326話 話をして悪感情を祓っていこう
富川はテレビ局のプロデューサーだが、様々な番組撮影仕事や編集作業が出来る。これは富川に限らずテレビ局や番組スタッフというのは様々な仕事をしていたりするのだ。
カメラマンをやってるけどディレクター経験もある人や、ADをやってるけど小さな番組のディレクターもやってる人など、普通に居る世界である。
そんな経験を積んで来て様々な見識を持つ富川が、オカルト関係でのケンカ騒ぎを起こしてしまった学詠館の生徒に話を始めた。
富川は4人から詳しいケンカの理由などを聞き出していった、柿原 紅実子とミアリンは彼氏に関する話題から互いの人格否定に話が発展してしまったこと。
林岡 隆二とアスカイは音楽に関する話から技術は俺の方が上という話に発展し、そこから更にお前は業界でやって行けないなんて話になったそうだ。
「まず最初に皆さんに聞きたい事があります、先程に壇上で話をした人がどのような人物か分かりますか?」
「え…いや…、分かんないです」
「大した話してなかったし…別に興味もないっていうか…」
隆二と紅実子がそう言う、彼らは付き合ってる者同士であり、どちらかと言うと自信家タイプの強気タイプだ。
演奏技術が高く、コンクールで優秀な成績を収めたり楽団に準所属する程の腕前がある。
「なるほど、お2人はアスカイさんとミアリンさんに人を見る目が無いと仰ったそうですが、人を見る目があるお2人は見抜けませんでしたか?」
「お、俺も見抜けませんでしたけど…」
「私も知らない人でしたけど…でも良い事を言ってたとは思います」
アスカイとミアリンは作曲活動をしたりネットで演奏動画をアップしたりの活動をしており、そこまで性格にクセがないタイプだ。
インディーズバンドに楽曲提供をしたり、フルート奏者として色んな音楽を演奏したりしている。ただあまり精神的に強いタイプではない。
「さっきの方は芸能事務所の所長さんです、一代で事務所を立ち上げてOBTテレビにも縁を深く作り、今は他のテレビ局からも注目を集めている事務所の所長さんなんです」
「「!?」」
富川は更に説明を続ける、さっきの男は有力者に多数の深い伝手があり、大手の広告代理店やネット配信企業とも深く関わり、相当に強い後ろ盾がある人物だと大袈裟に説明した。
「柿原さんはミアリンさんに、お前は人を見る目が無いと言ったそうですが、同じく見る目が無かったようですね」
「っ…! それは…っ」
「分かっていますか? 皆さんは様々な場所に大きな伝手を持つ人物と繋がれるチャンスを棒に振ったのです。さっきの人に関心を持たれたのなら、高校生でプロとして名声を得る事だって夢じゃなかった」
「…そんな……だって…っ…」
「そんな凄い人に見えなかった……若いし、高級感がある人じゃなかったし…」
さっき上手く立ち回っていたなら、バイオリン奏者として有名楽団に繋いでもらったり、中堅楽団の準所属ピアニストながらソロリサイタルを開かれたり、ネットで凄いバズったり、メジャー歌手の作詞作曲の話が来たかも知れない。
さっきの男はそういうパワーを持っている男だった、それを聞いて4人は意気消沈する。
だが同時にあの男は人の悪口を他所に言いふらすタイプではないと説明し、今後に響くような事は無いとも富川は付け加えた。
「見る目が無いとか、音楽力が自分より下だとか、互いの彼氏の悪口とか、色々と言っていたようですが、どれを取っても傍から見れば違いが分からないほど些細なものですよ」
人を見る目に関しては4人とも灰川が何もない人間だと判断した事で、彼らの見る目は大差が無いと結論付ける。暴論染みたものではあるが、実際に大差ないのだから仕方ないだろう。
