300話 ドライブ車内のミニ怪談会
「じゃあ出発だね、よろしく灰川さん!」
「お手数おかけします、ありがとうございます灰川さん」
「むふふ~、夜のお外の香りだね~」
渋谷で市乃と史菜をマンション前で乗せ、桜は恵比寿のマンションの前で乗せて出発する。
桜に関しては母が下まで一緒に降りて挨拶しに来てくれたので、灰川もしっかりと挨拶をして、名刺も渡して何かあったらご連絡くださいと言っておく。桜の母も娘に似て美人だな~と思った。
ボックスカーなので車内は広く、3人は後部の中央座席に座って準備は整った。まずは3人で一緒に座って親睦を深めつつ怪談をするという形である。
「よっし、行くかぁ!」
ドライブコースは取りあえずは街中を走ったり首都高を走ったりしながら周り、気になった所や行きたい所があったら立ち寄るという感じになった。灰川は車を発進させ、夜の街を3人を乗せて走り出す。
現在地は桜の家がある恵比寿で、時刻は夜の19:30分だ。まずは山手線の外側に行って郊外の車が少ない所を走る、渋滞なんかもあるから怪談を聞くには丁度良さそうな感じだ。
「灰川さん、ありがとうだよ~、こういうのって初めてだから楽しいな~」
「桜はシャイゲの配信邸宅とかは行くみたいだけど、夜とかは出歩かないのか」
「うん~、私は夜はあんまり外に出ないよ~、危ないからね~」
シャイニングゲートもハッピーリレーも配信設備は有しているが、そこから夜遊びとか夜散歩とかに行くかは別の話だ。
市乃たちは高校生だから自分たちだけで夜に出歩いたら補導される恐れがあるし、夜の街は危険な所もあるから率先して外出したりはしなかった。
そもそも配信をしてる時が多いから、夜遊びとかはあまりしない。みんな何処かしら陰キャ気質な部分も少しあるので、常に外で遊びたいとかは思ってないのだ。
「まずは軽くドライブしながら怖い話でも聞かせてくれよ、この時間はまだノロノロとしか進めないし」
「良いよー、でも怪談するって雰囲気じゃないね、こういうのって雰囲気も大事だしさっ」
「あんまり雰囲気とか俺は気にしないぞ、特に怪談に関してはな!」
「ふふっ、灰川さんらしいですっ、そういう所も素敵ですっ」
「雰囲気を大事にしないから配信に人が来ないんだね~、むふふ~」
ちょっと桜に辛辣なことを言われたが、これも仲良くなった証だ。それに配信に誰も来ないのはその通りなので何も言えない。
「へへっ、何とでも言いやがれってんだ。怖い話は俺のエネルギーなのさ」
「じゃあ誰から行くー? 私が最初でも良いよ」
「それなら市乃ちゃんが最初で良いよ、私は最初だと緊張しちゃいそうなので」
「先陣は市乃ちゃんだね~、期待しちゃうな~」
トップバッターは市乃に決まり、混雑が解け切らない道路をゆっくり進む車内で軽い怪談会が開催される。
夜の東京の明かりに照らされて3人のVtuberと灰川の怪談ドライブが始まった。
「灰川さんって私と最初に話した時の事って覚えてる? ほら、灰川さんの配信に私がコメントしてから電話が繋がった時のさー」
「覚えてるぞ、助けてって感じのコメントしてきて、電話番号を教えてもらって俺が電話してってやつだろ?」
「そうそう、あの時はありがとね灰川さんっ、今日はあの時に何があったのか話すね」
灰川と市乃が出会ったのは、灰川が配信をしていた時に三ツ橋エリスがコメントしてきたのが始まりだ。
三ツ橋エリスが夏に向けて怪談配信の技量試し的な事と、配信で怪談を話す事に慣れるために怖い話配信をしていたら心霊現象が発生した。
その時の事は今もしっかり覚えており、灰川に会えたのは良い思い出だが、心霊現象に遭遇したこと自体は今でも怖いと思っていると市乃は語る。
怖いけれども興味を引かれたのも事実であり、その後も何度かの心霊現象への遭遇を通して、今は以前よりオカルトを信じるようになった。
「でもさー、ちょっと考えたら私って昔から変なことに遭う確率とか高かったかもって思う、幼稚園の頃に私だけしか知らない子とか居たしさっ」
「オカルト体験とかを引き寄せちゃう体質なのかもな、そういうのって霊視とかしても分かんねぇ事あるからなぁ」
霊能力の有無に関わらず不思議な体験とかを引き寄せてしまう人は居て、市乃はそういう類の特性があるのかもしれない。
少なくとも高校1年生ながらVtuberとして成功してるのだから、何かしら変わった部分がある子なのだ。
