301話 ノンアルコール空間はオシャレっぽい
「なんかさっ、せっかくだし大人っぽい所とか行ってみたいかもっ!」
「大人っぽい所~? 残業してる会社のオフィスとかかな~、むふふ~」
「桜ちゃんの大人っぽい所のイメージが変です…でも大人っぽい所って、まさか市乃ちゃんっ…!?」
「史菜はヘンな想像すんなー! なんかオシャレな所とかのこと言ってんのっ」
「大人っぽいオシャレな所か、まあ色々とあるだろうけどよ」
中高生が思い付きそうなオシャレな大人っぽい所と言われて思い付くのは複数ある、しかし女の子が考えるオシャレな所というのは灰川が思う感じの所とは違うかもしれない。
しかも3人は高校生ながらにネットで人気を博する存在であり、普通とは少し違う生活をしてる者達だ。
普通の高校生とは経験の方向性が違うかもしれないし、生活も違うから遊びというものの考え方も違うかもしれない。
「灰川さんは高校生の頃の夜遊びとかってした事あるっ? 参考にさせてもらいたいかも!」
「俺は田舎出身だから夜に遊べる所なんて無かったぞ、にゃー子と陽呪術の修行とかしてたな」
「にゃー子ちゃんと!? その場面見たい!」
ガチ田舎には夜遊びできる場所なんか無い、特に灰川の実家がある場所は街から離れており、夜に遊びに行こうなんて思えるような場所じゃなかった。
何かしらの移動手段が無ければ、田舎の高校生は夜遊びとかしようと思わないのだ。もちろん本気で夜遊びしようと思えば出来ない事もないが、灰川はそういうタイプじゃなかった。
「でもさー、何かしら夜に楽しい事があった思い出とかないのー? 深夜にカフェに行った事があったとかさっ」
「深夜にやってる最寄りのカフェまでは自転車で2時間だな、夜だと行きつくまでに生きてられる保証も無いしよ」
「山道ですもんね、夜は危ないから遠出は出来なかったんですね」
東京と田舎では事情が全く違い、街灯が無い場所が多いから月光とライトくらいでしか視界が取れない場所も多いのだ。夜の徒歩での移動は崖からの転落や野生動物に襲われるなど、命懸けになる場所が普通にある。
祭りがある日なんかはバスの特別便が出る事もあるので夜に友達と行ったりしたが、街と言っても東京のような街ではないから事情は全く違う。
しかも夜に出掛けると、にゃー子が『お土産買ってこいにゃ!』とうるさいので、少し困ったりもしたものだ。
ちなみににゃー子へのお土産はその辺に生えてるマタタビを摘んで持って帰り、猫どもに与えていた。最初は幻滅したような顔をする猫どもだが、少しすればうっとりした顔になってマタタビを楽しんでいたのを覚えている。
「夜のカフェって良いよね~、落ち着いた雰囲気があるんだよ~」
「私も何度か近所のカフェに夜に行った事がありますよ、普段とは違った雰囲気で気分が違いますよね」
夜のカフェ、大人っぽい雰囲気の場所の例の一つだろう。シックな照明の中で味わうコーヒーと、ゆったりと過ぎる夜の時間を味わうのは、自分が夜に溶け込んだ感覚をくれるものだ。
「あっ、そういや大学生の頃にバイトしてた所の店長が、ノンアルコールカクテルのバーをやってるんだよな」
「ノンアルコールカクテルのバー? なにそれっ!行ってみたいかもっ!」
「カクテルってお酒を混ぜて作る飲み物ですよね? お酒を使わないカクテルですか」
あまりメジャーではないがノンアルコールカクテルは昔からある飲み物だ、様々な飲み物などを混ぜて作る独創的なドリンクである。
Vtuberイベントなどで同じようなコンセプトのドリンクは提供されているが、そういうのとは違った趣のある本格的な物は皆は飲んだ事がないようだった。
市乃は少し前に灰川と怪談カフェに行き、そこは夜はバータイムもやっている店だった。しかしそういう所と専業バーは違いがある。
