30話 各社のお誘い
翌日の日曜になり朝の10時、灰川の自宅にはシャイニングゲートの渡辺社長と自由鷹ナツハの姿があった。
テーブルの上には普段は使わないコップにお茶が注がれ、渡辺社長とナツハの前に置かれている。
「先日はありがとうございました、おかげさまで自由鷹ナツハも配信に戻る事が出来ました」
「灰川さん、本当にありがとう」
「いや、元気になって良かったよ」
まずは先日の礼を言われる、感謝を述べられ頭を下げられ灰川は恐縮しながら返事を返していた。
「それで本題なんだが、灰川さんを是非ウチに迎え入れたいんだ」
単刀直入に要件を言って来た、どうやら嘘ではなかったらしい。本当は嘘か夢だったんじゃないかと思ってた程に現実感が湧かない。
この言葉を言ってるのは配信業界ナンバー1のVtuber事務所の、シャイニングゲートの社長なのだ。
「何で俺なんか誘うんですか? 他にも声を掛けれる人はシャイニングゲートさんなら、幾らでも居ると思うんですが」
シャイニングゲートは多くの大人気Vtuberが所属する企業で、所属Vtuberは全員が女性だ。そこに男を呼び込む意味が分からない。
「職員には男性は沢山いるよ、Vtuberは全員女性だが裏方は普通の会社と変わらんさ」
シャイニングゲートは業界では最も有名でファンが多い配信企業である、Vtuberは全員が女性だが女性ファンも多く、当然ながら男性ファンは非常に多い。
箱推しファンも多く、所属Vtuber全員をチャンネル登録してる人も多い。灰川も名前はよく聞くし、知ってるVtuberも多い。
「灰川さんを雇いたい理由は2つなんだ、一つは当社には怪現象が多数発生しててね、所属Vtuberも悩まされてる子が多い」
「え? そんな起こります? ナツハの件はアレですけど」
ハッピーリレーでも怪現象が多数散見された、配信企業にはそんなに霊現象が多いのだろうか?まだ歴史の浅い業界だから分からない事が多い。灰川は多いだろうとは予想してたが、そこまでとは思ってなかった。
「実はシャイニングゲートはVtuber以外の業態にも手を伸ばしてる段階なの、だから灰川さんが前に教えてくれた色んな念という物を向けられるのかも」
シャイニングゲートの自由鷹ナツハは生身でのテレビ出演や歌唱動画なども出してる、これはネット界隈からテレビへの進出の足掛かりの一つなのだそうだ。
その他にも出版業界でシャイニングゲート専門の雑誌を期間限定の月刊誌などで出す企画だったり、キッズ向けサブスクチャンネルでの動画提供、50代以降世代の認知を勝ち取るための国営放送局やラジオへの進出、様々な戦略を実行に移そうとしてるらしい。
「一応まだ俺ハッピーリレー所属なんですけど、言っちゃって良いんですか?」
「もちろんだよ、ハッピーリレーの社長さんも知ってる話だからね」
流石は業界一位の企業だ、考える事も手を出せる範囲も広くて深い。
「でもね、出る杭は打たれるのが常だ、シャイニングゲートには敵も多い」
配信業界はもちろん、芸能界、出版界、その他にも様々に意識を向けられる。最近では所属Vtuberに付きまとうパパラッチ(スキャンダル狙いの記者)が増えてきてる有様だ。
「あの…どれも俺は力になれませんよ? 怪奇現象なら別ですけど」
「もちろん怪奇現象も問題になってる、誰も居ないのに家や会社で気配を感じたとか、妙なモノを見たVtuberが増えてるんだ」
他にも様々に起こってるそうだが省略された、個人情報なんかも関わってくるから言えない部分も多いのだろう。
「それこそ俺なんかより良い霊能者は居るんじゃないですか? シャイニングゲートなら探せるんじゃ」