「あの時って灰川さんの事も知らなかったし、幽霊とかもそんなに信じてなかったんだけど、あれから一気に考え方とか変わっちゃったよー」
「不思議な体験とかしたって気のせいだって思う人も多いし、オカルトなんてそんなにポンと信じられんだろうしな」
当時の市乃はオカルトとかはそんなに信じておらず、怪談配信にしたって夏に向けての練習みたいなものだった。
そこで怪奇現象に遭遇し、偶然か奇妙な運で灰川に繋がって助けられ、その後も関係が続いている。
「じゃあ話すねー、これは私が灰川さんに出合う直前の話だよ」
そこから市乃は実話怪談を披露したのだった。
神坂 市乃の心霊体験
人気Vtuberの三ツ橋エリスこと神坂 市乃は、ある日に怪談配信を行っていた。
話した内容はネットで見つけた怪談や、何処かで聞いたような内容の物が主だが視聴者からは好評で、その日も配信はコメントが次々と流れて盛り上がっている。
異変が起きたのは配信を始めてから1時間と少しが過ぎた辺りであり、ユニットバスがある浴室から声が聞こえたのだ。
誰かが言い争っているような声で、女同士の声に聞こえる。だが室内には市乃の他に誰もおらず、声などするはずが無い。
『ちょ…え…? みんな、何か聞こえた? あははっ…』
コメント:エリスちゃんの声が聞こえたよ!
コメント:なんかあったの?
コメント:お、心霊現象か?www
『あははっ、勘違いっぽいから良いや、そんでさー』
視聴者は特に何かを聞いた人はおらず、市乃としては安心できた。もし心霊現象とかだったら配信のネタにして切り抜いちゃおうとか思っていたそうだ。
そのまま配信を続けていこうとしたのだが、すぐに決定的なことが発生してしまった。
「お前!死ねよ!!死ね!死ね!死ね!!」
「あぁ~~っっ゛!! お前ぇが死ねぇぇっ゛!! 死ねぇ!!」
「っ!!??」
浴室の中から激しく喧嘩するような大きな音が聞こえ、また2人の女の声が聞こえたのだ。
そして浴室のドアが開いて髪の毛を掴み合う2人の女が出て来て、ガチャン!バタン!と部屋中の物に当たって壊しながら、市乃の部屋の中で争い合う。
「死ねっ!! 死ねっ!! 死ねぇっっ!!!」
「あんたが悪いんでしょぉ~~!!! あんな場所があるからぁっっ!! 死ね!死ね!死ね!!!」
市乃は配信中だという事も忘れて唖然とする、普通ならこんな事が部屋の中で発生すれば逃げ出すだろう。
突然に何の前触れもなく、知らない奴らが浴室から出て来て、部屋の中で殺し合いと見間違うような勢いで喧嘩を始める。こんな事は普通じゃない、怖いに決まっている。怖い、しかし市乃は同時に混乱もしている。
なぜなら……目の前でこんな事は起きてないからだ。部屋の中には自分しか居ないし、部屋の中の物も壊れていない。
しかし居る、その女たちは30代くらい、何かの理由で酷く争っている、この部屋の中の物を壊しながら争っている。
だけど居ない、部屋の中の物は壊れていない、争ってる奴なんて居ない、マイクにも市乃以外の者の声など入っていない。
いつの間にかパソコンが止まっていた、突然の画面切れで視聴者は驚くが、三ツ橋エリスに何が起こっているかは知る由もない。
この光景は私の頭の中で起こっている、視覚情報と脳内情報に齟齬が出て噛み合ってない。まるで2つの光景が混ざり合うように、何事もない平和ないつもの室内と、見知らぬ女が掴み合ってる光景が混在している。
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「お前が死ねぇ!! 死ねぇぇっっ!!」
そんな言葉を発した瞬間、浴室から出て来た女たちの動きが止まり、市乃の方向を向く。
今まで激しい憎しみの表情を浮かべていた2人が一瞬で無表情になり。
「「私たちの代わりに……お前が死ね…!!」」
「!!!」
そう頭の中で聞こえた瞬間に部屋の電気が全て消え、市乃は全身を震わせながら玄関に走る。
部屋の中には誰も居ない、だが確かに誰かが居る。2つの現実が頭の中を行き来し混乱するが、まずは逃げるのが先決だ。
「玄関が開かない!! なんでっ! 開いて!誰か助けて!!」
なぜか玄関が開かず混乱する、何処かに隠れなければ、浴室は駄目だ、あの女たちが出て来た場所だ。
靴入れは棚になってるから入れない!、キッチンは隠れる場所が無い!だったらクローゼットしかない!
