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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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299話 土曜日の夕方

「お、無事に皆の収録は終わってたんだな、良かった良かった」


 アーヴァス家とのやり取りがあった後、灰川はハッピーリレーのスタッフから届いていたメッセージを見て安心する。


 今日はテレビ局でnew Age stardomの収録があったのだが、灰川は帯同しなかった。別に着いて行かなくても何かがある訳ではないだろうし、着いて行っても特にやれる事はないのだ。


 午後の4時、まだ暇な時間があるから灰川は配信視聴でもする事にした。



  三ツ橋エリス 視聴者登録107万人


  同時視聴者 12000人


 【アニメ】エクストラボール感想会!!【超面白かった!】


『サッカーのアニメって初めて見たけど楽しかったー! メッチャ熱かったよ!』


コメント:すげぇオモロかった

コメント:エリスちゃん見なかったら俺も知らんかった

コメント:高校サッカーとか熱いよね!

コメント:7番のジャンヤが良かった!


『心情描写とか挫折感とかもちゃんと描いててさ! たった1回の失敗でその後まで響いちゃうのとか、リアルなんだろなって思ったよね』


 エリスはテレビ番組の収録後は帰宅してすぐに配信を始めたようで、今回の配信はスポーツアニメの同時視聴配信後の感想配信だった。


 人気のサッカー漫画であり、サッカーをやってる高校生の話らしい。


「読んだことねぇな~、サッカーとか興味無いしな」


 灰川は身内にサッカー選手は居るのだが、自分はあまり興味がない。


 そもそもスポーツが好きではなく、中でもサッカーは慕っていたけど悪い方向に変わってしまった先輩がやっていた競技という事もあり、やっぱり苦手意識がある。


 身内の灰島 勝機は高校生ながらプロをやってるが、それとこれとは別という事だ。


 しかし勝機の父親からサッカーに関する事はある程度は教えられており、興味は無いが少しは知っていたりする。


『私もスポーツしないとなー、体力ないと配信とか長くやってらんないし』


コメント:配信って体力使いそう

コメント:サッカーやったら?

コメント:Vtuberでサッカー大会とか見たい!

コメント:エリスちゃんってスポーツ得意だったよね


『でさー! オフェンスのトウマが16話の試合でミスしちゃったとことかがさ~…』




 灰川は何となく配信を見るが、いくら見知ったエリスが楽しそうに話しているとはいえ、自分は作品を見ていないのだから内容が分からない。


 こういった配信は同時視聴をした人や作品のファンが見れば楽しいのだろうが、作品を全く知らない者が見てもそんなに楽しくはないものだ。


 ついでに言うなら灰川はVtuberという媒体に元々は大きな関心は無く、今も超大好き!という感じではない。今は普通にVtuberを見るし面白いと思う、仕事で関りもあるから興味もあるし、本気で活動に打ち込んでる皆は尊敬している。


 それでも灰川としてはVtuberは配信者の一媒体という感情が強く、V自体を特別視する感情はあまりない。


「ミナミは今日は収録終わった後は何かの収録だったみたいだし、ツバサは夜から配信、シャイゲ組は~~……」


 見知った者達の配信を探すが今はエリスだけしか配信をしていない、他のメンバーは既に配信が終わっていたり、夜に配信の予定があるようだった。


 桔梗とコバコの配信も灰川は見たりしているのだが、まあ普通に面白い。桔梗の変なアンラッキー話も笑えるし、一見するとガサツに見えるコバコが実は色々な事を知ってるというのも面白いのだ。


 だが最近は配信視聴や自分が配信する時間や体力がそこまで持てず、前よりはネット配信に触れる時間が取れなくなっている。


 そもそも灰川は仕事をするようになってからは毎日のように配信していた訳でもないし、今は自分の体調をいたわりつつ適度にやってるという感じだ。


「そういや勝機が言ってたよな、モチベーションとか保てるのは環境があるからだって」


 サッカーアニメの話の配信を見ていると、なんとなく勝機と会話した時の事を思い出した。


 サッカーが頑張れているのは、頑張れる環境や目指すべきステージ、見てくれる人や評価してくれる人達が居るからだと言っていた。


 プロ選手になるためにサッカーに打ち込める環境をチーム運営が作ってくれる。


 様々な大会があり、それを見て応援してくれる人が居る。その大会のフィールドに立てるよう、声援を受けられるようになりたいと思える環境が業界にある。


 試合インタビューや雑誌やスポーツ新聞のインタビュー、そういった事で自分たちを大勢に広めて情報発信してくれる人達がいる。


 だからプロスポーツは成り立ってるし、自分たちだって頑張れるし、この世界で勝ちたいと思い続けられる。そんな事を言っていた。


「環境かぁ~、そりゃ大事だよな」


 プロスポーツ選手は何故に厳しいトレーニングや、過酷な競争の中で諦めずに頑張れるのか。


 トップ選手以外はスポーツが出来なくなったら生活が出来なくなる、底辺プロになるのすら常軌を逸した努力が必要な厳しい世界なのに、いつ0円提示されるか分からないような世界で何で戦える?