「わぁ、興味あるな~、そういうのって飲んだ事ないかもだよ~」
「じゃあ行ってみるか? 俺も一回行ったけど、ここからそこまで離れてないし、未成年でも入って問題ない店だしよ」
「決まりだねっ! 何事も経験だし行ってみよー!」
オシャレっぽい感じもありそうだし、バーという未体験の場所に3人は興味を引かれて行く事になる。普通ならバ―なんて未成年はお断りだが、ノンアルコールカクテルなら問題はない。
「大学の同級生に聞いたんだけどさ、高校生とかの夜遊びって入れる店を探すのが大変らしいよな」
「うん、だから伝手とか頼ったり、調べたりして入れる店とか増やしてるって、同じクラスの子とかから聞いた」
夜にやってる店は未成年は入店禁止の所もあり、それは自治体や条例などによっても違いがある。
22時か23時以降は高校生は入れないなどの店が多かったりするが、書いてあるだけで実質的に無視してる店もあったり、コッソリと入れてる店もあったりする。
「信用できる店とか、信用できる人と一緒に行ったりしないと危ない目に遭ったりするから、そこは気を付けないとだな」
「はい、でも私たちには灰川さんが居ますし安心です」
「華符花ちゃんと優子ちゃんは、シャイゲの先輩と一緒に夜に出掛けたりしてるって聞いたよ~」
都会の中高生の夜遊び事情は人それぞれで、興味がない者も居ればバリバリに夜遊びする者も居るし、ヤンキーとかなら夜が遊びの本番だったりする。
3人は活動もあるため夜はそんなに出掛けなかったが、今はちゃんと休みも取るようにしているから遊ぶ時間も前よりは取れるようだ。
勉強だろうが何かの活動だろうが息抜きとは大事な物で、特にエンタメ活動をするならば様々な経験をして見識を広めるのは大事だろう。
「でもあんまり凄いのとか期待しない方が良いぞ、皆みたく和牛とか大トロとか食べ慣れて舌が肥えてると、多少の物じゃ満足しないだろうからよ」
「そんな高級品なんて食べとらんわー! 私たちのことどんな目で見てんのさっ!」
「スゲェ稼いでるんだし、フォアグラとか乗った和牛をおかずに大トロ丼とか食べてるイメージだな。デザートは高級ケーキで、飲み物は金箔の入った高級フルーツジュースだろ?」
「そんなの太るどころか糖尿病なるって! そういうインフルエンサーとかも居るかもだけど、私らは違うからね!?」
「あははっ、市乃ちゃんと灰川さんの面白い会話、久しぶりに聞きましたっ」
「豪華な食事は不健康の一歩目だよ~、気を付けないとだね~」
こんな話が出来るのも平和の証だ、腹を満たして暮らせる事に感謝しつつ、灰川の知るノンアルコールカクテルを提供するバーに向かった。
少し車を走らせ到着し、近くのコインパーキングに駐車して店の前に来た。
繁華街から外れた閑静な場所にある店で、隠れ家的な雰囲気の店である。
「ここがノンアルカクテルバーの“time call”だ、さっそく入るか」
「うわっ、オシャレで大人っぽそうなお店だねー!」
「お店の中があまり見えない形なんですね、なんだか初めて入る雰囲気な気がしますっ」
「むふふ~、ウッド材の香りと色んな飲み物みたいな良い香りがするよ~、楽しみだね~」
灰川は桜の歩行介助をしつつ足元などの段差に注意を払って入店し、市乃と史菜も続いてドアをくぐる。
店内は綺麗な薄暗さの照明、カウンターには多くの瓶、オシャレだが座り心地の良さそうなカウンター椅子、ボックス席などがある。
まさしく内装はBARという感じだが、ここはノンアルコールカクテルバーだ。アルコール類は提供していない。
「いらっしゃいませ、って灰川? 久しぶりだな」
「お邪魔しますよ店長、あっ、今はマスターか」
