318話 最近の状況を見ていく時間
福岡から東京に帰って来た翌日、事務所にて前園が録画していたnew Age stardomと、ユニティブ興行の始動配信のアーカイブを見る事になった。
メンバーは灰川、前園、愛純の3名で、まず最初に見たのはユニティブ興行の旗揚げ配信だ、これは絶対に見なければならないというのは分かっている。
しかし福岡では人の命に関わりかねない事態に対処していたし、それらの考察などもしていたので時間は取れなかった。
アーカイブ動画の再生数は100万回を超えており、その数字の多さは配信後にも話題は継続していたのも大きな要因と思われる。アーカイブは詞矢運モシィのチャンネルにしっかり残されていた。
1人あたりの平均視聴時間も長く、良い配信だったという証明だろう。それはチャンネル管理ページで情報が見れるが、もちろん砂遊や事務所スタッフ以外は見れない。
配信の最初は灰川 砂遊こと詞矢運モシィが持ち味の可愛いキモさを出しつつ挨拶していき、配信に来てくれたリスナーに礼を言ったりしている。
やがて朋絵こと手風クーチェが出て来て、モシィとの意外な相性の良さを発揮して配信が盛り上がった。情熱の強いVファンの中にはクーチェを知っている人も居て、2人ともそこそこに名の知れたVの転生という事もあって盛り上がりを増す。
「朋絵さんと砂遊って相性が良いんですね、面白さが上がるっていうか互いの良さを引き立てるっていうか」
「ちょっと予想外でした、朋絵さんは以前はお気楽系Vtuberとなってましたけど、性格はちょっとキツイ部分が見え隠れしてましたから」
「砂遊先輩も丑獅子イオスちゃんだった時よりボケの質が良いですねっ、朋絵先輩ってツッコミ型の性格だけど、そこにモシィちゃんが上手くツッコめるボケを提供できてますよっ」
灰川としては2人の相性が良さそうな事に驚かされた。どちらかというとギャル系というか陽キャグループ寄りの性格の朋絵と、明るさはあるが今は完全に陰キャになっている砂遊とでは配信の相性は良くないだろうと感じていたのだ。
その予想は外れ、クーチェとモシィはしっかり息が合いながら配信が出来ている。2人の間からは本当は仲が良くなかったり、実は相性が悪い者達が発する独特な空気感がない。
「朋絵さんはライスペに居た時にネットでは面白く気楽な感じで振舞っていたんです。ですがリアルでは明らかに調子に乗ったムーブをしていて、それが元で仲間内から良く思われて無かった部分がありました」
「あー…確かに朋絵さんって、そういう調子乗りムーブしてた人みたいな、独特な空気感がありますよね」
「朋絵先輩って悪い人じゃないんですけど、自分が上手く行ってる時に悪い意味で調子に乗っちゃう性格だったみたいなんです。その部分は自覚して反省したって言ってましたっ」
朋絵は自分が上手く行ってる時に、上手く行ってない者を下に見るような部分があったらしい。それが態度や言葉の端に出てくるような性質だったという事だ。
その事を自身も落ち目になった事で上手く行かない者の辛さを知って今は自覚しており、そういった部分が治るよう心掛けてる。
「だとしたら朋絵さんをユニティブ興行に誘って良かった、自分を振り返って反省する事が出来る人ってことなんだから」
「そうですね、自分の悪い部分や間違っている部分があると認めるのは、凄く辛いことですからね」
酷い目に遭おうが苦しい目に遭おうが、決して自分の悪い部分を認めず、自分が正しい、自分は間違ってないと考える人も世の中には多い。朋絵は以前はどちらかと言うと、そっち寄りの性格だったと前園と愛純は言う。
変わらない事は悪い事ではないが、それは時に良い変化や成長を捨てるという事にも繋がってしまう。失敗したまま変わらないなら同じ失敗を繰り返す可能性は上がる、クリエイティブ業という個人の性質が失敗にも成功にも繋がる世界に居るのだから、変わる時は変わるというのも重要な事だろう。
朋絵の性質は今は変わりつつあり、ちゃんと人の話を聞くようになった。
