322話 来苑の友達と会った後、色々あったりする
「いらっしゃいまっせ! 音楽カウンセリング始めちゃいま~す!」
「よろしく、料金は前払いで良いんだよね。どんな感じなんだろな」
「え、えっとっ、ちょっとお話してから、その人に合った音楽をお勧めするって感じだそうっすよっ」
来苑の友達に連れられて学詠館高等部の校舎の2階の一室に入る、ここは2年生の教室がある階層だ。今は机などは殆ど片付けられており、展示品や出し物のスペースが設けられている。
倉沢 瑞理は学校での来苑の友達であり、セミロングヘアの一般的な女子高生という感じだ。明るさもあるが陰キャっぽい雰囲気も何故か感じる人物である。
来苑は客の席ではなくカウンセラーが座る側の席に案内される、どうやら2人で灰川のカウンセリングをしてくれるようだ。座る前に『なんで自分もカウンセラー側なの!?』と瑞理に聞いていたが、なんだかんだで流されて今の状況になっている。
「ここに座れば良いの? 展示物とかもいっぱいあるし、かなり本格的なんだね」
「生徒演奏のCDとかも売ってますよ、版権フリーにしてあるオリジナル楽譜とかも売ってますしね」
「そんなのあるんだ! 後で来苑が出てるCDとか買って行こうかな」
「あ、すいませんっ、自分は音源参加してないんで、売られてないっす」
仕切りの壁がある席に座って会話をしてるが、瑞理の言ってたように教室内に他のカウンセリング客は居なかった。この場所は少し奥まった場所にあるし、校内では様々な出し物や音楽イベントが催されているため、ここの注目度は低いらしい。
「そういやさ、来苑の両親とかって来てないの? もし来てたら挨拶とかしときたいんだけど」
「!! い、いや来てないっす! その、去年は来たんすけど、今年は仕事も被ったようで」
「そっか、そりゃ残念だったな。あのオーケストラでの雄姿が見れないのは悔しいだろうに」
「そ、そうでもないっすよっ、コーラス隊の1人でしかないしっ」
「歌唱力が認められたからコーラス隊に選ばれたんだろうし、凄い事だと思うぞ。やっぱ来苑は歌唱力が認められてるって事だよ」
「…ぁぅ…そのぉ…ありがとうございます…っ…」
来苑は顔を赤くしながら灰川から褒められた事を喜ぶ、やはりまだ灰川に向ける好意の感情を完全には処理しきれていない。
来見野 来苑こと竜胆れもんは歌唱力が高いというのもファンが多い理由の一つで、その腕前はプロとまでは行かないまでもVtuberの中では相当な上位レベルである。
「お~、お~、来苑もしっかり女の子になってるねぇ~、嬉しがっちゃって、このぉ」
「ちょ、瑞理っ…! 元から女の子だってばっ…ぅぅ~…」
そんな会話が灰川には聞こえない程度に繰り広げられるが、変に思われないようにと瑞理が本題に入り込む。
「それじゃカウンセリングに入らせてもらいますね、質問させてもらっても良いでしょうか?」
「大丈夫です、よろしく」
「…ぅ~…自分はカウンセリング受けた事はあるけど、やった事はないから何言って良いか分かんないっすよ…っ…」
シャイニングゲートは信頼のお墨付きがある女性向けカウンセリング医院を見つけており、来苑もそこに通った事がある。もちろんナツハや小路も行った事がある。
所属者はSNSや配信で炎上したり、プライベートや仕事で強く落ち込むような事があった人がカウンセリングに行く事があり、ちゃんと信頼できるクリニックはリサーチしてあるのだ。
「まず最初に質問ですが、灰川さんは男性を恋愛的に好きになった事はありますか?」
「は? いや、ないけど……」
「なるほど、では男性に魅力を感じたり、この男になら抱かれても良いと感じた事は~~……」
「ちょ、瑞理ぃ! 灰川さんになに聞いてるんじゃい!?」
何か滅茶苦茶な事を聞かれて灰川は心の中で『なんだこれ!?』と思うが、実は倉沢 瑞理は腐女子趣味があり、男に対してこんな質問をしてみたいという願望が前からあったのだ。