ここのマスターは灰川が大学時代に一時のバイトをしていた飲食店の店長が開いた店であり、灰川がバイトしていた店は現在はマスターの弟が切り盛りしている。
マスターは50代後半の男性で妻は実業家であり、今は趣味半分のノンアルコールの店をやりつつ、ドリンク研究に精を出している。
「随分と可愛い子達を連れてるな、まあ入れよ」
「こんばんはー、良いお店ですねっ」
「なんだかワクワクしますっ、こういうお店は初めてですので」
「お店の音楽も落ち着いた感じのクラシック音楽だね~、香りも良いな~」
マスターはしっかりと灰川の事を覚えており、笑顔で歓迎してくれた。
明らかに未成年を連れているが、ここはノンアルの店だし、まだ未成年が断られる時間ではない。
「好きな所に座ってくれ、他に客は居ないからカウンターでもボックスでも良いぞ」
「ここはカウンター席もしっかりした背もたれがあるから桜でも安心だぞ、好きな方を皆で選んでくれ」
「そうなんだね~、ありがと~灰川さん~」
3人で話し合ってカウンターに座ってみたいという事になり、5席ほどあるカウンター席をほとんど占有する形で使うことになった。
「さて、何にしましょうか? 灰川は味とか覚えてるか?」
「前に飲んだピンクグレープフルーツのシロップ使ったの美味しかったですよ、プッシーキャットの変化球のやつ」
「悪い、何作ったとか覚えとらんわ、まあ灰川から説明でも聞きつつテキトーに決めてね。何でもオーダーして良いから」
「ありがとうございます、では灰川さん教えて頂けますか?」
「マスターが教えてくれるんじゃないんかい! まあ良いけどさ、基本的な事しか俺も分からんぞ」
灰川は別の飲食店でのバイトだったが、カクテルについても少しは教わったので知ってはいた。
「ノンアルコールカクテルは単にジュースを混ぜただけの飲み物じゃなくてな、搾りたてのフルーツ果汁とか色んな味のシロップとか使って作る飲み物なんだ」
「カクテルシェイカーでしたっけ? それをカチャカチャ振り回すイメージがありますけど、そのような感じでしょうか?」
「シェイカーもただかき混ぜてるだけじゃ無くてな、ドリンクに空気を含ませて口当たりを良くするって目的があるんだよ」
「シロップとかも色々あるんだね、なんか面白そう!」
棚には様々な種類のシロップが置いてあり、本家のアルコールバーにも負けない見栄えだ。
桜にも様々なシロップがある事を伝えつつ、灰川の説明は続く。
「バーだと、その時に飲みたい気分の味とか、こんなイメージのカクテルを作ってくれってバーテンダーに言うと答えてくれる所が多いぞ」
「色とか見栄えでもオーダー出来るんだ、なんかオシャレだねー!」
楽しい気分に合わせたカクテルを頼みたいとか、赤い色のカクテルが飲みたいとか、そういう注文でも受けてくれるバーは多い。
もちろんバーテンダーの技量や知識によっては作れないカクテルもあるし、そういったサービスをしてない店もある。そこは見極めが大事だ。
「マスターは腕利きだから大体の注文に応えてくれるぞ、もちろんメニューもあるから普通に注文も出来るしな」
「いっぱいあるんだねー、どれが美味しいんだろっ?」
メニューには様々なノンアルコールカクテルが載っているが、大半は写真などは付いておらずレシピが記載されている。
オレンジジュースとカシスシロップを使ったカシスオレンジ、オレンジとパイナップルとレモンのジュースを使ったシンデレラ、他にも生クリームや卵を使った物もある。
果汁アイスを使ったカクテルや、変わり種のシロップを使った物、シェイクカクテル。ステアカクテル、本当に色んな物があるのだ。
飲む芸術とまで言われるカクテルの世界は奥が深く、アルコールを使ったカクテルは数千種類もある。ノンアルコールカクテルも種類は非常に多く、全てのレシピを覚えるのは無理だろう。