前園とユニティブ興行で再開した時、朋絵は『私の悪い部分を教えて下さい』と自分から言ったという事すらあった。この事は所長である灰川にも話していない2人の秘密であり、灰川も『所属者から秘密の相談をされた時は、俺にも言わないで下さい』と言い含めてる。
収益や待遇、退所したい時とかの相談は別だが、個人的な悩みなどは絶対に口外しない事を約束してもらった。前園は非常に口の堅い人物で、信用できると聞いている。
「砂遊も良い感じだな、ぶりっつ&ばすたーに居た時より尖りは抑えるって言ってたけど、どうなるかだよな~」
「丑獅子イオスちゃんだった時はセンシティブなネタとか、すごくマニアックな事とか言って尖りまくりだったんですよっ! その尖りをソフトに出すのが上手くなってますっ」
愛純が言うように砂遊の言葉はマニアックでありながらも嫌悪感を持たれる内容ではなく、面白さと可愛さとキモさを同時に成立させるという物になっていた。
砂遊も朋絵と同じく成長したという事であり、過去の失敗を活かして今に繋げようと努力してるのだろう。
動画は進んでエイミとリエルも登場して配信は盛り上がる。ユニティブ興行という事務所の所属だとか、それぞれの紹介とかをしながら非常に明るい雰囲気だ。
リエルが『日本のパフェが好き』と言ってパフェについて熱く楽しそうに語ったら、コメント欄は可愛いの文字がドカンと流れて行く。
エイミが『ダンスとお芝居のレッスンを頑張ってる』と言って、そこから1分ばかり2人がダンスを披露すると、やはりコメント欄は『可愛い!!』『ダンス上手すぎ!!』などのコメントが流れる。
全体をしっかり見ると大成功と言える出来の配信であり、その効果はクーチェとモシィの視聴者登録数の急増に現れていた。
「佳那美ちゃんもアリエルもメッチャ良い感じじゃん! 話題にも上ってるし、フォトモデル依頼とか劇団勧誘のメールもいっぱい来てるし!」
「そうですよ! ユニティブ興行さんは一気に話題になってるんです!」
「ちょ、愛純ちゃんうるさいって! 早口でまくしたてないでや!」
トークの間も良いし、それぞれの声も魅力的だ。配信は盛況のまま終了し、次にモーニングドンドンの録画を見ていく。
最初こそ少し緊張気味だったエイミとリエルだったが、すぐに調子を戻して普段のような雰囲気になる。それでも少しばかり繕った感じの雰囲気であり、それもまた可愛らしく見える。
インタビュアーの矛地アナと視聴者に向けて元気に挨拶し、そこからインタビューに答えて行く。リハーサルは少ししかやってないらしく、ほとんどぶっつけ本番と変わらなかったと灰川は聞いた。
2人の服装はエイミは長めのスカートとオシャレな可愛い上着で、リエルはハーフパンツスタイル、どちらも良い感じに似合って見栄えがする。
『エイミちゃんとリエルちゃんは、どんな食べ物が好きなのかな? リエルちゃんは日本のお食事って美味しいって思う?』
『私はケーキとシュークリームが大好きですっ、甘くてフワフワで、とってもおいしいよっ。えへへっ』
『ジャパンの食事はアメイジングだよ! 特にパフェはスゴイんだっ、味はもちろんだけど造形にも芸術性があって、パティシエの味覚とクリエイティブセンスとアート感覚が問われる食べ物ですっ! チョコパフェのビターな甘みも好きだし、フルーツパフェのカラフルな見た目と豊かな味も好きだしっ、本当にスバラシイんだ! くふふっ、それに器との調和もキレイだったりファンシーだったり~~……』
『り、リエルちゃん!? 次の質問に行かせてもらうわねっ、どうやらリエルちゃんは凄くパフェが好きになったみたいですねっ』
好きな食べ物を聞かれたアリエルが日本のパフェについて熱く語ろうとしたらストップが掛かってしまった、この場面は何だか凄く胸に来る可愛さが溢れたシーンだった。視聴者はきっと笑顔になっただろう。
他にもリエルが矛地アナから日本には色んな甘いお菓子やスウィートフードがあると聞き、全部を試したいな!と笑顔で答え、これまた可愛いと視聴者に反応されたらしい。