「まず皆さんに伝えたいのは、嫉妬とか悪感情を持つ事は必ずしも悪い事ではないという事です。ですが自分本位の身勝手な感情になれば、自分の首を絞めるだけです」
嫉妬は時に自分を磨く糧になったりもするし、誰かと比較して自分の立ち位置などを確認する事が大切になる時もある。
だが嫉妬だけして何もせず、それどころか誰かの悪口だけ言ってたら自分が嫌われるだけだ。自分が安心感を得たり、優越感を得るためだけに人を見下すような事ばかりすれば性格が歪む。
「もし本格的に音楽の世界で生きて行こうと言うのなら、自身を客観視する心を忘れず活動して下さい。今は油断も隙もない世の中です、誰が何処で活動を見てるか分からないのですから」
今の世の中はネットが発達して様々な人の様々な活動が目に入る。
誰かの情報が何処かで出回り、アイツは腕がある、アイツは性格が悪い、アイツは大した事ない、そんな話が知らない場所で行われる確率が高い時代だ。
現にOBTテレビのプロデューサーが自分たちの事を知っていたという事もあり、その事は生徒達は身に染みている。
「まあ、前置きはさておいて、皆さん嫉妬も悪感情も人並レベルですね。全く足りてません」
「「!?」」
「そ、それって、どういう…」
「幸せや充実感って心の安らぎになりますけど、嫉妬や悔しいって気持ちは心のガソリンになるんですよ。もちろん強い心や柔軟な心が必要になりますが」
嫉妬や怒りをエネルギーにして努力を続けて大成した話はよくあるし、時には悪感情だって目的達成のためには必要になる場合もある。
「皆さんは若いから自分の考えに固執する感情だってあるでしょう、ですが世の中には色んな考えや物の見方があるんです」
「そんな事、流石に分かってますけど…」
「先程に聞きましたが、柿原さんはミアリンさんに心が弱いから、いつもやる事が中途半端だと言ったそうですね?」
それを聞いて柿原 紅実子は焦ったような表情をするが、富川は別に責め立てる訳ではない。
「心が弱い人は心が折れるのも早いけど、治るのも早い場合も多いんですよ。逆に柿原さんのような心が強い人は、一度折れたら簡単には治らない事も多いです」
「っ…!」
「林岡さんはアスカイさんに、楽器が下手だから作曲に逃げたと言ったそうですね。苦手分野を自覚して得意な方面に行った勇気ある選択だとは思いませんでしたか?」
「そ、それはっ…!」
心の強さにだって様々な物がある、折れない強さ、立ち直りやすい強さ、誰しも強い部分と弱い部分があると富川は説く。
もし灰川がこういった話をしてたなら、仏教関連の人物などを挙げて説明したかもしれない。
より得意な分野への道の変更、これだって勇気が必要なものだ。現代は仕事が嫌なら転職すれば良いという考えが根付いてるが、それと同じようなものかも知れない。
だが転職も分野変更も大きな労力が必要になるし、そもそも変更した先で上手く行くかどうかは分からない。一定以上の勇気や決断力が必要になる物事だ。
「嫉妬したり誰かを非難する時は様々な視点や物の見方をして、その裏にどのような苦労や決断があったのかを想像してみて下さい。その上で存分に嫉妬して下さい」
表面だけを見ずに、その奥にあるものを見る目を芸術家は養った方が良いんじゃないかと富川は言った。
「○○はあんなに有名で持て囃されて羨ましいではなく、○○はあんなに持て囃されるくらい努力が出来て羨ましい、奥まで見据えてそういう風に思うことも出来るかもしれません」
「…確かにそうかも…」
「うん…」
富川は彼らが嫉妬したり、マウントを取ったりで喧嘩した事を責めてるのではない。彼らの嫉妬もマウントも底が浅く、抱くだけ無駄な悪感情を持った事を責めている。
嫉妬しようがマウントを取ろうが、実のある感情を持った方が良いと言う。単なる悪感情だけでは性格が悪くなるだけで、本当に無意味なものになってしまう。