焦って震えながらクローゼットに駆け込み、その瞬間に部屋の中に濃い気配が充満する。もう訳が分からない、何が起こっている、私が何をしたっていうの!!
ポケットに入っていたスマホを急いで操作する、電話が繋がらない、お父さんもお母さんにも、史菜にも会社にも同級生にも繋がらない!
SNSも操作不能だ、どうしよう!」どうしよう!、ここから出られない!出たらきっと……行方不明になる…
勝手に涙が溢れて来る、恐怖、怒り、あらゆる怖いという感情に支配されそうになる。
どうして良いか分からずスマホを震える手で握っていると、どこかに触ってしまったのか画面にyour-tubeの誰かの配信が表示された。
『クッソ! なんでマシンガン落ちてねぇんだよ! ゴミ武器しかねぇじゃん!』
「!!?」
表示されたのは無名の配信者の配信画面、つまらないと分かる配信をしている喋り、配信の才能が全く感じられない声、聞いただけで分かる冴えない男の声だった。
だが、その男の声がスマホから漏れた瞬間、部屋の中に充満していた嫌な気配が薄くなったのだ。
その男性配信者のチャットコメントに助けて欲しいと書き込み、その後は色々あって助けられた。
ちなみその男性は最初は冴えない男だと思っていたし、正直に言って何とも思っていなかったけど、今はその男性に大きな好意を持っている。
「やっぱそんな感じだったか、俺に繋がったのも偶然か何か分からんけど運が良かったのかもな」
「あははっ、あの時はありがとうね灰川さんっ、めちゃ怖かったんだからー」
「あれは霊としては強くはなかったけど、強さと怖さは別の話だからなぁ」
「次の日に御守りとか買って家に戻ったけど、それでも怖かったよー。でもその次の日に灰川さんに初めて会った後は、何だか怖さが無くなったんだよね」
もしあの状態のまま放っておいたらどうなったのかも聞かれたが、灰川は特に何事もなく終わっていただろうと答えた。行方不明にもなってなかったと答える。
霊体を保てず念でしか存在できてないため、強い霊では無いのだ。あの時は何かの偶然で市乃と波長が合ってあのような事になったのだろうと説明する。
「俺の御札があれば何も出ないからよ、もし不安だったら100枚くらい追加しとくか? はははっ」
「あははっ、じゃあ追加してもらっちゃおっかなー? 灰川さんの御札って綺麗に書けてるし、飾ってても良い感じだしねー」
そんな冗談を言い合いつつ、灰川としては話の最後に出た『今はその男性に大きな好意を持っている』という言葉にドキっとする。ついでに自分に向かって『勘違いするな』と釘を刺しておいた。
「市乃ちゃんからその話は聞いてたんですが、灰川さんに詳しく話して無かったんだね。なんだか意外です」
「だってタイミングとか外しちゃってさー、それにいつの間にか解決しちゃってたからねっ」
「怖い思い出だけど、結果的には良い事に繋がったんだね~、灰川さんに会えたもんね、むふふ~」
今更になって灰川とのファーストコンタクトの怖い話が語られた、市乃としては怖かったけど今となっては良かったと少しは思える体験だ。
もし灰川に会ってなかったらどうなっていたか、怖さを引きずって活動に支障が出ていたかもしれない、もしかしたら別の何かが起こっていたかもしれない。
もしかしたら灰川に会わなければ、今より活動が上手く行って更に名を上げていたなんて可能性もあるが、市乃としてはその道は無かったように思える。
実はあの時の市乃は心霊体験の前からメンタルが結構やれらていたのだ。
北川ミナミが怖い思いをして活動休止状態になっていたり、ハッピーリレーが振るわない時期だったり、そのせいでピリピリしていた。
そこから来るストレスのせいで炎上に繋がる発言を配信やSNSでやらかしてしまっていたかも知れない、活動に対して覇気が出ず行き詰っていたかもしれない。
今はそんな気がしているが、それは無かったのだ。そうならなかった理由は灰川の存在は大きいと市乃は感じている。
「ハッピーリレーの社屋ってよ、前は結構な悪念があったんだよ。ブラック企業だった時の名残なのか、あの土地に由来するものなのかは分からんけどさ」
