307話 山間の別荘にて
早朝、灰川たちは車に乗って目的地へ向かっている。
朝の6時頃にホテルを出たため眠気は少しあるが、早めにベッドに入ったため思ったよりは眠くない。もちろん部屋は個室だった。
「あ、そういや早奈美ちゃんって昨日さ、四泉川高校だって言ってたじゃん? 俺って史菜と同じ忠善女子高校だと思ってたんだけど」
灰川は以前に早奈美と史菜が『学校で会ったらよろしく』みたいな会話をしてるのを聞いてそう思っていたのだが、実は違ったようで少し違和感があった。
「違いますよー、四泉川高校と忠善女子高校は学校交流が割とあるんで、もしかしたら会うかもねって話してたんですよ」
「そういう事かぁ、交流って英会話交流とか論文交流とかやるアレでしょ?」
「そうですよ、あとIT交流とか大学受験交流とかやってるっぽいです」
四泉川高校は共学だが、普通に女子高とも学校交流しているらしい。中には互いの高校の生徒同士で付き合ってる者も居るそうで、交流を通して青春が育まれているようだ。
「史菜と空羽とかも交流に参加してんのかな、2人とも勉強も得意みたいだし」
「たぶん参加してないと思いますよ、忙しくてそれ所じゃないと思いますし、もし参加しても2人なら1回で嫌になってパスするようになると思うし」
早奈美が言うには史菜と空羽は1回でも参加したら、必ず四泉川高校の男子参加者から連絡先を聞かれ、好意責めに遭うだろうとの事だ。
2人とも容姿が整っているし声も凄く良い、そういう子は男子の的になるのは当然なのだ。偏差値の高い四泉川高校でも、男子には一定数は異性に強い興味を持つ生徒は居るらしい。
四泉川高校は複数の学校と学問交流をしているらしく、男子も女子も節度を弁えて仲良くしている。しかし中には異性目当てで交流参加してる生徒も居るようで、そこはやっぱり青春なんだなと感じる。
「交流に参加する男子って大きく分けて2種類でさっ、真面目に勉強のために交流参加してる男子が8割、もう片方は他校の女子目当てで参加してる2割って感じ、にししっ」
「まあ、そういうもんだよね。俺が通ってた男子校だったら、女子目当ての参加者が10割だったかもだぞ」
「灰川せんせーの通ってた高校の名前って県立ドスケベ高校? もしくはエロダイスキ高専とかですか?」
「そんな名前の高校があったら興味深過ぎて教員になってかたかもな~、就職したら後悔しそうだけど」
「……ん…っ、……ぶふっ…!」
そんなしょーもない話をしていたら、会話が耳に入っていたであろう藤枝が声を潜めて噴き出す。この子はシュールな話を聞くと、たまにこういう風に笑いを堪えたりするのだ。
四泉川高校の男子生徒は当然ながら自校の女子と付き合っている生徒が多いらしい、忠善女子高校の女子や他の高校の生徒を恋愛ターゲットにしてる者も居るが、そちらは少数派だ。
やはり当事者たちとしては同じ高校の生徒と恋愛したいと思うのが多数派のようであり、男子高校に通っていた灰川としては新鮮な話に聞こえる。
だが実は、史菜は学校交流に参加した事は無いのだが、空羽は2年生の時に1度だけ参加した事があった。
その際に複数の男子から連絡先を聞かれたのだが上手く躱し、それが嫌で以降の参加はしなくなったという経緯がある。まさに早奈美が睨んだ通りだ。
その時の男子は既に卒業してしまった者も合わせて、たった1度だけ会った空羽の事を忘れられず、今も密かに彼女の活動を応援している。その空羽が今は冴えない成年に強く恋している事を知ったらどんな気持ちになるか。
彼らは空羽の実写チャンネルを通して彼女が自由鷹ナツハだと知ってはいるが、それを拡散したりとかはしていない。というかファンの間ではナツハの中の人が、どういう容姿なのかは有名だ。
恋に破れようが相手にされなかろうが紳士たる者は潔くあれ、彼らは次の恋を探しつつ己の道を今日も進んでいる。