灰川という人は来苑の友達なんだし、聞いても良いかみたいな感じで聞いてしまった。ちなみに灰川は瑞理の好みではなく、単に男にこういう事を聞いてみたいという欲求からの行動、つまりは若気の至りである。
「は、灰川さんっ、すみませんっす! 瑞理はソッチ系が好きな子なんでぇ…」
「そうなのか、じゃあ俺の妹と話が合うかもなぁ、砂遊もそうとうにソッチ方面に詳しいし」
「マジですか!? 妹さんと会ってみたいです! あと私はBLだけじゃなくてノーマルとマニアック系も好きですよ!」
「だー!瑞理はちゃんと音楽カウンセリングやれー! そんなんだからお客さん来ないんだって!」
さっきまでステージの上でオーケストラの一員として美しいコーラスをしていた来苑が、今は焦りながら友達にダメ出ししてる。なんだか青春の一幕という感じで微笑ましい光景だと灰川は思う。
「冗談はさておいて、ちゃんとした質問に入ります。灰川さんは趣味って何ですか?」
「趣味はホラー作品の鑑賞とか怪談を聞いたりする事かな、後は配信を見たり、やったりとか、他にも映画とかアニメとかも見るし」
「ふむふむ、多趣味という事ですね、配信やってるんですか!? なるほど、実は界隈では有名配信者だから来苑が…」
「灰川さんの視聴者登録は50人くらいっすよ瑞理…有名とは少しだけ言いづらいっていうかぁ…」
灰川が有名人だという誤解を解きつつ来苑は机の下で灰川の趣味をメモしている、とはいえ知ってる情報ばっかりだ。
「では自分は幸せかそうでないかは~~……」
その後もカウンセリング質問は続いて行き、灰川は意外としっかりやるんだなと思いつつ受け答えしていく。
「へぇ~、倉沢さんは音楽を医療や生活健康に役立てたいって思ってるんだ、立派だな~」
「そうなんですよ、認知症予防とかストレス緩和、躁うつ病の症状のコントロールとか色々とやれるんじゃないかって思ってます!」
「こう見えて瑞理って小学校の頃から音楽の可能性の探求とかも好きなんすよねっ、美容音楽とか食欲コントロールを音楽でやれないかとか、色んな事を考えてるみたいっすよ」
「でも高校生なんで知識も経験も浅いし、自分の限界を思い知らされてばっかりですよ。演奏技術もぜんっぜん足りてませんしねっ、あははっ」
高校生年代の者が何かを研究したいと思っても知識も技術も足りない事が多く、予算など付かない事が普通である。
瑞理は将来は音楽研究の道に進みたいと思っており、大学では作曲や演奏より研究の方に力を入れたいと考えてるらしい。
音楽関係の職業は演奏や作曲、プロデュースやその他の事務とか以外にも道が意外とあり、音響設備の会社や楽器の会社など多岐に渡っている。
学詠館は演奏家も多く輩出しているが、そういった様々な方面に音楽知識や音響知識を持った者を送り出し、その活躍の場は国内には留まらない。
「やっぱ良い所の高校生って違うんだな、俺の通ってた田舎の高校とは大違いだって」
「そんな事ないですよ、こういう学校は無駄にプライドが高い子とかも多いから面倒な時とかありますもん」
「エスカレーター式の学校っすからね、他校の人とかに聞くと学詠館は普通とは違う部分も多いみたいですよ」
そんな話をしつつ、灰川は瑞理という子は対面での話が上手いんだなと感じた。
しっかり自分の事を話して理解を得つつ、相手の事を程良く聞き出している。これなら男子生徒からモテそうなものだが、先程のBL好き暴露みたいな変わった部分もあり、どこかモテに辿り着かない部分もあるらしい。
「じゃあ質問の続きですね、灰川さんは女性が恋愛対象のようですが、どんな女性が好きですか?」
「え? あ~、うん、まあ美人で優しい人かなぁ」
この質問に隣に座っている来苑は『瑞理!?』という驚きの声を心の中で発する、顔にも感情が出てしまっていたが、そこは灰川は気付かなかった。