「ナツハの件で頼んだ霊能者の中には有名な人も居たが、解決には至らなかった。私たちが求めるのは強い能力を持った人ではなく、物事を解決できる人なんだ」
「なるほど…でも俺、本当に大した事なくて」
「灰川さんの話はシャイニングゲートで広まってるよ、そしたらその人に頼みたいって人が続出してるの」
社長が誰かに事の顛末を話して広まったそうだ、実績があって信頼できる者に頼みたいと思うのは普通の事だ。
「そうですか、事情は分かりました」
「実は今話したこと以外にも我々では解決できそうにない事があります、それはこれからも出て来ることでしょう」
だからこそ灰川のような者を雇ってVtuber達が安心して配信できる環境を整えたい、そのために声が掛かった。
「灰川さん、今すぐに返事をしなくても良いよ。色んな事情もあるだろうし、考えなきゃいけない事もあると思う」
「ああ…今すぐに返事は出来ないよ、ポンと決められるような事じゃないって」
「そうだと思ったよ、返事は来週が終わってからで構わないよ、明日からはどこも忙しくなるだろうからね」
明日からは配信界隈がお祭り騒ぎになる、ナツハも高校3年生だてらに非常に忙しくなるそうだ。
「今日の所はここまでにしておこう、もし良い返事が貰えるなら灰川さんの労働に関する要望には極力応えるようにする事を約束させて貰うよ」
「ありがとうございます、よくよく考えてみようと思います」
「じゃあね灰川さん、良い返事期待してるね」
渡辺社長とナツハは帰って行き、次は午後の来客に向けて心を整えるのであった。
午後になり次なる来客がある、部屋の中に迎え入れて話が始まった。
「こんにちわ、ライクスペース営業部の前園公子と言います。灰川さんのご住所や電話番号は親交のある方からお聞きしました」
前園と名乗った人は30代の女性と思われる感じだ、落ち着いた大人の女性で仕事が出来るキャリアウーマンという雰囲気がある。
「そうですか、まあ調べようと思えば調べられるでしょうしね」
個人情報は本気になれば大体は調べ上げる事が出来る、ましてや企業の力となれば探偵とかを雇う事だって出来るはずだ。
灰川が訝しんでた部分は先んじて説明された、やり手の営業担当者なのだろう。
「まず灰川さんはライクスペースはどのような会社かご存じですか?」
「業界2位を誇る配信企業で、多数の配信者やVtuberが所属してるって事は知ってます」
「恐れ入ります、ですがライクスペースが伸び悩んでる事はご存じでしょうか?」
前園が言うにはライクスペースは行き詰まりを感じてる状態らしい。人気のVtuberは多数居るが配信者の方が伸び悩んでる、Vtuberの方も人気と登録者は頭打ち状態だそうだ。
一例としてはライクスペース所属のVtuber滝織キオンはここ1か月で88万人の登録者が5000人も減っている。一日にすると150人というスピードである。
リサーチ部が調べると、減った登録者は他社の自由鷹ナツハの配信のスーパーチャットで名前を見かけたり、Twittoerでユーザーを見ると他の人気Vtuberの配信に居たりしたそうだ。
滝織キオンはボーイッシュな可愛さが魅力の女性tuberであるが、変わり映えが少ない配信スタイルからファンが飽きて他所に移ってしまったと考えられる。
「このように当社は今、変化を求めて模索してる際中です。この度の法改正のテコ入れも当社の人気Vtuberの意識の変化を狙ったものです」
これはファン達からも大方は予想されてるもので、灰川に話しても良い内容との事だ。ライクスペースはとにかく変化と現行戦力の強化を狙ってるそうだ。
「そこで灰川さんにお願いしたいのは、陽呪術という体系の技術です」
「!? ……どこでそれを知ったんですか?」
