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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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324話 難しいけど大事な目標

 灰川は一見すると解呪不可能な呪いでも、解析を進めれば解呪が可能になる事も多い。


 黒山に掛かった呪いも当初は解呪は出来なさそうだと感じたが、解析したら穴が見つかり解くに至った。呪いを解くというのは灰川にとっては簡単な事も多い。


 しかし、それによって発生した被害や関わった者の感情問題、そして呪いを掛けた者の恨みや嫉妬を時間を(さかのぼ)って消す事までは出来ないのだ。


「灰川さんは校内のイベントなどは見ましたか? 面白くて参考になる出し物がいっぱいありましたよ」


「それってアレだろ史菜、3年生の教室にあったネット活動に適した音楽の形の考察っていう小論文集だろ? コピー誌が200円で売ってたし、俺も買っちゃったよ」


「史菜先輩は生徒制作の音譜も買ってたわ! 吹奏楽をやってるから、そういうのが分かるのねっ! 私は学詠館の家庭科料理レシピを買ったわ!」


 それぞれが実りのある時間を過ごしたようで、市乃は音楽ステージを楽しみ、桜は生徒の演奏CDを買ったそうだ。どれも安価だから気軽に買えるのも嬉しい点だ。


 一行は今は外を歩いており、賑わう雰囲気を楽しんでいた。


「灰川さんと来苑先輩は何してたのー? オカルトで何かあったんだよねー?」


「ああ、それが凄い人が居てな、ヤバいくらいマウントを~~……」


 先程にあった事を要点だけ話して驚かれたりしつつ軽食なんかを楽しみ、引き続き学詠館祭を楽しんで行こうかと歩いて行く。


 そんな中で来苑が『あれ?』と違和感を感じて校舎の方を見た、何か妙な感じを受けたが灰川は気にしていないため、自分の勘違いだと思って向き直る。


 ここは学詠館高等部であり来苑にとっては馴染み深い場所、感知の精度は場所への慣れなどでも変わる物であり、そもそも感知力は灰川より来苑の方が上なのだ。


「あれ? 先生が走ってる? どうしたんだろ」


「何かあったのか来苑? まあイベントの日なんだし、何かしらトラブルくらいあるだろうけどよ」


 ベテランっぽい教師が急いで走ってるのを見かけたが、イベントなどにはトラブルは付き物だ。何かのミスか機材トラブルの処理に追われているのだろうと灰川は思う。


 それにしては酷く焦ってるような感じがあり、重大なトラブルかもしれないなとも感じた。


「あれ? 富川Pさんがこっちに来るっすよ」 


「皆さん、こんにちは。ちょっとすいませんが、灰川さんを借りてよろしいですか?」


「テレビ局の局員さんなんですね~、初めまして~」


「どうも、VのKさんですよね、お噂はかねがね聞いております。OBTテレビのプロデューサーの富川です」


「こんにちは、いつもお世話になってます。どうされたんですか?」


 何やら急ぎの要件らしく、富川は灰川を連れて行きたがる。しかし何があったのかは話してくれない。


 こういう場合はオカルト関係ではないかと灰川は思うが、皆が一緒に居る手前として勝手に離れるのは気が引ける。


 富川は灰川にしか聞こえないように、少しだけ事情を話した。


「実は先程に学詠館の理事長さんにOBTテレビの深谷取締役会長に連絡が来て、腕の良い霊能者は居ないかと聞かれたそうなんです」


「え? それはいったい~…」


「理事長とは番組制作で会った事があるらしく仲が良いそうなんです。どうやら緊急なようで、私に電話が掛かってきて灰川さんに連絡して頼んでくれないかと言われました」


「ちょ、そんないきなり…」


「すいません、私が一人で行って事情を聞けば良いんでしょうけど、色々と事情がありまして~…」


 事情はあまり聞けなかったのだが、何かしらが発生して霊能者が必要になったらしい。


 学詠館の理事長はテレビ局にも伝手があるらしく、そこから富川に話が行って灰川にも来たということのようだ。


 理事長はOBTテレビの深谷に頼む際に条件を提示したらしく、秘密を厳守する人、とても腕が良い霊能者、が絶対だとのこと。


 そこで深谷は灰川の事を真っ先に思い出し、繋がりの深い富川に連絡、そして今日はたまたま同じ場所に2人が居たという訳だ。


「どうされますか? もちろん断る事も出来ます、要件の内約を知らないので断っても問題はないでしょう」


「ま、まあ、そうっすけど…」


 学詠館の理事長に灰川という存在は知られていない、だが理事長は深谷に相談し、深谷は富川に連絡を取れと言ったのだ。


 ここで断れば富川と深谷の面目を潰すとまでは言わないが、あまり良い後味と印象にはならないだろう。更に言うならOBTテレビは四楓院関係の資本が強く入っており、周り回って関係が全く無い訳ではない。