「俺の方が音楽が上手いとかセンスがあるというマウント感情にしても、プラスの方向に持って行けるよう考えを持った方が、人との衝突を避けられます」
「それって、例えばどういう考え方でしょうか?」
「それを考えるのは自分自身です、考える力を持つ事だって重要です。自分なりの正解を持てなければ、こういった事は意味がないんです」
ネットで調べればどんな事だって数秒で分かってしまう現代、それぞれの考える力というのは大事になっていくだろう。
マウント思考があるならば、自分がマウントを取り続けるために努力を続ける、次は俺より売れてるアイツを見下すために更に上に行ってやる、そういった努力思考に変化させる事も出来るかもしれない。
「あとは心の持ちようだって大事です、ミアリンさんは心が折れやすいと言われたようですが、立ち直りの早さを持ったまま折れにくい心になれば更に良くなるでしょう」
「は、はいっ…!」
「柿原さんは心が折れにくいようですが、人の気持ちも分かる柔軟性を持てば指示を受けるカリスマ性は上がる筈です。あと2人とも人の彼氏を悪く言うのは止めましょう」
「す、すいません」
2人が互いの彼氏を悪く言ったのは、実は4人とも幼稚舎からの幼馴染同士であり、それが言い合える仲であったという事情もあったりする。
「林岡さんはヴァイオリンの技術はこれからも上がって行くのかと思われますが、自分に足りない物は何か、自分に必要な物は何かなどを考える力を意識すると良いかもしれません」
「分かりましたっ」
「アスカイさんは様々な経験をしていく事をお勧めします、作曲の糧にしていって下さい。私はバンドのtonic smokeのアスカイさんが作詞作曲した新曲“lagoon”は良いと思いましたよ」
「…!! はいっ…ありがとうございますっ!」
富川は生徒たちに『何処かの誰かが見てるぞ!』という事をしっかりと伝え、そこそこに反省してもらう事に成功した。
「悪感情ですら芸術の糧にしようと思わなければ生き残れません、何が正解に繋がるか分からない世界なので、縁や自身の感情を大事にしつつ活動して行って下さい」
「はい、ありがとうございました!」
悪感情がどうとかの論は10分程度で全てを語れるような話ではない、しかし富川が言いたい事は何となく伝わっただろう。
何処にどんなチャンスが転がってるか分からないから人の話はちゃんと聞いて物事を考えよう、どんな感情を持ってもプラスの所に着地できるよう心掛けようという感じだ。
生徒の4人はそこそこに納得して富川の言葉を飲み込み、これからは変に突っかかったりしないようにしようと感じている。
そして教室から富川が去って行き、それと入れ違いになるように1人の女性が入室したのだった。
「灰川さん、流石の霊術ですね。順調に呪いが解けていっていますよ」
「ですね、でも思ったより繊細な操作が必要で驚いてますよ、スサミ様の益呪は思ったより複雑な霊力構成してます」
灰川は教室の外の廊下から霊力操作を続けて完全解呪に当たっているが、思っていたより集中力を使う作業だった。その最中に2人目の話者が到着して教室に入ったのだ。
「あの、先程に教室に入った人は誰だったんですか? 私はてっきりVtuberの皆さんの誰かが来ると思っていたんですが」
富川がすれ違ったのは全く知らない女性であり、正直に言えば誰だろう?と思ってしまったのである。
「あの人は黒山さんと言って、この学校の卒業生で4階の奥に過去に立ち入った人です」
「えっ!?」
「あの人も呪いを受けていたので、完全に祓えたら後に問題を起こさないだろうと思って、せっかくだから呼んだんです」
黒山の呪いは溜まったストレスをマウント取りという方法で発散させれば呪いの残滓も消えると灰川が断定し、可愛い後輩たちにありがたい講義をしてあげて下さい、と電話で来苑の友達に頼んでもらったら了承して戻って来たのだ。
