312話 変化するモノ
「はぁ…」
「灰川せんせー、どしたんです? やっぱ面倒なお祓いって感じだったんですか?」
「いや、聞いた話があんまり気持ちの良い話じゃなくってさ、お祓い依頼だと普通の事なんだけどね」
別荘のリビングのような所で灰川、藤枝、早奈美は会話している。
三檜は木村沢に着いて行き、夜間銀行で大金を下ろす付き添いに行っている。警護としても心強いだろう。
「やっぱ世の中って色んな人が居るし、色んな事があるもんだなって思ってさ」
「当たり前じゃないですかー、今更ですよ」
「……ぇっと……はい……」
灰川は依頼解決の段取りを頭の中で組みつつ、先程に聞いた話を元に色々な考えを巡らせた。
土地に関する種々の問題は、昔から色んな問題やトラブルを生んで来た。
首都圏では悪徳不動産が暴力団を使って地上げ行為をしていたというのが有名だが、各地の地方都市でも同じような行為、そして地方ならではのトラブルが続出した時代があった。
地方での土地問題の代表例は、公共事業が入って高く売れる事が分かってる土地を地元議員の親戚などが買い漁ったり、所有者に掛け合って情報が出回る前に安く買ってしまうという事が各地であったのだ。
他にも木村沢が語ったもの、開発計画中止により価格が高騰していた土地が一気に価格下落を起こすというのもあったそうだ。
これは大きな地方都市の周辺だった場合は特に影響が大きく、灰川の出身地の地方でも、これが原因で身を持ち崩した人が居たと聞いた事がある。
土地というのは一般人には大きな買い物であり、ある意味では投資という側面もある。負ければ大痛手となる投資、そして三田丘は『負けが確定してる投資』を、自身と家族の安定した生活という目的が多少はありつつも、書面を交わさず木村沢を信じて購入した。
それを木村沢は大きな買い物と認識しておらず、この程度の約束は破ってもOKという判断をしてしまった。
「人って境遇によって物の見方って変わるって分かってた筈だけど、流石に今回のはなぁ…」
生まれや育ち、裕福かそうでないか、容姿が優れてるか否か、人には様々な境遇がある。それによって世の中の見え方や視野の広さが違ってくるが、視野が広いと逆に足元が見えないものなのかもと灰川は思った。
木村沢は権力も財力もある家に生まれ、就職後は出世が約束された道を歩き、会社からの給料以外にも家から様々な理由で金を受け取っていたと言っていた。
就職してすぐに家を買い、車を買い、およそ普通人とはかけ離れた生活を送っていたのだ。新入社員時点で一月に貰う金は給料を含んで400万くらいだったそうで、家なども楽に買えた。
しかも株式投資なども親から下がって来る情報を頼りに行い、金が金を生むという環境にも居たのだ。
そういった境遇が金に対する意識を普通人と違くさせ、3000万程度という感覚になっていた。
「……灰川さん……世理呼さんっていう人……色々やって…」
「あ、本当だ、コスメ&アクセサリーショップとかやってんのかぁ、除霊依頼とかも受けてるっぽいし」
「悠燕って人は特に何かやってる訳じじゃないっぽいですよー、検索してもSNSにも出て来ないですね」
リビングで2人の霊能者の事とかKMIグループについて調べたりするが、一般的な情報くらいしか出て来ない。
こんな事でSSP社の情報網や情報屋を利用するのも嫌だし、多少のネット調査程度で済ませておく。
「ちょっと屋内を見回るか、霊視していこう藤枝さん」
「……はい…所長…」
「じゃあ私も付いていきますよー、警護ですしね。ってか1人で居るの怖すぎですよこの家!」
そのまま別荘内を歩いて霊視調査していき、情報収集に努めるのであった。
「灰川せんせー、霊能力者って生活して行けるもんなんですか? そんなに依頼とか沢山あるイメージないんですけど」
「商売って依頼が無くてもやっていける場合があるんだってさ、太い客を掴むっていうのが代表例だと思う」
どんな商売や活動でもそうだが、大きく金を払ってくれる客が居れば成り立つ場合がある。この事は大学時代にバイトしてた居酒屋の店長、この前に市乃たちと一緒に行ったノンアルバーの店長から聞いた話だ。
例えば、まるで客が入ってないのに何年も営業しているBARとかは、何らかの太い客を掴んでいる、開店前から太い客を掴んでいる場合が多いのだとか。
高級な店でもない所で1本1万のシャンパンに50万円を払ったり、スーパーで売ってるフルーツを盛り合わせた物に何万円も出したりして、更には店内に他の客が居る場合はその人達の飲食代まで払ってしまうような人達だ。