『エイミちゃんはアグリットの表紙が話題になった時は嬉しかった?』
『はい! だってアグリットって昔からある凄い雑誌だって聞いたんです! モデルさんのレッスンをしてて良かったって思えました!』
佳那美は明るい笑顔と元気な声で答えて凄く雰囲気が明るくなり、視聴者からはエイミちゃんは見てるだけで癒されて元気がもらえるなんて声がOBTテレビに寄せられた。
『モデルレッスンもしてるんだ、もしかして演技のレッスンとかもしてるのかな?』
『うん! リエルと一緒にいっぱいレッスンしてますっ! とっても楽しいですよっ、えへへっ』
ここから流れでエイミとリエルが軽く演技披露をする事になり、カメラが切り替わる。
2人が披露するのはエイミが演じる姉に、リエルが演じる妹が面白く甘えるという場面だった。
『お姉ちゃんっ、お腹が痛いよぉ、ふぇ~~んっ!』
『じゃあお姉ちゃんが治してあげる、リエルは甘えんぼさんだねっ、えへへっ』
『ボクは甘えんぼじゃないよっ! でも甘やかしてほしいなとは思ってるよっ、だからエイミお姉ちゃんはボクを心ゆくまで甘やかして良いからねっ』
『はいはい、じゃあ痛いの痛いの飛んでっちゃえっ、お腹もナデナデっ、良くなったでしょ? リエルは本当はお腹なんて痛くなかったもんね、えへっ』
『バレてたっ! じゃなくて本当に痛かったよっ! でも午後と明日の朝にも痛くなる予定だから、その時もボクを甘やかして良いからねっ、絶対だよお姉ちゃんっ!』
『まったく本当に甘えんぼなんだから、でもそんなリエルがお姉ちゃんは大好きだよっ、えへへっ』
こんな軽い一幕のミニ芝居を披露したのだが、驚くほどに演技が上手かった。灰川は2人の演技が上手いことはOBTテレビでの事で知ってたが、その時よりパワーが増していたような気がする。
内容は可愛さとコメディの味が強めの姉妹の小芝居だったが、まるで2人が本当に姉妹かのように見える演技だったのだ。
言葉や実際の互いの位置で感じられる姉妹の距離感、互いに何でも話せる仲良し姉妹という事が感じられる演技、現実だったら変な会話だというのに変っぽいという事を感じさせない声と演技の抑揚、明らかに小学4年生としては超破格だ。
姉を演じた佳那美は同い年であるアリエルに対して、しっかりと包容力ある姉を演じつつ、アリエルを優しく撫でて癒して落ち着かせる所作が本当に良く出来ていた。
アリエルは同い年の佳那美に対してしっかりと妹を演じつつ、自分たちのテイストを織り込みながら存在感を良い意味でアピールした。撫でられている時の癒されてる笑顔も良い。
こんな短い芝居だが2人の良さが詰め込まれている、この子達のもっと色んな演技や活動を見たいと思わせるものだったと、贔屓目もあるだろうが灰川はそう感じた。
その後も2人のインタビューが続き、どんな活躍がしたいかとか、短い出番の役だと思うけどドラマ出演の話が来てるとか、嬉しそうに楽しそうに話しながら進行する。
『あとね矛地アナっ、ユニティブ興行には他の所属者の人達も居るんですっ、Vtuberのクーチェさんとモシィさん、あと愉快でカワイイ動物たちさっ、くふふっ』
『そうなんですねっ、どんな人たちなのか気になるなぁ~』
そこから手風クーチェと詞矢運モシィの紹介VTRが入り、その事もSNSで話題になっていたようだ。やはり全国区のテレビにVtuberが出ると、どんな短い時間でも話題になりやすいようだ。
『ユニティブ興行の猫ちゃんと狐さんと狸さんの動画もあるよっ、見て欲しいです矛地アナさんっ、えへへっ』
『わぁっ、可愛いー! 凄いデッカイ猫ちゃん居ますねっ、狐ちゃんと狸ちゃんも人懐っこいのね~! 私の地元の狐とは大違いっ』
灰川家の猫たちの動画も佳那美とアリエルが出して、矛地アナが可愛いと褒めて画面にも映される。
この動画にはにゃー子も映っており、オモチやマフ子やギドラ、テブクロと福ポンも可愛く映っていた。にゃー子が映っても心霊動画にはなっておらず、この動画も視聴者には好評を頂けたらしい。