「それは社外秘…と言いたい所ですが、ハッピーリレーの職員の誰かが業界内に触れ回ってるようです。ハッピーリレーさんは過去に色々あって、今も恨んでる人は多いでしょうから」
ハッピーリレーは過去のブラック企業時代に内外から恨みを買っている、バズった事を喜んだツバサが職員に喋り、そこから職員が漏らしたのかもしれないが、もはや企業秘密すら守られないほどに見限られてるのだ。
「あの、失礼ですが、その話を真に受けるんですか? オカルトですよ?」
良い年した大人が呪術を真に受けるなんて、日本では普通じゃない。ましてや企業がそんな物に頼ろうなどとお笑い草だ。
「灰川さんは井戸の家という都市伝説は知ってますか?」
「知ってますよ、井戸の上に建てた家に怪異が頻発する怪談ですよね」
井戸の家
山村さんという人が家族で住む家を不動産屋で購入した、既に建てられて買うだけの建売住宅であり、家の内見に行った時に気に入り購入を決めた。
しばらくは普通に家族で幸せに暮らしてたのだが、ある日にまだ幼い息子が夜中に家の廊下で大泣きして山村さんと妻が飛び起きて何事が息子に聞くと。
「ろうかのおくから! だれかきた!」
何があったかよく聞いてみると、息子は夜中にトイレに起きて用を足したが、戻ろうとした時に廊下の奥から音が聞こえ、振り向くと……スーツを着た男が這いつくばりながら向かって来たらしい。
そんなの気のせいだ、寝ぼけて変な夢を見たんだと言い聞かせたが、その日から山村さん一家は怪現象に見舞われ続けた。
居る訳のない人を家の中で見る、鏡に女が映ってた、物置部屋から子供の声で「もういーよ!」とかくれんぼをしてるような声が聞こえる、枚挙に暇がない。
家族全員が参ってしまって不動産屋にクレームを付けると、凄い勢いで「申し訳ございません!」と謝られた。
理由を聞くとあの家は井戸をお祓いもせず埋め立てて建てた家だそうで、井戸の上に家を建てると怪奇現象が多発する原因になると言われてると聞かされた。
その後すぐに不動産屋が神職の人を呼んでお祓いをしたが、怪奇現象は収まる気配はなく、山村さんは家を売って引っ越した。
「こういう怪談ですよね、他にも色々ありますけど」
井戸は怪談の定番の一つで今も根強い人気のあるコンテンツだ、灰川は当然ながら知ってる。
「はい、その井戸の家と同じような家に社長の親友が幼い頃住んでて、似たような体験をされて当社の社長はオカルトを信じているんです」
「あ~、そうでしたか、井戸関連は霊能の界隈でも色々と言われる物ですから、災難でしたね」
ライクスペースの社長は若い女性だそうで、オカルト関係も信じてるらしい。そんな社長が陽呪術を聞きつけて、業界でこれからも生き残るために力を貸して欲しいとの事だ。
「ともかく当社は現状を打破する何かが欲しいのです、既に陽呪術は配信界隈では都市伝説のような感じで広まってます、Vtuberや配信者達も陽呪術が本当にあるなら試してみたいと言ってる者も多いです」
ライクスペースは切羽詰まってるとまでは言えない状況だ、しかし今どうにかしないと今後に大きく響くという状態だ。
もちろんオカルト頼りの無茶な経営はしないだろうし、様々な経営戦略を考えてる事は分かる。
「もし良ければですが、今から会社見学にいらっしゃいませんか? 日曜日ですが明日からの準備の最終確認などで普段のように職場は動いてますので」
「いや、超邪魔になるんじゃ」
「いえ、そこは如何様にでも案内出来ますので」
そこから灰川は前園に少し強引にライクスペースの会社見学に連れて行かれる事になってしまった、百聞は一見に如かずという感じで見た方が判断もしやすい筈と言われ納得した。
結局灰川は前園に車に乗せられ、ライクスペースに向かう事になり、事務所のある渋谷に向かったのだった。