恋や望みに破れた男の全員が強い執着を持つ訳ではない、でもやっぱり未練はあったり、男心だって複雑なのだ。
「おっ、何か良い感じに事務所の方が進んでるっぽいって連絡来た、良かった良かった」
「今は会長が主導してるんですよね、だったら上手く行きますってー」
「俺がやってたんじゃ絶対に上手く行かなかったろうしなっ、芸能事務所の運営とか素人同然だし」
灰川はハッピーリレーのマネジメント業務や経理の手伝いなどをやっていたが、業務に関してはほとんど素人だ。ある程度の勉強はしているが、ハッキリ言って知識も何も全然足りない。
「でもVtuber事務所の運営とか憧れる人って多いんじゃないですか? 特に今時だと」
「どうなんだろ、ウチはV事務所じゃなくて総合芸能事務所って感じだけどさ。Vになりたい人は多くても、運営になりたい人って少ないんじゃないかね」
「灰川せんせーって意外とVに興味なくないですか? 業界人なのに」
「うーん、業界に関わるようになったのは偶然が元だし、その前はVに今よりも興味とか知識とか少なかったんだよね。今は流石に少しは分かるけど」
灰川は三ツ橋エリスに会うまではVtuberに興味は少なく、上澄みのVたちの名前は知っていた程度という感じだった。
その後は色々とあって、Vをやってる人達と関わったり内情を知ったりして、その結果として知識や情報は知るようになっている。
市乃や空羽たちと関わって彼女たちを意識するようにもなったし、皆は凄いと心から思っているし尊敬してる。
そんな皆から好意を寄せられている事も今は知っているし、その事は純粋に嬉しい。
しかし実を言うとVtuberというものに対する興味の強さは以前と大して変わっておらず、それどころか仕事で関わる人達という認識になり、Vtuber自体がどうとかは思う事が前より少なくなった。
「興味が無い訳じゃないよ、でも関わるってなると興味の形とかも違って来るもんだし、配信部分じゃない人間的な部分とかとも関わるからさ」
「そーいうもんですか、なんか想像つかないかもですね」
「関係者だからって四六時中もVtuberとか配信者の事とか考えてないよ、そんなの疲れるだけだし」
「まあそうですよねー、Vのファンだって四六時中も推しの事とか考えてる訳じゃないでしょーしねっ」
Vtuberも関係者もファンも人間だ、その中には色々な人が居て、灰川もその一人というだけだ。人間である以上は仕事や同僚や関係者への、興味の度合いや相性なども違うもの。
灰川が関わったVは市乃たちだけではなく、中にはソリが合わない人とかも普通に居たのだ。
渡辺社長が言っていた事で、本音を隠す人、考え方が良くも悪くも独特な人、シンプルに性格が悪かったりキツかったりの人、そういうVtuberや所属者と灰川も関わって来た。
そういう事もあって灰川はVtuberという媒体に対して強い理想などもなく、ファン心理のようなものがほとんど無い。
今となっては3社の所属者達は利害に直結する存在でもあり、関わる人達は関係者個人として見ている。今はVtuberや配信者だからどうだとかの目は無くなっていた。
仲の良い皆は少し違う感情を持っているが、それ以外の人達は関係者としてキチンと接している。
「早奈美ちゃんと藤枝さんもVtuberになってみる? ユニティブ興行なら信頼できる所属者歓迎だぜ、はははっ」
「残念でしたー、SSP社は副業禁止でーす。将来有望の警護士Vtuberのスカウト失敗でーす!にししっ!」
「…ぇ…えっと…っ、…私も……すいません……」
もちろんジョークスカウトであり、2人がV活動をするとか考えていない。特に藤枝は致命的にVtuberとか配信者に向いて無いだろう。
「そりゃ残念、じゃあ藤枝さんは今まで通り事務サポートお願いしたいぜ、めちゃ助かってるからさ」