「点字メニューは無いから桜はどんな味の物が飲んでみたいか教えてくれるか? 紅茶を使ったドリンクもあるぞ」
「わ~、興味あるな~」
「紅茶そのものだけじゃなく、紅茶のシロップを使ったノンアルカクテルもありますよ。そこらも説明しなきゃだな灰川」
マスターにちょっとした補足を受けながら説明は終わり、3人が出した結論は。
「すいませんマスターさんっ、私たちの気分とかの注文に合わせたノンアルコールカクテルを作ってもらえますかっ?」
「良いですよお客さん、気分でも抽象的な注文でも受け付けてますから」
「どんな注文をしようか迷っちゃいますねっ、こういうのも楽しいですっ♪」
「気分にしようか別の何かにしようか悩んじゃうね~、楽しいな~」
こういう時にどんな注文をしようか悩むのも楽しいもので、市乃たちはそれぞれ、あーでもない、こーでもないと楽しく話しながら考える。
初めてのバーという事もあって、3人は雰囲気やオシャレさを楽しみながら飲みたいイメージを決めた。
「じゃあ私はすっごく爽やかで複雑な味のメニューお願いしまーすっ」
「では、私は夏の終りをイメージしたドリンクをお願いします」
「私は紅茶を使った変わった飲み物があったらお願いしたいです~」
「はい、では少々お待ちください。灰川は俺の創作カクテル飲んでけ、金は取るけどな!」
「ガメついなぁ、でもマスターの創作とか面白そうだしお願いしまっす」
そのままマスターは手際よくフルーツをカットしたり絞ったりしつつ、シェイカーや氷などを使ってドリンクを作っていった。
「バーテンダーさんの動きってカッコイイねー、キリっとした動きで様になってるっ」
「灰川さんもあのようにカクテルを作っていらっしゃったんですか?」
「いや、俺はひたすら料理作りの手伝いだったな、焼き鳥とか焼いてたぞ」
「アルバイトの時はバーじゃなかったんだね~、灰川さんの焼き鳥も食べてみたいかも~」
バーテンダーの洗練されたパフォーマンスを見るのも楽しいもので、市乃と史菜はマスターの手際を見てドリンクの味に期待し、桜は普段は聞けない質の音を聞いて楽しんでいる。
少ししてドリンクが完成し、4人の前にノンアルコールカクテルが並べられた。
市乃はシーブリーズというカクテルのノンアルコール版『バージンブリーズ』、グレープフルーツジュースとクランベリージュースをシェイクして混ぜた品だ。
「複雑な味がご希望との事でしたので、隠し味にローズシロップを使っています。自信作ですよ」
「すっごいキレイ! ありがとうございます!」
爽やかな赤色が美しいドリンクであり、シェイカーで混ぜたため空気も多く含まれ、味の複雑さを増しているのが見た目で分かる。市乃の注文に応えて隠し味も使い、良い出来栄えのノンアルカクテルだ。
「夏の終りともご注文でしたので、この夏の空を忘れないというイメージを込めて青色のブルーラグーンをお出しします」
「わぁっ、透き通るような青色ですねっ、とても綺麗ですっ」
ブルーラグーンはブルーキュラソーシロップという、苦みのあるオレンジ味の青いシロップを使ったドリンクだ。レモンシロップや果汁も使って良い味に仕上がっている。
トニックウォーターも使ってあり、無味の炭酸水とは違ってトニックウォーターは柑橘や香草のエキスも入っているので、独特な味の演出に一味買っている。
「紅茶を使ったドリンクが所望との事でしたので、ちょうど一夜漬けのベリーティーがあるので、こちらをどうぞ。茶葉はスリランカ産を使っています」
「良い香り~、ありがとうございます~」
桜の紅茶はラズベリーやブルーベリーを紅茶に漬けたドリンクで、そこにライムの果汁も足している。