こういう客が2人も居て月に2回も来てくれれば飲食業は成り立つ、だからこそ様々な商売での『太い客の奪い合い』は苛烈な時があると聞いた。
何処かのBARでは、従業員が太い客を自分に引っ張ってから自分の店をオープンし、元の店は無くなってしまったなんて話も聞かされたのだ。
商売が立ち行くか、上手く行くかは太い客を掴めるかどうかは重要だと店長から聞かされている。
「そういう太い客ってさ、収入関係では当然凄く有難いんだけど、他にも有難い部分があるんだってさ」
「何ですか? お客を連れて来てくれるとか?」
「それもあるんだけど、商売のやり方を教えてくれるんだって」
1万円のシャンパンを50万で買った人は、その行動で『高い酒の1本くらいは仕入れておけ』と、口に出さず教えてくれている。
フルーツの盛り合わせを頼んだ人は、腐りやすいフルーツは理由が無ければ常備するな、注文を受けたら近くの24時間スーパーに買いに行けと教えてくれた。24時間スーパーが無ければフルーツ盛り合わせではなく、スナック菓子の盛り合わせを用意できるようにしろと言われた。
店のトイレに行った太い客が『ここのトイレはあまり良くないな』と言った時に詳しく話を聞き、酒メインの楽しい時間を売るタイプの店は、どんなに忙しくてもトイレを1時間に1回は清掃しろ、それが売り上げに直で繋がると言われた。客が1時間でも入っていたいトイレだと思えるように自分の店も心掛けてると語ったらしい。
客の要望の100%に応えられずとも、100%の満足を与えられる手段を用意しろ。金を掛けずに好印象を持たれやすく出来る所は常に良くしておけとか、そういう事や手段を間接的や直接的に教えてくれる。
実践的な商売を教えてくれるというのは人によっては有難いだろう、それを言葉ではなく体験や実話をもって教えてくれるなら尚更だ。
「他にもさ、バレエダンサーの人でステージ料より金持ちの子供のマンツーマン指導料の方で稼いでる人の話とか、太い客に気に入られて心に余裕が出て売れた芸人とかさ」
店でなくとも太い客を掴んで成功している人も居るし、そういった話は所々に存在している。
それは霊能者も例外ではなく、除霊師や占い師の後ろに金持ちが居て、そこから稼いでいるという人は多い。
「そっかー、でも何かズルい感じもするかもですねー」
「ズルいって事はないさ、そこから商才が開いて凄い稼ぐようになる人も居るし、太い客からすれば何かの理由があってその人を応援してるんだろうから」
商売の才能がある人なら太い客が居れば伸びる可能性は増える、やはり商売や活動というのは金が命になる場合が多いようだ。
太い客を掴む事をズルいという人は少ないが、それでも立場や環境による掴みやすさの違いは大きいと、灰川は親戚の灰島 勝機に聞かされた。
サッカーとかだと点を取れて活躍できるフォワードポジションの人が、チームではなく選手個人を支援する個別スポンサードを獲得しやすい傾向があるらしい。
そういう面では大小の格差が出て来るものだとは感じるが、同時に太い客は怒らせると商売終了の時もあるから諸刃の剣の場合もあるとも聞かされた。
「霊能者も一緒だよ、太い客を掴めればやっていける。そうでなきゃ食ってけない人が半分以上だと思うよ」
「なんか納得したかもですね、霊能者もそんな感じですか」
昨今ではyour-tuberなどでも視聴者をバンバン増やして稼ぐとかより、太い客を掴むために活動してる人も多いと灰川は聞いた。どんな業界でも金払いの良い客は喜ばれる。
だが、金によるトラブルや道の踏み外しが多いのが世の中だ。商売や収益目的の活動をするなら避けては通れないのだろう。
「色々と見回ったけど特に変化なしかな、相変わらず霊状態は悪いね」
「……はぃ…えっと……」
「だよね藤枝さん、やっぱ今までの除霊行為が悪い影響とか出してるよね」
解決のために様々な事を試したのが裏目に出ている感じを2人は受けていた、詐欺霊能者が逆効果の事をしたのかも知れないし、KMIグループという太い客を掴みたかった霊能者が余計な事をしてしまったのかも知れない。だが真相までは分からない。
とりあえずは木村沢 永太がかつて裏切った友である三田丘という男の念が元になっていると考えているが、見て回る内に何だか違和感も感じていたのだ。