 サッカーや野球が楽しいし極めたいという向上心の気持ちはあるだろう、というか無かったらおかしい。もし単に『金のため仕方なく』やってる選手が居たとしたら、その人は恐ろしい才能があるという事だろう。


 もちろんトップ選手になって稼げる収入は魅力的だろうが、そこに至れるのは1%にも満たない人達だけだ。可能性が低すぎる。


 ならば何故に目指すのか、それは名誉があるからじゃないだろうか?


 仮に『スポーツをやってる奴は馬鹿』という風潮が全世界にあり、プロになった奴は世界の恥みたいに言われる環境だったら、誰もプロスポーツ選手は目指さない。というか職業として成立しない。


 スポーツ自体に魅力はあるだろう、だから世界中で楽しまれている。だから世界中にファンが居る。


 だがそれだけではプロ世界は成立しない、そこを支えている様々な人達やファンが居るから成立しているし金も集まる。


 では何故にサポートやファンが集まるのか?、選手が輝いてるから、競技観戦が面白いから、そこに熱があるから。


 その熱や選手の輝きは何に担保されている?、環境だと灰川はボンヤリ考えた。選手自身が上手くなりたい、上に行きたいと思える身の回りや業界の環境。


 盛り上がりの熱に多くの人が吸い寄せられる環境、世間に大きな期待を持たせて業界がファンの大きな期待に応えるという努力。


 それらが出来てきた理由は『名誉、金、面白さ、分かりやすさ、感動』という部分が大きい気がする、それらには様々な形があるのだろう。


「配信業界も名誉とかもらえる大会とかあったら良いのになぁ、配信パワーを競う大会とかよ」


 自由鷹ナツハや竜胆れもんと配信パワーで競う事が出来る大会、そういうのがあったら面白そうな気がする。


 その優勝者が新聞に載ったり、雑誌インタビューされたりして権威が出来れば興味を持つ人も増える気がする。


 プロスポーツは権威があるから人気が集まる、そこに熱や感動やドラマがあるから人の興味を引く、MVP賞や海外上位チームへの移籍など、上を目指せる明確なモノがあるから選手も努力できる。


 そこを上手く配信業界に応用して作れたら、優秀な配信者を多数有するシャイニングゲートやハッピーリレーは更に名前が広がるだろう。その権威を作る際のイニシアチブを握る事が出来れば尚更だ。


 配信なんてスタイルも内容も人それぞれだが、やってる事は基本の部分では同じだ。その同じ事をやってる連中や視聴者やファン、それ以外の人達も目を向けたくなるような何かがあればなと灰川は漠然と思った。


 そのためのVtuberのテレビ番組やVフェスのような様々な取り組みをしてるのだが、大きな何かがもう少し欲しいと思えてしまう。


 そんな事を考えていたらドアがノックされ、誰かが入って来た。なんだか灰川の部屋は知り合いの出入り自由みたいな事になっている。


「お兄ちゃん、ユニティブ興行ってネット炎上保険とか入るのぉ~?」


「炎上保険? あー、ちょっと考えたんだけどよ、どーすっかなーって感じだ」


 部屋に来たのは妹の砂遊で、ネット配信とかやってる事務所にはメジャーになってきた炎上保険というものの話を振られる。


「炎上保険な、あれって保険料が高いわりに保証金額が低いんだよな、最大で1000万くらいの対処料金保障って感じだし」 


「でも入っといた方が良いかもだよぉ~? 私とかSNSもよく使うし、配信で炎上した事もあったからねぇ~」


「月額保険料が最低でも10万くらいなんだよ、しかも1000万保障のプランだとユニティブ興行でも月40万くらいになるからキツイって」


 基本的に炎上保険は企業向けの保険サービスなので料金は高く、プランによっても保険料は大きく変動する。


 様々な火消しの費用が保障され、原因調査費、拡散防止費、メディア対応費、コンサル費用、様々な事が保障される。


 しかしやっぱり料金が高い、しかも保障金額が高いとは言えないプランが多く、配信事務所や芸能事務所では、この保険に入ってない所も多いのが現状だ。


 シャイニングゲートもハッピーリレーも炎上保険は入っておらず、このサービスはむしろ配信企業以外に向けて内容を組まれている所が大きい。


「炎上保険は加入者が少ないから保険料も高いんだよな、車の保険とか生命保険と違うんだよ」


「そっかぁ~、じゃあ私も気を付けて活動しないとだねぇ、うししっ」


 砂遊が所属していたぶりっつ&ばすたーは炎上保険に加入しているようなのだが、所属者には炎上する性質の者が多いため保険等級は最低ランクらしく、非常に高額な保険料になっていると噂で聞いた。