桜は紅茶が好きなので様々な飲み方をしたようなのだが、ドリンクのプロが作るフルーツ紅茶は初めてだそうだ。
「カクテルはグラスとかも考えられて作ってるんだ、香りが広がる形とか、口の当たりを広くして甘みとかを強く感じられるグラスとかよ」
「美味しいー! シェイクするとこんなに味が柔らかくなるんだっ!」
「これってっ…! 今まで味わった事が無い美味しさです! 綺麗だし凄いですっ」
「紅茶の世界が更に広がるね~、工夫すればどんどん広がるんだ~」
いつも行く店とは違ったアダルトな空間で、プロが作ったドリンクを飲むのは格別だ。
綺麗でスタイリッシュな店内、落ち着きのある音楽、こういった場所で時間がゆっくり流れるのを楽しむのは大人の夜の娯楽の一つだろう。
「この創作カクテルも美味いっすね! ジンジャーエールとライチシロップってのも合うんだなぁ」
「なかなか良いだろ? 今の時代は若者の酒離れが叫ばれてるからな、ノンアルの時代が来るかもだ」
仕事付き合いでもプライベートでも酒を飲まない人が増えている現代、バーなどではノンアルコールメニューを揃えるようになっている場所も珍しくはない。
バーは酒が飲めなくても雰囲気を楽しみにノンアルを飲みに来る人も居るし、ノンアルコールやローアルコールのカクテルも流行る時が来るかもだ。
市乃たちは3人で会話を楽しみ、あのドリンクを混ぜたら美味しいかもとか、紅茶でこんなフルーツと合わせたら美味しいかもなんてトークをしている。
灰川はそんな3人の邪魔をしないようにマスターに話し掛けた。
「でもこの店って大丈夫なんすか? 俺ら以外に客が居なかったっぽいですけど」
「元から趣味半分でやってる店だからな、持ち物件だからテナント料も掛からんし、妻の会社のメニュー考案のための店みたいなもんなんだよ」
「マスターの奥さんの会社って何件かの小規模チェーン飲食店やってましたよね、チェーン店で出せるメニューってなると限られるっすもんね」
店というのは様々であり、利益目的や税金対策、リサーチ目的の店など様々なものがある。この店はリサーチ目的の店なのだ。
この店は住宅街の近くにあり、落ち着いた雰囲気を求めて近隣の人達が訪れる店だ。ドリンクの研究には丁度良さそうな条件である。
「最近は少し客も増えて来てるんだよ、イメージ系のノンアルカクテルをSNSに載せた客が居たんだけど、その影響で知った客が割と来てくれるんだよな」
「イメージ系ですか、どんな注文が飛んでくるんですか? マスターなら何でも応えられそうな気がするけど」
「最近はVtuberをイメージしたドリンクの注文が多いな、おかげで有名どころは切り抜きとか見て勉強する羽目になってるぞ」
「「「!!」」」
マスターの言葉に3人は反応してトークのトーンが下がる。明らかに意識をこちらに向けている。
昔のバーだと女優や俳優をイメージしたカクテルとかの注文があったそうで、マスターも有名女優のイメージのカクテルを注文した事があったそうだ。
しかし今はアニメキャラクターやVtuberをイメージしたオリジナルカクテルの注文があるらしく、中にはそれを売りにした『オタクがバーテンダーを務める店』なんて所もあるらしい。
「誰の注文が多いとかあるんすか?」
「女のVtuberだと自由鷹ナツハで、男だと誰が一番って事は無くてバラけてるな」
「やっぱ有名どころが多いっすよね」
マスターには皆がVtuberだという事は言っておらず、この子達は灰川の親戚くらいに思っていそうな雰囲気を出している。
「他には誰が注文されたりするんですかー? ナツハちゃん以外の金髪のVとかの注文とかっ」
「青い髪のVの子の注文とかありますかっ? このブルーラグーンみたいな髪の色のVさんとか」