灰川が見た所だと呪いも見えたのだが、色々あった事によって呪いの形が変わってしまっていた。霊的な解析をしてみたが完全には分からず、恨みが元になる呪いとは何か違うような気もした。
「……あの……なんだか…あまり感じた事のない感覚が…しました……」
「そうなんだよね、まあ3000万円を用意して三田丘さんの霊と疎通して、どうしたいのか聞くのが一番だと思うんだけど…それも出来るのか少し怪しくなってきたな…」
今回のお祓いの方法は3000万を用意して三田丘の霊を呼び出し、どうして欲しいのかを聞くという方法にしようと思う。
恐らくは親族に渡せとかの返答が来るだろうと予測は付けてある。
これで全ての悪念が消える訳ではないだろうが、少なくともお祓いが出来る程度には薄まる筈だ。
「にしてもさ、まだ三田丘さんの霊らしきモノを俺は見てないんだけど、藤枝さんは見た?」
「……見て……ないです…」
永太を見た時も別荘内を見た時も三田丘と思われる霊は見えなかった、これだけ悪念があるにも関わらずだ。
調べるごとに違和感が強くなると同時に、嫌な予感も強くなっていった。
三田丘の霊と交渉するつもりだったし、これだけ濃い念があるなら話は出来るだろうとは考えていたのだが、まだ三田丘の霊は灰川たちは見ていない。
永太ですらも『そうに決まってる』と言ってはいたが、実際に見た訳ではないらしい。
「灰川さん、金を用意しました。これを三田丘の親族に渡すという事で良いんですね?」
「はい、そのつもりです。明日に三田丘さんの霊に3000万円を親族に渡して呪いを収めてもらえるよう交渉します。成功したら三田丘さんの墓参りをして、親族の所に向かいましょう」
「あの、私は三田丘の墓の場所を知らないのです…。親族の住所なども知らず…」
トラウマによって墓参りにも行けてなかったようであり、親族の住所なども知らなかったらしい。葬儀にも参列しておらず、住所関係などは全く知らないそうだ。
「ならば会社の履歴書などを確認してから行きましょう、そうすれば親類関係の一つくらいは分かると思います」
「40年ほども前の話ですので、そういった物が残っているかどうか…あ、でも住宅を買ってもらった時の書類はあると思いますから」
何十年も前の履歴書などを保管してるかは分からないが、土地の購入書類なら残っている確率は高いだろう。そこに何かしらの情報はある筈だ。
そんな風に明日の段取りをリビングで付けてる時に、何名かが廊下を歩いて来る音が聞こえた。怪奇現象ではなく普通の人が歩く音だ。
「父さん! その人をまた連れて来たんですか!? さっき返したというのにっ!」
「また詐欺に引っ掛かって金を持って行かれたらどうするんだよ! 除霊だか何だかは俺に任せてくれ!」
回復したらしい兄弟がリビングにやってきて、灰川の姿を見るなり声を上げる。自分たちがどうなっていたか覚えていないようで、灰川に対して食って掛かって来た。
それを見て藤枝は怯えており、灰川が立ち上がって前に出ようとした所を三檜と早奈美が前に出る。
「灰川先生は木村沢会長に依頼されてこちらに来ております、先程にお二人が灰川先生に助けて頂いた事は覚えておられないのですか?」
「は? なに言ってるんだ!」
「早く帰れ! KMIグループに取り入ろうとしても無駄だ!」
得体の知れない人物に騙されたり手柄を横取りされるのを恐れ、話も聞かずに追い出そうとする。
この件は兄弟にとって除霊騒動というよりは、会長の椅子を争う物事の一つという側面が強い。
「金保志、銀上、灰川さんはルーツKIYさんの関係から紹介された方だ。静かにしなさい」
「「え…?」」
ルーツKIY、国内で最も大きい広告代理店であり、年間売り上げは1兆円を超えるような大企業、株価時価総額は平均で1兆円、兄妹も当然ながら知っている大企業である。
そんなルーツKIYの後ろに居るのは四楓院、これは財界人であれば知っている事だった。
父がルーツKIY関係と言ったのだから一般職員の関係じゃない事は分かる、最低でも部長クラス、順当に考えればもっと上の者、代表取締役の可能性だってある。
まさかルーツKIYの他にも様々な会社の筆頭株主、もしくは出資者にして権利者である四楓院関係という事は無いだろうが、それなりに強い伝手のある人物なのは感じ取れた。
「分かりました、荒い事を言ってしまいすいませんでした。木村沢エステート副社長の木村沢 金保志です」
「木村沢 銀上です。申し訳ありません」