この後ビジネスがある的な事を黒山は言ってたのだが、後輩たちに自分の凄さをひけらかしてマウントを取れると判断し、ビジネス放り出して喜んで戻って来た。ちなみに戻って来た際にも。
『私って一般人と違って忙しいんだけど、私から学びたいって話だから少しだけなら後輩に話聞かせてあげても良いかなって思ってさ』
なんて事を言っていた、こんな事をシラフで言う状態ではビジネスもヘッタクレも無い、ここでどうにかしてあげるのが良いだろうと思っての灰川の判断である。ムカツクけど。
「黒山さんはちょっとマウント取っちゃう感じの状態になっちゃってまして、ここで発散させれば影響を取り除くのに丁度良いなって思ったんです」
「なるほど、少なくとも取引先にマウント取るような事は避けた方が良いでしょうしね」
他にも生徒達にマウント取りや、嫉妬されたい欲が傍から見たらどれだけ嫌われやすいものなのかを見せるという目的もある。
すぐに教室の中から黒山によるヤバイ感じのありがたい話が聞こえて来たのだった。
「はぁ~、なんか疲れる依頼だったっすね。黒山さんは声がデカイから話がメッチャ聞こえたし」
「全くですね…教室の外から聞いただけなのに、凄いムカムカする話でしたよ」
黒山は鬼のようにマウントトークをして、自分がどれだけ凄い人間か、自分がどれだけ他者から嫉妬されてるか、そんな話を展開して行き、教室から出て来た生徒達は疲れ切った顔をしていたのだった。
灰川と富川は隠れてその様子を見ており、全員から呪いの影響は消えたのも確認した。黒山の呪いの影響も30分後くらいには消えてると思われる。
その後には4階の奥に行って安置されていたスサミ様の御神体である壺を見せてもらい、益呪の構成を現代に合わせた強度にして解決となったのだった。
「4階の奥は別に普通な感じでしたね、予備教室の奥に小さな壺の入った箱が置いてあるというだけでしたし」
「俺も今回も拍子抜けでしたよ、でも良い神様を見れて気分は良い感じっすね! はははっ」
灰川が見立てた通りにスサミ様は良い神様だった、人々が良く暮らせるようにという理念が集まった神様だったのだ。
大昔の誰かの優しさが今も息づいている、それが灰川には何とも嬉しいのだ。時代の流れで良くない影響を出す場合もあったようだが、優しさを持つ存在があるというだけで心が救われる気分になれる。
今回に影響を受けてしまった生徒達は反省しつつも糧に出来る心を持ってるだろうし、黒山はしばらくは猛省して泣きそうな夜を過ごす事になるだろうが、きっと乗り越えられるだろう。
理事長達からも礼を言われ、お祓い料金である1万円を受け取り今回の依頼も終了だ。その事はOBTテレビの深谷取締役にも連絡して礼を言われたのだった。
「では灰川さん、今回の私からのお礼として、少し重要になるかも知れない情報をお渡しします」
「えっ? 何かありましたっけ?」
灰川が気付いた時には周囲に誰もいない場所に連れて来られており、そこで富川が話を始める。
「明日に大蜂 祐介のビッグスキャンダルが表に出ます、既に準備は整っていて大きな社会影響を与える事でしょう」
「それって…! 不良集団を使ってやりたい放題にやってた事件っすか…!?」
「そこに関与していた国会議員や企業社長や役員も何名か名前が出ます、これらの事は一部の人間しかまだ知りません」
西日本共同開発機構の中心企業の1つであるスーパーゼネコン、亮専建設社長の親族が経営する会社の社長が恐ろしい事件を起こしていたというニュースが明日に出されるとの事だ。
この事はテレビ局、新聞社を中心としたごく一部のメディア関係者にしか知らされておらず、既にニュースが出る事は確定済みだ。