『ユニティブ興行さんってアニマルタレントの仕事もしてるんですかっ? そうだったら更に人気が出るかもっ』
『えっと、所長さんはそれも考えてるって言ってました! 私もにゃー子ちゃんたちとテレビに出てみたいです、えへへっ』
『ボクはオモチのフカフカのお腹と、マフ子のフワフワの尻尾の感触が大好きさっ。ドラマとかモデル撮影のお仕事が一緒に出来たらウレシイです、くふふっ』
このような形でユニティブ興行の所属者達は紹介され、インタビューは終了したのだった。
長さ的には5分を少し超えるくらいの時間だったのだが、構成と編集がしっかりしていて素晴らしい映像に仕上がっている。
SNSではこの動画がしっかり拡散され、所属者達の名前は大きく広がっていた。
実原エイミと織音リエルはテレビに出るために超1流美容師やコーディネイターから容姿を整えてもらっており、ほんの少しだけ化粧などもして更にテレビ映えするように撮影されている。
インタビューに来たスタッフ達からも凄く気に入られ、カメラワークや編集もスタッフ達の100%の気合が乗った仕事だった。実は本来ならVTRは5分以内の放送予定だったのだが、編集したスタッフが土下座しそうな勢いで番組編集部に掛け合って『これでお願いします!!』と頼み込み、VTRの時間を長くしてもらったなんて事情もある。
スタッフ達は心の中ではもっと時間を取ってじっくり20分くらいのVTRにしたかったのだが、どうにか削りに削ってこの時間となった。
他にもエイミがリエルの面白い発言で笑いが止まらなくなる一幕があったり、リエルが男の子と間違われて泣いちゃったなんてエピソードを話したりして、カットや編集によって面白く見やすいVTRに仕上げられており、それが視聴した人の心を掴んだ。
インタビューを見た視聴者からは可愛いと絶賛され、これからの活躍に大いに期待するとか、アイドル活動して欲しいとか、エイミちゃんの声ってルルエルちゃんに似てない?とかの声が上がったのだった。
「アグリットの増刷した分の注文も売れ行きが好調で、本屋さんからも驚きの声が上がってますよ」
「あと灰川さんは知らないかもですけどっ、子供たちの間でも話題になってます! 今日も学校でユニティブ興行の話をしてる声がチラホラ聞こえました!」
有名なアイドルがSNSで2人の事を『メッチャ可愛い!』と褒めたり、人気の俳優がSNSでエイミちゃんとリエルちゃんの演技は凄く良いとか、人気ファッションデザイナーが2人を褒めたりしてるらしく、名前が本当にどんどん広がってるのだ。
2人には上に行けて話題になれるオーラがあり、それを感じ取った有名人たちが2人に強い視線を送っているようである。
「マジか! いや、なんか予想以上だ! ちょ、ちょっと色々と考えないとっ、通学とか車を使うようにした方が良いんじゃないかっ」
「話題に上がってる間はそうした方が良いかもですね、会長さんからタクシーチケットをもらったので、今日はそれを使って学校に行ったようです」
「渋谷東南第3小学校ですよねっ、あそこは芸能キッズ率が高いから、他にもタクシー使ってる子が多いらしいですよ」
四楓院 英明は仕事面だけでなく所属者の身の回りの生活安全の確保もしてくれており、東京を離れていて状況を軽く見ていた灰川にとっては非常に助かる。
ここに来て灰川は事務所を運営する責任の重さ、所属者や職員の身を預かるという事も重大さを感じ入る。
これからは情報は絶対に大事になるし、所属者の活動の把握などは忙しかろうが欠かさないようにしようと心に決めた。
「それとですが、シャイニングゲートさんとハッピーリレーさんが主導してるテレビ番組、new Age stardomも3回目の放送で話題になって視聴率が上がったみたいです」
「え? でも最初から話題にはなってましたよね?」
「元からV好きな人達の間での話題は強かったそうですが、今はファン以外の人達にも宣伝の効果もあって求心力が上がってます。それが3回目の放送で更に跳ねたんです」
