31話 他社の見学
渋谷にあるライクスペースの事務所に到着する、場所はハッピーリレーの事務所とは駅の反対側で、外観はかなり広めのビル、事務所は30階から32階をテナントで借りてるそうだ。
エレベーターを30階で降りたら広々とした近代的なオフィスが広がっていた。
「広くて立派ですね、広さだけで言ったらハッピーリレーの3倍はありそうですよ」
「ハッピーリレーさんは階数なら当社よりありますからね、こちらにどうぞ」
案内されて各所を見せられていく、どこもここも立派でオシャレ、綺麗で片付いていて働きやすそうだ。
職員の表情も疲れてはいるが余裕がありそうな顔色だ、ブラック企業ではないんだろう。
営業部、事業部、事務室、企画部、様々なデスクを見せられ、その度に凄いと思ってしまう。
どの部署も粛々と真面目に職員が仕事をしつつ、各員が意見を通わせたり新たな企画を上下の関わりなく言い合ってる。報告も連絡も相談も気軽に出来る環境が整ってるのだ、これは勤める人達の人間性が成熟してないと作れない環境だ。
「続いて32階のストリーミングフロアを案内します」
ストリーミングとは動画配信の事であり、配信する者達はストリーマーと呼ばれる。ストリーミングフロアは配信者やVtuberが配信をする設備が整った階層で、ハッピーリレーで言う配信者専用階と同じような物だ。
「すっげぇ…」
エレベーターを降りた瞬間にそんな声が漏れ出る、まず天井が高い、32階は天井が10mくらいあって解放感が素晴らしい。
広いフロアの中には多数の配信ルームと思われる部屋が漫画喫茶のように立ち並び、狭い部屋から広い部屋、多人数配信に向けた部屋などが立ち並ぶ。
そこは配信特化の防音の行き届いた屋根天井付きのボックスルームが綺麗に清潔に並んだフロアだった。観葉植物や所属Vtuberのイラスト、配信者の柔らかな笑顔の写真なども所々に飾ってあり、空気清浄も行き届いてて素晴らしい環境だ。
居心地が良い、落ち着く、リラックス出来る、まるで清掃の行き届いた商業施設みたいな雰囲気である。
「ここに住みてぇ~……」
「恐縮です、では配信室の中もご覧ください」
配信室の中も凄い、室内は部屋の大小関わらず高そうなパソコンがあり、マイクやウェブカメラなどの機器も素晴らしい物が揃ってる。
ハッピーリレーと違うのはルーム内には小型の冷蔵庫が各ルームに備え付けられており、配信者は外に出なくてもドリンクなどが飲める環境という部分だ、ハッピーリレーは室外にドリンクバーがあるから、ここは明確に違う。
「ドリンクはスポンサー企業からの提供品や、配信者に人気のドリンクが取り揃えられております」
お茶、ジュース、エナジードリンク、選り取り見取りだ。椅子などもゲーミングチェアやソファークッション椅子などで体にも優しそう。
「本当に登録者さん下がってるんですか? すっげぇ良い所に見えるんですけど」
「お褒め頂きありがとうございます、ですが本当です」
そんな疑いの目を向けてると、通りがかった一人の少女が話しかけて来た。
「前園さん、こんちわ! その人は、えっと?」
「初めまして、灰川と言います。今日はライクスペースさんの会社の見学に来させて貰いました」
「そうなんですね! 私は滝織キオンでっす、ライクスペースの配信者だよ!」
「滝織さん、言葉遣い」
「あっ! すいません!」
さきほど聞かされた登録者が88万人から1か月で5000人減ったVtuberだ。
「灰川さんって私のこと知ってます? けっこう有名だと思うんだけどさ!」
「ええ、まあ、詳しくはありませんが知ってますよ」
「やった! ありがとございます!」
実の所はさっき前園から聞くまで知らなかったが、今は知ってるから嘘は言ってない。
ここで灰川は滝織キオンから嫌な気配を感じた、これは良くないモノの気配で、その気配の正体には即座に気が付く事が出来た。
「滝織さん、川の弓なりの真ん中の先に当たる土地のマンションに住んでますね、引っ越した方が良いですよ」