揉み消そうという動きもあったらしいのだが、四楓院家が裏から働きかけて揉み消しを阻害した。揉み消しを図った者は関係者だという事を白状するようなもののため、思ったよりは工作はされなかったらしい。
「政財界は大きく動揺しますよ、一部の有力政治家にもこの話は行っていますし、これを機に法改正や政治改革がされるかも知れません。少なくとも政治家や政財界のパワーゲームの発生は避けられないでしょう」
亮専建設の社長である大蜂 豊は事件の黒幕である祐介の兄弟であり、彼らの父親は与党幹事長である大蜂 元喜である。彼らは引退を余儀なくされるだろう。他にも引退せざるを得ない人物は出てくるはずだ。
「そして今回の件で発生する事が確実とされているのが、RS債の焦げ付きです」
「何ですかソレ? 聞いた事ないです」
「RS債とは亮専建設と、彼らが裏持ちをしている会社の社債です。今回の騒動で株式や債券投資の変動は大きくなり、政財界に動きを及ぼすでしょう」
色々な事が動く中、富川たちの予想では株以外の投資関連にも影響を及ぼすという考えが強いそうだ。
RS債とは亮専建設と傘下が発行する社債であり、これは株式とは違った形の種類の投資である。社債は株式投資よりリスクが低く、利益も得やすいという特徴があると言われている。
しかし破産などの手続きをすれば返還義務は消失し、債権者の手元には紙屑が残る。
亮専建設は多数の傘下がある大企業であり信用もある、そんな企業が裏持ちを務める傘下企業が発行するRS債は利回りが良くてリスクも低いという事で、結構な数の投資家が債券を購入している。
恐らくは亮専建設はこのRS債を発行してる会社の幾つかを倒産させ、この騒ぎの鎮静化の資金調達、並びに自社の被害を最小限に抑える策に出ると思われる。
そうでなくともRS債の信用暴落は避けられない、信用を失うことが分かってる債権などに価値は無い、だから亮専建設はRS債の信用を生贄に財力を保つ事を決定する筈だと富川は言う。
抱き込んでる投資家に暴落前に空売りさせて利益を出させ、その利益で底値になった株を買わせるという方法も使って来るだろう。
「債権格付け会社もRS債は格は低いけど比較的信用できると太鼓判を押してましたし、結構な数の大損をする人が出るでしょうね」
「なんか…よく分かんないっすね、社債とか詳しくないっすから」
「まあそうですよね、ですが問題はこの件が何処まで影響を及ぼすかです」
富川が言うには今の時代はリスク分散が賢いやり方だと広がってるが、その結果としてリスクが不透明になってる債権や投資、そして自身が抱えてるリスクを把握しきれてない投資家も増えているのだと言う。
この件が何処の誰にどんな影響を直接的、間接的に及ぼすか把握できない。もし抱えたまま忘れてる債権があるなら見直す事を勧めると言ったのだった。
「一応は花田社長と渡辺社長、四楓院さんには説明してますし、俺が打てる手は打ってますよ。そもそも俺は債権とか株式とか持ってませんしね」
「そうですか、この件が何処まで影響するか掴み切れないので、灰川さんも自営業者として何かしら影響を受ける覚悟はしておいてください」
「ありがとうございます、大きなマイナス影響はないと考えたいっすね」
現代の投資はリスク分散のための複雑化が進んでおり、複雑な構造が金を生むという更なる複雑な構造になっている。
そのため何処に本当のリスクがあるか不透明な部分もあり、何がどのような影響を生むか誰にも掴み切れない事になっていた。
株式投資、債券投資、不動産投資、ゴールド、外貨為替取引投資、暗号資産、その他にも大量の投資の種類があり、それら一つ一つの中にも細分化された投資の形がある。それが何処からどんな影響を受けるかは掴み切れない。