new Age stardomは空羽や市乃たちがレギュラーを務める番組であり、それが3回目の放送で視聴者の求心力を広げたそうだ。
番組は自由鷹ナツハ、竜胆れもん、三ツ橋エリス、北川ミナミがメイン出演で、3回目はその他にも多くのVが出演するという方式になっていた。
そこまで名前は広がっていないが視聴者から好評の破幡木ツバサ、2回目放送に引き続き出演のシャイニングゲートの飛鳥馬桔梗と雲竜コバコ、初主演の赤木箱シャルゥとケンプス・サイクロー、その他にも2社のVが出て盛り上がったそうだ。それが数日前の月曜日に放送されている。
MC、いわゆる進行役の司会者はドラグンガールズというアイドルタレントがやってくれており、面白おかしく番組を盛り上げてくれる役をしているという構成だ。
「次はこちらを確認していきましょう」
「ですね、皆の活躍も見ておきたいし、これから仕事で関わる事も増えるんですしね」
「私も出たいですよぉ~! SNSで出演したって自慢したいですしっ!」
「愛純ちゃんは良くも悪くも素直だなぁ、打算的な部分とか自己顕示欲とか隠そうともしないし」
初回放送はちゃんと見ており、その時はVtuberとは何かという説明が多い構成だった。それでも面白い番組だったのだが、やはり初回という事もあって各自の硬さや構成の試作感が多めに出てしまっていたと灰川は視聴した時に感じている。
2回目の放送も見てはいたのだが、疲れもあって集中できておらず流し見くらいの状態になっていた。それでもやはり皆の緊張は少し出ており、良い番組ではあるが調子の波に乗れてない感じがあったと思っている。
そして3回目の放送を録画した物を視聴すると、その出来は灰川の予想を大きく上回る面白さの仕上がりになっていた。
2回目と3回目の収録は同じ日に行われており、慣れが良い意味で体に染み込んだのだろう。メイン出演者たちからは緊張の硬さが良い感じに取れており、それがゲスト出演者にも伝播して明るい砕けた雰囲気を作り出せていた。
『今日はゲストも多いし、新企画の大喜利バトルしよう! 準備は良いかなVのみんな!?』
『シャイゲVSハピレの大喜利対決だね、ソレイさんとリラさん公平に判断お願いしますね、ふふっ』
『うわー! こういうのナっちゃん強いんすよ~! 笑い死ぬ人が出るかもだから注意っすねっ!』
『ちょ、れもん! ハードル上げないでよっ、れもんこそ配信見て笑い過ぎて呼吸困難になって病院に運ばれた人が出たって、ネットニュースになってたよね? ふふっ』
『ナっちゃん先輩、ここでそれ言われたらハードル上がり過ぎますって! 呼吸困難にさせちゃったリスナーさん!もし見てたら、あの時はスイマセンでしたぁ!』
シャイニングゲートの人気トップの2人がハードルを上げ合う場面があり、その時点で笑いを取れるようになっていた。
『蓮雀さんには負けない!絶対に負けない! 雪見坂 モナナの名に懸けて!』
『シャイゲのモナナちゃんがなんで私に!? 登録者とか私の5倍も居るし、私が既に超負けてるんだけど!?』
『前に何かあったの? 実は知り合いとか?』
シャイニングゲートの成人女性Vである雪見坂 モナナが、何故かハッピーリレーの花野錠 蓮雀にライバル心を剥き出しにしたり、そこに薔薇咲ロズが混ざって来たり。
『ツバサちゃんっ!一緒にアッチ系の解答しようぜ! シャルゥ&ツバサで10時過ぎの夜の時間を盛り上げちゃおう! あははっ』
『良いわよシャルゥ先輩! アッチ系でも負けないんだからっ、わははっ!』
『止めなさいシャルゥ! ゴメンねツバサちゃん、ウチのシャルゥが変なこと言って』
『おやおや~? ケンプちゃん何を想像したの~? 私はツバサちゃんに言ったアッチ系って、哲学系って意味だよ~? あははっ』
『ちょ!人のことスケベみたいに言うの止めてってのシャルゥ! ホントにもうっ!』