「ハピレがある場所って悪い場所なの? 確かに幽霊騒動とか前からあったけどさー」
「悪いって言うほどじゃないけど良いって訳でもないな、少し悪念が溜まりやすい位置でもあるしよ。今は俺が対処してるし、俺が居なくても藤枝さんがやってくれるだろうから問題ないぞ」
今は灰川や藤枝が充分に対処できる、それにアリエルだって対処できるから何の問題もない。
特に心配する必要はないと説明し、ちゃんと市乃と史菜を安心させたのだった。桜はハッピーリレーの事務所には来ないだろうから大丈夫だろう。
「灰川さんっ、あの時は助けてくれてありがとうっ! 私がまたピンチになったら助けてよねっ」
「おうっ、俺の方こそありがとうな! おかげで生活出来てるぜ! ピンチになったら任せとけっての!」
こうして市乃の話は終わり、次の話者に出番が来る。
「次は私ですね、灰川さんが好きそうなお話を知ってますので、期待してて下さいね」
「おっ、もちろん期待してるぜ史菜! 対戦よろしく!」
何が対戦なんだか知らないが、史菜の怪談が始まった。
「この流れだと私も灰川さんと初めてお会いした時の体験を話した方が良いのかもですが、全てお話ししちゃってますからね」
「ポルターガイスト現象が発生して、無意識呪術だったって感じだったよな。呪いの程度も低かったし、当時のハピレの雰囲気に引っ張られたみたいな感じだったのかもな」
史菜と最初に会った時も心霊現象絡みだったが、その時はすぐに解決できてしまった。
誰かが強く妬んだりして呪いの念を飛ばしていたようで、色々な事が重なって効果が出てしまったという感じだ。被害自体は市乃より早く受けていた。
だがこれに関しては灰川はしっかりと話を聞いて解析しており、今更に新しい何かが出て来るような事もない。
「今からお話するのは私がVtuberを始めた頃に、今はハッピーリレーを卒業してしまった先輩から聞いたお話です」
「ハピレさんは色んな人が居たそうだもんね~、どんなお話なのかな~」
最近は史菜も桜も怪談は割と楽しめて聞けるようになっているそうで、配信では話せない内容なんかは仲間内で話あったりしている。
今回の史菜の話はそういった、事情があって配信では話せない内容だった。渋滞の中でノロノロと走る車の中で、安全に気を付けつつ灰川は話を聞く。
ネット心霊スポット
史菜と市乃には岩田さんという先輩が居た、その人は既に卒業しており今は別職業に就いているそうだ。
Vtuber時代は最終登録者数は30万人くらいで、ハッピーリレーのブラック時代も乗り越えた人物である。
個人勢に転向ということも考えたそうなのだが、先行きも不安だし他に就きたい職業もあったため、今は完全にネット配信から離れているとの事だ。
岩田は現役時代に何か面白そうな配信のネタは無いかと、SNSやネットを回っていた。その時にオカルト板で変な情報を知ったらしい。
ネットには心霊スポットがある、そこに入ると呪われてしまい、日常生活に支障をきたすような精神影響を受けてしまうという書き込みがあった。
その書き込みに対してネット民は『さっさと教えろ』『ここに居る皆で突しようぜ』『そこ荒そうぜ!』とか書きこまれていた。
URLが貼られて、同時に『ここのサイトの何処かに変な所に繋がるリンクがある』と書き込まれ、サイトの何処かをクリックしたら入れるらしいとの事だった。
しかし呪いのネットスポットのリンクは何処にあるかも分からず、該当箇所にマウスカーソルを合わせてもカーソルに変化が無いから見つけるのは難しいと書き込まれる。
岩田は釣りだと思ったが、ヒマだったし少し興味もあるからURLを入力してサイトに入ってみたらしい。ウイルスセキュリティは万全だから大丈夫だと判断したようだ。
「って、ショッピングサイトじゃん、やっぱ釣りかぁ」
表示されたのは何処かのショッピングサイトであり、服とか雑貨とか様々な物を販売してる通販サイトだった。
スレ民も既に白けており『釣り乙』『エロサイト貼っとけやカス!』『お洒落アピールすんなボケ』とか、URLを貼った奴はボロカスに叩かれていた。ネット掲示板とはこういう場所だ。