「…ぁぅ……はぃ……」
「早奈美ちゃんは警護対象の人に言い寄られ過ぎてSSP社クビ!、とかなっちゃったらウチに来なよ~、はははっ」
「うわっ、ちょっとオヤジっぽいけど悪い気はしないかもっ!」
スカウト失敗した所で目的地に到着し、ハイヤーを降りて歩いて行ったのだった。
その場所は福岡市から1時間と少し離れた場所であり、周囲は山や森という立地、そんな自然豊かな中に広い豪邸が建っていた。
「デカイ家ですね、何ていう人の家でしたっけ?」
「九州を中心に飲食チェーン店や酒造業、不動産業など広く営んでいる木村沢という方の別荘です」
三檜が答えて説明を聞くと、木村沢という家は九州に強い地盤を持つ実業家の家で、四楓院家とは事業面でそこそこに繋がりがあったそうだ。
現在は郊外に大きな家を構え、九州や関東で様々な事業を行っているらしい。
資産などは四楓院には遠く及ばないそうだが、KMIグループの会長である木村沢 永太は九州に強い事業地盤がある。
しかし近年ではグループ経営者層のビジネスセンスの古さが出て来たようで、現在は事業面では守りの姿勢が強い。
四楓院は九州で事業展開をする時は木村沢を通して話を付ける事が多いそうで、それは大阪や広島など西日本で強い力を持つ経済圏の『西日本共同開発機構』も同じだそうだ。
つまり九州はビジネス的には独自の経済圏があり、四楓院は関係を深めたい事情があるらしい。
「木村沢さんって名前は聞いてたけど、私も初めてお会いしますね。三檜主任はお会いした事あったんですよね?」
「車内で話した通りだ早奈美、では灰川先生もお話した通りに進めて頂ければ幸いです」
「分かりました、藤枝さんはあんまり緊張するようだったら、席を外せるよう頼むから安心してね」
「……ぁ……はぃ…っ…」
木村沢という家の事は三檜から車内で聞いた、金持ちな家だけど家族仲があまり良くないらしい。
理由は後釜争い、今の会長は70歳を超えており引退が間近だ。KMIグループのトップの座を狙って、それぞれグループの要職に就く3人の子供達が争っている状況なのだ。
「こんにちは、四楓院から来ました三檜です。こちらは霊能力者の灰川先生と助手の藤枝さん、こちらはSSP社の三梅です」
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。木村沢会長は中に居りますのでご案内します。私は会長秘書の坂戸です」
三檜が最初に挨拶して灰川達も紹介してくれた、それぞれに頭を下げて挨拶する。藤枝も一礼して小声だったが挨拶はしたし、早奈美もしっかり礼儀を払って挨拶して別荘内に入った。
秘書の坂戸は40歳くらいの女性で、かなり仕事がデキるみたいな風格だ。
別荘は外観も内観も少し古めの西洋風、恐らくは平成初期か中期くらいに建てられたもの、バブル期の別荘ブームより後の年代の建物だ。
目算にして平均的な一軒家3つ分くらいの広さ、家具や設備もちゃんとしており、やっぱ金持ちはスゲーなぁとか思いながら秘書の坂戸に案内されて進む。
「…灰川さん……その…」
「うん、俺も気付いたよ藤枝さん。これはちょっと……」
応接室に使っている部屋に向かう途中、灰川と藤枝は自分たちが呼ばれた意味が少し分かった。
「こちらに会長がお待ちですので~~…あ、他の方が訪ねて来られたようなので、私は失礼します」
「分かりました、ありがとうございます」
やり取りは主に三檜がやってくれた、警護士ではあるが四楓院関係の仕事の場合、危険が少ない時は取り次ぎ役なども業務に入るらしい。
ドアをノックして中から開けられて部屋に入る、そこに居たのは聞いてた通りの70歳くらいの男性だ。
三檜が少し話をしてからソファーに全員で腰掛ける、応接室の中は高級そうなソファーやテーブルなどがある。別荘だというのに凄いなと灰川はまたしても感じた。
