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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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316話 スッキリはしない依頼解決

 灰川たちが福岡に行った3日目の朝、全国テレビであるOBTテレビの朝のニュースバラエティ番組『モーニングドンドン』が、いつものように朝の6時から放送される。


 放送開始はAM06:00時からで、天気予報や話題のニュースなどが流され、キャスターやアナウンサーが短い感想を喋ったりしながら番組は続く。


 その他にも話題の新商品の紹介とか、流行ってる食べ物のコーナーとか、こんなゲームが発売されるとかの楽しいコーナーもあったりする。


 この時間帯の番組は出勤前の社会人から、学校に行く前の子供まで視聴層が幅広く、どんな年代の者でも見れる造りになっている番組が多い。


 モーニングドンドンの平均視聴率は9,5%と高いが、他局であるタカナステレビの番組『ラッキー朝ライフ!』の11,5%には及ばない。


『それでは次のコーナーです! 折道さん、ネットで最近話題になってる子達が居るのって知ってますか?』


『あっ、もしかしてアグリットの表紙の子達ですか? すっごい可愛いですよねっ、私も買っちゃいましたよ!』


 いつもの明るい雰囲気で番組は進行していき、フリップなどが出て最近に話題になってる子達が居ると、視聴者に向けてのトークがされる。


 新しく出来た芸能事務所に所属する子役モデルで、名前は実原エイミちゃんと織音リエルちゃん、この2人が雑誌の表紙モデルをした事で一気にネットの話題に上ったというような説明がされる。


『今日はなんと! この2人に当番組で人気の女子アナの矛地アナウンサーが、突撃インタビューして来てくれました!』


 そこから2人の詳しい説明と煽りが入る。


 人気雑誌アグリットの表紙写真で話題になり大人気に!?


 SNSのTwittoerXで投稿ポスト総数3日で50万件超え!?


 カルチャー誌アグリット爆売れ!増刷決定! 紙媒体誌には2人の表紙ポスター付き!


 日本邦新聞の中面広告1面に雑誌表紙写真で広告宣伝も話題に!


 そんな説明を交えた煽りが入った後に矛地アナウンサーが出て来て2人の元に行き、実原エイミと織音リエルが登場する。これで晴れて2人はテレビデビューだ。


『こ、こんにちわっ! 実原エイミです、えへへっ』


『え、えっとっ、ボクは織音リエルですっ、ユニティブ興行所属の子役モデル?です』


『こんにちはエイミちゃん、リエルちゃん。2人ともカワイイ~! インタビュアーの矛地です、よろしくね』


 少し緊張気味の入りで2人へのインタビューが始まり、アレコレと聞かれたり答えたりしながら進んでいく。


 登場シーン自体は5分も無いようなものだが、朝番組のインタビューとしては凄く長い時間だ。




 その同時刻、灰川たちは博多市内の木村沢エステート本社に居た。早朝から本社の中で木村沢一家が三田丘という人物の事を調べているのだ。


 金保志と銀上が依頼していた悠燕と世理呼は依頼を撤回という形になり、それぞれに口止め料として金を払って帰ってもらった。


「灰川せんせー、藤枝さん、悠燕さんと世理呼さんって大丈夫なんですか?」


「あー、まあ一応はね、悠燕さんの方は完全に解決したとは言い難いけど」


 悠燕は相当に厄介な霊現象に晒されており、灰川の陽呪術を以てしても取り返しの付かない事になるまでの時間稼ぎしか出来ないと分かった。


 悠燕には彼がどのような霊力を持ってるか等を話し、その力で除霊行為をしていると凄まじい祟りに遭う事も教えた。


 悪質な精神を持った者達や、人の生き血を啜るような事を生業にしているような連中の除霊を行えば、彼の身も大きな危険に晒される。


 そもそも幽霊の幽霊に何かをされなくても、悪人に危害を加えられる可能性は捨てきれない。危険な連中など信用するべきではない。


 祓いの御札などを持たせた上で可能な限り寺社仏閣に参拝し、オカルト依頼はもう受けないようにと灰川が言ってある。


 その上で解決の糸口が掴めたら灰川が連絡すると言い、間に合うかは分からないが助けになると約束した。たった1度とはいえ酒を一緒に飲み、少しは仲良くなれた人を見捨てるのは忍びない。