もしこの質問が1発目だったら灰川は『え?』と言った後に言葉に詰まったかもしれないが、ある程度のコミュニケーションを行った上での質問だったから答えてしまう。
一応は好きな音楽を見つけるための質問としても変とは言い切れないし、以前に空羽に答えたような無難な返答をした。
「ふむふむ、じゃあ普段は胸はそんなに大きくない印象だけど、実は割と立派なものを持ってる子とかは好きですか? YESかNOで答えて下さい」
「え~と、まあイエスですかね…」
「ふむ、じゃあここは合格と。ではベリーショートヘアが似合う女の子と、明るくてボーイッシュだけど乙女な部分もある子は好きですか? あと身長156cmくらいの女の子は?」
「ちょっ、瑞理っ?」
「あと別に匂ってもないのに自分のワキのニオイとか気にしちゃうタイプの~~……」
「み~ず~り~!! やめんかぁ~!! このぉっ」
なんか滅茶苦茶な事を聞こうとしている友達を来苑は押さえて止め、これらの質問はナシになったのだった。
灰川は何だこりゃと思うが、質問の内容は明らかに来苑を意識した内容だった事は分かっており、どうしろってんだという気持ちもある。しかし別に嫌な気持ちとかは湧いていない。
来苑は顔を真っ赤にしながら瑞理を羽交い絞めにしており、くんずほぐれつの状態になっている。どうやらこれが学校での来苑と瑞理の平常運転みたいな感じのようだ。
上品な感じの白い制服の子達が組み合ってる、なんか面白い光景だった。
「うひゃ~! 普段の来苑からは想像も出来ない柔らかで温かな感触が背中に~! TPOを弁えた程良い強さのハグで襲われる~!」
「まだ言うかこのっ! おりゃ~!」
「はっはっは! 面白いなぁ2人とも!」
そんなこんなで瑞理が暴走して来苑が止めるという、変な方向に行ってしまったのだった。
すぐに暴走は止まって来苑も椅子に座り直し、灰川は笑っているやら、瑞理は楽しそうに満足した顔をしてるやら、来苑はまだ顔が赤いやら、なんだか楽しい時間だった。
「あ、そうだっ、カウンセリングの結果の灰川さんにお勧めの曲は、Vtuber竜胆れもんちゃんのオリジナル曲“サニーRUN”です」
「「そういえば、これカウンセリングだった!」」
こうして来苑の友達とのおふざけ一幕は終わり、灰川たちはその音楽カウンセリングを実施してる教室から出たのであった。
「す、すいませんでした灰川さんっ、自分の友達があんなことっ」
「いやいや楽しかったって、来苑の普段の学校での姿が見れて面白かった」
「ちょ、自分は普段はあんな感じじゃ…! ふ、ふんっ、もう良いっす! どうせ自分は普段はあんな感じですよー!うあー!」
「お、来苑の困り雄たけびが出たな」
案内がてらに校内を歩きつつ、ここが来苑の教室だとか、音楽室は届け出を出せば簡単に使えるとか、そういった話をして楽しく散策する。
校舎は築20年であり、新しくも古くもないという感じだそうだ。高校の校内というのは何だか懐かしさを感じ、忠善女子高校に入った時にも同じ感覚があったな~とか灰川は漠然と思う。
学園祭の校舎内は賑やかだ、音楽イベントの音が聞こえて来たり、楽しく会話しながら歩く人達の声が響いてる。
「それにしても立派な学校だよな、都内にあるし生徒も多いし、学生が色んな活動するには良い環境だよ」
「そうっすか? 自分は学詠館以外の学校を知らないから、あんまり意識した事ないっすねっ」
活動に環境は関係ないという人も居たりするが、やはり田舎と都会では差があるものだ。ここは良い条件が揃っている。
「来苑もあっちの活動の許可も学校から出てるんだろ? やっぱネットの利用法とかも教えられたりするの?」
「ネット活動する子は教えられるっすね、音楽動画をネットに上げたり、SNSを使って演奏の宣伝とかする生徒も居ますから」
今時はネットリテラシーの授業などをしている学校も多いようで、私立校である学詠館は親が富裕層な家も多いため、詐欺や個人情報抜きに掛からないよう教えを強くしてるそうだ。
