき気が付いたんだけど、普通に動いてたしエサもちゃんと食べてたから大丈夫だよ。肌荒れも出てないし、にゃー子も別に大丈夫って言ってたし」


「そうなんですかっ、それなら良かったっ。ふぅ」


「たぶん何かに強くぶつかったとか引っ掛けたとかだと思う。心配してくれてありがとう、ギドラも朋絵さんに懐いてるから、これからも仲良くしてあげてね」


 朋絵はギドラと仲が良くて一緒に遊んだりしてあげており、それが生活の中の癒しにもなっているようだ。


 元々はギドラも野良猫であり、灰川家が正式に飼っていた訳ではないが東京に来た事によって正式に飼い猫になった。気弱な部分が目立つ3匹猫だが、野良だったから実はそこそこ体は強かったりする。


「ギドラはハッピーリレーの三ツ橋エリスにも凄く懐いちゃっててさ、朋絵さんも配信だと元気系キャラだから、似た感じで懐いたのかもね」


「市乃ちゃんですよね、前にここに来た時にギドラが可愛いって話で盛り上がりましたよ。市乃ちゃんのスマホはギドラの写真いっぱいなんですよね、あはっ」


「そうそう! 待ち受け画面までギドラにしてたよ!」


 猫たちの体調に心配はないことを知らされて朋絵は喜び、そこから仕事とか抜きの雑談になった。


 馬路矢場アパートは駅から少し距離があるけど住みやすい立地だとか、近所にある喫茶店のパフェをアリエルが絶賛してたとか、今日の朋絵と砂遊のお出掛けは穴場のショップを巡ったとか、そんな話を面白おかしくしていった。


 灰川と朋絵はそこまで性格の相性が良くない、一般的に見て灰川は女性受けする性格ではないし、朋絵は基本は明るいのだが色々と根に持つ暗い部分もあるタイプの性格だ。それでも楽しい話とかは出来るし、信頼関係を築くことは出来る。