 しかし悠燕が灰川が言った事を守るかどうかは分からない、稼げる仕事を手放したくないと思うかも知れない、そこは本人の心掛け次第だろう。


「藤枝さんは世理呼さんのこと助けたんだよねっ? 大丈夫だった?」


「……ぁ……はぃ…」


 世理呼は移植手術が元で霊能力が開花し、それなりに少し変わった形だが強い霊力を持っていた。


 しかし修行や修練というようなものを全くしておらず、除霊はお世辞にも質が高いとは言えないもので、見栄えと動画映え重視の我流だった。


 それでいて霊能知識など総合的なオカルト知識も非常に薄く、霊能活動における知識はほとんどが『思い込みと自分の考え』という部分が強く、危険な呪いや悪霊に対する自身の防御も出来てない状態だったのだ。


 思い込みや自分の考えを持って物事に当たるのは大事なことだが、世理呼はそこの比重が強かったのだ。


 その上で過去の事に少なからずコンプレックスを持っており、人気ストリーマーという立場のプレッシャーもあって、精神的には不安定な状況だった。


 世理呼は過去の経験から差別というものを嫌って恐れており、どうやったら自分からも世の中からも差別が無くなるんだろうね、と藤枝に助けられた後に聞いたという一幕があったのだが。


『…ぇ…ぇっと……、男性も女性もっ……白人も…黒人もアジア人も……ぜんぶ差別しちゃえば…、平等だと…思います…っ』


『朱鷺美ちゃん!?』


 などと答えて世理呼が驚くという場面があった、藤枝は本気でこんな事を言ってる訳ではないのだが、何だか変な事をたまに言う奴である。そういった所も友達が居ない原因かもしれない。


 とにかく世理呼は呪いの影響は消えたが、灰川がちゃんと霊能修練を積んで下さいと言い含めてある。動画活動するのは良いけど、活動の激しさとレベルに対して技量が伴ってないと伝えた。


「ふぁ~…まだちょっと眠いなぁ、昨日は色々あったし」


「……うん…」


 木村沢一家からは三田丘という人物の事をそれぞれに聞き、永太は特に新しい情報は無かったが、兄弟からは情報が得られた。


 金保志は同期で入った三田丘 紘一と気が合わずに仲が悪くなり、それに感付いた同僚達が会長の息子である金保志に忖度し、三田丘を無視するなどのイジメが始まった。


 しかし金保志はそれを知りつつ止める事はせず、やがて精神的に追い詰められた三田丘は、自殺とも考えられる状況の事故で数年前に亡くなる。


 その時には金保志は三田丘の葬儀に出席したのだが、誰かが話す声で『三田丘の保険金は3001万と710円』だったと聞こえて来た。


 金保志はそれを聞いて非常に後悔したのだが、家族に自分が原因かもしれないと言う事は出来なかったそうで、今もトラウマとなっている。


 しかし変な記憶もあり、葬儀で三田丘の家に行った時に、家族と思われる女性と男の子が金保志を笑って見ていたような気がするのだと言った。


「三檜さん、早奈美ちゃん、早ければ今日にも帰れるかもなんですけど、明日まで掛かる可能性もあるので、その時はすいません」


「いえ、お構いなく。我々の仕事は警護ですので、灰川先生がこちらにいる間は付かせて頂きます」


「私も大丈夫ですよー、トレーニングもホテルで出来ますしね」


 銀上も三田丘 紘一という人物と同期入社だったと言い、普通に会話しつつ仕事をしていたらしいのだ。


 しかし数年前に病気を発症して会社を休職、医療保険適用外の治療で多額の治療費が掛かってしまった上に、会社は実質上のクビとなった後に亡くなった。


 その引導を渡したのは当時の上司になっていた銀上であり、嫌な気持ちになりながらも解雇の通知を送ったそうだ。


 三田丘の医療費は3001万と710円であった事を覚えており、家族は大変な思いをしただろうと感じている。


 しかし妙な事があり、解雇の通知を送る前に家族に電話をしたそうなのだが、さも普通の事のように受け答えされたのを覚えてるそうだ。


 そうこうしてる内に木村沢一家が調べ物を終わらせて応接室に戻って来る、そこで灰川以外の者が隣の部屋に移り、灰川だけが木村沢一家の話を聞く事になる。


「灰川さん…どういう事なんでしょうか…? 分からない事が出て来てしまって…」


 永太はやはり三田丘 紘一に不良債権となった土地を売却して借金を背負わせた、その後に三田丘は家族と一緒に事故死しているのは間違いないらしい。


 しかし兄弟の同期には三田丘という名の人物は居なかった、そもそも兄弟は九州各地を仕事で渡り歩いていたのに、各地で三田丘に関わった記憶があって不自然だと思うようになっている。