 車の事故の保険とかでも、事故を起こして保険を使うと等級が下がって保険料が上がったりするが、それと同じような感じだろう。


 色々と考えて行かなくちゃいけない事が多く、灰川の頭を色々と悩ませる。


「ちょっと早いけど夕飯にすっか、今日はアリエルは食事は決まった物しか食えない日みたいだから、俺らとは別々だな」


「今日はテキトーに鶏肉でも焼いちゃおっかね~、それなら楽だしさぁ」


「朋絵さんからもらったおでんもあるぞ、あとご飯も冷蔵してる残りがあるから炒飯にしちゃおぜ」


 そんなこんなで今日は砂遊と一緒に早めの夕食をして時間が過ぎたのだった。




「さて、せっかくだし配信すっかな、ん? 電話だ」


 夜の7時近くになって配信でもしようかと思っていた所に電話が来た、相手はさっきまで配信してた市乃だ。


『もしもし灰川さん? いま時間って大丈夫?』


「おう何も無いし大丈夫だぞ、配信は終わったんだな、お疲れ様」


『ありがとっ、見てくれたんだ? あははっ』


「全部は見てないけどな、どうしたんだ?」


 今日の番組収録で何かあったかとか、仕事の話で用があるとか灰川は考えていたのだが、内容は違っていた。


『実は今、史菜と一緒にマンションに居るんだけどさー』


「史菜も仕事は終わったんだな、お疲れ様って伝えておいてくれ」


『言っとくよー、そんでさ灰川さんっ、今日と明日ってハピレの車って灰川さんが持ってるんだよねっ?』


 今日の収録仕事か何かの時に小耳にはさんだらしく、市乃は知っていたようだ。灰川も特に隠す必要も無いから肯定した。


『じゃあさー、車で夜遊びとか連れてってよー! なんだか外とか行きたい気分だから!』


「夜遊び? おいおい、高校生がそんな事するもんじゃねだろって」


『みんな少しはやってるし!たぶん! 夜ドライブとか興味あるしさー!』


 中学生から高校生にかけては夜遊びとかに興味を惹かれる年代だ、そこは市乃たちだって同じらしい。


 今は未成年の夜遊びも昔ほどは冷ややかな目で見られなくなっており、学校にも夜に遊んで楽しかったと話す友達とかが居るのだろう。


 夜遊びというのは高校時代とかが一番楽しいもの、大学以降とかは普通の事になって特別感は無くなる物だ。


 市乃や史菜は忙しい毎日を過ごしており、ストレスや鬱屈した気持ちを何処かに抱えているのかも知れない。それを思うと爆発する前に発散させてあげるのも良いのかもと灰川は思う。


 だがやはり気が引けるのも確かだ、成り行き以外での高校生の夜遊びとかは今も褒められた事ではないだろう。


『もっと色んな経験してトークの幅とか出したいしさー、良いでしょ灰川さんっ? 私も史菜も灰川さんと出掛けたいし!』


「でも親御さんとか嫌な顔するだろ」


『そっちは許可あるから大丈夫だよー、灰川さんなら大丈夫って信頼あるしさ。もちろん灰川さんが疲れてるとかだったら断ってね』


「まあ良いか、俺もドライブにでも行こうと思ってた所だしよ」 


『やった! 話が分かるね灰川さん!あははっ』


 結局はいつものような感じで出掛ける事になり、今夜は夜のドライブという事になった。


「あ、でも頼みがあるんだけどよ、車の中で怖い話とか聞かせてくれよ。最近ってあんまり怪談とか聞いてなくってよ」


『え? 別に私は良いよー、史菜もOKだって!』


 灰川はネットで怪談とかは聞いてるのだが、最近は少しそっちの配信や動画は視聴して無かった。


 三ツ橋エリスや北川ミナミの怪談配信などもあったりするのだが、そちらも最近は視聴できない事が続いていたのだ。


『じゃあドライブで行って欲しい所とか話し合っとくから、灰川さんも良さげな所があったら言ってね!』


「おう、まあ考えとくぜ」


『あっ、桜ちゃんにメッセージ送ったら行きたいだってさっ、桜ちゃんも追加で良い?』


「桜も? まあ良いけどよ、両親の許可は取ってあるだろうしな」


 春川 桜は両親と同居しているので許可は取れている、桜だって夜遊びとかしてみたい年頃ではあるだろう。両親はそういう事に理解のある人のようだ。


 シャイニングゲートとハッピーリレーには、一応は灰川から社長達に連絡を入れて準備は整う。所属者に対して会社はプライベートには干渉はしないが、灰川としては義理立てしなければならない。


 砂遊とアリエルには出掛けて来ると話し、一緒に来るかと聞いたが砂遊は眠いから寝るそうで、アリエルはファースの手入れがあるので行けないとの事だ。


 また突発的な気晴らし外出となり、今夜は図らずも高校1年生組との夜ドライブという事になった。


 いつも通りに安全運転で行かなきゃな、そんな事を近くの駐車場に行きながら灰川は考える。

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