しかし少ししてから一つの投稿があり、そこには『絶対にあのサイトに行くな、クリックするな、もう忘れろ』と書き込まれたのだ。
スレ民は何があった?とか釣りだとか言ったが、その後はしばらく書き込みは無かった。
だがしばらくしてから『廃校、これだけしか言えん』と書き込まれ、結局は謎のままスレッドは落ちてしまったそうだ。
岩田はその後もしばらくは気になっていたそうだが、こんな事はネットではよくある事で、釣りの一つとしていつしか気にしなくなったらしい。
「おおっ、謎の残る終わり方だな! 実話っぽくて良い感じだ!」
「先輩が仰っていた事ですし、実は私もそのサイトを見させてもらった事があるんですが、何もありませんでした」
「岩田先輩ってオカルトとか少し好きだったもんねー、前に駅で会って元気にしてるって言ってたよ。彼氏も出来てイチャイチャしてるってさっ」
「Vtuber以外の生き方だって沢山あるもんね~、幸せならそれが一番だよ~」
岩田は今も普通に元気らしく、働きながら忙しくも充実した日々を送っているらしい。
Vtuberをやっていたからって、その後の人生がVのみに限られる訳じゃない。他にやりたい事がある人も居るだろうし、ハッピーリレー配信者のように本業がある人だって珍しくはない。
岩田は多くの登録者を持っていたし、そこから離れるのは正直に言って辛い気持ちはあっただろう。しかし人生は自分で決めるもの、どういう道に行くかは人それぞれだ。
「史菜の話す怪談って良いよなぁ、声がすーっと耳に入って来てリアルさが感じられるっていうかよ。怖い部分がちゃんと怖く感じられるっていうのか」
「ありがとうございます♪ 灰川さんに褒められると、とても嬉しいですっ。好きですっ」
「お、おうっ、ありがとな! 史菜の怪談の謎の残る感じが良いんだよな、全部が分かると怖さの底が見えちゃうからなっ」
灰川は実は史菜の怪談は結構お気に入りで、不思議や謎の残る質の内容が好きなのだ。
怖い話は全てが明かされてしまうと怖さが半減してしまう場合があり、実話怪談となると全てが明かされると嘘臭さが強くなる傾向がある。
今回の話は怪談というよりは史菜の先輩が体験した不思議なネット体験という感じだが、そここそが灰川にとっての好みの部分でもある。
何も分かってないけど何かが分かりそう、ここから色んな事が想像できる、そういったイメージ力が刺激される怪談も灰川は好きなのだ。
「でもさー、あんまり謎が多過ぎても面白みが少ないし、怖い話って難しいよねー」
「そこなんだよなぁ、あれも謎、これも分からないってなると脳内補完する箇所が多過ぎて面白さが薄れるんだよな」
霊能活動の場合は、あれも謎、これも謎、なんて言うのは普通であり、灰川はオカルト依頼に関してはそこは気にしない。
オカルトの現場なんて脳内補完は当たり前、そういう物と自分を納得させてやるしかない。全てが明かされて分かるなんて都合の良い事は稀だ。
真相が分からなければ祓えない場合などは話が違ってくるが、そうでない場合も多くある。
だが怪談やホラーとなると話は違い、謎と明かされる物事の比率は重要だ。分からないからこそ怖いという話は多いし、分かるからこそ怖いという話だって多くあるのだ。
全てが明かされて怖いと思える名作も多いし、ここら辺は話にもよる所だろう。
「じゃあ私の番だね~、ここまでVtuber関係のお話だったから私もそうするね~」
「桜のV怪談? ってなると俺と最初に会った時の体験談とか?」
「灰川さんと最初に会った時のお話は、私も全部しちゃってるからね~、これはシャイニングゲートの運営の人から聞いたお話だよ~」
企業系Vだったら運営が当然ながら存在し、そこから出て来る怖い話なんかもあるようだ。
呪いのVモデル
これはVtuber界隈で前からある話らしく、有名ではないが知ってる人は知ってるという話だそうだ。
何人かの人が集まってVtuber配信事務所を打ち立てた人達が居るらしく、その人達はシャイニングゲートやハッピーリレーの創立くらいの時期に事務所を作った。