「これはどういう事なんでしょうか…? あり得ない記憶があるなんて…息子たちも呪われているという事でしょうか…っ?」


「父さん、私にも何が何だか分からない…三田丘のことはしっかり覚えているっていうのに…っ」


 一家にとって三田丘の事は暗い記憶であり、誰かに話したりはしてこなかったと言う。


 この時点で大体の事を灰川は予測を立て、呪いを祓う算段を立てた。


「まず先に言いたいんですが、自分はお祓いの時とかに何がどうなって現状に繋がったとかは、話さない事が多いんです」


「えっ、ですがそれを知らないと同じ事が起きるんじゃ…」


「本人が呪いの原因とかに全く心当たりが無いとか、自分が原因なのに明らか気付いてないとかの場合は話します。でもそれらが分かってる時は別です」


 今回の案件は永太が過去に行った行為が原因だが、憶測でしか語れない部分が多過ぎる。


 不良債権となった土地を友に売り、その後で責任感も持たずにクビにしてしまった。その恨みが大本の原因となっていると思われる。


 永太に掛けられた呪いを見ていくと、やはり三田丘という人の呪いが元になっている可能性が高い。


 三田丘は生前に永太に何らかの呪いを掛けたのだ、酷い恨みから来るものだから、命に関わる呪いとか他にも様々な呪いを実行してしまった。


 精神的にも不安定だったらしく、オカルトなんて物を真に受けて実行するくらいに変になっていたのだろう。


 素人の呪術などまず成功しない、三田丘は当時にあった何かしらのオカルト本を見てやったのだと思う。


 しかし1つだけ成功してしまったモノがあったらしい、それが何らかの商業呪術だったようだ。


 三田丘は元々は活発で人から好かれるタイプの人間で、幸せな家族を作っていた人物と聞いたが、恨みと憎しみに染まって呪いという不確定な手段に走ったらしい。効果があるかどうかなんて分からないが、やらずには居られなかったのだろう。


 成功した呪いの効果は商売が失敗するとか、良い儲けの仕事が消えるとかのモノだったのだろう。それは掛ける事に成功したようだ。


 しかし呪いには反動が付き物であり、そして呪いとは『失敗しても反動だけは来る』なんてモノも存在する。


 やり方によっては絶対に効果は発動しないのに、反動だけは来るなんてモノすらある。これは悪質な霊能者がネットや噂で広めている場合もあった。


 三田丘は恐らくだが自分が実行した各種の呪いの反動を受けてしまい、事故なのか心中なのか分からないが、家族と共にこの世を去ってしまったと思われる。


 三田丘は呪いはしたようだが霊にはなっておらず、悪念が永太に影響して霊的な現象を起こしていた。


 その呪いも最初は大きな物ではなかったと思われる、付け焼刃の呪術では大きな効果は望めない。


 元々は大きな効果は無かったが、40年近い時間の中で呪いが薄まる事なく強まって、目に見える効果が表れ始めたのだろう。


 それが間違った除霊や悪質な霊媒師などに引っ掛かった事により複雑化し、今のように様々な影響を及ぼすようになった。


 しかしこれらは全て灰川が状況から判断した憶測でしかなく、確証など何も無いのだ。


「今回は何を言っても憶測にしかなりませんので説明は出来ません。呪いの元は見えたので解除に移ります」


「え、はあ…わ、分かりました…」


 今回の件は裏切りからの恨みによる呪いが変化したモノで、依頼者のトラウマとなっている約3000万円という金額を起点に、血縁者の記憶の中に三田丘 紘一という名前のトラウマを植え付けるというモノとなっていたらしい。


 そこから悪い運気などを引き寄せつつ精神の均衡を崩して判断を誤らせ、人生や会社を悪い方向に向かわせるというモノに変化した。


 商売に悪い影響を及ぼす商業呪術が起点となり、記憶改竄型呪術、精神的負荷(ストレス)増幅呪詛、運気低下の呪いなど、様々なモノに派生したのだ。


 それも三田丘や家族の呪いなのかは分からない、霊能力者とは言っても全てが分かるわけではないし、ここまで変化してしまっていては解析も無理だ。


「憶測や主観ばかりの思い込みの説明をしたのでは、騙してるのと変わりません。それに問題の元は何かは分かってる筈ですので」


「はい…分かっています、少なくとも私には…」


 裏切りと浅慮により一つの家族の命が失われ、裏切った者が生き続ける。なんともやるせない話だ。


 それでも灰川は生きている人間がオカルトによって不幸になるのは良しとしない、少なくとも無条件で見捨てる事はしない。


 仮に永太たちが呪いによって不幸になれば、回り回って金保志と銀上の子供たちだって不幸になる。裏切った本人である永太だけ見捨てるとしたら、永太に掛かってる呪いが再び伝播する事だろう。