 富川は国家超常対処局の局員であるが、同時にOBTテレビの局員でもあり、new Age stardomのプロデューサーでもある。資金集めは四楓院が噛んでるから楽に出来るのだろうが、それでも非常にお世話になっているのだ。


 深谷取締役会長はそこまで縁が深い訳ではないが、OBTテレビ取締役の肩書の大きさは強い。ここで断っても今後に影響はないかもしれないが、多少なりとも恩は売れるかもしれない。


 学詠館理事長は全く知らない人だが、オカルト関係で困ってるらしいことは確かなようだ。そして学詠館高等部は来苑の通う学校であり、放って置くのは気が引ける。


 色んな考えが頭を巡る、ここで皆と離れたら何かあった時に対応できないという不安、OBT関連なのだから受けておけば利があるかもという打算、出来るならば放置は今後のためにもしたくないという思い。


 今の灰川は以前と違って様々なしがらみがある身となった、しがらみというのは時に面倒ごとに巻き込まれたり、時に役に立ったりというものだろう。


「灰川さん、お仕事入ったのー? 私たちは大丈夫だから行って来て良いよっ」


「え、いや、しかしなぁ…」


「灰川さん、身バレするかもとか思ってる~? 心配ないよ~、ネットの有名人ってリアルだと有名じゃないからね~」


「そうっすよ、名前を知ってても興味無い人も多いっすから。それに声だけで身バレって相当に不運じゃないと起こらないから大丈夫ですって」


 ネットの有名人は思った程には知名度は無い物で、Vtuberに興味が無い人にとってはVの名前を1人も知らないなんて事も珍しくはない。


 ファンであっても別に行住坐臥でVの中の人を探してるなんて事も普通はないし、顔を知られている人も少ないから有名芸能人のような身バレの危険はそこまでないのだ。


 顔出し配信をしているナツハでさえも身バレはほとんどしない、そもそも国民的な有名人と比べたら彼女たちの知名度はとても低いのが現実だ。


 今はテレビも放送されているが3回だけであり、まだまだ登り詰めてるとは言い難い状況である。


 そして今は彼女たちにも様々な事が会社から言い含められており、社会的な身の守り方や危険の防ぎ方も教わっている。


「テレビ局スタッフさん達が何か困りごとなんですよね? もし良ければ私も何かお手伝いしますか?」


「私もお手伝いしても良いわよっ! わははっ!」


「いや、それは大丈夫だから安心してくれ。まあ、ちょっと良い話がもらえるように頑張ってくるからよ、皆ありがとうなっ」


 頼んで来たのが富川Pという事もあり、皆から後押しされる形で灰川は富川の話を呑んだのだった。


 そこから灰川と富川は校舎の方に歩いて行き、皆から一旦離れた。


「テレビ局での私の顔を立てようとしてくれたんですね、それと深谷取締役の顔も」


「お世話になってますし、無下に断るのは気が引けますよ。それにもしかしたら仕事で良い話がもらえるかもって下心もありますしね、ははっ」


「あ、そうだ、もし受けてもらえたら深谷さんに電話をすると言ってたんでした。いま掛けますので待ってて下さい」


 それから少しだけ深谷と電話し、学詠館の理事長は個人的に仲の良い人だから頼みますと言われたのだった。




 灰川と富川は校舎を歩いて4階に向かう、その道中で仕事関係の話になった。


「そう言えば五角屋敷城の時の謝礼がまだでしたね、何か入用の物はありますか?」


「いや、今の所は特に無いです。気にかけてもらってありがとうございます」


 五角屋敷城の件では灰川は何も受け取っておらず、謝礼などは宙に浮いたままになっていた。


 アリエルは国籍取得やその他の手回しの礼として任に当たったとの事で、他にも日本での保護を強くする事など、様々な動きがあって五角屋敷城の件は役立ててもらったらしい。


「むしろテレビ局と今の関係を続けてもらうための代金って思ってもらえれば良いっすよ、関係の維持も大事な仕事っすから」


