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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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32話 連休当日

 日曜も過ぎていき月曜日、夜はよく休む事が出来て体も回復し疲れも無くなった。


 ライクスペースからは連絡のような物は無く、昨日は配信も休んで気力を充実させている。


 そして月曜日、遂に改正法が施行される日になり、大型連休の各社の本腰を入れた新たな配信が始まる。この機に乗じてVtuber以外の配信者も波に乗って様々な催しや、この日のために用意した動画を公開して上を目指す。


 灰川も本当は配信をしたいが、月曜日は朝からハッピーリレーの事務所に仕事でがある。


「では灰川さん、よろしくおねがいします」


「はい」


 事務所に来た理由はオカルト配信のお付きの霊能者としてだ、今日はハッピーリレーの配信者はホラー配信参加者は多くが怖い話やホラー動画を披露する。


 エリスとミナミも例外ではなく、佳那美は新人としてデビューの日、ツバサはバズった影響と先日の怨霊騒ぎ、トーク力不足を加味してホラー配信は中止でゲーム配信に予定変更になった。


 今日は5階の配信ルームもフル稼働、4人も5階を使って配信する。


 事務所全体がピリッとした緊張感に包まれていた、今日から配信企業各社の実質的な競争が始まるのだから無理もない。


 エリス達もみんな真面目な顔で打ち合わせをしている、灰川はアドバイザーとしての仕事は終わっており、後は何かが発生した時の対処係としての仕事しかない。


 とはいえ配信者各位にはお(ふだ)も配ってあるし、何かが起こる可能性は低いだろう。


 そして灰川には割と大きな仕事がある、それは配信の感想を配信者に伝える事だ。これはホラー配信に限った話ではない。


 ハッピーリレーは悪いイメージを払拭するため必死だ、しかし配信者と運営の精神的な距離はとても遠く、ロクに感想を言える環境ではないとのこと。そこでほとんど初見の灰川に、初見の者がどう感じたか?を言う役目が任せられたのだ。


「灰川さん、今日は長時間配信ですので、よろしくお願いいたしますね」


「ああミナミも頑張れよ、なるべく俺も見るようにしてるからさ」


「はいっ」


 ミナミも緊張してる、何度か怪談の練習に付き合ったが。まだ自分のスタイルを確立できてないようで、内心では迷いながらの配信になるだろう。それを表に出さないだけのスキルはミナミにはある。


「灰川さんっ、今日からデビューのルルエルだよ~! 見に来てねっ!」


「当たり前だろルルエルちゃん、コメントだってしちゃうぞ」


「~~! うんっ!」


 佳那美は今日からデビューだ、それに伴って灰川も今までのように『佳那美』ではなくVtuber名の『ルルエル』と呼び方を変える。


 それが佳那美には自分もVtuberとして認められ、今日からエリス達の仲間入りを果たしたのだと自覚させる。それが嬉しくルルエルの気合が一層高まった。 


「ツバサ、そんなに気負うな。バズった後に調子が狂うなんて当たり前のことだぞ、緊張しないで行けばツバサの面白さは出るんだからよ」


「わ、分かってるわよ! でも……」


 ツバサは一昨日にバズった後、昨日にも配信をしたがバズった時のような爆発的な面白さを出せず、昨日の配信は若干不発に終わってしまった。


 その事は灰川も聞いており、自分なりの言葉で励ましを送る。


「まぁ、でもツバサの配信はハプニングとかも見せ所だし、逆にそこが可愛いってファンも喜んでくれるじゃん、気楽に行こうぜ」


「ふ、ふんっ! そうよねっ、失敗したって気楽にやるとするわ! ありがとう誠治!」


 ツバサも少しは元気になった、陽呪術を使って欲しいと言われるかもと思ったが、ツバサはそんな事は言わず自分の力を信じて事に当たる強さを見せてくれた。


「灰川君、元気かね?」 


「あ、社長、おはようございます」


 エリスに話し掛けようかとも思ったが、エリスは他の配信者やスタッフから引っ切り無しに声を掛けられており、間を見計らってたのだが社長に声を掛けられてしまった。


「今日は我が社にとって大事な日だ、他の配信企業も同じ思いだろうがね」


「そうですよね、まだ朝なのにネットの盛り上がりは凄いですよ」


 ネットでは各企業やVtuberのファン達が何処の誰を応援するとか、一番話題になるのは○○だとか、SNSや掲示板で盛り上がって祭りのようになっていた。 


 配信やVtuberに興味が無い人からしたら全く関係無いだろうが、興味のある者は全員参加の騒ぎである。ファン達の熱気は凄い物だ。


「ところで、灰川君のアルバイト契約は今週までだったね」


「ええ、まだ時間はありますが、お世話になりました」


 「!!?」


 この言葉に反応する者は居ないと思ったのだが……少し離れたところでスタッフと話してたエリスが一瞬だけ驚いたような反応を見せる、灰川も社長もそれには気が付かなかった。