所属者は7名くらいで、元から配信をやっていた人達を集めての立ち上げだ。彼ら彼女らにVモデルを与えて活動を開始したそうなのだが、少しして所属者の男性Vの一人から変な事を言われる。
「俺のVモデルが勝手にパソコンに表示されて、睨んでくる時があるんだよ…」
所属者仲間も事務所も『なんだそれ?』と言って取り合わなかったし、本人すら自分は疲れてるんだと思う程度だった。
そもそも普段の配信画面にも自分のVモデルは大きく映らない設定にしていたし、何もせずに配信画面ですらない場所にモデルが表示される事なんてあり得ない。
事務所のプログラマーが配信画面やモデルを確認するが、問題は特に見つからない。その男性Vの使用してるPCも問題は特に無かった。
気のせいだと誰もが思っていたが、日に日にその男性Vの調子がおかしくなっていく。眠れず酷い疲れた顔をしている、ブツブツと何事かを呟いている、Vモデルが怖いと強迫観念に駆られてる。
事務所や周囲から心療内科に行く事を勧められ彼は頷き、事務所はもう少しモデルに関する事を調べてみようとしたそうだ。
依頼したイラストレーターに電話して、このモデルは何か変な事は無いかと聞こうとしたのだが。
「え? 依頼なんて受けてませんよ? 私の画風と少し似てるけど、このデザインは私とは違う人ですよ」
「えっ……?」
ネットで依頼してやり取りをしていたと思ってた人にDMを送って電話番号を聞き、そこに電話をしたのだがは別人だった。件のVモデルは誰がデザインした物なのか分からないという状態になってしまった。
確かによく見るとデザイン性の違いが各所にあり、このイラストレーターの創作でないことが分かったらしい。
今までやり取りしてた筈なのに急に色々な事が噛み合わなくなったが、それを気にしている間もなく調子を崩していた男性Vから電話が入る。
「すいません、俺……もう止めます…、○○○のモデルはもう誰にも使わせないで下さい……絶対に……」
そう電話で言い残し、彼は行方不明になったそうだ。今も見つかっていない。
そのVモデルのデータが入ったパソコンは事務所に置かれていたが、ほどなくして事務所は爆散、そのパソコンも何処かに行ったらしい。
誰がそのVモデルを作ったのか、男性Vに何があったのか、それらは完全には判明していないそうだ。
しかし、その事務所を立ち上げた人物が過去に何かをやったらしく、それが原因だとか何とか。
「なんか前に花田社長に聞いた事あるぞ、話のオチは違うんだけどさ」
「聞いた事があったんだね~、ちょっと残念だな~」
「いや、桜の話のオチは初めて聞いたから楽しかったぞ、人によって話が変わるのも怪談の醍醐味だからなっ!」
灰川が以前に花田社長から聞いた話は、Vモデルは亡くなった人の写真が参考に使われており呪われたとか、男性Vは呪いが解けて無事、パソコンは神社に封印されたとかのオチになっていたのだ。
その事務所にしても本当に存在したかは疑わしく、男性Vとかの事も含めて創作怪談である可能性が高いとの事だ。
「今回はVtuberが何かしら関係してる怪談だったなぁ、ちょっと風変わりで楽しかったぜ!」
「喜んでくれて何よりだよ~、むふふ~」
「私はあの体験した時、メッチャ怖かったけどねー」
「関係者の人達に聞いたら、もっとVtuberに関する怖い話も出て来るかも知れませんね、ふふっ」
Vtuberに関する怖い話なんかもこれからは増えるかもしれない、そうなったら灰川は実話や創作に拘らず楽しませてもらうつもりだ。
「そろそろ渋滞が軽くなってきたな、でもまだ進みは悪いっぽいなぁ」
山手線の外側だから少しは渋滞は軽いのだが、それでもまだ快適なドライブとは言えない状態だ。
健全な夜遊びやドライブが目的だが、首都高では軽い事故もあったそうで少し渋滞は続きそうだった。
「じゃあ灰川さんも怖い話しよーよ! もうちょっと車が進むようになるまでさっ」
「お? じゃあやるか、良い感じの怖い話を聞かせてくれたし、俺も何か披露しちゃうぜ」
成り行きで灰川も怖い話を披露する事になるが、そこに際して市乃から条件が出された。