「もちろんテレビ局ともオカルトでも関係は継続させて頂きますよ、ですがあの件は数万人の命が関わる程の大きな案件でしたから、それでは割に合わないでしょう」


「そうは言いますけど、大勢の命が危険だったって実感が湧かないんですよね。地下でコソコソやってただけですし」


「あの件は表の被害にも全く無関係ではない事件です、被害者も何十名も出ましたし、詐欺被害や洗脳被害、電子ドラッグ被害も出ましたから大きなヤマですよ」


 それを聞いて灰川は聞きたい事があったのを思い出した、電子ドラッグ被害についてである。


「被害はありましたが、灰川さんが作った御札によって中毒症状の治療は進んでいます。この件も何と礼を言って良いのか」


「それなら良かった、あの術を構築して御札に込めるのは難しかったから有効活用していって下さい」


「もちろんです、これからも絶対に必要になるものですから、灰川さんも国超局との付き合いを続けていって下さいね」


 国家超常対処局の灰川への評価は『チート』だ、あらゆるオカルト困難に対応可能な男という評価であり、灰川との関係を崩す事は出来ないという考えに落ち着いた。


 しかし灰川は自身がチート性能の霊能者という自覚はあるにはあるが薄く、そこまで自分に頓着がないというのも考え物だという思いも持たれてる。


 オカルトが浸透してない表社会では活躍の場は少なく、他者のマネジメントはそこそこ上手いが、自己マネジメントが全く出来ないタイプの性格であり、その他の理由もあって霊能を商売として使うことが難しい人格だという事も理解されていた。


 世間から見れば灰川誠治という男は、今も一般的な人間のくくりにしか入らない。


 確かに大手フィクサーである四楓院家や流行の配信企業と密接に繋がる人物であり、渋谷で芸能事務所を営んでいるという身ではあるが、それでも野心を活かす才覚がないため普通人の域を出られない。


 灰川は配信者として名を上げたいという野心があるにはあるが、それも周囲から見れば大した強さの無い野心にしか見えない。もしやろうと思えば、各方面への力を使って自分をゴリ押してるだろう。


 凄い霊能力と霊術の才能を持つが、人並に欠点もあるし、人並にトラウマや悪感情もある。野心や欲求も人並レベルで、霊能力以外では普通人というのが国家超常対処局による灰川への評価である。


 しかし、国家超常対処局としては灰川にこのまま一般人と同じ人生を歩ませるのは、大きな損失になるという考えも出て来ているのだ。


「灰川さんは今のビジネスを通して何かやりたい事は無いんですか? そろそろ何か大まかにでもビジョンが見えて来る時期じゃないですかね?」


 仕事をする上で何かしらの目標などが出来る事は珍しくはない。会社で成り上がりたい、起業して独立したい、稼いで生活の質を上げたい、そういう目標だ。


 漠然としたものでも、細かく決めたものでも、目標があれば仕事への熱意だとか、生活のメリハリだとかが出る事も多い。


 以前は灰川には目標は大まかな物は少しあれど、実現を見据えた明確な物も持っていなかった。


 配信者として成り上がろうという目標があったが、ただ配信して雑にゲームを実況してるだけのものだった。それがバズる筈が無い、仮にバズって視聴者が一時的に増えたとしても、その環境は継続しないのは目に見えてる。


 しかし今、灰川にはとある目標が出来ていた。


 陽呪術の修行をし、人の悪意に幾度も触れ、奇跡的な出会いで皆に出会い、人から頼りにされて好かれるという嬉しさを知り、それらを通して灰川は一つの目標を持ったのだ。


「俺は…芸能やVtuberという媒体を使って、自殺や犯罪をする人を1人でも少なくしたいです。ははっ、青二才が何を言ってるんだって話ですよね」


「~~!」


 灰川はこれまでの経験を通して、不幸な思いを抱える人を少しでも助けたいと感じるようになった。


 Vtuber、優れた活動媒体だ、無限の可能性がある。姿を出さずに色々な物事を発信できる、それはきっと多くの人の心の癒しになれる可能性が、まだまだ秘められている筈だ。