 この条件はアルバイト採用される際に知らされてた事だ、短期のアルバイトであり長期の雇用ではない。エリスもミナミも知らされて無かったが、聞かれてるとは思ってなかった。しかし近いうちに言わなければならない事でもある。


 エリスが灰川に寄せる信頼は短期間で大きくなった、危機を救われ悩みを聞いて貰ったり、一緒に出掛けたりもしたのだ。今では他人とは思えない仲になっている、そんな人があと1週間もせず居なくなってしまう。


「灰川君、それでシャイニングゲートからの専属オカルトアドバイザー霊能者のオファーはどうなったのかね?」 


「知ってたんですか。まあ、考え中ですねぇ、こういう能力に頼った職業は難しいの知ってるつもりですから」


 「!?」


 また近くでエリスが反応する、灰川と社長は気付かない。エリスの動揺が大きくなる、ハッピーリレーから離れるどころかライバル企業に取られてしまう可能性まで出てきた。


 灰川には業界ナンバー1のシャイニングゲートから昨日、ハッピーリレーの社長の元に灰川を譲って欲しいとの電話があったそうで、それは伝えられていた。


「ライクスペースからの陽呪術師かい?その形で雇われるという話はどうなったかね?」


「あれは多分お流れですね~、霊能力を見せたらめっちゃキモがられましたし」


 「!!?」


 昨日の件は無かった事になっただろう、会社見学は見事に時間の無駄になったという形だ。


 それでも声が掛かった事は嬉しいし、ライクスペースと自分は合わなかったと知れただけでも儲けものだ。


「そして昨日に私から頼んだ件、我が社のVtuberのマネージャーを務めて欲しいというオファーは考えて貰えたかね?」


「なにせ急な話で考えあぐねてます、マネージャーなんてやった事ないですし」


 「ん? んん?」


 傍から聞き耳を立ててるエリスが段々と混乱して来る、辞めるのか、敵になるのか、マネージャーになるのか、かなり違った選択肢だ。 


 灰川はここの所、社長からマネジメント能力があると見込まれており、そこを見込まれてマネージャーとしてスカウトされた。


 実際に灰川が来てからエリスとミナミの調子は上がり、佳那美も更に明るくなってツバサはバズった。その実績を買われたのだ。


「ちょっと待って!? さっきから情報量多いよ!? 灰川さんが今週で辞めるとか、オファーが来てるとかマネージャーとか!」


 遂にエリスが耐えきれずツッコミを入れる、灰川だってさっきからそう思っていた所だ。


「どうされたんですか?」


「どうしたの、灰川さーん?」


「何の騒ぎよ?」


 ミナミ達もエリスの声が聞こえて寄って来た。


「いや実は~~~でさ、短期バイトってこと俺言ってなかったんだな、悪いね」


「で、でもっ、灰川さんがハッピーリレーのマネージャーさんになれば、良い筈です! 私も灰川さんみたいな人にマネージャーになって頂きたいです!」


「灰川さんハッピーリレーやめちゃうの!? そんなーー!」


「ふんっ! シャイニングゲートに行ったら承知しないわよ! ぶっ潰してやるわ! 私のマネージャーにしてあげるんだから!」


 それぞれ驚いたり裏切られたような表情だったり、怒り気味だったり様々だが、一番意味が分からないのは灰川だ。


 昨日からバイト終了やらヘッドハンティングやらマネージャー採用やら、頭が休まる暇が無かった。


「そんな事よりそろそろ配信だろ、今すぐ居なくなるわけでもねぇし、残る可能性だってあるんだからよ」


 「「!!」」


 以前の灰川だったらマネージャーの件は即座に断っていただろう、過剰に疑い深くて、やらない言い訳を探すような性格だった。


 それが10歳近く年下の、あるいはそれ以上の差がある子達の情熱や、配信への姿勢に心を打たれた今なら疑うことなくチャンスを受け入れる事が出来た。


 まだどうするかは分からないが、とりあえずは目先の配信が先だ、その事は皆分かってるから準備に入ったのだった。


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