『ケンプス先輩の顔が真っ赤になってるわねっ! 昨日に剥いたリンゴより真っ赤だわ!わははっ! ところでアッチ系って何かしらっ?』
赤木箱シャルゥが破幡木ツバサに変な事を言って乗せようとした所、ケンプス・サイクローが見事に罠に引っ掛かり美味しい場面を作り出す。
灰川が選出した桔梗とコバコもしっかり存在感を出せており、出番や目立ちの奪い合いのような殺伐とした雰囲気は少しも感じられない。これには司会のドラグンガールズのソランとリラの司会回しの腕に寄る所もあると思われる。
『では大喜利コーナー第1問! Vtuberの配信が開始5秒で突然ストップ!、何があった?』
大喜利とは寄席演芸の1つであり、特定のお題に沿って面白い解答を出すというものだ。答えは面白ければ荒唐無稽なものでも良いし、本当にありそうな内容でも笑いを狙える。決まった答えが無い故に奥が深い出し物で、今も昔もテレビやネットで人気のコンテンツの1つである。
『お!皆さん出来ましたねぇ! はいっ、じゃあ初手はナっちゃんで!』
ナツハは答えを書いて手を挙げ、解答アピールをして最初に当てられる。やはり初手はトップ人気の者が飾るのが良さそうだ。
画面に映るナツハは普段の金髪のVtuber姿だが、動きは普通に動く人間のような生身感が強くなっている。これはこれで魅力的だし、ここから先のVtuberの活躍の場の広がりを感じさせると灰川は思った。
回答方式はタブレットに文字を書いてスタジオ内の画面に映されるという形式だ。
『Vtuberの配信が開始5秒で突然ストップ! 何があった?』
『配信開始5秒で事務所倒産のニュースが流れた、こんなのでどうかなっ?』
『ぎゃはははっ! ナツハちゃんヤベェ! こんな回答されたら私も笑っちゃうって!』
『ナっちゃん先輩、それは流石に私でも経験したくない不幸ですよ!?』
ドラグンガールズのトーク回しが上手いリラが進行役をしつつ、ギャルっぽい賑やかなソランが大きく笑って雰囲気を暖める。
ナツハの回答も普段の配信でも見える面白さも醸しつつ、意外性のある部分を見せて場は盛り上がった。
『ナっちゃんってそういう所あるよね! 変に入り込んだ面白いこと言う時みたいな! はっはっは!』
『これ切り取られたらシャイゲ倒産!?って勘違いする人が出るかも…』
『ケンプス先輩、心配しすぎだって! もしそうなったらエリスちゃんとミナミちゃんに、シャイゲは倒産してませんって声明を出してもらおうぜ!』
『私とミナミはハピレ所属だよコバコちゃん!?』
『ふふっ、他事務所の声明を出すのって何だか楽しそうですねっ』
最初の回答という事で盛り上がり、しっかりと大喜利で笑いが起こるという空気感を作った上で次の回答者に手番が回された。
『Vtuberの配信が開始5秒で突然のストップ!何があった? 回答者はエリスちゃん!』
『配信して5秒後にカップ麺が出来ちゃった!』
『食ってから配信しろっての!ぎゃははは! どんだけスキマ時間でやってんだ!あはははっ!』
『エリスちゃんの回答も良いね!皆さんジャンジャン回答してってね! じゃあ次はれもんちゃん!』
『初めての配信開始して、5秒でyour-tubeがサイト閉鎖!』
『死神みてぇなVじゃんか!ぎゃははっ! デビューから5秒で引退って伝説だろ!あはははっ!』
その後もミナミやツバサも回答し、出演者のVたちは面白い回答を続けて行く。もちろん大喜利のお題も変わって、様々な笑える回答が続出した。
この時に内輪ネタは誰も一回も出さず、ファンではない人が見ても楽しめるような作りの番組にするよう、脚本家や出演者が心掛けてる事が伺える。
薔薇咲ロズはスポーツが関係した回答でスタジオを笑わせ、シャイゲの雪見坂モナナが謎にハピレの花野錠 蓮雀に張り合って盛り上がったり、桔梗とコバコが持ち味を生かした回答をしたりと面白い時間が続く。
大喜利の回答はお笑い芸人と比べても、そんなに悪くない面白い答えが出て来る。もちろんスベった回答もあるのだろうが、そこら辺はカットされるのが生配信とは違った強みだ。