手入れも行き届いており、今から本宅にしても問題なさそうな邸宅だ。これが九州の有力者の財力の一端なのだろう。
「わざわざご足労頂きありがとうございます、木村沢 永太と申します」
「灰川誠治と言います、こちらは助手の藤枝さんです」
「…ぁ…ぅ……、よ…よろしく……です……」
「SSP社の三梅 早奈美です」
無難な挨拶を交わして灰川は少しばかり木村沢という人を見る、70歳という事もあって相応に年を感じさせる風貌だが、健康そうな人物だ。
今まで精力的に働いて、大きなグループの社長職や会長職をやって来た苦労や苦悩、多くの人の上に立って人を使う者の自信や威厳、そういった人の風格が感じられる。
「では私と三梅は席を外させて頂きます、お祓いの依頼に関しては灰川先生と藤枝さんにご相談ください」
「分かりました三檜さん、前にお会いした時より元気そうで安心しました」
「いえ、木村沢会長に以前お会いした時の自分は未熟者でした。あの時はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「とんでもない、平藏さんも元気と聞けて良かったですよ」
三檜が木村沢 永太と話してから席を外し、部屋の中には灰川と藤枝と木村沢だけになる。
そこから少しばかり灰川が自分たちの身の上、霊能力があってお祓いなどを請け負う事があるということなどを説明したり、木村沢から会社の社長をしているなどの互いの事を聞き、少しばかり互いの事を明かし合った。
そんな話も終わり切らない時に、応接室のドアがノックされて開かれる。
「父さん、有名な霊能力者のお祓い師の人を連れて来ました。悠燕さんに任せればどんな悪霊でも除霊して頂けるでしょう」
「俺が連れて来た封凰 世理呼さんなら、どれほど酷い心霊現象も消せる。俺を信じてくれ父さん!」
「お前たち……何でここに…」
彼らは木村沢会長の息子で、どちらも40代くらいのエリート実業家っぽい感じだ。そんな彼らが父がオカルト関係で困っている事を知って霊能者を連れて来たらしい。
だが父である永太は子供達にオカルトで困っている事は知らせていなかったそうで、息子たちも何かで知ったは良いが詳しい事は知らない様子だった。
直後に2人の人物が応接室に入って来た、1人は20代後半くらいのスーツ姿の男で名前は悠燕、もう一人は灰川と同じ年くらいの落ち着いた私服姿の女性で名前は世理呼である。
「初めまして、霊能力者の悠燕と言います。この度は霊関係で苦労されていると息子さんから聞き、呼ばれました」
「世理呼と言います、インターネットで動画活動してる霊能者ですが、今までに様々な除霊をしてきました」
「父さん、まずは悠燕さんと世理呼さんの話を聞いて、どちらに頼るか決めて欲しい」
永太の息子は、兄は木村沢 金保志といい、男の霊能者の悠燕を連れて来た人物だ。KMIグループのトップ企業である木村沢エステートという不動産業の会社の副社長だ。45歳である。
弟は銀上といい、女の霊能者の世理呼を連れて来た人物。彼も木村沢エステートに勤めており、役職は専務の42歳。
KMIグループの会長は木村沢エステートの社長が務めるのが慣例であり、その座を巡って家族内で争いが生じているという事情がある。その事は灰川は三檜にそれとなく聞いた。
兄弟のビジネス手腕はグループ内外から互角と評されており、どちらが次期会長の座に就いてもおかしくないと目されている。グループ内勢力も互角の状態だ。
ならば次期会長の座に就く決め手は何か、やはりトップの意向がどちらに傾くかで決まると考える者が多数を占めている。
今回のオカルト問題の解決、これも次期会長の座を巡る争いの一つになってしまったらしい。情報を聞きつけた2人の息子が、それぞれに霊能者を引き連れて現れた。