 灰川は朋絵の負けん気精神と活動に打ち込む姿勢は凄いと思ってるし、朋絵は最近は灰川の優しい部分や真摯な部分を知って良い人なんだなと思うようになっている。


 最初の出会い方は最悪だったが、今はそれも良い思い出だ。むしろあの時に会ってなければ今は無かったかもしれないと思うと、朋絵としては怖い気持ちにすらなってくる。


「あっ、電話だ。愛純ちゃんからだな」


「愛純ちゃんですかっ? もしかしたら所属の許可が親から下りたとかですかねっ?」


 灰川が電話を取ると、やはり乃木塚 愛純からの電話であり、要件はユニティブ興行所属に関する内容だった。


『もしもし、灰川さんですか? 前から親にユニティブ興行さんに所属したいって言ってたんですけどっ、遂に良いって言ってくれるかもですよっ!』


「本当? それだったら乃木塚先生か愛純ちゃんのお父さんに話をする機会が欲しいんだけど」


『それなんですけどっ、実はお父さんとお母さんは忙しくて~~……』


「マジかぁ……」


 愛純との電話が終わって灰川は少し困る、その理由は愛純の両親との話し合いが出来る日にちだ。


「どうでしたっ? 愛純ちゃんもユニティブに入れそうですかっ? だったら嬉しいんだけどっ!ライスペで慕ってくれてたの愛純ちゃんくらいだったしっ」


「朋絵さんはライスペじゃ孤立してからが本番みたいな感じだったのか…、まあそれはそうとして、愛純ちゃんの両親と話し合いが出来る日が明日の日曜しかないんだって」


「じゃあササっと行ってきて決めちゃえば良いじゃないですか、私の親の時とか簡単に済んだんですし」


「朋絵さんの両親は放任主義って言ってたじゃん、愛純ちゃんの両親は違うの明らかだしさ」


 愛純の父はどんな仕事をしてるのか灰川は知らないが、母は医者として大学病院の小児科に勤務してる事を知っている。


 医者なんだし、しっかりした性格の親だというのは何となく分かる。岡崎先生からもそんな話を聞いた気もするし、朋絵の時のようには行かないだろう。


「まあダメだったらその時だわな、ユニティブ興行も所属者は今の所は大きく枠を広げられないんだし」


「愛純ちゃんは今のうちに取っておかないと後悔しますよ、あんな変なキャラの中学1年生なんて、そうそう居ないんですし」


「そうかも知れないけどさ、やっぱ親御さんが乗り気じゃなかったら活動にも影響出るし、明日次第な部分が大きいって」


 まだ何も分からない段階だし、愛純は乗り気でも両親が渋い感じだったら話は進めにくいだろう。


 だが灰川は同じ大学病院に勤める小児科の科長の岡崎先生と仲が良く、その事もあるからキツイ態度は取られないとは思う。


「愛純ちゃんの性格ってVtuber向きしてるよなぁ、すげぇ煽って来るけど可愛い煽りっていうか、なんか優しさも込めて来るから、煽られても嬉しさが勝つっていうかさ」


「それと愛純ちゃんってゲームも配信的に見て上手いんですよっ、見てる人のストレスにならないプレイが自然に出来るし」


 愛純はゲームプレイが割と上手く、FPSなどでもランクマッチでは上位に入る事も珍しくない。


 格闘ゲームなどでも同じミスを短時間に繰り返さないし、苦手なゲームでも視聴者の助言コメントなどを参考にしている姿勢が見えるプレイをするのだ。


 要所での視聴者やゲームの内容やキャラへの不快にならない可愛い煽りなども出来て、薙夢フワリだった時は人気を高めて行っていた。


 ゲームが上手くても視聴者が観戦しづらくて伸びない配信者も多い中、見やすいプレイがナチュラルで出来る愛純は凄いだろう。


「でもトークとかは少し安定してない感じだったな、そこは中学生だから仕方ないだろうけどさ」


「だけど中学1年であそこまでファンを獲得できたのって凄いことだよ灰川さんっ! 愛純ちゃんは何としてでも取るべきですって!」


「う~ん、もちろん努力はするけど確実じゃないから、そこは分かっててね」


「ああ見えて聞き分けの良い子だし、良い意見とかも出して来るから絶対に優良物件ですよっ、灰川さんが欲しいって思うタイプの性質ですからっ」


 愛純がライクスペースでやっていた薙夢フワリの最終視聴者登録数は8万人であり、活動期間が短いにも関わらずその数字を出したのは凄いと朋絵は力説した。


 フワリはSNSやyour-tubeで大したバズとかは無く、当時のライクスペース所属という下地だけが頼りの状態だったのだ。


 最初期の登録者は1万人くらいであり、冷遇されがちだった新人の状態で短期間で8万人にまで伸ばした。その実力は中学生としては破格のパワーだろう。


 配信が良かった、優しいメスガキのキャラが刺さる人が多かった、ゲーム配信でのプレイスキルが良かった、そういう理由でファン数は伸びていたようだ。


「でも明日って他にも予定があってさ、話が出来るのは短い時間だけになっちゃうんだよね」


「別に良いんじゃないですか? そんなに長く話すこと無いですよね?」


「まあ、そうなんだけどさ」


 契約内容や活動内容を書いた書類を見せつつ説明し、その他の様々な事を説明して飲み込んでもらいつつ話を進めるという感じになる。


 愛純の両親にはユニティブ興行の契約に関する書類などは既に渡してあるため、その辺は一からの説明ではないから時間はそこまで掛からないかも知れない。


 最近のユニティブ興行の事も愛純から聞かされているだろうし、怪しい事務所じゃない事は分かってくれているはずだ。


 だが色々な理由や経験から娘が心配な気持ちは分かるし、中学1年生で本当に有名になって生活に支障が出るかも知れないという気持ちもあるかも知れない。


 いずれにせよ明日で本契約になる可能性は低いだろう、その事も朋絵に説明して今夜は終わったのだった。


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