他にもネット炎上しない運用法だとか、炎上はしないけど不快感を与えない投稿の仕方とか、様々に習うらしい。
来苑たちは会社からも炎上防止の講習は受けており、現在で特に気を付けてる事は『ジャパンドリンク以外の会社の飲料を配信などで口に出さないこと』だそうだ。
番組のメインスポンサーとして2社に多額の出資をしている、ジャパンドリンク関連以外の飲み物の宣伝などご法度らしい。スポンサー契約時にも取り決めがあったとの事で、バックが強くなるにつれて少しづつ制限も多くなってきた。
苦労はしているし慣れない部分もあるが、名を上げていくとはこういう事もあったりするものだ。企業所属で居る限り、しがらみから逃げ切る事は出来ない。
「そういう事ちゃんと教えるっての良いよな、俺の居た学校じゃそこまで深く教えなかったしよ」
「教えられてても自分は炎上しちゃったっすけどね、あははっ」
2人で会話しながら歩いているのだが、実は周囲の視線が少しづつ来苑に集まり始めている。
それは竜胆れもんが身バレしたとかではなく、あの来見野 来苑が何か可愛い!という感じの視線だ。
学詠館はエスカレーター式の学校であり、生徒には幼稚舎からの同級生や先輩後輩も多い。そのため来苑の事を以前から知っている者達は、彼女がいわゆるモテ系女子ではない事も知っていた。
来苑は髪型も喋り方も女子っぽさが薄い子であり、男子生徒からはそこまで表立った注目を浴びる子ではなかった。顔は可愛いけど性格がストライクにならないという感じである。
その来苑が今は何だか凄く可愛い、というより夏休み明けからいきなり可愛くなったと感じている生徒が多い。
「なんか…来見野ってあんな可愛かった…?」
「いや、幼稚舎から知ってるけど、あんな感じじゃなかったよな。前は雰囲気がガサツって感じだった気が…」
「隣の人って親戚の人とかだよな? 冴えない感じだしよ」
「今の来見野…ちょっと良いかも…、カノジョ居るんだけどさ…」
小さい頃から知ってるからこその先入観があり、今まで周囲の者達は来苑の女の子っぽさや可愛さに頓着が無く気付いてなかった。
それが今になって分かり、もっと早くに気付けていればとか思う者も居る。
付き合ってくれと言いたい心が出た者も居るのだが、男の勘として『告白しても確実に振られる』という強い予感があり、学詠館祭という特別な日でも来苑に告白しようと決意する者は居ないのであった。
そんな中で灰川たちは展示物などを見ていき、生徒が作った手芸品とか、来苑の友達が立つステージなんかを少し見たりしていると。
「あっ、来苑! ちょっと相談に乗って欲しいんだけどっ、来苑って小学校辺りの時まで幽霊が見えたって言ってたよねっ?」
「えっ、多真美っ? ちょ、いきなり何っ?」
「すいません親戚のお兄さんっ、ちょっと来苑を借りて良いですか?」
「あ、うん、来苑の友達?」
何やら焦ってる風の来苑の同級生の知田 多真美が話し掛けて来た、お下げ髪のいかにも普通の子という感じで、どちらかと言うと大人しそうな印象の生徒だ。
「ちょっと説明してって多真美、じゃないと行かないからねっ」
「ゴメン、分かったよ。実は黒山先輩っていう人が来たんだけど、悪霊に憑りつかれてるかもしんないのっ」
「黒山先輩…って誰だっけ? 多真美って幽霊がどうとか言う子だっけ?」
多真美はオカルト系はそこまで詳しくないが好きであり、学園祭に来た先輩がオカルトみたいな事を言ってて気になったという事らしい。
黒山先輩というのは多真美の姉の先輩だそうで彼女も仲が良かった、性別は女性で年齢は25歳、学詠館大学卒業で現在は会社社長だ。
「じゃあ私が知らなくて当たり前か、ってか人前で幽霊がどうとか言わないでよ多真美っ! 危ない奴とか思われるじゃん!」
「ゴメンて、でもお願いだから見るだけ見てみてっ! 何も無かったらそれで良いからさっ」