話を割られてしまい、そのまま再度のそれぞれの紹介となり、一旦は話を落ち着かせてからどうするか決める事にしたのだった。
それぞれの身の上を話した後で永太が依頼の概要を説明し、そこからオカルト依頼の本格的な話になった。しかしながら灰川と藤枝の存在感は薄い。
「木村沢さん、これは悪い気や念が非常に強くなっています。一刻も早く除霊しなければ命に関わりますよ」
「会長さん、悠燕さんの言うように悪念や悪気に当てられて、悪霊の力が非常に増しています。過去に何かがありましたね、まだ探り切れてはいませんが、それは分かります」
「ふむ……やはりそうでしたか、最近は自分でもそう思ってまして」
2人の霊能力者が灰川を差し置いて喋り始める、永太は彼らの言う事に納得しつつ話を聞いていた。そこに灰川が付け入る隙は兄弟たちから与えられない雰囲気の状態だ。
藤枝は突然に現れた2人に驚き、饒舌に話をしている雰囲気に気圧されて縮こまっている。もはや灰川と藤枝は蚊帳の外という感じ。
こういう場ではトークや存在感アピールのパワーが重要になる。灰川は1対1の状況や、話の阻害者が居ない場合はしっかり話せるが、こういう状況だと自分の押し出しが苦手だ。
灰川はこういった場での押しは弱く、基本的にビジネスマンに向いてない。それは藤枝のような従業員的な者が居る場においても今は変えられていなかった。
彼らは息子が自分のために連れて来た霊能者、永太としても無下にするのは憚られるし、彼らの話を聞くうちに素性が分かって来た。
悠燕は幾つもの会社の社長や芸能人のお祓い依頼を受けて来た経歴があり、様々な人から信頼されている有能な霊能者だとの事だ。長男の金保志がビジネスの伝手で他会社の社長から紹介されたとの事だ。
世理呼は灰川も見覚えがあった、彼女はyour-tubeにて人気が出ている霊能者で、除霊動画やスピリチュアル系動画を出して人気を博している。確か視聴者登録は40万人くらいだったと灰川は記憶していた。
「ところで父さん、悠燕さんの依頼料は300万円が相場だそうです。この料金は私が支払いますから、悠燕さんに依頼しましょうよ」
「300万円か…そこそこの金額だな、ちょっと考えさせてくれ」
長男の金保志が連れて来た霊能者の依頼料は300万円くらいだそうだ、この金額は多数の会社社長から依頼され、信用と実力があるからとの事かららしい。
金保志と悠燕が言うには今まで多数の非常に強力な悪霊を除霊してきており、今回も厄介な仕事であるため相場くらいの金額になるだろうとの事だ。
「永太会長、このお祓いは強力な霊能力を持ち、充分に経験を積んだ自分のような者でないと成功しません。よくお考えてご判断下さい、失敗すれば今後の経営にも悪影響が必ず出ますから」
「分かりました、考えさせてもらいます」
永太は悠燕と話し終わって考え込む、彼が言うように最近は特に身の回りで悪い気のようなものを強く感じる。
以前なら命に関わると言われても鼻で笑っていただろうが、今はそんな気になれない。そのくらいオカルト関連で困っているのだ。
「私は依頼料は動画撮影と投稿の許可があれば50万円です、もちろん氏名や住所などは明かさないと約束します。許可が無い場合は250万円になります」
「こちらもそこまで変わらん金額ですか、動画などの許可は出せませんから、頼むとしたら250万円になるでしょうな」
次男の銀上が連れて来た霊能系your-tuberの世理呼も大体同じくらいの値段を提示する、これらの値段は普通の霊能者のお祓い相場より相当に高い金額だ。
霊能者を呼んでのお祓いの金額は結構な高低があるのだが、大体はお祓い料なら10万円を超えない事が多い。規模によっては10万円を超える事もあるが、普通なら稀だろう。