 後ろめたい事が何一つない人なんて少数だろう、誰だって嘘を付いたり、何かを盗んだり、ダブルスタンダードだったり、そういう罪を犯して生きるものだ。


 権力や財力を持っている者達が犯す罪、それは時に大きな波になって誰かを襲う事がある。今回がソレだった。


 憶測が当たっているなら悪いのは永太だ、だが彼は生きている人間だ。当時の事を悔やんでおり、何度も悪夢にうなされる夜を過ごした人間なのだ。


 今回は裏切りによって人が死んでいると思われる案件であり、人を死なせた元凶を助けるというのもスッキリとはしない。


 だが所詮は憶測でしかない、どんなに真実に近かろうが、仮に灰川の考えが全て当たっていたとしても憶測でしかないのだ。


 主観ばかりで判断したり、憶測や決めつけで誰かを罰したり裁いたりすること、これはとても危険な事だ。国家超常対処局のタナカもそう語っていた。


「これを機に三田丘さんの墓参りや供養をして反省の念を持って生き、その上でこの事を恥として語り継いで、裏切りや浅慮の悪さを家族や子供たちに語り継いでください。それが本当の供養となり、三田丘さんの魂も少しは報われるでしょう」


「っ…! はい…そう出来るよう努めます」


 罪には罰があるのが望ましいが、灰川では当時の状況や三田丘の人間性や考えなども分からない。本当に永太だけが悪かったのか、永太の知らない所で他の誰かも関与していた可能性だってあるかも知れない。


 そして今回の事は四楓院家からの依頼であり、仕事として適当な落としどころを作らなければならなかった。彼らと多少なりとも仲良くなったのも、お祓いをしっかりしようという気持ちに拍車を掛けた。


 木村沢一家は永太を含めて全ての精神が悪の者達ではない、色々な要因あって悪い面も良い面もある普通の人間だ。それが今回はこのような事になってしまった。


 灰川は40年前の出来事や、お家騒動の当事者ではない。部外者である灰川には判断が不可能な部分が多過ぎる。


 もしも自分が三田丘のような目に遭わされたなら許せないと感じるだろうが、それでもやはり他者が他者の感情を憶測で測るべきではないと灰川は自分に言い聞かせた。


 どうにもスッキリしないが、灰川はしっかりと陽呪術や経文浄化を使って、三田丘 紘一という人物の呪いを解いたのだった。




 依頼は解決し、御札や清めの塩などを売りつけて木村沢エステートの本社を出た。お祓いは時間が掛かってしまい、今は夕方である。

 

「灰川先生、単刀直入にお聞きします。木村沢さん達はどのように感じられましたか?」


「えっ?」


 博多市街地の静かな場所で4人で座って休んでいると、三檜が唐突に聞いて来た。


 この質問は英明が灰川に聞けと三檜に命じた物であり、今後の九州へのビジネスの考慮に用いる情報としての質問だった。


 その事は灰川は分かっておらず、とりあえずは彼らと接して感じた事や、依頼を終えての感想を言う事にする。


「木村沢さん達って、かなり歪な部分がありました」


「それはどういう部分でしょうか?」


 灰川は昨日に木村沢親子とも雑談をしており、その時にも霊視や会話呪法などを用いて対処をしていた。


 その中で感じたのは霊的な事よりも、彼らに対する違和感が大きかったのだ。


「金持ちって色んなタイプが居るけど、タイプには傾向があるじゃないですか。成功した創業社長は遊びや生活への金遣いが荒いとか、2世は割と質素な遊び方をする人が多いとか」


「そうですかー? 2世のボンボンとかって遊び歩いてる人が多い気がしますけどね」


「そういう人は東京に多いかも、遊ぶ所が多いから身の上とか割れること少ないだろうし」


 金持ち2世だと親の金で遊んでるとか思われたくなくて、派手な遊びを控える人も多い。地方都市や田舎だった場合はそういう人が多くなる傾向がある。


「タイプの話に戻るんですが、稼げる人達って何かしら突出してる部分がある人が多いなって俺は思うんです」


 カリスマ性が人より高い、口が人並外れて上手い、どんな場合でも冷静に物事を考えられる、そんな具合だ。


 それらが複数ある人も居るし、四楓院家の英明や陣伍のように多方面で非常に高いレベルの突出した何かがある者も居る。


 自分に適した環境や状況を作り出せる能力を持った人とも言えるかもしれない。


 灰川の見立てではハッピーリレーの花田社長は仕事面での体力と集中力が高く、激務だろうがこなしてしまえる体がある。これによって学びを得るチャンスも人より多かったから成功したのだろうか。