今までの言葉遣いや態度を謝られたが、灰川個人としては不快ではあっても腹を立てたりはしていない。疑われて当然の商売なのだから、その部分は気にすべきではないのだ。
だが心の中では『遠距離出張は事によっては大損する可能性あるから、四楓院関係とか以外ではうけないようにしよう』とも考える。
「お嬢さんもすいませんでした、色々あって感情的になってしまいまして」
「父さんが昔に詐欺師にやられちゃった事があってね、疑う気持ちが強くなってたらしい」
「……ぁ……はぃ…」
藤枝も怒鳴り声を聞いて怯えたので兄弟にはすっかり心の壁が出来たが、疑われた事に関しては気にしていない。
しかし怯えの心は非常に強く、謝罪を受けても解消する事は無かった。
「とりあえずですが、3000万円に関しては明日まで金庫にでも保管していて下さい。後は会社で調べてからにしましょう」
「はい…三田丘の親族の方が受け取ってくれるかは分かりませんが…」
三田丘の親族が金を受け取るかは分からないが、そこは恐らくは大丈夫だろうとは思う。後はしっかり供養しつつ灰川が祓いをして、御札などを送って行けば霊現象は防げるだろう。
40年も昔の出来事であるため親族が詳細を知っているかは分からない、永太にとっては大した苦しみも無い金額だが、三田丘の霊には40年もの間を永太が悩んで来た事も説明して許しを得るつもりでもあるのだが……。
「父さん……三田丘の事を知ってたのか…? 誰にも言ってない…はず…っ」
「お…おいっ、父さんっ…? 三田丘ってっ……なんで知って…っ…!」
「「え?」」
永太は40年間、誰にもこの事は話してこなかったそうだ。それなのに三田丘という名前を聞いた瞬間、兄弟の顔色が変わった。
2人とも『なぜ父さんがその名前を知っている?』という疑問が、明らかに表情と声に浮かんでいる。
「あの…三田丘さんって、どういう人だったんですか…?」
話の中では三田丘という人物は誠実で明るく、義に厚い人物だと聞いた。しかしそれを確かめる術もないし、聞いたままを信じるしかなかった。
永太は今回も三田丘 紘一という人物は、明るくて義に厚くて誠実な人物だと説明する。身長や体格は平均的で、髪形なども清潔感のあるサラリーマンという感じだ。
「ちょ、ちょっと父さんっ…! その人って俺が知ってる三田丘 紘一と同じですよっ」
「お、俺だってそうだけどっ、40年前…? バカなっ、だってコウちゃんは5年前にっ…」
なんだか話が更に複雑になってきた、息子たちにも三田丘という人物の記憶がある。これは何なのかと思ったが。
「とりあえず寝ている悠燕さんと世理呼さんも連れて別荘を離れましょう、急激に霊状態が悪くなりました。恐らく祓ってもすぐに同じような状態になります」
「そ、そういえば…寒気がして暗い気がしますね…、気味が悪いような…」
「今夜は街の何処かで過ごしましょう、そうでないと、どんな霊現象が起こるか分かったもんじゃない」
この話をした途端に更に別荘内の霊状態が悪化しており、廊下の奥の暗がりの通路の奥では誰かが頻繁に行ったり来たりする気配がしている。
リビング近くのトイレは、よく見るとドアノブが動いているし、階段の上からシャッ、シャッという何らかの音がしていた。
「藤枝さん、これってアレだよね…?」
「……はぃ…でも……こんなに変化するなんて…」
灰川と藤枝は木村沢 永太に発生している現象が何なのか、大体の予測を付けた。
一連の現象は後継者争いが活発になった辺りから発生しており、そこから永太は様々な方法を頼りに現象を収めようとしている。
その方法は間違いであり、状況を悪化させる一方でしかなく、息子たちが連れて来た霊能者も事態を悪化させている。
そして…息子の2人にも三田丘という人物と何かしらがあったらしく、平静を乱されていた。
「これ…元々は商業呪術だったかも知れないね藤枝さん、変化し過ぎてて分からなかったけどさ…」
「……うん……でも……」
「だよね、とりあえず三田丘って人が本当に居たのかどうか確かめるのが先だね」
商業呪術、主に商売に関係する場で使われる呪いであり、その被害は色々な形で現れる。
その呪術が使われている可能性があり、色んな要因が重なって呪術から他のナニカに変化してしまった可能性が出て来た。
これはもしかしたら、永太ではなく木村沢一家を狙ったモノかもしれない。
灰川たちがオカルト依頼を受けている時は既に時刻は夜になっており、ユニティブ興行と砂遊のお披露目配信は始まっているのだった。