小規模の個人事業主とかなら関係ないと見る人も居るが、節税として投資などをしている事業所もあり、債券暴落などで資金繰りが悪化する所もあったりする。
「四楓院家は大丈夫でしょう、今は投資方面に重きを置いた運営はしてないのは明らかです。むしろ勢力を伸ばすチャンスにしてくるでしょうね」
「う~ん、やっぱ分からんですね」
「その中で近付いて来る人達も居るでしょうが、灰川さんには黒い部分があるファンドマネージャーの情報を送っておきました。彼らが近付いてきたら警戒した方が良いでしょう」
ファンドマネージャーとは、投資信託などの『プロに任せる投資』で、集まった投資金を実際に投資運用している人たちの事だ。
過去のファンドマネージャーが起こしたインサイダー取引や詐欺事件、買収事件はいつの時代も発生している。
この情報は四楓院家は知ってるだろうとの事だが、送った情報の中には黒い部分の詳細な新情報なども含まれているそうで、灰川に有効活用するよう富川は言った。
悪い奴らは情報を漁り尽くして恐喝や詐欺、グレーゾーン商法の糸口を掴む。そういった者達にカモにされないよう、また商業に利用できるよう、常に信頼できる情報ソースを掴んでおけと富川は示した。
「灰川さんが言った先々の理念、私は賛成ですよ。ですがそのためには世の中は黒い事も多いのだと更に知る事も大切です」
「そうですね、俺ももっと勉強して行かないとって思いましたよ」
先程に黒山が生徒達にマウントを取っていた時に聞こえた話の一部を灰川は覚えている、それは人間というものに関する事だった。
『私みたいな年商10億の社長から見れば、世の中って自分が有能で頭が良いと思ってるバカが多過ぎ。イケメン芸能人と結婚して良い気になってる奴とかさ』
個人的な嫉妬と恨みが満載の言葉ではあるが、灰川は自分もそうなのではないか?と考えさせられた。
自分が有能だとか頭が良いとか思ってる訳ではないし、周囲が馬鹿だとも思ってない。しかし特別な環境というのは人を変えるものであり、自分も人から見れば別の見え方をしてる可能性だってある。
自分の精神が変化していたとしても自分じゃ気付けない、それが何とも怖いものだと感じる。
知らない内に嫉妬深くなってるかもしれない、気付かない内にマウント精神が根付いてるかもしれない、そうならないよう気を付けなければと思い直した。
「じゃあ灰川さん、また今度にOBTの仕事か国超局の仕事で」
「そうっすね、タナカさんにもよろしく言っといて下さい」
「ああ、それとついでに耳より情報も送っておきましたので、良かったら参考にしてみて下さい」
「え? あ、はい、どうも」
こうして偶然が重なったお祓い依頼も終わり、富川は撮影班の所に戻って行き、灰川は皆の所に戻ろうと電話を掛けたのだった。
「おいおい、どうして喫茶店に居るんだよ。何かあった?」
「こっち大変だったんだよー、佳那美ちゃんとアリエルちゃんに気付いちゃった人が居てさっ」
「空羽先輩も身バレしそうになって、慌てて避難してきたんです」
佳那美とアリエルのお腹が回復した後に皆で歩いてたそうなのだが、そこで騒動が発生しそうになったらしい。
元から佳那美とアリエル、そして皆は注目を集めがちだったのだが、その中でテレビに出てた子だと確信した来場者が声を上げてしまったそうなのだ。
そこから人目を集めるようになってしまい、学詠館高等部の近くにある喫茶店に避難して休んでた。
「ゴメンよハイカワっ、でもボクもカナミも悪い事はしてないよっ!」
「私が大きな声だしてたから気付かれちゃったのかもだよっ、アーちゃんは何もしてないよ灰川さんっ」
「うーん、予想より名前が広がってんのかな、俺がちょっと甘く見てたかもだ。って言うかここでもケーキとパフェ食べてるんだな…」