番組に出てる者達は熾烈なネット業界で実績を残している者達であり、そこには少なからずトーク力が関わっている。面白い事を言える技術や思考を持つ者たちであり、新時代のエンタメの才能を持ち、それを鍛えて来た者達なのだ。
その技量は正しく“芸”と言えるものであり、それはテレビに出ている芸能人と本質的な部分では変わらないと灰川は感じている。
『じゃあ最後はVtuber伝言ゲーム! 伝えられるのは一回だけだからね!じゃあ張り切って行こうか!』
番組のラストは伝言ゲーム、何らかの言葉を見たり聞いたりした人が次の人に言葉を伝え、最後の人が最初の人が見聞きした言葉と同じかどうかを確かめるゲームだ。
簡単な事の筈なのに何故か上手く最後の人まで正しく伝わる事が少ないという不思議なゲームで、定番の面白ネタゲームとして昔から人気がある。
『くじ引きで最初はミナミちゃんになったね、ラストはツバサちゃんで!』
『えっと、お題はコレですね、簡単そうですっ。じゃあ桔梗さん、お耳をお借りしますね』
『はい、ミナミちゃん、ふむふむ、分かりました』
他の出演者には聞こえない形でミナミが桔梗に伝言のお題である“Vtuberは住まいを探すのが大変”という言葉を喋る。
『ナっちゃん先輩、お題は“Vtuberは住まいを探すのは大変”です」
『うん、分かりやすいねっ、ルナウサギちゃん、お題は~~……』
次々と伝えられていくが、一回しかお題は喋れないという制限があり、確認の聞き返しも出来ないため少しづつ言葉が曲がっていく。
そして大体は伝言していく中で誰かが取り返しのつかない聞き間違いをしたり、伝える者が無自覚の早口だったり言葉を詰まらせたりして、最初のお題とは離れた言葉になってしまうのが定番である。
『えっ?? あ、はい、うわぁ…』
『えっ? 意味わかんないっ! でもまぁ良っか!』
『Vtuberの家は汚い…? 余計なお世話っすよっ』
そして最後のバトンを受け取った破幡木ツバサが自信満々に立ち上がる。
『ふふんっ、完璧に答えてみせるわ! 私がラストなら安心よ!』
『自信たっぷりだねツバサちゃん! それじゃ行ってみようかっ』
『答えは“Vtuberなんてシュウマイばっかり食べてる”ね! 私は小籠包も好きよ!わははっ!』
『『どうしてそうなった!?』』
良い感じに答えが崩れた所で、どんな風に聞き間違えたり言い間違えたりしたのかの映像が流れて笑いを取り、後は終わりの挨拶をしてからスタッフロールが流れて終わったのだった。
凄く明るく面白い番組に仕上がっていたが、もちろん裏では出演者やスタッフの努力が輝いている。
メイン出演者はディレクターからV同士の被せが弱いとか、平場の面白さとネタの部分との面白さをもう少しメリハリを付けてとか、様々な事を教えられて指示されつつ番組を作っていたりもする。
決して自分たちの力だけで面白い事を言えたり出来たりしている訳ではなく、その事を実感する場面も多々あったりしたのだ。この番組は皆の努力の結晶であり、皆と関わる灰川にはそれが垣間見えた。
それを思うと疲れで見てなかった自分が申し訳なくなり、皆を今まで以上に凄い人達だと思いつつ、自分の事を反省したのだった。
現状は灰川が思っていたより良い方向に進んでおり、ユニティブ興行所属者も2社の所属者も上手いこと話題を伸ばせている状況だ。
new Age stardomの放送中に流れるCMはジャパンドリンクの制作で、2社のVtuber達が凄く良い出来のアニメで飲料の宣伝をする内容が主である。これも人気があり、CM中でも視聴者を飽きさせにくい構成になっている。
しかもジャパンドリンクはOBTテレビの他の番組のスポンサーもしているため、そちらでもVのCMが流れるので興味が無かった層への求心力も高まりつつある。
「実原エイミと織音リエルの仕事はバンバン来るし、気合を入れて行かないとなっ」
「そうですね、手風クーチェと詞矢運モシィも一気に話題に上りましたから、事務所は本格稼働と言って良いと思います」