この2名は会社の社長の間とかインターネットで名の通った者達であり、こういう人達だと依頼料は高くなるのが割と普通である。
人によっては名の売れ方によって100万越えの依頼料を取る事もあり、彼らはそういった高級霊能者と呼ばれる部類だ。名前が通って腕が確かとなると、どんな業界であれ仕事料は高くなるものだろう。
「それで、灰川さんでしたっけ? あまり名前も通っていないようですし、ネットなどでも評判をお聞きしませんが、どのような経歴をお持ちですか?」
そう聞いて来たのは金保志だ、父親が連れて来たであろう霊能者の灰川に視線を向ける。
灰川の事を信用しておらず、KMIグループに取り入ろうとする詐欺師を見るかのような雰囲気が少しだけ出ていた。
実は先程の名乗り合いでは灰川がまともに喋れた時間は少なく、悠燕と世理呼の紹介にばかり時間を持って行かれ、灰川と藤枝は名前くらいしか言えなかった。
「すいません、経歴などに関しては明かさないようにしていますので、それと私はネット活動などもやっていませんので、名前は特に広がってはいません」
「そうですか、素性は分からないという事ですね」
灰川は彼らが入って来た時に、永太会長から自分たちが四楓院関係だとかは明かさないでくれと頼まれた。何らかの仕事的な要因で、知られたらマズイみたいな感じなのだろう。
この中で灰川と藤枝が四楓院関係だと知っているのは3人で、息子たちは知らないままだ。四楓院グループではないから金名刺名簿なども渡されてなく、ここは四楓院の手の外側である。
「一応聞きますが、貴方への依頼料は幾らでしょうか?」
金保志は一応と言葉の頭に付ける、何処の馬の骨とも知れない無名の奴に頼む事など無い、父は詐欺霊能者に騙されている、その精神がもう隠し切れないほど膨れてしまっていた。
霊能力者についてネットや伝手を頼り、しっかり情報を得てリサーチした自分たちが知らない奴など詐欺だろう。
灰川なんて言う名前は誰からも聞かなかった、もし霊能力があったとしても弱い奴だ。既に彼らはそう確信していた。
「もし今起こってる事をしっかり解決したいなら、この祓いは3000万円です」
「「!!?」」
灰川の口から驚愕の金額が提示された、3000万円など法外にも程がある。
藤枝も驚きのあまり目を見開いて灰川を見ていた、だが藤枝には灰川が提示した金額の理由や意味は分かっている。それでも実際に聞くと、自分が感じた事は間違いじゃなかったのか!と驚いた。
「父さん!この人は帰らせて下さい! 3000万なんて法外すぎる!」
「誰だか知らんが騙そうとしても無駄だ! 名前も通ってない、実績も明かせない奴が信用されるなんて思うな!」
「ちっ…こういう奴が居るから俺らが詐欺扱いされんだよな」
「こういう自称霊能者って何人も見て来たけど、ほんっと迷惑してるんですよね。霊感商法ですよ」
一同からの評価はボロクソだ、だが彼らのこの評価は普通に見て正しい。
いきなり3000万円をお祓い料としてふっかける、どう考えたって彼らのような反応が出て当然だ。
しかもネットでも界隈でも名前が売れてない無名の輩、騙すにしても杜撰なやり口だと呆れられる。
だが灰川が3000万円と口にした瞬間、木村沢 永太の眉がピクリと動いたのを息子たちや霊能者の2人は見えなかった。
そんな中で灰川は、山の中にある金持ちの別荘でオカルト絡みで富豪家族がいがみ合い……密室殺人事件とか起こんねぇよな…?とか少し思っていたり。
常日頃から日本や世界の何処かで動き回る金銭、きっと誰もが使った事があるだろう。
小さな買い物から大きな買い物まで、全てお金が動いているものだ。
電子決済とかカード払いとかが広く使われるようになった世の中だが、その裏では昔と変わらずお金が動いている。
そんな世の中で、個人によっては『忘れられない金額』というものがあったりするかもしれない。