「当り前さっ、今日は何を食べても良い日だからね! でもカロリー計算はしっかりしてるよ!」
とりあえずは来苑に今日は招待してくれてありがとう、とメッセージを送っておく。来苑は生徒なので作業があるため喫茶店には来ていない。
「でも、これから本格的に出歩ける場所とか少なくなっちゃうかもだね。今日は身バレしそうになっちゃったし」
「そうだね~、私も染谷川 小路かもって言われてたの聞こえたよ~」
空羽は顔出し配信をしており、Vに詳しい人なら空羽が自由鷹ナツハだと分かる。そのナツハと一緒に居る白杖の子は小路じゃないか?と疑われるのも当たり前かもしれない。
知名度が上がるにつれて声を掛けられたり、身バレする危険は高くなる。以前の史菜の身バレの時は本人に大きな負担が掛かった。
皆はテレビにも出るようになったのだし、声でバレる可能性は以前より高くなっているだろう。
自由に動ける場所が少なくなっている、これは今後に響いて来る問題かもしれない。
「あと灰川さん、さっき事務所から連絡が来て私に実写モデルの仕事の依頼が来たそうなんだ。どうしようか迷ってるよ」
「マジか、でも空羽ならモデル系の仕事が来てもおかしくないよな。頻度は低いけど実写活動もしてるんだし」
本当に色んな事が雨よ霰よとやって来る、今までやって来た様々な活動が実を結んで、名前が更に広がったという事なのだろう。
「誠治! 私が出たコミックストレスゼロのCMが好評ってネット記事に書いてあるわ! すごく嬉しいわねっ、わははっ!」
「見た見た! やったな由奈、これで今より名前が上がるってもんだ!」
悪い話もあれば良い話もあるし、面倒な話もあれば浮かぶ話もある。なんだかそんな実感が持てる時間だったように灰川は思えた。
「そういやさ、プライバシーとか守りながら出掛ける方法とか、有名人が落ち着いて行ける店なんかを紹介してもらったから、後でメッセージ送っとくからよ」
「えっ! じゃあ灰川さんと安心してデート出来るってことっ? やったー!」
「ありがとうございますっ、これからもよろしくお願いしますね、灰川さんっ♪」
「むふふ~、またノンアルコールカクテルのお店に連れてって欲しいな~」
「ママが誠治となら、お泊りしても良いって言ってくれたわ! パパは不安そうだったけど仕方ないって言ってたわ!わははっ」
安全に行ける所の情報を得て皆も喜んでくれた、やはり動きが制限されるのは負担になってしまうものだろう。それならば安心できる場所を見つけたり教えてもらったりする他にないのだ。
市乃たちにもそういう情報は多少は入って来るのだが、Vtuberという特殊な立ち位置というのもあるし、何より未成年という事が足を引っ張って役に立つ情報が少なかった。
今日は未成年でも安心して行けるスポットを教えてもらえた、その情報がもらえただけでも大きな価値があるだろう。投資がどうとかは灰川には大きく関わらないと自分では思ってる。
「じゃあそろそろ帰るか、今夜も配信があるメンバーも居るんだしな」
「うん、ボクもこんなにパフェを食べれて満足だよ! すごいオーケストラも聞けたしね!」
「私は今夜の配信は9時からですので、仮眠を取ってから配信できそうです」
こうして学詠館祭を楽しんでストレスを発散し、灰川の運転する車で帰って行くのだった。
学園祭の裏で起こったスサミ様の一件も解決し、同じ頃に黒山が自分が何を言って来たのか理解して、顔を青くしながらSNSのアカウントを削除してたりなんて一幕もある。
今回はちょっと厄介な事があって急遽に話を薄味にしました、なお小説投稿とかは関係ない誰にでもある厄介事です。
非常にあっさりした話になっちゃいましたが、まだ続けて行く気は満々です。
厄介事に負けないよう、落ち着いて書いて行こうと思います!