「幽霊とかオカルト以外の灰川さんの怖い話とか聞いてみたいかも! 灰川さんって言ったら幽霊とかの話が普通って感じだしさっ」
「確かに気になりますっ、何かそういった話はあるんでしょうか?」
「灰川さんの幽霊以外の怖い話~、私も気になるな~」
「幽霊以外か、無いって訳じゃないから良いぞ、でも面白いか怖いかは保証しないけどな」
灰川が話すのは怪談ではなく体験談だ、幽霊もオカルトも禁止となったら後は人怖の話くらいしかないが、灰川は少し変わった話をしたのだった。
就職面接
田舎から出て来て教員大学を卒業し、教員にはならずに企業に就職しようと決めたHさんこと灰川さん。
彼は大企業の面接や書類選考を受けては落ちるを繰り返しており、それでも職を得るために大手商社の面接を受けた。この商社は新卒の就職希望者は全て面接をするという方式だった。
「え、えっとぉ…リーダーシップの潤滑油がコンセンサスで~~……、志望した動機はぁ…つい出来心と言いますかぁ~……」
「お前はダメだな、大学で何やってたんだ? 次の奴、さっさとアピールしろ」
この商社は酷い圧迫面接をしており、灰川はもう泣きそうな気分だ。3人が同時に面接を受けるのだが、灰川の前に圧迫された新卒の女の子は泣いている。
いつもの面接なら普通に言える口上も言えず、何もかも否定されて灰川はどうでも良いから早く終わってくれというような気分だ。
すぐに次の新卒の男の質疑になり、面接官は面倒くさそうに投げやりな言葉を掛けた。
「おい、このボールペンを今すぐ俺に100万円で買わせてみろ、そしたら認めてやるよ」
受からせる気が無い奴に投げる無理難題、そんなものはテキトーにのらりくらりと躱してしまうのが一番だ。灰川はそう思っていた。
「分かりました、じゃあ失礼しますね。このペンですか、分かりました」
灰川は、俺だったら無理だとか思いつつ、隣に座っていた男の動向を見守った。
「このボールペンは~~……」
そこから男の口上は良かった、少なくとも圧迫面接の場で大学生が口上を披露するにしては良く出来たものだった。
このペンはどう足掻いたって100万円の価値は無い。しかし、私に100万円でこのボールペンを売れと貴方が言った時点で、ビジネスの目的は既に達成されたも同然だ。
何故なら、そう言ってしまった事により貴方たちは私がどのように売り文句を言うのか興味を持ってしまうからだ。
物を売る際に最も難しいのは商品に興味を持ってもらう事、その1歩目を自分から踏み出してくれているのだから、こんなに嬉しい状況はそうそうない。
後はセールスの話を広げてしまうも良し、別の話にすり替えて興味の方向を自分自身に向けさせるも良し。
このペンが100万円の理由を理解してもらうためには、こっちの『インク追跡アプリ』を説明しなければと言って更に興味を深めさせるも良し。
興味を一定以上まで引かせたのなら、後は100万円たる理由を信憑性を持たせた上で語れば、どうとでもなります。後は買う人間が見つかるまでトライするだけです。
「はははっ、流石にこんな即興のことだと詐欺みたいな方法しか思い浮かびませんね。少なくともこのペンを100万円で売ったら絶対に詐欺になるでしょう」
彼の自身に満ちた口上や謳い文句、論点をズラしつつも面接官に話を聞かせる手腕に、灰川も泣いていた女の子もいつの間にか黙って聞き入っていた。
「へぇ~、やるじゃん、そう来るか」
これには面接官たちも感心し、論点をズラしていた事には気付いても、興味をそそられたから聞き入ったという状況にされてしまった事に驚いた様子だった。
その後は面接は終わり、灰川は普通に落ちたのだった。
世の中には怖いぐらい冷静で、どんな逆境でも切り抜けられる奴が居るんだな、そう灰川は感じたのだった。しかし……。
「それの何処が怖い話なのさー? 凄いセールスマンとか営業力を持った人が居るって話じゃんか」
「まぁな、でもよ、ソイツって2年後くらいに逮捕されちゃったんだよ。珍しい苗字だったし、顔も覚えてたからニュースになった時にすぐに分かったよ」
「「「えっっ?」」」
どうやら彼は商社に受かって入社したらしく、そこですぐに取引先とやり取りを出来るようになったらしい。そのくらい優秀だということだ。