「え?」
「風水的に悪い気が通る場所で、影響を受けない人も居ますが、滝織さんは強い影響を受けてます。視聴者さんが減ったのと学業の成績が下がったこと、最近体調が優れないのもそれが原因ですね」
「ちょ! なんでそんな事分かるんですかっ!? ストーカー!?」
「いえ、弓なり地に住んでる人で影響を受けてる人は分かりやすいんですよ、他にも冷蔵庫に入れてるのに中身が腐ること多くありませんか?」
「う、うそ……なんで分かるのさぁ…」
全て当たってたようで、灰川は滝織キオンから気味悪い目で見られてしまう。昔からよくある事だから灰川は特に気にしない。
「もし事情があって住み続けなければならない時は、良い神社からお札を買って穢れを軽減したり、植木鉢の観葉植物を置く事をお勧めします」
観葉植物を置く理由は弓なり地の悪い気は水の性質を持つ、そこで水と相克の関係にある土を置くのが望ましい、土は水を堰き止める効果がある。
「は、はぁ…どうも… は、配信あるんでっ!」
滝織キオンは気味悪そうに去って行った、こんな事を突然言われたら気持ち悪がられて当然だろう。
「まあ、こんな感じで人から嫌われる訳ですよ、それでも雇いたいって思います?」
「…………」
傍から見れば凄いと思うかもしれない、だが当事者からすれば気味が悪いに決まってる。
本物の霊能力者は気持ち悪がられる事が多い、何故なら人に好かれるための嘘を付きにくいからだ。偽物の霊能力者は人から好かれるために都合の良い事を言ったり、人を騙すために不安を煽って洗脳したりする。
灰川はそういった事はしない、人に嫌われようが霊能を求められたら真実を口にする。その結果として人に嫌われる事が多いが、嘘を付いて恨まれるよりはマシだと考えてるのだ。
「一応お聞きしますが、ストーキング行為などはしてないですよね…?」
「してないって言って信じます? あなた方が雇おうとしてるのはストーカーかもしれない男なんですよ」
「…………」
「ライクスペースさんは俺に対して会社の中を見せるという誠意を見せてくれました、自分も能力の一端を見せなければフェアじゃない、そう思って言い当ててみただけです」
オカルトを信じられなければ今の灰川の行為はストーカー紛いの言い当てだ、しかしそれを見せなければ霊能力者という物を理解してもらえない。
「気味悪いでしょう? こんな奴を雇う事はお勧めしませんよ、なにせ言ってる事が嘘か本当か分からないんですから」
「確かにそうかもしれません…少し甘く見ていたかもしれないですね…」
今の滝織キオンとのやり取りが全てを物語っていた、危険人物なのか本当の霊能者なのか霊能力が無い者には分からない、それは危険人物を招く可能性だってあるという事だ。灰川からすると、もし会社に入った後で危険人物と断定される事が最も怖いからこそ、先に能力を見せたのだ。
「帰りますね、どうやらこの話は無かった事になりそうなので」
「いえ…その、何と言いますか…」
空気的に灰川はもうお呼びは掛からないだろう、珍しいもの見たさで招かれたか、ライクスペースが求めていたのは本当の霊能者ではなく、都合よくストリーマーをバズらせる事が出来る『バズらせマシン』だったのだろう。
「それと前園さん、子供の頃にやった`こっくりさん`の揺り返しの呪いが今頃になって来てましたよ、サービスで祓っときましたんで」
「………!?」
「先生に怒られて中断したのはマズかったですね、友達の和美さんには神社にお参りするよう言ってあげてください、変な気配を感じてる筈ですから」
「!!? うそ…なんで私のことなんか言い当てられるの…」
こうして灰川のライクスペース見学は終わった、子供の頃から何度もあって慣れてるとはいえ気味悪がられるのは気持ちは良くないし、寂しく感じてしまう。それは大人になっても変わらない。
明日からは灰川はエリス達ほど忙しくないが、ハッピーリレーと配信業界はかきいれ時だ。気を引き締めて明日に望もうと考えるのだった。