 芸能活動、昔から存在する優れた活動の場だ、これまできっと色んな人々の傷付いた心を癒してきた事だろう。


「今の時代って、ネットが発達しすぎて色んな情報が溢れてるっすよね。でも嫌な情報って目立つから、自分でも気付かない内に心が荒んでる人も多いと思うんですよね」


 ネットには心を(えぐ)るような言葉、悪人が得をしているような情報、見下し発現や差別的な投稿、そういうものも溢れている。


 一つ一つは小さなものでも、自分に向けられた言葉ではなくとも、嫌な情報というのは頭に残りやすいものだ。


 その積み重ねが多くの人の心に、自分ですら見えない傷と濁りを与えてる、灰川はそんな気がしてならない。それが全てでは無いのは分かるが、現代の心の荒みの一端なんじゃないかと感じるのだ。


 こんな事はきっと色んな人が感じてる、だけど時代という大きな渦の中ではどうしようもない。


「きっと世の中は疲れてる人が多いんですよ、だから俺は疲れてる人達や苦しい思いをしてる人達に、明日を、来週を、来年を生きる活力や目標を、生きている楽しみを少しでも持って欲しいって思うんです」


 今まで色んなオカルト現象に灰川は当たって来たが、それは憎しみだったり未練だったり、悪意だったり悪い意味での欲望だったり、そういったマイナス面が大きいものが大半だった。


 世の中にそういった感情を少しでも無くしたい、そういったマイナスな行動に繋がる感情を少しでも癒したい、今の灰川はそう感じている。


「素晴らしい目標です、及ばずながら手助けしますよ。そういった人達が少しでも減れば、我々の仕事も少しは減るでしょうしね」


「お願いします、俺自身がこの気持ちを保ち続けられるか分かりませんが、変わらず持ち続けるよう心掛けますよ」


「もし悪い方に変わりそうだったら、私とタナカさんがブッ飛ばして差し上げますよ、初心忘るべからず!ってね、はははっ」


「そん時はお願いします、はははっ」


 富川は灰川の事を心の中で『青いな』と思いつつも、とても心地いい気持ちになれた。


 富川も国家超常対処局の局員として、テレビ局職員として人間の暗い部分に散々に触れて来た。だからこそ灰川のこういう温かさが、明確な権力に繋がっても暴走しない心がある人が居る事が嬉しかったのだ。


「そのために最初に出来る事は、自分の事務所で売り上げを持ちつつ所属者を守り切る事っすね。ユニティブ興行は所属者に何があっても味方で居るって伝えています」


「そうですか、とても良い事です。味方が居るという事は居場所があるって事ですからね、その約束は絶対のものにして下さい」


「もちろんそのつもりです、でもクセがある人達が所属してるから、苦労するんだろうなぁ~」


「苦労したなら私にでも泣き言を言いに来てください、相談に乗りますよ」


 きっとこの先も苦労する、泣き言を言いたくなるような時もあるだろう。


 だが、まずは目先の案件の解決だ。何があるか分からないが、上手いことやってやろうという気概を持てた。




 4階に灰川たちが到着すると、奥の方から嫌な霊気が漏れ出している事に気が付いた。まだ漏出してから時間は経過して無いらしく、そこまで被害は広まって無いようだ。


 まず最初に奥に行って防火扉を確認し、やはりそこから漏れ出していると判明した。


 すぐに灰川が簡易的な結界術で霊気の漏出を止め、これ以上の被害が出る事を防ぐ。


「じゃあ行きますか、指定された教室は離れた場所にあるようです」


「そうっすね、何があったのか聞かなきゃ始まらないっすもんね」


 学詠館高等部の4階で発生した事は生徒同士の喧嘩で、かなりヒートアップしていたのを教師が割って入って止めた。


 それは漏れだした霊気の影響を受けたからであり、その対処に今から灰川が当たる。


 喧嘩の原因、それは相手にムカついたとか嫉妬したからという理由も多いだろう。いつの時代も変わらないものだ。


 人の世に蔓延るマイナス感情、それを少しでも止めるための灰川誠治の一歩目が始まろうとしていた。


 呪いを解くのは灰川には可能な事が多いが、マイナス感情を埋めるには誰かの協力が必要になる場合もあるかも知れない。


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