ここからはユニティブ興行は本格的に動いて行くが、それは所属者や灰川を含めたスタッフが無理をするという訳ではない。
仕事が詰まってしまった時は助けを借りられる環境があるし、前園は優秀で仕事を恐ろしい速さでこなしてくれる。
灰川も契約などの調整やスケジュール管理は今までの仕事で学んでおり、割とそちらの仕事はこなせるようになっている。
そして何より、話題に上ったとはいえ所属者4人の小規模事務所であるため、実はどんなに仕事が舞い込もうが受けられる量は限られるため、現状では忙しくなるとしても限度がある。
「灰川さんっ、私は事務所に入れてくれるって事で良いんですよねっっ? もう入る気満々ですよっ! お父さんもお母さんも、あと一押しですからっ」
愛純は先程に事務所の外で問題発言をしたが、実際には周囲に人は居なかった上に、そこまで大きな声ではなかった。ちゃんとTPOを押さえてああいった真似をする子なのだ。
愛純への前園の評価も高く、口も軽い方ではないし約束は守る性格だとの事で、ライクスペースに居た時も言動ほどに暴れ馬な子ではないと聞いていた。
灰川も愛純とはアカシックベースという謎の精神空間のような場所に入ってしまった時、しっかり仲間の事を考えられる子だと理解している。
「じゃあ、ちゃんと両親を説得して来て、そうしないと俺じゃどうしようもないからさ」
「約束ですよっ? 今度に会う時は私がユニティブ興行の正規所属者になる時ですっ、首を洗って待ってて下さいね!」
「逆に愛純ちゃんこそ、やっぱりぶりっつ&ばすたーに合格したからそっちに行くとか言わないでよね?」
「ぶりばすは既に選考で落ちてるので安心して下さい! あの問題があって元ライクスペース所属者は事務所に所属し難くなってますからっ」
ライクスペース解散の時の問題は業界を巻き込むレベルの大炎上は免れたが、完全に隠す事などで来るはずもなくそれなりに話題にはなったのだ。
その影響で元所属者は業界内では苦しい立場に今は居る者も多い、それでも時期にその風潮も鎮火していくだろう。
こうして灰川は所属者や皆の活動面での現状を把握し、今日の仕事は終わったのだった。
「はぁ~、俺もちゃんとやってかないとなぁ、佳那美ちゃんもアリエルも頑張ってるし、朋絵さんと砂遊も良い感じになってるし」
ユニティブ興行には様々な仕事が舞い込み、今は稼げる算段も大きくなっている。幾つかの仕事は既に契約しており、近々に割と大きな収入が事務所に入る。
もちろん所属者には契約通りに収益を渡すし、所属している事を満足してもらえるよう運営して行きたいと思っている。それが叶う環境も今の所は整っている状況だ。
自分や所属者の休みもしっかり入れつつスケジュールを回し、仕事先の都合でスケジュール変更となった場合などの対応の仕方も教わった。仕事も前よりは早くやれるようになっており、時間と心の余裕は持てるようになるだろうと踏む。
「まあ、しっかりやって行くとするさ! そろそろアリエルのレッスンも終わるし、今夜は新車でアパートに帰るとしますかね、へへっ」
英明から報酬として車をもらって気分も上がり、動きの幅も広がった。明日は車の名義を灰川の物に変えに行く予定も組んである。
ここ数日で一気に状況が変化し、灰川としては嬉しいやら驚くやら感情が忙しい気持ちだ。
灰川がやる事も増えはしてるが対処が十分に可能な範囲だ、灰川だって一人の大人であり、社会的な物事に対しては並か少し下くらいには当たれる。
季節はもう秋に入っており、ここからも色んな事が起るのだろう。
灰川は何となく先々の事で懸念すべき事を考えるが、特に思い付く事もなく念のための契約書類確認に目を戻す。
この時は特に思い付かなかったのだが、実は懸念すべき事があったのを後で思い出す事になるのを今は知らない。
今の時期は小中高生の学校文化祭や学園祭が多い時期であり、予定が無ければ見に来て欲しいと言われているのだ。