「銀色の髪の毛のVtuberとかは作ったりしますか~? どんなドリンクになるんだろ~?」
「ちょ、お前らっ…!」
一気に好奇心が引かれたようで、このままだとバレそうなくらいに聞きたがっている。
「そ、そろそろ行くかっ! バーは2杯くらい飲んだらスタイリッシュに立ち去るのがカッコイイんだぜ! ねっ、マスター?」
「俺としては何杯でも飲んでって欲しいけど、カロリーも高いからノンアルでも飲み過ぎは注意だな」
「ごちそうさまでした店長、また来ますんで!」
「おう、今度は俺ももっと腕を上げとくからな、はははっ」
結局は2杯ずつドリンクを楽しみ、その内に他の客も入って来たので退却という形にする。好奇心が元で身バレしなくて良かった。
ちなみにドリンクの料金は総じて一つに付き1000円を超えるのがバーであり、time callもそこは変わらない。
今回は史菜がお代を持つと言ってくれたので灰川も礼を言ってあやからせてもらう、高校生に奢られるのは少しアレだが、稼いでるだろうから問題はないだろう。
「美味しかったー! お店もオシャレでカッコ良かったし、学校の子に紹介したいかも!」
「ドリンクというのは奥が深いんですね、勉強になりましたっ」
「お紅茶の世界が広がったよ~、紅茶ソムリエの人が淹れるのとは違った美味しさがあるんだね~」
車に戻ってドライブをしながら店の感想を言い合う、かなり満足してくれたようで灰川としても嬉しい気持ちだ。
夕食後で皆も少し喉が渇いていたようで、普段とは違った味わいのドリンクで喉を潤わせて良い気分転換にもなったようだった。
「マスターは皆が喉を使う活動をしてるって何となく分かってたみたいだな、隠し味に喉に優しい蜂蜜を少し入れてたみたいだし」
「えっ、そうなのっ?」
「流石にVtuberかどうかまでは分からなかったかもだけど、ああいう客商売を長くやってると、接客しただけで色んな事が分かるようになるんだってさ」
接客を長くやっていれば様々な人に出会うのが当たり前、その中には声を使う職業の人なんかも含まれるのだ。
そういう人は声を聞いただけで『この客は声や喉に気を使ってるな』とかが分かる事があり、そういう客には少しばかり喉に良い物を配合したりする事もプロにはある。
「でもよ、客の事情は気が付いても言い出さないのが華なんだ、言い当てたりしたら失礼になるからよ」
「良いマスターさんなんだね~、接客業のプロって凄いんだ~」
「どんな職業でも凄い人達が居るんですね、勉強になります」
世の中には様々な職業や活動があり、深く知って技術を身に付ければプロとなる。
配信ばかりに目が行きがちになる時もあるが、こういった物事を知って経験するのも大事なことだろう。
「目に見えない思いやりとかは後から心に染みたりするからな、ああいう所を見習わなくちゃなって思ったよ」
「私もリスナーさん達から見えない部分を鍛えなきゃかもだねー、良い経験になったよ灰川さんっ」
優しさや思いやりというのは目に見えない所にも潜んでいるものだ、そういった目に見えない部分が誰かを支えてるし、支えられているものなのかも知れない。
「じゃあ次は何処か行きたい所とかあるか? もう道路も空いてるからストレス無しで走れるぞ」
「どうしよっか? 史菜と桜ちゃんは行ってみたい所とかある?」
「私の目の事とかは気にしなくて良いからね~、夜の空気の香りを感じるだけでも楽しいよ~」
「夜遊びの事を知らないので、もう少し考えないとだね市乃ちゃん」
調子よく走れる時間になり、ここからはドライブの自由度は高くなる。時刻は21時くらいだが、まだ3人とも体力は有り余っている感じだった。
何処かに行くも良し、目的なくドライブするも良し、夜の自由を満喫する方法は色々ある。