 シャイニングゲートの渡辺社長は口が上手くて情熱が高く、人を纏める力が強いと灰川は感じる。信頼されやすく尊敬されやすい性格であり、それがビジネス才覚に最も繋がってる気がする。


「木村沢さん達はそういった部分の突出した何かが、多分ですけど…イザという時に冷たい決断が出来るって部分だと思うんです」


「なるほど、確かにKMIグループは過去に業績悪化した際などにリストラなどをしていますしね」


「他にも理由はあって、今回の依頼に関する話せない部分や、話している間に何処か冷たい部分がある人達だなって感じたんです」


 今回に聞いた話は心の冷たさが原因になっている気が灰川にはしていた。


 永太が同僚である三田丘や取引先に不良債権を売っていたが、それは自分が会長の座に就くための手段である。


 金保志はニセモノの記憶とはいえ、イジメを止められた立場でありながら知らんフリしていた。


 銀上は公益財団法人を作りたいと言っており、心根は良い奴なのだが記憶の中では三田丘のクビにサインした。


 あの一家には何処か人間としての冷たさがある、それが経営方面で良くも悪くも生かされて伸びて来たグループなのだろう。


「KMIグループは経営センスの古さで伸び悩んでるって聞きましたけど、それって経営層の人間的な冷たさが原因なんじゃないですかね。困ったらリストラ、稼げない傘下は非を押し付けて切り捨て、そんな経営方針を最終セーフティにしてるっていうか」


「なるほど…」


 良く言えば情に流されない経営が出来るという事だが、悪く言えば非常に冷たい経営と言えるだろう。ある意味では不況に強い経営とも言えるかもしれない。


 かつてKMIグループは事業拡大や各地への進出に余念がなく、そこにあやかりたい企業が集まって大きなグループになった。


 グループの初代トップなどは最初はそこまで冷たい人ではなかったと思われる、永太なども人間的な冷たさの部分は表には出さなかった事だろう。


 だが近年になって経営やグループ内投資で躓きが出始め、冷たい部分が何処か感じられる経営になっていたのかも知れない。


 非正規雇用者の人員整理、その結果で正規職員の残業が多くなったとか、設備投資の出し渋りやグループ内融資の慎重化など、組織の中に不満が出始めている可能性がある。


「あくまで個人の意見ですけど、KMIグループと仲良くするなら方法を考えたほうが良いと思います。冷たさが見えない形でグループの経営が出来るくらい優秀な人達って事ですから」


「なるほど、分かりました」


 経営というものは時に冷酷な判断をしなければならない時があるのだろうが、KMIグループはその判断を大きな苦も無くやってしまう傾向があるように感じられた。

 