「えっと…じゃあ、兄さんも一緒に行って良いなら行く…」
来苑は瑞理以外の友達には灰川が親戚の兄さんという事にして、結局は灰川と一緒に行ってみる事にしたのだった。
来苑は灰川の影響で最近はオカルト話にも興味が出て来ており、特に都市伝説系の話を好む傾向がある。この相談は何か面白い話が聞けるかもと、内心では少しばかり期待していたりもする。
灰川は来苑に兄さんと呼ばれたが、妹の砂遊に普段からお兄ちゃんと呼ばれているため、兄さん呼び耐性はある。これが身近な人からの兄さん呼びに慣れてない人だと、意外と顔に恥ずかしさとかが出てしまう事が多かったりするのだ。
多真美に連れられて学園祭では使われていない3階の図書室に入る、多真美は司書委員のため図書室の鍵を持っているらしく、こういう時でも入れるそうなのだ。
図書室の中にはサングラスを掛けた成人女性が居るが、当然ながら灰川も来苑も面識はない人物だ。他には人は居ない。
「先輩、幽霊が見える子連れて来ましたよ、見てもらって下さい」
「え…あ…、ありがと、多真美。黒山です」
「えっと、こんにちは、同級生の来見野です」
「親戚の田中です、こんにちは」
今回は来苑に偽名を使って欲しいと言われ、灰川は咄嗟に頭に浮かんだ国家超常対処局の局員、タナカの名前を使わせてもらう。
来苑は秘匿性も大事なタイプのネット活動者であり、その周囲の者も時には名前や素性を隠すのが良いと渡辺社長からも聞いた。今回がその例なのだろう。
4人とも椅子に腰かけ、これから話が始まるのかと思いきや。
「名前を変えた方が良いと思うっす、黒山先輩」
「名前を変えるしかないですね、貴方の名前に何らかの霊的な影響が出ています」
「ちょ!早いって来苑! 名前を変える!? それと親戚のお兄さんも幽霊が見えるんですか!?」
「あー、うん、そうなんだけど言いふらしたりしないでよ多真美。むしろ霊能力とかに関しては兄さんの方が上っていうかぁ…」
「霊的なモノを見たり感じたりする力は来苑の方が上だけどね」
「ええ…? 名前って、ちょっとソレ無理なんですけど」
いきなりの事に多真美が混乱するやら黒山が驚くやらだが、とりあえず来苑と親戚の男は幽霊が見えるタイプの家系の人という説明を軽くして、どうにか話を出来る段階に場は纏まった。
「えっと、とりあえず黒山先輩の話を聞いてからって事でも良いんじゃないですか? あのこと話せますよね先輩っ、来苑って凄く口が堅い子だし、親戚の田中さんも同じって話ですしっ」
「いや、でもちょっと…」
「いや、漏らしちゃうかもしれないから止めておこう来苑、人の秘密とか聞くもんじゃないしな」
「え、あ、まあそうっすねっ」
黒山は他人に事情を話したい感じでもないし、今は自営業者である灰川も他人の事情に首を突っ込みたくない、来苑は興味はあるが自分の活動の事もあるので尻込みする人の面倒ごとに無理に割り込むのも気が引ける。
「先輩っ!それで良いんですかっ!? 私が言うのもなんですけどっ、最近の先輩は変ですよっ! 誰かに話を聞いてもらった方が良いですっ」
「そんなの分かってるよ…でもさ…、結局は私みたいなレベルの人の問題だし、一般の人に話したって私みたいなランクの人の悩みなんて分かる訳ないっていうか…」
「それがおかしいんですよ! 今の先輩は言葉の隅にトゲって言うか、嫌味っていうか、そういうのあるんですよ! 前はそんな感じ少ししかなかったのにっ!」
灰川と来苑は黒山の言葉を聞いて、たった一言だけだったのに心の中で『うわぁ…』と同時に思った。
なんだか言葉の所々に人を見下すような言葉が含まれ、自分を人の上に置きたい欲求がある感じがする。一言で表すなら“嫌な奴”という感じだろう。
イメージとしては前に怪異・幸せのアプリの被害に遭った青島 理実亜が調子に乗っていた時、それを薄味にしたけど嫌味成分を強くして味わいを深めたような感じだろうと思う。灰川はそう感じた。