しかし取引先の者や社内外の者達に投資詐欺や、ニセ取引によって自分に金を引っ張るなどの事をやったらしく、度が過ぎてバレてしまった。
被害総額は何十億円だったらしく、しかも逮捕時には金など全く持ってなかったらしい。恐らくは海外にでも移したのだろう。
しかも彼は社内や外に詐欺仲間を作っており、そのため超高額の詐欺事件を起こせたのだろうと報道されていた。
思えば就職面接の時の話も、買わせるではなく騙して納得させる方向に特化したトークだったような気がしている。
「優秀な奴は良い奴だって信仰が人間って何処かにあるよな、その優秀さを悪用されたらエライ事になるって訳だ。この事件を知った時は驚いて目が丸くなったぜ」
「うわぁー…ニュースになった詐欺師と一緒に面接とか、凄い体験だったね灰川さん」
「あの時は凄い数の大手企業の面接を受けてたからな、その中にそういう人がたまたま居たって事だよ」
「人に歴史ありですね、どういう人でも何かしらの大きな事に一度や二度は遭遇すると言いますから」
人間なんて生きていれば何かしらの事件や事故などを近くで見る事は、一生に一度くらいはあるものだ。それが印象に残るか否か、それは別の話ではある。
その辺に歩いてる普通人でも、何人かに話を聞けば『俺さ、あの事件の被害者の友達なんだよ』とかの話は聞けたりする。そういう話が灰川にもあったというだけ。
平凡な人生を歩んでるように見えても、大概の人は何らかの凄い体験や、凄い話に遭遇する事があるものだ。そんなエピソードを持った人達が、街中を当たり前に歩いては通り過ぎて行くのが現代だ。
「チャレンジ精神のある優秀な奴とかの一部は、抜け道とかに気付いたら危ない道に走る時があるのかもな。その商社もその事件の後は株価がメッチャ落ちたぞ」
「危険な人だったのか、変わってしまってそうなったのか分かりませんが、灰川さんにとっては忘れられない事ですね」
優秀な人物であっても自制心のブレーキがおかしい人も居るし、そうでなくても世の中には色んな性質の人間が居るものなのだ。
「人って怖いよね~、私たちもVtuber活動で色んな事があるから、世の中って怖いんだな~って思った事があるよ~」
「すっごい分かる! コラボ配信で絶対に自分のチャンネルで枠を立てない人とか! 人の視聴者のこと持ってく気まんまんじゃん!、とか思ったよー!」
「Vtuberとかだとそういうのがあるらしいな、人って怖いよなぁ」
ハッピーリレーは以前にはそういう所属者も割と居たそうで、三ツ橋エリスも何度かそういう人に当たっているらしい。
シャイニングゲートのような所でも所属者同士のイザコザはあり、やはり人が集まる所には人間関係トラブルは発生して当然のようだ。
「まあ、嫌な話も今日は楽しく話そうぜ。せっかくの夜の都会ドライブなんだしな!」
「そーだよねっ! 灰川さんも居るし、今夜は配信とか仕事のストレスとか発散しちゃうぞー!あははっ」
「私も夜にドライブというのは初めてなので楽しませて頂きますねっ、灰川さん運転よろしくお願いします」
時刻は20時を少し過ぎた辺り、市乃たちは疲れ知らずの年代だ。体力的にはまだまだ余裕がある。
今夜は配信や仕事や学業から離れて楽しい夜を過ごす日だ、その引率は灰川であり安全運転を心掛ける。
「もう渋滞も解消したし、栄えてる方向に行くか、ちょっと街はずれの所を見るか決めてくれよな。遠慮とかしなくて良いぞ、俺も疲れとか無いしよ」
「ありがと灰川さんっ、どこ行ってもらう? 史菜と桜ちゃんは何処が良いー?」
「ちょっと迷っちゃいますね、街の中も面白そうだし、外れの方も何かがありそうで楽しそうですし」
「私はどんな所でも楽しめると思うよ~、こういうの初めてだからね~、むふふ~」
何処に行くべきか迷いながら走るのもドライブの楽しい部分だ、そういった小さな非日常を楽しめる心こそ日常には大事なのかも知れない。
遂に300話まで来ちゃいました!読んで下さってる皆様、ありがとうございます!
300話という事で調子に乗って長めにしてみました!