 グループの立て直しを追放という形で行うとでも言うのか、冷たい判断を下す事に慣れ、その非を自分たちが被らないようにするノウハウに長けている。


 それでいて大きなグループだし、豊富な人材が居るから多少の事では揺らがない。


 情に厚い人が多いと言われる九州地方においては異質であり、その経営の特徴は使いようによって大きな武器となって来たのだろう。


 しかし変化が激しい近年の経済界の環境においては、冷たい部分の発露が多くなっていたと思われる。その風潮は傘下にも影響した筈だ。


 非正規雇用者を容赦なく切ったり、昇給を渋ったり、人材育成や設備への投資をしなくなったり。


 つまりは『困った時は上手いこと言って負担を下や他者に押し付ける』というもので、その冷たさは永太の時代に強くなったはずだ。


 永太は借金を売るような真似をしており、その性格を見るとそう思える。


 そういった経営はメリットもあるが、今の情報化社会ではデメリットも非常に大きい。根本部分を見直さなければ、会長が交代しても経営はキツさを増すだろう。


「もしKMIグループと関係を深めるなら、話のイニシアティブは絶対に渡さない形にした方が良いと思います。譲歩は禁物という感じですかね」


「…やはり英明会長が見た通りの人だったのか……分かりました、ありがとうございます」


 三檜が何かを言ったが、灰川や藤枝には聞こえなかった。


 灰川が思うに、永太を最も呪っていたのは三田丘ではなく、永太自身だったのではないかと心の何処かで思った。


 それはオカルト的な呪いではなく、人生における心持ちを歪ませる『後悔や立場の束縛』という長い呪いだ。


 過去を長く後悔していた事から、永太は自分の冷たさや裏切りを大きな物と捉えない性質は、彼が望んで持った性質ではない事が分かる。


 けれど経営危機や長引く不況によって冷たい判断を余儀なくされ続け、そちらの性質が大きくなっていってしまった。


 その性質は永太も気付いてはいて、それが様々な悩みとストレス、そしてオカルト的な意味での呪いの発露に繋がった。


 それはある意味では永太自身が自分を呪ってしまった結果というようにも見える。


 そうだったとしたなら、これは三田丘の呪いは成就したという事になるかも知れない。長い長い時間を掛けて精神を擦り減らされる呪い、永太はお祓いや除霊では解けない呪いに掛けられ続けている。


 しかし全ては憶測でしかない、事の全てを知る訳ではない灰川が判断するべきではない。


「まあ、とにかく依頼は解決しました。後味は良くないけど、オカルト依頼ってそういう物が多いですしね」


「そうだったんですねー、まあ解決したならヨシですねっ」


「…良かった……と思います…」


 オカルトでも普通の仕事でも後味が良いものばかりではない、むしろ後味が悪いものの方が多いだろう。


 世の中は0か100かでは回らない、人の精神だって善か悪が100という人は珍しいし、社会で人と関わる以上は仕事内容や後味が0か100になる事だって少ないものだ。


 灰川だって善が100の人間ではない、過去にはほとんど詐欺会社と変わらないような所に勤めて、粗悪な商品を高い値で売るような真似に加担していた時があった。やっぱり誰しも極論では語れないものだろう。


 なんとも煮え切らない終わりだと灰川は思う、初めての遠距離出張の後味は少し悪いものとなった。それもまた人の世というものだ。


 人を不幸にした人が長い時間を掛けて本質的な幸せを逃し、後悔の多い人生を送る。そう考えると永太は40年もの間も呪われて生きて来ていたのだ。


 罰という物は目に見える物だけではない、必ずしも期間が決められる物でもなく、支払う罰金なども絶対に決められた額とは限らない。


 永太は三田丘に3000万円の損害を与えたが、永太が呪いを受けて損失したグループの被害はそれ以上の金額かもしれない。


 勝利者などは居ない、満足する結果を得られた者も居ない。割を食った者と呪われた者、そして第3者として祓いをした者達が居るだけだ。


「さて、帰るとしますか。藤枝さんも早奈美ちゃんも学校に行かなきゃだろうし、俺も仕事とかあるかもだしね」


「そんなこと言っちゃってー、ホントは東京で待ってる美少女たちに早く会いたいとか思ってるんでしょー? にししっ」


「おいおい、そんなんだから金髪スケベって目で見られるんだろ~?」


「別に良いですよー、気にしない事にしましたし!」


「…お腹…へりました…、…ぁぅ……」


「灰川先生、最後に博多名物を食べて帰りますか? 金保志さんから美味しい店を教えてもらいましたので」


 博多の空に夕日が差す、それは昼でも夜でもないどっちつかずの空だ。けれどもその夕日は美しく街を照らす。


 明日は東京での仕事が再開だ、どんな風になってるか詳しく現場の事が分からないから不安だが、まあ大丈夫だろうという気持ちで行くとする。


 しかしこの時、灰川はお祓いの後は疲れからかスマホの電源を入れ忘れており、飛行機の中では寝てしまったため連絡などはまるで見てない状況だった。重要な決定などは既に返事をしており、三檜にも連絡は来てなかったため情報は受け取っていない。


 そしてスマホの電源が切れていた事は、明日の朝まで気付かないのであった。


 今回は色々と挑戦してみたつもりでしたが、上手く行かない部分も多かったです!

 悪い奴だけど良い部分もある、でもやっぱり悪い部分も目立つという感じでイライラを引き立てようと思ったんですが、上手く行かなかった部分も多かったですね。

 懲りずに書いて行きたいと思います!

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― 新着の感想 ―
誰も報われない結末だったな…… 呪いの大元は亡くなっている上に霊すら居なかったし。
>悪い奴だけど良い部分もある、でもやっぱり悪い部分も目立つという感じでイライラを引き立てようと思ったんですが、上手く行かなかった部分も多かった  灰川が常日頃に霊能仕事の代償を大きくしないように…
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