「というか2人は私の事って知ってます? TwittoerXのフォロワー7万人も居るから、知ってる人も多いと思うんですけど」
そう言いながら黒山はサングラスを外して素顔を見せる。化粧をしていて整った顔だが、そこまで美人という訳ではない普通のルックスだ。
だが別に顔は嫌味な感じではなく、普通の人相でキツい感じもない。変な嫌味を言うような人の顔には見えなかった。
「いや、分からないです。あんまりそういった方面に詳しくないもので」
「自分も分かんないっす、社長さんって聞いたんですけど、芸能人とかもやってるんですか?」
「芸能人とかはやってないよ、私って生き方にも拘りあるからマネージャーとか、出演作の監督とかにも苦労させちゃうと思うし」
「そ、そうなんですねっ、ちょっと勘違いしちゃったっす」
「それと、2人はあんまりネットとかに詳しくないんですね。すいません、一般の人に知ってて当たり前みたいなレベルの対応しちゃって」
「「…………」」
灰川も来苑も心の中ではタジタジだ、すっげぇ嫌な感じの奴という印象が出来上がる。
しかし霊視しただけでは深い事はまだ分からず、何にしても話を聞く以外に方法はない。だけど正直言うと、あんまりこの人と話していたくないという気持ちも強い。
それでも彼女の名前に何かの霊的影響が及んでいる事は分かる。
「今は年商10億の大した事のない会社の社長を25歳でやってるだけの女ですし、人生の成功者と言ってもランクは上の下くらいですから」
「あはは…いや~…、…なんつってねぇ…」
「周りから嫉妬されて羨ましがられるのも疲れるし、特に女からの嫉妬ってネチネチしてますから」
香ばしい!とても香ばしい性格だ!、聞いてもない事を次々と喋るぞ!?
噛めば噛むほど味がする性格のように聞こえる。なお、その味が美味しい味とは誰も言ってない。
人の神経を逆なでする言葉のマシンガンだ、よくそんなんで社長とかやれるな!と灰川も来苑も思う。この人の会社で働きたくねぇな~!と灰川は凄く思ってる。
もうこの場所を離れたいんだがと思ってしまうが、赤の他人とはいえオカルトが関係してるようだし、幼少からの同級生である多真美の頼みという事もあって、来苑は無視はしたくないだろう。
「こんな感じなんです! 前の黒山先輩はそんなに変な性格じゃなかったけど、最近になってスーパーマウント女になっちゃったんだよ! SNSでバカ叩かれてるし!」
「ちょ、止めてよ多真美、マウントとか取ってないって! 事実を言ってるだけでしょうがっ、一般人には分からないかもだけど普通でしょっ?」
「「………」」
霊的な何かが彼女の名前を通して性格に作用しているかは解析できてない、もしかしたら最初からこういう性格だった可能性も無いという事はないかもしれない。
しかし普通ならこんなマウント言動などしないだろう、こんな話し方してたら嫌われるのは分かる筈だ。
マウント癖のある人は世の中に割と居るが、それでもこんなあからさまなマウント取りをネットではなくリアルでやる人は多くない。
実は黒山は学詠館高等部に入っていた際に、3年生の学園祭で4階の奥にある立ち入り禁止の場所に入っていたという事が、この後に明らかになる。
それが関係してるのか、関係しておらず元からこういう性格なのかは、今は分からない。とにかく灰川の前にまたしても“味わい深い女性”が現れたのだった。
以前に藤枝の関係で祓いを請け負った女子高生、超絶スーパーラッキーの後に超速スピードで転落人生になった青島 理実亜ことアトランティス理実亜。
そして今回は来苑の関係で、ごく当たり前のように自覚無しでマウントを取る女社長の黒山ことナチュラル・マウント黒山。
上手いことやれるのか、灰川は正直言って自信が持ちきれない。祓うとしても何だか黒山にマウント取られて精神を乱されそうな気がして来る。




